神罰の雨、災禍の雨は戦火を広げる。
鋭く、そして早い。
目の良さも、肌で感じる風も、全部が全部初めて感じる世界だった。
戦闘中じゃなかったら、ちょっとこの感覚を楽しむところなんだけど……。
「さて、さて……音もしなくなったってことは……カメレオンちゃんは今動いてないのかな?」
耳に手を当てても、周囲の音は風に揺れる木や草の音しか聞こえない。
「さて、とぅ……んじゃあ匂いはどうかな?」
ぬっふっふ、あんだけ暴れまわったんだから、汗やらなんやらの匂いはするはず……あったまいー。
「まるでワンちゃんだね……おっとっと、緊張感緊張感……」
隠れんぼは終わりだぜぃ?
くんかくんか、ハスハス。うえ、そこらじゅう青臭いんだけど。
まるで森の中だね、はっはっは。
「ん! この香り……そこかぁぁ!」
ドロップキックをかませる。
……手ごたえはないが、しかし匂いは強くなった。
と言うよりも息遣いが聞こえてくる。
「どぅっっっせぇぇぇぇぇぇいっっ!!」
「―――!?」
今度のパンチは、結構手ごたえがあった。骨と肉の軋む感触もばっちりだ。
……がっちり防御されてたけど。
さぁてさて! キツネ狩りの時間だぁ!
―――★―――
痛い、痛い、痛い……。
脳が焼かれたみたい……思考がまとまらない……。
「……ここで、終わり?」
嫌だ、それだけは、絶対に。
私は……私は、絶対に生き返らなきゃ……。
……あれ?
「やばい、あ、ダメだ、泣く」
わからない、わからない。
だけど、もう駄目だ。
名前も奪われて、こんな所で死ぬ?
「嫌、嫌よ、嫌、嫌、イヤ、イヤイヤ、いや、嫌」
死にたくない。
「……殺さなきゃ……」
―――大きめの折り畳み傘を取り出し、右耳のイヤリングに触れる。
「…………無識界」
死にたくない。
―――周囲が溶け出し、泥に変わる。
「……凍てつき、止まぬ雨」
まだ、後悔しているんだから。
―――★―――
「―――ッ!」
研ぎ澄まされた嗅覚が、聴覚が、視覚が、触覚が。
辺りの異変に気づく。
雨の匂い、雨音、雨空、そして辺りの急激な温度の変化。
「……なんだ、こりゃ……」
異様だった。
「臭! 熱!? なんじゃこりゃ!?」
暗雲から放たれる異様さは、そのまま様々な刺激をリサに与える。
「―――うお!?」
咄嗟に、身を躱す。
「……なんじゃこりゃ……」
振って来たのは、おそらく液体。
しかし……それは雨でも水でもなかった。
「これは、ひょっとして……ぇぇ!?」
匂いを嗅ぎ、リサはその正体を察する。
「酸? ……まったく、なんつうもんを……くっさ! 鼻まがっちゃうよぅ!」
急いで、木の陰に隠れる。
「酸じゃあ無さそうだけど……でも、やっぱり触るのは駄目だ……さて、どうしようかな……」
せっかくの身体能力も、雨一滴一滴を躱せるほど機敏ではない。
「問題は……これがどれくらい続いて、どれくらいの範囲なのか、だよね……」
後ろを見ながら、心配そうに呟く。
……トーキと戦っているであろう場所にも暗雲はあり、巻き込まれている可能性は高い。
「……二つに、一つか……」
前を見て、そしてまた振り返る。
「…………ゴメン!」
そうして、リサは森の中を走り出す。
―――★―――
数度目の鍔迫り合い、十数度目の剣戟。
トーキのセンスの無い攻撃も、一撃が致命的となるこの戦闘で徐々に成長していく。
戦い始めたころならば、お話にならないレベルの剣いも、既に若干の悪意で強化されている3rdとほぼ互角だった。
それゆえに、いまだにお互いに決定打はない。
「…………ッ!」
トーキも、最初と比べれば剣の消費は段違いに少なくなった。
カウンター狙いの攻撃も見破られ、そして血のストックもまだ潤沢。
だからこそ、終わりは見えない。
こうなると、お互いの勝機は戦闘が終わった仲間の加勢が早く入った方の勝ちとも言える状況だ。
そう両者は考えたからこそ、先と比べ剣の勢いは無い。
お互いに消極的な攻撃を繰り返し、さらに泥沼化する。
一瞬でも気を抜けば死ぬ訳ではないが、一瞬でも手を抜けば死に繋がる。
そんな攻防を繰り広げ、ジリジリと消耗させ合う。
……どちらが気づいたのか。
ほぼ同時、と言って良いほどにお互いが気づき、そして悪寒が走る。
(なんだ、アレは……)
(どっちのITEMだ……?)
先に行動したのはトーキ。遅れて3rdが続く。
(確実に、あの透明女のITEMだろう……複数持っている? のかは分からないが、直観に従った方が良さそうだ)
リサのITEMを知っているトーキはさらに早く走り出す。
(……9thのITEMの可能性は……? あの場を離れて良かったのか? っく、分からない……!)
対象に、底を見せない9th―――あえてエリナが情報を共有させなかった―――のせいで、3rdの足取りは若干遅い。
そうして、2人に死の雨が襲い掛かる。
―――★―――
「……マリア、随分急に天気が悪くなりましたね」
心配そうに、男は空を見上げる。
「そうねぇ……もしかしたら、天気を操るITEMなのかも」
からかうように笑いながら、そう返す。
「やれやれ……ザンは単独行動、ヨシヤも閉じこもったままですし……」
困った顔をしながら、そう呟く。
「大丈夫じゃなぁい? だって、私もザンも強い部類に入ると思うしぃ」
ねっとりと、耳元で囁く。
「僕は確実性を求めているんですよ……はぁ、頭が痛い」
そうため息を吐くと、その息が白く染まるのを見た。
「……マリア、寒くありませんか?」
「…………確かにぃ、そうかも……?」
むき出しの腕をこする様に、組んだまま上下に動かす。
「ッ!」
「あらぁ?」
草むらから、音が聞こえる。
……気づけば、周囲は白い霧に覆われている。
「……誰かがあんなのを創りやがった……集る蟲みてぇプレイヤーが来るだろうから、待とうと思っていたんだが……」
凶暴そうな男の声が、徐々に近づいてくる。
「ビンゴ、当たりみてぇだな、おい」
突然、男の足音が止まる。
「マリア……」
「分かってるわよぅ? ここで使うなってんでしょう? んもぅ、私つまんなーい!」
頬を膨らませながら、不満を伝える。
「じゃあ、頑張ってね? リーダー?」
「分かっていますよ!」
そうヤケクソ気味に叫び、日本刀をどこからか取り出す。
「日緋色金ッ!」
「っは! 来いよ坊主! 行って来い! TEMPESTッ!」
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