終わりを詠う、悪魔の証明。
ゆっくりと9thは歩きだす。
足跡は彼女のITEMでの『七色の大罪』の色彩操作でどうとでも隠せる。
音さえ出さなければ、今の彼女を捕捉する術はない。
故に、傍から見れば悠々と、堂々と雪を踏んでいく。
9thの視界には今にも破壊されそうな氷の檻に捕らわれた少女と、その前に立つ詩のようなものを読み上げている青年。
彼女の推論では、あのITEMは聞かせる事が重要だと予想している。
氷の中では聞こえないと地団太していた、9thの存在には気づいていなかった。
そこから、青年の見えざる協力者を探す。
(でも思ったより簡単だよねぇ、あの声が聞こえる範囲にいることは分かってるんだし)
念の為さらに『無識界』を使用し、雪を泥状にし音を完全に消す。
足首までを泥は包み込み、すり足の様にして9thは索敵を始める。
(二人殺せるよね、うん、二人殺していい……万が一、億が一抵抗するなら、三人殺そ)
ニタニタと歯を見せ笑いながら、9thは傍観する三人目を探す。
―――★―――
炎の腕が地面に叩きつきけられる。
「ド阿呆が……!」
その寸前、見えない壁のようなものに炎の腕はぶつかりそのまま手首から先が千切れ飛ぶ。
そのまま建物の陰に隠れ、一度息を整える。
「ベティの所までにいくのに、あれはちょっと骨だな……」
岩場のエリアから一直線に雪原を目指していたが、中央に陣取っていた炎の巨人に目を付けられ、遮蔽物の多い街のエリアまで一時的に身を潜ませた。
両隣は砂浜と沼、遮蔽物があまりなかったため進路を変更しこのエリアに来た。
「人影もだいぶ減ったな……死んだか、それとも逃げたか」
思考を巡らせながら、切り上げるかどうかを考える。
つまり、ベティの回収を諦め二人……ライラを合わせ三人と合流するかどうか。
……正直言ってライラの口車に乗せられた上でウィリアムとリチャードが生き残って合流できたのは極めて低い確率だ。
リチャードとアリサが違和感に気付けたのは大きかったが、ウィリアムと合流後に虹色の泡の攻撃の回避に時間を使い過ぎた。
「あの虹色、連続で撃たれていたら不味かったな」
最悪、誰か何人か傷を負っていたかも知れなかった。
「アアアア!!! ァァァァアアアアア!!」
隠れているアリサに、炎の巨人は覗き込むように建物の屋根に手を掛ける。
「考えなしが……! 『存在証明・反証空論』……ッ!」
赤縁の眼鏡を指で掛け直し、視界に壁を想像する。
同時に空気がその場だけ固定され、炎はアリサに届かない。
「死に晒せ……!」
更に炎の巨人の頭部の空気を固定し、その頭を胴体から切り離す。
「……っ……思ったより、効いてるか……?」
頭部を千切られ、巨人はアリサを見失ったらしい。
巨人は徐々に頭部を再び再生させて行くが、それでもアリサが行動するには十分の時間を稼げる。
「どうっ、する……!」
アリサにとっても不意の好機、一瞬だけ思考が逡巡する。
「ああ、クソ! 死んでも生きてろよベティ!」
そうして、アリサは沼地の方向へ走り出す。
―――★―――
「……よぉ、生きてたかよ」
「良かった、無事だったんですね……リンジィも、無事でよかった」
キューシロー、マリア、ヨシヤと合流したリンジィは大きく息を吐く。
ザンも少しだけ険しい顔が緩むが……辺りを警戒し始める。
「ピーターは」
「……死んだ……」
その言葉にリンジィは息をのむが、ザンは静かに目を閉じる。
「ITEMは回収できたか……?」
「ええ……リーダー、とりあえずどうする?」
そう問われ、キューシローはふと背後の炎の巨人を見上げる。
……巨人は右腕を空間に縫い付けられたようにその場に固定され、無理に動かしたために引き千切れていた。
「退きましょう、今回僕等は完全に痛手を負った……それに、連れ変えさせる目的も達成させられた……ここにいる理由はありません」
それだけ言い、ザンにITEMを渡す。
「なんだこりゃ……安住が持ってた剣じゃねえか」
「預かったものです……無くさないでくださいね」
それだけ言い、彼は拠点の方角へ歩く。
「ピーターが来る途中大まかな目印は付けてもらいました……それに沿えば、難なく帰れます」
「そう……よかったわね……」
少しだけ寂しそうに、マリアは頷く。
「……ザン、私これを持ってていいかしら?」
ザンに、ピーターの絵筆を差し出す。
「……なんで俺に聞く」
「他の人には聞いたの……それに、あなたが一番仲が良かったでしょ?」
「……まあ……そうかもな」
否定をすることも無く、静かに目をつむる。
「好きにしろ、俺は要らない」
それだけ言い、ヨシヤの後ろについていく。
「良かったね、マリアちゃん」
「……そうね、ありがとうリンジィ」
―――★―――
「……フミエ、遅いわね」
「迷子じゃね? それとも……あのデカ物と戦ってるのかもな!」
ケラケラとワンが笑い、炎の巨人を指さす。
……もう一人のライラはジッとその巨人を見上げる。
「あれか……少し離れる?」
「のも、まあ案ちゃ案だが……フミエだってそんな遅いわけじゃねぇ」
ヘラヘラと軽薄な笑みを浮かべつつも、冷静な判断をライラに告げる。
傍に立つライラも、ワンの意見に同調する。
「ふん……仕方ないわね」
憮然とした態度で、近くの石に腰かける。
「……誰か来たぜ」
言い終わるかどうかのタイミングで、袖口から何かを飛ばす。
「ッらぁ!」
が、それは黒い竜巻に巻き込まれ粉砕される。
「はぁー、はぁー、はぁー……あの女の言う通り、こぉーんな所に居やがったかよぉ」
ヘラヘラと岩の陰から黒いモッズコートの男が、わざとらしく笑いながら現れる。
二人のライラは同時に戦闘態勢に入る。
と言っても、リーダーのライラは護衛のライラの後ろに回るだけだが……。
「死んじゃったかぁ? フミエは」
「さぁ、なぁぁぁぁぁ!」
右腕を伸ばし、その腕が黒い竜巻となってワンに向けられる。
「うおっと!?」
攻撃の手を止め、竜巻を回避する。
「『DISASTER』―――!」
その声と共に、敵……リチャードは全身を黒い竜巻に変換する。
暴嵐はその中を回っていた黒い石を辺りに散弾銃のようにまき散らす。
「……『矛盾』」
その言葉を呟き、ライラは拳を構える。
拳を打ち出したと同時に、ライラの眼前にまで迫っていた石がピタリと止まり地面に落ちていく。
「風と石……正しく嵐って感じだな!」
ニヤリと笑い、ワンは岩陰に隠れる。
「さてさてぇ、どうするかね……どうしたもんか、俺のITEMでも……んぁ?」
グイグイと、裾を引かれる。
―――★―――
「アアアァァァァアアアアア!!」
「馬鹿が」
その言葉と共に、振り下ろそうとした炎の右腕が頂点で空気を固定され、そのまま無理に振り下ろしたことで肘から先を炎の巨人は失う。
『存在証明・反証空論』……アリサがかけている赤縁の眼鏡のITEMは空気を思い通りの形に固められる能力である。
以前のトーキとの戦いでは空気を棒状に固定し武器にし、今は限界まで固定できる空気の量を増やし炎の切断を行っている。
(これが人間にも使えていたら楽なんだが……流石に人ひとり分包めるほどの量を固めたら強度は無理か)
眼鏡をかけ直しながら、雪原に走り出す。
……が、そこで一度立ち止まる。
「……こいつはどうする……」
そう、完封できるとは言えこの巨体、この派手さ。
「仕留めなきゃ不味いか……? だが……削り切るのも難しいな……」
あくまでアリサのITEMで圧倒できるのは防御の面、攻撃としては炎の再生力に届かない。
「アアアアアアアアアァァァァァァ!!」
再び左腕の周りの空気を固定し、再び左腕の炎が引き千切れる。
……だが、それでも関係なしにアリサに向かい未熟な腕で殴りかかる。
「ち……っ!」
目の前の空気を固定すると、炎は弾けるように拡散する。
……圧倒的に固定できる空気の量に対し、炎の量と再生速度が圧倒的すぎる。
「どっちも殺しきれないな……さて、こんなでっかいトーチ、どうしたもんか」
もしこれを引き連れたまま合流すれば、どうなるかはまさしく火を見るより明らかだろう。
「この巨人がなにかが問題か……マリオネットか、パペットか……リビングドールか?」
候補としてはこの辺りだろう。
どこかで炎を操っている、巨人の中に本体となる人間がいる、それとも……炎の巨人に体を作り変えているか。
一つ目ならば探すしかない……砂漠から来たのでその辺りだろうとアリサは辺りをつける。
二つ目ならば攻撃し続けるほかない……頭と胸は先んじて抉り取ったが効果は無かった。
三つ目ならば……。
「時間切れがあることを信じて……凌ぎ切るか……」
流石に彼女のほほにつめたい汗が伝う。
「駄目かもな……」
―――★―――
「終わりが近いね」
幕引きさ、末期さ、終末さ。
「何が言いたいかといえば……残りのライラちゃんは本物を含め四人」
つまり、このライラのボーナスゲームが終わっちゃうってことさ。
まあ、最初の一週間くらいは手を出す気は無かったんだけどさ。
「なーんかさぁーぁ! このゲームを生き残ることが重要だって思ってる参加者が若干名って言うか大多数いるんだよねぇーぇ!」
はー……はぁぁぁ!
甘ちゃんだね、まったく!
「このゲームは僕の気晴らしなのに、観客の僕を楽しませるためのゲームなんだけど!?」
単純作業の気分転換のために開催してるのに、しょっぱいゲームしないで欲しいよね!
「分からせるしかないって思ったさ! だからライラちゃんを中心にしたゲームを作った!」
そして、次の特別ゲームもさ。
まあ何にせよ、ライラちゃんは頑張ってくれたよね。
その辺は褒めたい、褒めちぎりたい。
「だけどまあ、褒めるだけだよ……贔屓もズルもするけど、ルール違反はしないさ」
だから、死んだらそこまでだよ、ライラちゃん!
「なんにせよ終わりが近い! 総数14のキルスコア! だぁれがゲットするのかなぁ!」
二週間分、そう、勝ち残ったライラちゃんのいるチームには二週間分の報酬さ。
「あはははは! ワクワクするなぁ! 誰が勝つのか!? 目が離せたり離せなかったりするね!」
掻き回せ掻き回せ! 予定より早く全滅しても僕はかまわないのさ!
だっていくらでも代わりはいる、新しく365人集めれば良いだけだもの!
「頑張って殺して頑張って生き延びて頑張って死んで頑張って死に掛けて! 頑張ってゲームを楽しんでくれ!」
踊れ踊れ踊れ!
その方が楽しいんだからさぁ!
「It's Show Time!!!」
―――★―――
まるで羽化する蝶のようであった。
白く透ける水色の氷は、白昼を酔ったように舞う蝶の翅の様に飛散する。
その表面や周囲に、鱗粉かのように虹色の飛沫は飛び散る。
その幻想的な、雪の中での女神の誕生の様な瞬間を、アリベルトは心に刻み付けていた。
……ただ少し、誕生した女神は純朴が過ぎる顔ではあったが。
「う、あぁぁぁっ!?!?」
産声もまた、女神とは程遠く……そして、女神とは程遠い戦意の炎をその目には燃やしていた。
背後に見える炎……あの巨人もまた、その幻想風景に一役買っていた。
白、水色、虹、緋色……そのどれもが、アリベルトの糧となる。
――無意識であった。
黒い手帳……『詩』には書かれていない、最新にして最強の詩。
(これでも勝てぬなら、もとより私に勝利など無い)
死の間際にすら次の詩を書く事を望んでいた彼にとって、それは新たな境地だった。
そう……まるで固定観念という繭から羽化する虫のように。
アリベルトの渾身の、最高の詩を彼の口は無意識に紡ぎ始める。
(……新発見だ……まさかその場の即興程度が許容範囲かとも思っていたが……それとも、私の意志にITEMが応えてくれたのか?)
鈍化した主観時間の中で、そう言った瑣末な出来事がいくつも頭をめぐる。
「うぁ、わぁぁぁぁ!」
ベティも同じく、最後の力を振り絞るかのようにアリベルトへ跳ぶ。
身体的に彼女はアリベルトと比べ余裕はあった……だが、彼女を苛む筆舌に尽くしがたい痛みは限界を超えていた。
……もし少しでも、アリベルトが詩を紡ぐのを止め回避を行えば……再び立ち上がるほどの気力は持ち合わせていなかった。
相応死力を尽くした行動は、もはや一秒未満しか猶予が無かった。
アリベルトがその詩を詠い終え……ベティはITEMの名を叫ぶ。
「―――『これにて御仕舞い』ッッッ!!!」
二人の決着は―――




