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図書館が閉まるのと同時にそこを出たエカチェリーナは、優雅な音楽が聞こえる方へ振り向く。ダンスホールで卒業前のパーティーが始まったらしい。参加をするのは今年度の卒業生と、そのパートナーだけだ。誘われていないエカチェリーナはもちろん参加していない。煌々と明かりが漏れるダンスホールは、今いる渡り廊下から庭園を挟んだ向こう側だ。
「エカチェリーナ様?」
後ろから自分を呼ぶ声がして振り向けば、アリオン殿下からパートナーに誘われていたはずのフランテールがいた。
「フランテール!…様。ダンスパーティーはもう始まっておりますわよ」
「いえ、私はお断りしましたから」
「なんですって?」
てっきり自分という邪魔者が引けばすんなりくっつくであろうと思っていたエカチェリーナは驚きの声を上げる。
「あのですね…アリオン殿下とは恐れ多いというよりも…、その…うちは、土いじりができる人じゃないとダメなんですよ」
「あら…そう…。アリオン殿下では無理ね…」
勝手に嫉妬し、勝手にから回っていた己に脱力をする。大農家の娘は恋より何より、家のためになる相手を探しているのだ。王家が圧力を掛ければ男爵家は拒否できるとも思えないが、そんな風に結婚したのなら「気持ちが大切」なアリオン殿下はさぞがっかりするだろう。
「あ、この曲は知ってます!」
定番のワルツだ。小さい子供の練習にもよく使われる曲だ。楽し気な空気が明かりや音楽から漏れてくる。エカチェリーナとフランテールは並んでダンスホールの方を見ていた。
「エカチェリーナ様、踊りませんか?」
「はい?」
びっくりすることを言う。
「わたくし、男性パートなど踊れませんわよ」
「私が踊れます。姉の練習台にされてましたので」
ここには音楽もありますし。
二人とも手ぶらで、暇でありますし。
手を取って二人は庭園の真ん中へ向かう。
三日前まで恋敵と思っていた相手と、どうしてこんなことをしているのだろうと思わなくもないが、切りのいい拍子のところで二人は一緒にステップを始める。
花が眠り始める庭園で二人の少女の影が踊る。
「あなた、わたくしのことが怖くはなかったの?」
「怖かったですよ、今だって本当はちょっと怖いです。公爵令嬢ですよ?」
「だったらなぜ親しくしようと思うのかしら」
「私だって学校に同性の友人が欲しいんです。それじゃあダメですか?」
エカチェリーナがどうとかではなく、ちょっとした打算である。しかしその方が納得がいく。
「あらそう。でしたらわたくしのこと、様など付けずにエカチェリーナとお呼びくださいませ」
エカチェリーナにそう言われたフランテールは、大きな緑の目をいっぱいに開いてから、花のように笑った。
「では、私のこともフランテールと!」
音楽が切り替わり、テンポの速いヴェニーズワルツが流れる。
「フランテール、踊れまして?」
「はい、めちゃくちゃでよければ!」
別にパーティーに参加してるわけでもないのだし、それでもいいだろう。こんな目的もなくただ踊るなんてことは、エカチェリーナには初めてのことだった。
「わたくしね」
「はい」
足がもつれそうなのを立て直しながらフランテールは元気に答える。エカチェリーナは完璧なステップだが、相手がこうも下手くそだと調子が狂う。
「今、キャラクターを模索してますの。ですから、その、昨日までのおかしな振る舞いは、その一環でございます」
「そうなんですか、悪くなかったですよ」
苦しい言い訳だと思うが、エカチェリーナが我儘なのは今に始まったことじゃない。あーだこーだと言われても、力づくで押し通してしまえばいいと開き直る。
結局3曲を立て続けに踊った。フランテールは「明日足がガタガタになりそう」と笑っていた。二人が別れ帰路についても、ダンスパーティーは続いている。
とんでもない三日間だったし、とんでもないやつだった。一体何者が体を乗っ取ったのかは分からないが、とんでもないなりに自分はやり直す機会を与えられたのだ。
一人、庭園の西門をくぐる前に中央に向かって振り返った。そこはちょうどフランテールに頭を下げた場所である。
エカチェリーナはそこに向かって、とても美しいお辞儀をした。
「一応、お礼申し上げておくわ。誰かさん」




