〈1・2〉 女性と子どもはボス、男性は奴隷(または下僕、消費財)
●生物集団の母胎は雌雄の雌側のほうにある
人間に限った話ではなく、少なくともほ乳類に関してはライオンやサルなど群れをなして行動する動物は、群れをつくっているその要因はメス側のほうにある。たとえ群れのリーダーがオスであってもその群れの基盤になっているのはメスたちのほうである。このことは男性よりも女性たちのほうが直感的に納得するでしょう。
20世紀の天才数学者のひとりだったポール・エルデシュは、『エルデシュ語』と呼ばれる独特な言葉を使うことで有名でした。それらの言葉のうち、女性と子どものことは“ボス”と呼び、男性のことは“奴隷”と呼んでいました。「子どもがボスなら、男の子はどちらなのか?」という質問に対しては、「基本的にはボスだが、女性の尻を追い回すようになったら奴隷になる。」と言っていました。本気で言っていたのかユーモアだったのか今となってはわかりませんが、簡潔に本質を突いた説明だと思います。
人間が洞窟で暮らしていた頃、子どもができた後の生活形態は、男たちは狩りと採集、女たちは洞窟内で子育てという役割分担をしていた場合、この生活スタイルが長く続けばどういうことになるだろうか。女たち側から見れば、男は自動的にエサを持ち帰ってくる物体であり、女がボス、男は奴隷という認識が形成されても当然だろう。
●シカの集団内に見られる現象
シカは共同体をつくってその中で生活する動物である。とくに集団のなかにいるのを快適に感じ、メスのリーダーが群れを統率している。オスは二歳になると落ち着きがなくなり、離れた場所に移動する。そこで彼らは他のオスたちと合流するが、そのまとまりは緩い。年を取るにつれて他者を寄せ付けなくなり孤立を好むようになるが、ときには若いシカを一頭、近くにはべらせることがある。
メスのシカは、その点で本質的にずっと安定している。群れの結束は固く、とくに経験豊富な妊娠出産を経た個体によって率いられる。先代から後続世代へと受け継がれていく伝統もある。たとえば数十年のあいだ使われてきたけもの道もそのひとつで、そこを通って緑の生い茂るおいしい草地や冬の避難地へ行くことができる。危機の際には、不安に駆られたシカたちはリーダーの指示に従って行動する。リーダーは同じような状況や想定しうる敵を記憶しているので、なにをすべきかもっとも早く判断できるのだ。
群れのリーダーは、年齢や経験のほかにもうひとつ、自分がその地位にふさわしい証し立てるものを持っていなければならない。それは、子どもである。子どもがいることは、その個体が自分だけでなく他者の責任も引き受けられると見なされるのに、不可欠の要素なのだ。
●特殊なケースの猫たち
劇場版『岩合光昭の世界ネコ歩き2 ―あるがままに、水と大地のネコ家族―』の後半に登場する、冬の北海道の牧場にある大きな牛舎の中で暮らすネコ家族。たくさん牛がいる畜舎の片隅に藁の山が置いてあって、そこでネコ家族が日常生活を送っている。ふつう猫は(統率のとれた社会的行動をする動物たちとちがって、)緊密な統率力のある群れをつくらない。
映画では藁の山の一番高いところにボス猫であるおばあちゃんネコがいて、それより少し低いところに間隔を空けて、おばあちゃんの娘である3匹のメス猫たちがいて、それぞれのメス猫は、ダンボール箱のなかで5匹くらいの赤ちゃん猫を育てている。他におばあちゃんの息子であるオス猫が2、3匹いて、全体で20匹くらいの大きな群れを形成している。オス猫は大人になるにつれて少しずつ群れから離れていくようになり、いずれどこかのメス猫と恋に落ち新しい居住地を求めて旅に出て行く。そのため、群れはメス猫たちを中心とした状態になっていく。なにが言いたいかというと、猫においてもその猫社会のネットワークをつくりあげる主な役割を果たしているのはメスのほうであるということである。
ここでちょっと失礼ながら私自身のネコ飼育経験を語ってみたい。まずは家で飼っていたネコたちが暮らしていた環境がどのようなものであったかについて。子ども時代住んでいた実家は、北海道の田舎にあり、家の周囲は田んぼ、畑と林だらけで一番近くの家まで100メートル離れていた。昔のことなので家の近くは夜間用の道路街灯もない。雪が積もる冬になれば、晴れた日の夜は空気が澄んでいて街の明かりに邪魔されることもなく、夜空には星がたくさん存在することがわかり、天の川も北斗七星も肉眼ではっきり見えた。星たちはみんな繊細にプルプル震えているようだった。
家の造りは人が居住する母屋の他に、農作業に必要なものを置くための納屋がいくつかあって、藁の山を置いてあるところもあった。猫好きだった私は、母親に叱られながらしょっちゅう子ネコを拾ってきて育てていた。結局、ネコにエサをやる主な役割は母がやっていたのだけれど。昔は街中に、ノラ猫がたくさんいたので、子ネコはいくらでも見つかった。基本的に拾ってくるネコは、明らかに人間に捨てられた子ネコで、母ネコといっしょにいる子ネコは連れて来なかった。また、大人のノラ猫は連れてきても家に居つかないので、これも対象外としていた。
育て方は半分放し飼いのような状態で、ネコが母屋から出て行きたいときはドアを開けて外に出してやり、外から帰ってきて「家の中に入れてくれ~」とニャーニャー鳴くときはドアを開けて中に入れていた。母屋か外かどちらに居たいかの選択はネコの自由にさせていた。
子ネコのうちは、家の外の世界は好奇心と不安の対象で、外に出ても居るところは納屋か家の周囲20メートル以内のところを探索していて、特に納屋の中は藁の山やいろいろな農器具が置いてあるから、子ネコにとってはジャングルジムみたいな遊び場となっていた。あまり家から離れた場所に行くのは好奇心より不安が勝るようですぐ引き返し母屋の中に入ってきた。
生後1年も経つと大人の仲間入りをするようになる。発情期に入るとオスもメスも恋の相手を探しにいくようになり、一度外に出たら三日間家に帰ってこないこともしょっちゅうだった。家に帰ってくるとネコの様子から、“これは求愛していた相手にフラれて帰って来たな。”とわかるような表情としぐさをしていることもある。そして、また外に行きたい欲求が高まってくると、しばらく帰ってこない。
オス猫の場合は、外に出て行ったきりほんとうに帰ってこなくなるケースが多かったのだが、メス猫の場合はちがった。妊娠すると家に戻ってくるのだ。おなかが大きくなったメス猫が子どもを産むときは、ふだん人目につかない納屋の藁の山の片隅で出産していることが多かった。生後2週間ほど経って子ネコの目が開きはじめるところを見計らって子ネコたちを抱き上げて連れて行くと、母親ネコは“わたしの子どもをどこに連れて行く気?”という様子の鳴き声を上げながらついてくる。そのまま母屋に連れて行って子ネコたちをダンボール箱に入れてやると、母親ネコも箱の中に入って“この家なら大丈夫だろう”と母親ネコは判断して、以降は母屋で子育てするようになる。
メス猫は妊娠すると家に戻ってきて居つく。人間といっしょに暮らすことを選ぶ。実家のネコたちは、岩合光昭さんが撮った大家族ほど大きな集団―社会―をつくりあげることはなかったが、ネコ集団の中心はやはりメスのほうだったと実感している。
猫は死ぬときは孤独になることを選ぶ。
人間の居住スペースである母屋で子育てする家族ネコはつねに一組だけだった。居住スペースとそれ以外をネコが出入りできるドアは二ヵ所だけで、一つは表玄関、もう一つは居住スペースの母屋と納屋の一つとを直接つなげているドアだけだった。納屋は全部で三つあったが、出入りするドアには一番最初に居住スペースに住んでいた母親ネコがマーキングして、他の母親ネコを近づけないようにしていたと思われる。子育てできる場所は、ふだん使っていない納屋か屋根裏など複数あったので、他の家族ネコはそちらで子育てしていたようだ。ときどきふだん見慣れない毛色で少し大きくなった子ネコが居住スペースに入りたそうに来ていたので、居住スペースに先住していた母親ネコの甥っ子や姪っ子だったと思われる。
ここで語りたいことは、野性的に生きるか、人間と共生しながら生きるかの選択はネコ側に任せていたということである。おおむねオスは野性的な環境、メスは人間との共生を選んでいたと実感している。人間でも育った地域社会とのつながりを断ち切ろうとしないのは、高校卒業後に地元にとどまるのは男性より女性のほうが多いから、ネコと人間でも同じほ乳類どうし何らかの精神的な同型性があることは推察される。
同じほ乳類であるシカの集団やネコ家族の事例からでも、その社会の中心にいるのはメスと子どもであり、社会の中心にいるということはまさしく「ボス」の立場であり続けることであり、オスはその社会の付属品として機能する「奴隷」または「消費財」であることを意味する。オスの個体が、奴隷の立場でいることをいやがる場合は、所属する社会から出て行くしかない。
いやちょっと待て、サルの集団やライオンの群れのボスはオスではないか、そして人間も集団のトップに立つのはたいてい男性ではないかと反論する人もいるだろう。しかし、よく考えみてほしい。ボスという名の集団のトップの立場であり続けることは大変なことだ。それなら、ボスの座は見かけ上オスにゆずって、そのオスをメスたちが操作する状態を選ぶ動物がいてもまったくおかしくないだろう。政治の場でも真に影響力をもつ人物は、首相や大臣などマスメディアに登場する機会が多いポジションには立たないで、裏で糸を引ける立場に身を置くのも同様だ。
これらはコミュニケーション能力の高い動物が選択する方法のひとつである。




