虹に染まり、紅く消える。
中央に膨れ上がった虹色の腫瘍が、遂に現界を迎える。
凄まじい音と同時に、中に入っていた液体がはじけ飛ぶ。
辺りに虹色の内容物が飛び散る。
「リチャード! 盾!」
「っち! 『DISASTER』
素早く前方に出て、風で液体を吹き飛ばす。
辺りの小さな木や大きな岩に液体が付着する。
「……便利っすね、ライラちゃん、頭低くするっすよ」
「は、はい……」
そんな二人のやり取りを横目で見ながら、アリサは注意深く岩に飛び散った液体を観察する。
……すると、液体を浴びた岩がシュウシュウと音をたてはじめる。
「何かわからないが……ヤバイ液体か……?」
観察していると、その液体が中央の腫瘍と同じように膨れ始める。
「……増えるのか……これ」
そうこぼし、チラと中央に視線をずらす。
……そこには、ゴッソリと抉れた地面が見えた。
「…………マズい……マズいマズい、マズいぞこれは!」
最悪を想像したアリサは、ライラとウィリアムの手を引く。
「浴びるなよリチャード! 死ぬ!」
「わかってる、ぅぅ……!」
勢いを増しながら、三人を追うように後退する。
「……んぁ、ぁぁ……? あのヘドロ……浴びまくってるな、ぁぁ……」
―――★―――
……破裂した。
大き目になるようそれなりに時間を置いたけれど。
「……音、ここまで聞こえたなぁ……」
さて……少し気は重いけれども。
「カリンちゃん、頼めるかな」
「任せて!」
……任せて……か。
カリンちゃんは、すぐに頷いちゃうんだから……。
ITEMを使っている時の記憶も何も無いくせに。
「待っててね……あ、でも何すれば?」
「……使うだけで良いよ」
ごめんね、何も言えなくて。
「離れててねライラちゃん、どうやら私、ITEM使っている時は暴れまくってるそうだから」
「は、はい……」
とりあえず、離れよう……。
……ライラちゃんを失うのは、少し痛い。
「よぉっし! 行くよ! 『篝火よ、冥府魔道を照らせ』ッッッ!!」
ああ……燃えていく。
熱がりなカリンちゃんが、炎に包まれていく。
熱いだろうね……熱かっただろうね……。
「ライラちゃん、早く!」
私は私の役目を……果たさないと……。
―――★―――
九十日間の殺し合いか……。
「……んで、私のITEMとやらは……これね」
見慣れた包帯だ……少し汚れてるのもそっくり。
流石に、傷までは再現してないか……。
「てか、あっつぅ……」
砂漠かぁ……まさか、ずっと砂漠って訳じゃあないだろうし、砂漠が終わるところを探そうかな……。
……ん、いや、まずは水か……オアシスを探した方が良いのかな……。
それにしても、殺し合いゲームねぇ……。
「煽りに煽っていたけど……まずは九十日間生き残ることを考えなきゃなぁ……」
どう考えても、殺した後の方がゲームとしては長い。
正直、私のはやり直すには三年が必要だ……無理して人を殺す必要はないかな。
「目下、多勢に周りたいところかな」
人数は最大の自衛手段だからね、多少嫌なこともあるかも知れないけれど、死ぬよりはマシだし。
「……って、なんだアレ……」
おっきな、火柱……?
「早速面白イベントかな? ……まあ良いや、『極蝕色祭』を試させてもらおうかな?」
実際に効果を試してみたいしね……人に試しても見たい。
「ふふふ……案外私のITEMが強かったりして」
強いなら、少し身の振り方の選択肢も増えるしね。
―――★―――
カリンを中心に火柱が上がる。
天を衝く様な巨大な炎は、高く高く伸びていく。
火柱の先は五つに別れ、まるで指の様に細く束ねられる。
ある程度伸びると、地面の方に接している炎は広がり……まるで人の肩から指先が炎で形成される。
まるで砂から人が這いあがっているようにも見える。
……その炎は更に大きく成長し、肩から先の胸や首が炎によって編み上げられていく。
そうして、頭まで出来上がった時……炎の人形は真紅の視界に黒い異物を確認する。
左腕を炎で作り上げている中、黒いスライムも接近してくる。
「ア……アア……アアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
「ガァァッバァァアアアアアア!!」
拳を振るい、触手が迎え撃つ。
……その間にも、炎は腹を作り上げ腰を形成していく。
―――★―――
「なんだ、これ……」
目の前にはすり鉢状に抉れ、表面がガラス化した砂と……炭化した二人の死体。
徐々に小さくなっていく火柱が、その中心にあった。
……明らかに、この惨事の正体だとわかる。
「……とにかく、もう少し観察を……ん?」
フッと、風に吹かれたように炎が掻き消える。
……その中心には、火に包まれ焼かれている人影が悶えていた。
「アアアッッ!? ッギャァァァッッ!?」
砂漠の中心で、火達磨になった……女性の声が響く。
ゴロゴロと火を消すように砂の上を転がる。
「……生き、てるの……?」
驚きを隠せない表情で、彼女はゆっくりと近づいていく。
地面に転がり、徐々に火は消え……その輪郭を顕わにしていく。
……異様な少女だった。
半開きの口や閉ざされた目、小さな鼻の穴や大きめの耳。
そこから、チロチロと炎が燃えていた。
内側から漏れ出てきたような、異様な姿。
「……寝てる……」
寝息を立てている彼女を、静かに見下ろす。
少し思案し、口の端を歪ませる。
(派手なITEM……ふふ、囮に使えるかも……ご機嫌はとらないとね)
くすくす笑い、そっと体に手を添える。
「おーい、起きてー」
ゆさゆさと揺らし、少女を起こそうとする。
「ん、ふぅ……だぁれ……?」
寝ぼけ眼をこすりながら、少女は燃え盛る瞳を彼女に向ける。
「私は劉 月……あなたは?」
「え、あ、Karin・Frostell……」
「そう、素敵な名前ね……ねえ、二人で協力し合わない?」
ニコリと笑い、ユエはカリンに手を差し出す。
―――★―――
「あぁぁああああははははあああ! たぁのしぃなぁぁぁ!?」
土と木と石、血と肉と骨が溶け合った黒いスライムの中で、彼は狂笑する。
スライムの中で声はくぐもりながら反響し、外に不快な絶叫として放たれる。
「アアアアアッッ! アァァアアアァァァッ!!」
それに対し、炎の巨人も悲鳴のような絶叫を辺りに響かせる。
「ははははは、ひはひひひッ、乗ってきたぁぁ! 行くぜぇぇぇぇッッ!」
ギュウッと黒いスライムを圧縮させ、その大きさを二回り小さくさせる。
「死ねやぁぁぁぁ! っっらぁぁぁぁぁ!!」
その叫びと共に、黒いスライムは圧縮された力を開放し一本の棘を炎の巨人に向かい放つ。
振り上げた炎の腕を掻き消し右腕を霧散させる。
「アアアアッッッ!! アアアァァァァァァッッッ!!」
ただの現象に過ぎない炎の塊に対し、強烈な圧力から解放されたスライムは容易に炎を削り取った。
更に三本、棘は首や胸や腹を貫通させ、頭は霧散し消えていった。
徐々に失われた部位を回復させていくが、それでも圧縮スライムはまだ棘を出し続ける。
「あはははっはっはっはっはっは! 死ね死ね死ね死ね死ね死ねぇぇぇぇ!」
それを大笑いしながら、彼は炎に風穴を開け続ける。
「……ぁ……?」
そうして、彼は違和感に気付く。
―――★―――
一日傍にいて気付いたことがある。
カリンちゃんは、少し阿呆だ。
「ユエちゃんは、良い人だよね……私の為に、パン悔いまでしてくれて……ねえ、熱くない?」
「まあ、協力者だしね」
当たり前のことで喜ぶし、当然のことに嬉しがる。
まるで子供か、それとも阿保だ。
私の国なら騙される側で、食い物にされる側だ。
「当然だよ、私とカリンちゃん協力者なんだからね」
「っ! 嬉しいな、こんな世界でも友達ができるなんて!」
子供も阿呆も弱者で、食べられる側だ。
いち早く卒業しなければならないし、いち早く抜け出さなければならない。
つまるところ、彼女はそういう弱さが認められた国の子なんだろう。
まあ、乗せやすいならそれでいい。
「私、あんまり外を出なかったから……熱くなってきたね」
「……元気そうに見えるけど、実は箱入り娘さんかな?」
ああ、そういう人種か。
そりゃあ、箱に包まれているなら食い物にならないね。
うんうん、だいぶ分かってきた。
……嫌いな人種だ。
「ううん、農家の子だよ、一人娘」
「あらら、それじゃあ……大事にされてたのかな?」
阿呆が住む阿呆国ってことかな?
……まあ素敵、阿呆が阿呆じゃなくなってしまうね。
賢いと小ずるくなるのと逆に、阿呆は優しいわけだ。
レベルが低いと低レベルの犯罪しか起きないわけだね。
「私ね、瞳が真っ赤でしょ?」
「……あー、うん、そうだね、綺麗だよ」
炎でまったく見えないんだけど……。
「だから、魔女だって言われるかも知れなくて……だから、最近まで家に籠もっていたの」
―――★―――
増える、増える、増える、増える。
染まりゆく虹色は波紋のように黒いスライムの表面を覆っていく。
虹色が、玉虫色が、極彩色が黒を染める。
「ああああっ!? あああああああっっっ!?!?」
絶叫しながら、圧縮をやめ触手を振るう。
だが、色の進行は止まられず、色は侵攻していく。
色彩の暴力は、彼に苛立ちと不安を募らせる。
膿のように、広がっていった色は表面で球を作る。
そうして、炎の巨人の反対側は虹の膿まみれに変わっていく。
限界まで膨らんでいき、今にも破裂しそうになる。
「ちっ、くそっ、クソッ、クソクソクソ!」
窮地に陥り、徐々に彼は冷静さを取り戻す。
液体である黒いスライムは、色の疾患部分を内側に包み込もうとする。
何か分からないが、破裂させることに危険を予知したからだ。
「アアアァァァァァアアアァァァァッッッッ!」
「て、めぇ、てめぇ何してるんだよぉぉぉッッ!?」
炎の拳が、膿の表面を焼く。
彼の悲鳴のような絶叫と共に、極彩色の膿はその色彩を破裂させていく。
破裂と同時にスライムはその体積を失っていき、表面の六割を覆っていた膿の破裂で先程と同じように二周り小さくなる。
奇しくも先程の圧縮状態と同じような大きさだが、彼は慌てて周りの土や木を捕食しようとする。
「アアアアアアア……ァァァァアアアアアアアア!!!」
「ッッ!? やめ、やめろ! 離せ! 離せぇぇ!!」
巨人の腕は、抱くようにして腕を伸ばし持ち上げる。
炎の抱擁は不思議にも実体を持っているかのように、小さくなった黒いスライムをその胸に抱く。
逃げ出そうと腕の隙間から這い出ようとする黒いスライムを、腕から生えてきた小さな腕に内側に押し戻される。
そうして、成すすべなく黒いスライムは蒸発していき……遂にすべて消えうせる。
―――★―――
「不味いね……不味いよ……」
焦った様子でヨシヤはキューシローと共に走る。
あの虹色の球体が破裂飛び散り、木々を跳び辺りに散らばっていく。
一目二目で、不味いものだと二人は理解した。
「ええ……ザンとマリアとピーターを回収して、拠点に戻りましょう」
キューシローは落ち着いた様子で全速力で走る。
……背後には、凄まじい色に染まった黒いスライム。
「あれが弾けると……流石に、ヨシヤは守り切れませんね」
「だよ、ねぇ……ははは」
そう笑いながら、二人はほぼ同時に背後を見る。
「二人とも伏せてぇぇ!」
その言葉を聴き、ヨシヤとキューシローは身を伏せる。
と、同時に覆いかぶさるように岩が落下し、地面と岩の隙間に二人は匿われる。
「……マリア、ピーターは……」
最後に潜り込んできた彼女が入り口を塞ぐと、キューシローは岩の隙間から見える光を頼りにマリアに話しかける。
「ごめんなさい……あの嵐相手にしていたら、乱入されて……ピーターは……」
その言葉を聴き、少しだけ目をうつむかせる。
「マリア、あなたがその筆をもってください……その方が、たぶん喜ぶと思いますから」
そう言い方を叩き、彼は外の光景を覗き見る。
……意味の分からない絶叫しながら、黒いヘドロが灼かれていた。
「ザンを回収し、余裕があれば…数人殺しましょう」
静かにいい、マリアの岩を消させる。




