霧中、蒼天の虹に。
ベディのITEM……『これにて御仕舞い』……。
それは両腕につけている地味な腕輪が正体である。
非発動状態であっても、傷か痛みを肩代わりをさせられる。
……だが、その真価は……。
「ぶべ!?」
なにかにベディは顔面から激突する。
それと同時に、攻撃が……。
「―――ッ!」
行われない。
そう、何かを嫌がり……ベディ『ごと』攻撃するのを止めた。
「な、なひかいる!」
鼻を強かに打ち、条件反射的に涙目になる。
……そう、もはや痛みは無い。
完全に『これにて御仕舞い』が発動したからだ。
「……バーカバーカ! 二度と戦ってやるもんか!」
そんな捨て台詞を吐きながら、ベディは走り始める。
尻尾を巻いて逃げ始める。
「不味い……!」
一瞬で判断し、アリベルトは頁をめくり始める。
だが、それは一瞬で切り上げる。
「な、ん……!?」
気が付かなかった、ベディとの戦闘で視覚狭窄に陥っていた。
この、戦場の……今の主役に。
「アアアアアアアアァァァァァァァッッッ!!!」
「炎の……巨人……ッ!?」
そのまま、巨大な腕が振り下ろされ……。
ベディがその炎に飲み込まれる。
―――★―――
「……ばぁ、か」
その言葉が届くかどうかの瞬間、トーキは失態に気づく。
刃に付着した虹色の水の対処に時間を費やしすぎた。
(また、下から来るか……!?)
予兆は前回感じられるだけ感じ取った。
振動と音、それにさえ……。
「な……ッ!?」
今まで以上の量の虹色の水柱が、砂を突き破り吹き上がる。
……それも、ユエのすぐ前方に。
(この量……下に染み込ませてた分全部か……なら、初撃は布石か……!)
敵の手練手管に舌を巻きつつ、彼は後ろに距離をとる。
「食らえ!」
ユエは虹の間欠泉に拳を突き出す。
すると、丸太程の太さの虹の水の柱が地面とほぼ水平に、トーキに向かい放たれる。
咄嗟に回避を試みるが、足元の砂に足をとられかける。
(勿体ないが!)
一瞬の逡巡もなく、刃の上にさらにタワーシールドの様に鉄を伸ばす。
(大分使った……それに視界が塞がれたのはまずい……)
最善とは言え、この行動は適してはいない。
向こうの行動は分からない、これでは次の行動の対処が遅れ……最悪、死ぬだろう。
(なら……こうだ!)
少しだけ盾を横に伸ばし、そして『|青天(Blood day)』の本体だけを取り外す。
そのままトーキは盾を背に走り出す。
これで互いに互いの位置が分からない状態に持ち込めた。
(問題は……あの汚水を掻い潜ってどう倒す、もしくは逃げるかだな……あの盾ももう駄目だ、何とかしなければ……)
恐らくリサはユエの後方……膠着状態も出来るだけ避けたい。
(あの汚水だけじゃない、となりのライラもだ……何故ここに……いや、それよりも……どう動く気だ……?)
手段も、情報も、時間も足りてはいない。
だが、それでも彼は戦意を途切れさせず、強い意志で盾の向こう側に居る筈の敵を睨む。
―――★―――
皆の前を歩くキューシローは、今の状況に渋面する。
つまり……このグループのパワーバランスだ。
……誰かひとりに力が偏るのは正直避けたい。
キューシロー、マリア、ピーター、ザン、ヨシヤ。
五人が五人、強く拮抗した実力だった故に彼は集めたのだから。
(……マリアは僕の味方をしてくれるとは言え……それに諸手を挙げて好い、とは言えない)
不満のはけ口はある程度作るべきだ……ピーターはそう言った能力が高かった。
(僕ではできない……ヨシヤも苦手……となると、マリアにザンのフォローを……難しいな)
複数人のグループにおいて、孤立と言うのは絶対に避けるべきだとキューシローは考えている。
……ピーターの抜けた穴による機能不全に頭を抱えつつも、彼には最適解は既に思い付いていた。
(人員補充……ザンとリンジィを連れていけば大丈夫でしょう)
冷静に次を視野に入れつつ、集中を途切れさせず警戒しながら拠点へと向かう。
背後では炎の巨人が未だ暴れている。
だが、もはやここは彼らの戦場ではない。
(まあ、いざとなればザンは殺せる……僕とザンなら、僕の方が有利だ)
冷徹に、冷淡に思考を続ける。
彼にとって、全員である必要も無ければ彼等である必要も無い。
まず己、次に協力者。
(……平和的に、過ごせればいいけれど)
思考では何度でも人間は殺せる。
何度でも、何人でも、何時でも。
その淡泊さとは裏腹に、主観や感情は揺らぎ続けている。
(ピーター……苦しまず死ねただろうか……可哀想に……完全に失敗だ……悪いことをした)
理路整然とした思考と、一喜一憂してる感情。
キューシロー自身ですら、生前からこの二つの相反する自らの性に苦悩した。
(……駄目だ、ダメだ……今は、感情は排除しなければ……)
頭を振るいながら、木々の間を歩いていく。
―――★―――
このゲームに関して、僕は極端に自分からの発言を控えている。
欲しいと言うまで何も与えないし、聞かれるまで答えはしない。
「食料、アイテムの所有権、殺害以外の勝利方法、今後の予定、スコアの稼ぎ方」
まあ、つまり僕は良い審判のつもりはない。
観客の一人として誰かに手を貸す、それはあっても審判として表に立つことはあと数度くらいだろうね。
だって無粋だもの、ゲームは参加者の為のもの、ゲームは観客の為のもの。
「出しゃばらない方が面白いんだよね結局」
審判なんて場を整えたら出る必要は無い。
「それじゃあ、僕個人の見解を一度口にしておこう」
生憎、ここには書く物が無いからね。
「一番強いITEMは何だろう……観客の一人として僕の一意見が言いたい」
生憎、ここには聞く人はいないけどね。
「それはこのゲームの一番の目的は……勿論生き残ることだ」
例えば363人殺した人と誰も殺せなかった人。
それが最終日、363人の方が殺されたら?
勿論、勝利者は一人だけ。
「つまり、死なないITEMが『強い』と思う」
死にさえしなければ受動的に、このゲームは終わる。
このゲームの前提はそれだ。
「まあ、そんなITEMがあるかは知らないけどさ」
その下にまあ……知る能力、殺す能力とかが団子になっている。
「そこら辺は、個々の相性だろうね」
でも揺るがないのは……死なない、ってのが一番このゲームに適している。
―――★―――
「―――ッッッッぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっ!?」
喉が炎に焼かれながら、絶叫が雪原に響き渡る。
肉が焦げ、血が蒸発し、内臓が煮え、骨が焼けていく。
彼女の悲鳴は、喉と肺が潰れるまで続いた。
「な、ん…………!?」
アリベルトは、その様子をただただ呆けた様に彼女を見ていた。
雪に転がりながら火を消そうともがくが、それもやがて動きが止まる。
……芯まで炭化し、雪に濡れ崩れていく。
「―――ライラァァァァァァァアアアアアッッッッッ!!!!??」
無惨にも黒い炭と化したライラに、アリベルトは駆けよる。
その両手首から、素朴な腕輪が抜け落ちる。
光の粒となってその腕輪は消え、残ったのは黒い塊のみ。
炎の中を、ベディは走り抜ける。
熱さはない、何故ならそれらは肩代わりさせているからだ。
だが、この灼熱の炎……長くは居られないだろう、もつ筈がない。
「痛み無くして得るものなし!」
幸い、炎はただの現象でしかない。
目は眩むが、問題はない。
……微かに、彼女を呼ぶ声がするからだ。
「こっちだよね、アリサ!」
独りで戦い続けていた彼女にとって光明にも感じた。
「死んでなかったな! ベディ!」
「アリサー!」
「逃げるぞ、合流する!」
アリサに強く手を握られて、自分の手が異常に冷たくなっていた事に気付く。
「アリサ! 本当にありがと!」
「……あん?」
「え、なに」
突然のアリサの発言に少しだけ体を震わせる。
(な、なんで凄んでるの……?)
「……炎が……」
その言葉に、ベディは背後を振り返る。
―――★―――
「そぉ、れっ!」
水の角度を少し変え、山なりに水を放出する。
終着点は盾の向こう側、横には広がったが上方向にはさほど伸びてはいなかったからだ。
(……やったか、な?)
ちらりと、左隣に立つライラに手を差し出す。
「スコアが上がったら教えて」
「わ、わかりました」
彼女のITEMの致死性は高い、だが即死性は余り期待できない。
大きく膨れれば、あるいは大量に浴びせられたら話しは別だが……。
(楽観視はしない、あの鉄を作るITEM以外にも隠しているかも……)
油断せず、更に水柱を放水する。
「死ね……死ね……」
動悸は乱れ続けている。
自分が矢面に立つことも覚悟していた、カリンを使うには帰還時のことも完全に想定内のつもりだった。
だが、だが……。
(口から心臓が出そう……駄目かもしれない……疲れるな、私の『極蝕色祭』は)
彼女の疲労は、思っていたよりも深く重い。
心的な緊張は、容赦なく襲い続ける。
考えてみれば、とっさの自衛以外では使ったことは少ない。
(机上の空論のつもりは無い!)
食らいつく、食らいつく。
話すわけにはいかないのだ、彼女のために、カリンのために、ライラのために。
「食らえぇぇぇぇ!!」
最大出力の虹の柱は天高く上り、虹を描くような軌道で盾の向こう側を襲う。
「ユエさん左!」
その言葉を聴き、瞬時に振り向き彼女は―――
「―――カリンちゃん…………?」
一瞬、彼女は遅れた。
「うおおおおっっ!」
体勢を低くし、砂を走るトーキは扱いやすいサイズのナイフ程度の刃を創り迫る。
(気付かれた! 間に合うかっ!? 走るしかない! 死ぬかっ!?)
一瞬も足は止めない、これは言わば決死行、これから先戦うための最低限のベット。
(殺す!)
刃が届く範囲に詰めても彼のITEMでは不利を覆せない、せいぜい相打ちが関の山だろう。
この刃でユエを殺害し、無傷のままライラを刺す。
(できるか? できなきゃ死ぬが……!)
(対処! 間に、合う!)
「え、っきゃぁ!?」
左手で握った右手を、ユエは容赦なく盾にする。
(―――殺すッ!)
右手に握っているナイフを、トーキは躊躇なく前に突き出す。
一瞬、軟らかい手応えの後……。
「ぇッ、げぁ!?」
硬い骨に、刃が引っかかる。
(刃が、こいつ、掴んだ!)
無意識のうちにライラは刃を握っていた。
(手……ライラちゃん……ごめん!)
無意識のうちにライラが強く握っていた手を、ユエは迷いなく振り払う。
(凌げたけど、邪魔! こうなったら!)
放水の射線上にいるライラを睨みながら、一時の防御の為に体表に汚水を展開させる。
これは防御を兼ねた行動だ、すでに展開しているなら操作はこの距離では圧倒できる。
(どっちから来る! 顔を見せたら殺してやる!)
ライラ越しに、彼女は気を張る。
「…………」
初めて、彼は逡巡する。
(咄嗟の自衛の延長だったな、今までは)
初めて、彼は思考する。
目の前の死に掛けている少女の目を見ながら。
(……怖い……こんなに、薄ら寒い感覚なのか……)
だが、彼の感情は揺らいでいたとしても。
もはや、行動は終わっている。
「―――『青天』―――」
スイッチを入れる。
切り替える、切り捨てる、切り落とす。
ベットはしてしまった、前提として立ち止まることは許されないはずの作戦だった。
勝つには走りぬけ、走りきることが必要で……トーキは、それらを理解していた。
許容範囲内の逡巡をずっとはやく切り上げ、切り抜け、切り込んだ。
冷徹に徹し切ったのだ、彼は。
―――刃は血を吸い上げる。
余すことなく血を啜り、血を飲む。
ライラの血は糧となり、糧は鉄となり刃となる。
「く、ぁ…………!?」
ライラの首を切り貫くほどに伸びた刃が、ユエの心臓に突き刺さる。
(刃が、伸び……まだ、まに……………………)
十徳ナイフの柄の数値は、加速度的に上昇する。
これ以上吸えなくなる程に時間が経つと、トーキは深く息を吐き膝を突く。
(…………生き返ったら、何をしよう)
亡骸には目をやらず、思考を走らせ続ける。
少なくとも、後悔によって思考を深い闇に落とすは最悪だとトーキは知っている。
本能だ、戦う意思を途切らせること、生きる意志を見失うこと、本能でこれをまずいと知っている。
(沙夜に、また合いたいな……合って、今度は……間違えない様に、しよう)
重い足取りは砂に絡められながらも、トーキは足を動かし続ける。
立ち止ることも、逃げることも、殺人者である彼には許されない。
(合いたいな……リサ……シマ……ティアゴ……キューシロー……)
傷は無いが体は重い、疲労は無いが足が重い。
(滅入るな……殺しなんて、もう沢山だ……)
大きく息を吐き、大きく足を上げる。
(九十日……残り八十五日……それを過ぎたら……二度とするものか……)
すでに二人殺している……だからこそ、トーキに止まる権利はない。
(殺して殺して殺して……最後まで、生き残って、生き返る……それまで、終われない)
足を止めず、絶えず進ませる。
砂漠を、一人。
―――★―――
「シスター、そんなに駄目かね」
少年は、ウーヴェは木の根に腰掛け尋ねる。
その問いに、シスター・シンシアは少しだけ俯く。
「ホントに? マジで? ぜんぜん駄目?」
一拍いれ、シンシアは口を開く。
「……どんな理由であれ、他人の命お奪うのは肯定できません」
不満気な顔をウーヴェはするが、それでもシンシアは続ける。
「でも……私は、殺人を犯した人を決して責めません……まして、やむおえない状況ならば、なおさらです……」
一転し、彼の顔は明るくなるが……。
「懺悔を聞き、そして二度と犯さないと共に誓い……許しを共に乞うでしょう」
「…………あーあー、そうかよ」
至極真っ当な返答に、ウーヴェは首にさげているドッグタグ……『TEMPEST』を弄り始める。
「そいじゃ、今から自分を殺す奴に祈ってやれってのか? 許されますように、って」
……その問いに即答できず、シンシアは逡巡する。
「……死にたくはありません……だから、逃げると、思います」
「へぇ?」
「殺させないためにも、私は死にたくはありません……だから、抵抗もします」
迷いはあるが、シンシアはそう言い切る。
「……よし、こうしようぜシスター」
ニヤニヤと笑いながら、ウーヴェは指を一本たてる。
「俺たちの自衛のための、やむを得ない、不慮の殺害は許してくれよ」
彼の言葉に、シンシアは目を伏せる。
……そして、ゆっくりと口を開く。
「……私は、逃げるしかないでしょう……だから、そこから先は……」
「くく……そーかい、責めはしないよシスター、自然なことだ、頬を殴られるのは右も左も嫌だもんな」
ヘラヘラと笑い、頭をガシガシと撫でる。
縮こまったシンシアは、小さく抵抗するだけだった。
……綺麗ごとが通じぬと、彼女もうすうすは気づいていた。
それでも、殺して良いとは微塵も思っていない。
だが、無抵抗で死のうとも考えない。
……彼女の中の比重は、信仰心の少し下に恐怖がある。
口にする事さえ二の足を踏む。
その恐怖心を少しでも解そうと、ウーヴェは長い時間を掛けて苦心していた。
(大分角は無くなってきたな……まあ、自分の命が俺に握られてるって分かってるんならいいんだ)
内心ほくそえみつつも、ウーヴェはドッグタグを弄り続ける。
(このコチコチシスターはそのままでいい、秘密兵器だからな……使う瞬間にだけ使える、その程度の弛緩でいい)
「……もし……です」
「ん?」
重い口をゆっくりと開く。
「もしも、私達に危険が訪れたら……私を、切り捨てて下さい」
その言葉に、ウーヴェは確信する。
覚悟を決めた、しかも予期せぬ方向に。
「ああ、そーかい」
そう言いながら、ウーヴェは頭を掻く。
(セーフティがかかったな、詰め過ぎたか)
踏み込み過ぎた、ここからは頑なになるだろう。
守られるなら庇護下に、危険に犯されたのならば犠牲に。
(面倒くさいが……まあ、こっからは暫く殺しの話しは無しだな……)
二日かけた思考誘導も不発に終わった彼は、小さくため息を吐く。
「……ごめんなさい、ウーヴェさん……私……」
「いいよシスター、俺は説得はしても強要はしないさ」




