見えぬ悪意を、詩に綴る。
咄嗟に、ベディは一歩身を引く。
右腕が吹き飛ばされるが、致命傷には至らない。
そして、その傷だけはアリベルトに受け継がさせる。
「い、ぐぁぁぁああ!?!?」
痛みを感じながらも、脚は止めない。
(これで終わりにできないかな!?)
正直言えば彼女はもう戦意は無かった。
失血死で自分のスコアにはなるだろう、少なくとも横取りはされるかもしれないがアリベルトは死ぬ。
(……アリサに怒られるよねぇ……!)
そう、中途半端はアリサが一番嫌うこと。
完全に死を見届けるかとどめを刺す、それが好ましい。
(絶対に勝つ、絶対に殺す!)
ITEMという不確定要素が入り込めないほどに、不可逆的かつ絶対的な決着。
……そもそも、自分自身が圧倒的不利、絶対的死を覆せるITEMを持つからこそアリサの意見に賛同している。
(あの詩……というか、口に出すのが起点なら……!)
彼女のITEM、『これにて御仕舞い』は自傷行為には働かない。
つまり、あの口を塞ぐには彼女自身の手で傷をつけなければならない。
負傷を傷と痛みに分け与え、死を他者に押し付ける。
(あの透明になってたライラに後者をばれたのはまずかったな……前者に勘違いさせてたらもっとうまく立ち回れるのに)
……そこで、彼女は不意に思い浮かぶ。
自分こそ、勘違いさせられ、上手く立ち回されているのではないか、と。
(言葉に関係しているはず、絶対にそう……じゃあなんで前半はITEMを晒していた……?)
あの黒い本を出していたことで、彼女はどう感じたのか。
(……魔法使いみたいだって感じて、それで……魔法を、警戒した……そう思い込ませるのが、目的だった……?)
想定外をぶつけ合うITEMを用いた殺し合いで、思考を止めるのは足を止めるのと同じ自殺行為だ。
焔の塊を避け続け思考を回転させ続ける。
(思い込み……いま感じているのは……殺意とか、敵意……?)
徐々に、少しずつ、ベティは打開策を練り上げていく。
「死ねっ! 死ねェ!」
「うるさい!」
今にも牙をむき噛みつこうとするアリベルトの気迫に、ベティはさっそく食って掛かる。
「お前なんか! 怖くないぞ!」
恐怖に打ち勝とうと、彼女も大声を出す。
爆発が彼女を襲うが、さほど痛くも無ければ熱くもない。
酷い火傷を負うが、傷だけをアリベルトに押し付ける。
「勝てる!」
―――★―――
炎、暴風、礫。
リチャードの暴力性そのものとも言えるそれらを操り、二人のライラを追い詰める。
『DISASTER』を護衛ライラでは完全に止められない。
そもそも、実体のない風の流れを止められるITEMの数は少ない。
そして……ITEM使用中のリチャードに完勝できる参加者はこのゲームには存在しない。
「グァッ!?」
弾丸の様な速度で礫が飛び、護衛ライラの肩に命中する。
折れたか、少なくとも肉が裂けただろう。
幸いあの嵐の中の礫はお互いがぶつかり合い角がすり減っている。
「ら、ライラ……!」
「うるさい!」
所詮礫は布石、足止めが主。
本命は嵐に巻き込み、石の詰まった洗濯機で引き肉にするのが目的だろう。
岩場のフィールドの為少し岩が近ければ巻き込み礫を増やす。
息切れのない追撃、猛攻。
(手足の嵐化の時点で、いや全身嵐化の時点ならこうも不利にはならなかった……クソ!)
形勢は完全に分水嶺を超え、もはやみじめに逃げ続けるしかない。
それもどこまで続けられるか、風は障害物を無視し炎は彼女を灼く。
(燃える能力、多芸すぎる……ワンと同じようなITEMがあるのか……いや、今は関係ない……)
思考と足を止めず、彼女は出来得る行動を考える。
「むぅ、ぅぅ……だぁ、ぁぁ!」
その言葉を聞き、護衛ライラは一瞬だけ振り返る。
……一回り小さくなった黒い嵐と、そしてこちらに向けられた二本の腕。
「ま――――」
「死ね蛆虫ぃ、ぃぃ!!」
枝分かれした嵐は地面と平行に伸び、ライラを炎と礫と嵐に巻き込む。
「え、あ―――!?」
咄嗟に突き放されたライラは、嵐に飲まれていく自らの分身だった。
―――★―――
ベティと出会い、協力関係になった。
殺し続けていた彼女が、相互扶助が成り立つと判断しともに歩くことにした。
リチャードと遭遇し、力でねじ伏せた。
拾ったITEMとベディの力で上回り、綱渡り気味だが支配関係にはなった。
ウィリアムと接敵し、戦闘は痛み分けで手を打った。
同行させる条件に ベディの支配下に置いた。
総括、彼ら彼女らはこれといった意志のもとに動いているわけではない。
無軌道集団、刹那的な目的意を振るい目に映る人物を潰していった。
故にアリサは知っている、全員が十分に強い部類の猛者たちだと。
完全に信頼をしているし、何が最善か常に思考し勝利を狙っていると信用している。
(私の眼は確かだ、背中はリチャードとベディに任せていい……)
大きく、熱せられた空気を肺に取り込む。
体の内側が熱せられる感覚に身を震わせながら、アリサは意識を集中させる。
『存在証明・反証空論』……奪ったITEMだが、アリサはその燃費の悪さを危惧している。
目をつむればそのまま意識を手放しかねない眠気、指先の感覚がなくなる、集中力の喪失。
このゲームが始まるまで精神疲労を味わったことのないアリサだが、これこそが神経衰弱ということだろう。
(盾も壁もそこまで連発はもうできない……なら……!)
崩れ始めていた巨人を、頭から空気の固定化で炎を叩き割る。
続けて横に、さらに縦に、そして横に、次に縦に、最後に横に、ついでに縦に、余計に横に。
一瞬で賽の目状に細切れにされ、炎の塊は雪解けた地面を焦がしながら崩れ落ちる。
「ち……っ!」
即座に炎が解除されるわけではなく地面を舐めるように炎の波が襲い掛かり、咄嗟に自分を囲むように円筒状に空気を固定する。
「想定内だ……くそ! 死ね! ……っち……クラクラする……」
思考がまとまらないまま暴言を吐きながら、意思を保ち続ける。
……炎はまだ燃えているが、頭上には蓋をしていない、咄嗟に閉められるようにはしている為空気は十全にある。
熱も、空気の断絶で伝わってきていない……長期戦になったとしても……。
「………………クソ! 最悪だ!」
自分の浅慮さか、もしくは精神摩耗による思考の鈍化か。
崩れていたのはあくまで「巨人」……「炎」の総量は微塵も減っていない。
炎の巨人はあくまで炎、いままで散々拳を砕こうが腕を絶とうが、炎は元に戻っていた。
「嵌められた! 嵌められた! ベディ! ベディッ!」
血走った目で、アリサは炎の渦の中心で絶叫する。
―――★―――
爆炎から飛び出した彼女は、ひたすら接近のために跳ぶ。
両手で触れなければ発動はしない、故に彼女の必殺の距離はアリベルトの声が届く範囲には圧倒的に負けている。
……だが圧倒的に勝っているのは、勝負の決定力だ。
その点以外にも彼女は精神的に優位に立っている、ITEMの連続使用や長時間使用の疲弊を感じていない点だ。
負担の多い『詩』は時間が経つほどに疲弊し、そして効いている素振りどころか傷を与えてくる徒労感に襲われ続けている。
言ってしまえば範囲内に入れれば確実に勝つ、その点での優位も彼女の精神を奮い立たせていた。
「うぁ―――ッ!?」
腹から上が吹き飛ぶが、即座に修復する。
その爆発の勢いを利用し、接近を試みる。
「させるかぁぁぁ!! 死ねぇぇぇ!!」
「怖く、ないぞ……!」
呑まれぬよう、彼女は気を強くもつ。
その意気に、ついに炎は眼前で少しだけ弱まる。
「―――ッ!」
その一瞬、彼女は苦痛も恐怖も、危惧も躊躇もなく前に跳ぶ。
跳ぶ、火の中に、飛込み、飲み込まれる。
一瞬だけ意識が飛ぶ、髪が燃え目が沸き皮膚が溶け肉が焦げ骨が熱され臓腑が煮える。
だが、だが少しだけ、数舜だけ意識を保つ。
「―――癒せ我が焼身、治れ我が傷心、沈まれ我が焦心」
ほんの数舜、生存欲が湧き出たアリバルトが意識を自らの命を繋ぐことを選ぶ。
どう聞こえているかなど関係ない、所詮伝えたいこともあの自称神が捻じ曲げ変換するのだから。
だからこそ、三流もいいところの詩を紡ぎ、死を防ぐ。
「死ぃぃぃぃぃッッ!!」
「これで、終わりだぁ!」
燃ゆる瞳を携えた少女が、煉獄の熱に晒されてもなお前に進んだ彼女がより前に進んだ。
そして、爆熱にさえ、炎熱にさえ打ち勝った彼女が彼の唇に指が届く。
「カーテン、コール……!」
声を振り絞り、勝ち誇るように笑う。
……両者が笑みを消し、アリベルトは視線を横に、べディは一人の少女を思い浮かべる。
「斯くして少女は炎に巻かれ、哀れ醜き黒炭へ―――」
最期の一撃を、最後の詩を紡ぐ。
(醜いのは俺だ、この少女に綺麗な勝ちなどくれてやるものかなど……ああだが、お前のせいだぞ……べディ女史)
血涙を流しながら、怒りと悲しみで口角を吊り上げる。
「―――崩れる少女は、悲しき叫びで幕を下ろす」
狙いは、べディの仲間と思われる赤縁眼鏡の少女。
(お前が、先に俺からライラを奪った!)
(私から、誰も奪わせない……さようならアリベルトさん)
……触れた一瞬、ほんの少し互いを分かった彼女は懸命に黒い炭になる己を想像する。
―――『詩』
―――自己型 所有者、Aribert・Kurz
―――詩を書いたノートを所持している間、他者に己の書いた詩を聞かせ思い浮かべた内容を実現させる
(思っていた通り、なら……思い通りに……)
目を強く瞑り、体の震えを止め……内側からの熱を感じ……。
……次の瞬間、アリベルトは人型の炭となって砕け散る。
「か、ったぁ……!」
―――★―――
勝ち目なんぞ考えたことはない。
ぶち殺したいときに拳を握って、そのまま振り下ろす。
生きていた頃から、死んだ後でさえこの生き方で殺した。
「ガァァァァ、ァァッッ!!」
アリサん時もそうだ、変わらねえ、変わらせる必要がねえ。
「アアアア、ァァッ!!」
勝ちたいから殺して、殺したいから殴って、殴りたいから勝つ。
べディに嵌められはしたが俺が間抜けで、間抜け晒して生きてる。
……だからどうした、まだ殴れるならまた別の奴を殴ればいい。
今殴りてぇのは、ライラだ……まるで自分が黒幕だ、なんて面で二十人以上をここに連れて、自分の分身を使い捨てにする。
随分とお利口さんだ、仲間の振りして態々助けまで求めたんだからな、周到なこった。
……なら、あのライラは……どうでもいいな、本性の十三分の一なら牙を剥くまではアリサに一任だ。
問題は、そう、こいつ、こいつら。
「アアアアア、ァァッッ!」
竜巻に巻き込んだライラを石で叩き潰し、巻き上げ、挽き潰し、巻き散らす。
俺に抵抗してきたライラは無様に程よく焼けた挽肉になって岩に叩きつける。
……さてぇ……あとは……この本体だけか……。
さて……んじゃあ……ここから本番か。
「……ライラ……ITEMを置いてどっかいけや」
「ひ、は、はいっ!」
……諦め早いのはあいつにはない特徴だ。
13分の1の善性を背負わされてるんのかもな。
―――『詐術師の人形』
―――装飾型 所有者Lyla・Saleh
―――自分の人格を十三分割し分身を作り上げる
「ライラ」
「……はい」
お前じゃない。
「は、はい! お待たせしました!」
「っ! ら、ライラ! 私を助けて! 私が本体なのよ!」
……バカか、こいつ……?
「ほら、お前……これで本物だ」
懐中時計をもった手をさし伸ばし、応ずるように伸ばされた手を握る……小さいな。
「……『DISASTER』……」
俺に触れていれば挽肉にせず一緒に風に変換できる。
「え、な……ひっ!?」
咄嗟にかばった右腕を壊す。
「ライラ、ァァ……自分でやれや」
「は、はい……!」
「……あ、や、やだぁ!」
嵐の行動権をライラに譲り、観戦に徹する。
結局はこいつ自身がライラをぶち殺さなければなんねぇんだしな。
「うまくやれよ……ライラ、ァァ」
ま、風からいつまでも逃げ切れる奴なんていねえけどな。
「やだっ! いやぁぁ!! やめ、ひぎゃぁぁぁ!?」
―――★―――
「はぁ……っ……はぁ……っ!」
あぁ、くそ……あっちぃな……。
べディ……勝った、のか……見えない……。
「……あぁ……?」
んだ、あれ……人……。
っ!?
「ああくそ! 頭回せ!」
なに酸欠になってんだ、アレが、本体なんだろうが!
「―――『懐中殺意』ッッ!!」
殺った……ッッ!?
「あッちぃ!?」
クソ、クソクソクソ……ナイフがすげえ熱い……なるほどな、本体も別に炎になってるってことか……。
「なら、よぉ……『存在証明・反証空論』ッ!」
アレが発生源なら……空気の層で閉じ込める!
「っぷは……! はぁッ……はぁッ! 勝ったぞおらぁ! べディ!!」
くそ、上着脱ぐか……勝ったしな……あー……あっちぃ……。
「……お……炎が消えたか……」
流石に、相手も気絶してるか……連続使用の限界ももう来てたみたいだな……あたしも、もうだめだ。
くそ……苦戦しすぎた……シンド……。
「ゲットォ……!」
「あ……?」
んだ……あのピンクの……ッ!?
「はいッ! あんたもゲット!」
「んだ、こ、れ……ッ!?」
「流石にあの子は近づきたくもないし、エレナがいい顔しすぎちゃうのはすっごい嫌なんだよねえ」
あたしにも、ピンクの……矢が……!?
「だからさぁ、あんたなら良い感じかなって! それにあの子死をほかの人に押し付けるんでしょ? 私そんなのが味方にいるの嫌なんだよねえ」
「だれ、だ……てめ……!?」
「私、私はね? 9th、よろしくねぇ?
ああ、クソ……思考が、書き換え、られ……べディ……ウィリアム……リチャード……悪い……。




