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振り上げた刃

背中が、熱い。熱くて、倒れそうだ。

背中に触れると、小さな背びれのような突起があるのが分かった。

王宮に戻ってくるなり彼女と別行動にしてよかった。

そろそろ、隠すのも限界だろう。


廊下の影で一休みしていると、不意に話し声が聞こえた。

聞き耳を立てるつもりはなかったが、あまりにも大声で話すものだから嫌でも耳に入る。


「あの器はもう限界だな」


「想定より大分早いですね。今回の器は容量が大きいと聞いていましたが」


「近年は瘴気そのものが増えている。運がなかったのだろう」


「次の器はもっと持てばいいがな」


汚い笑い声だけが、耳に残って離れない。

僕はバレないように、その場を這うように逃げ出した。

その時、胸ポケットから何か落ちたような気がしたが、振り返る余裕はなかった。


どこでもいい、どこかに行かせてくれ。僕の居場所に。


「カイン?どうしたの?」


無我夢中で扉を開けると、そこは、聖女様のお部屋だった。


「聖女、さま?」


「他に誰に見えるのよ。私の部屋なのに」


どうやら僕は、無意識のうちに彼女の部屋に逃げてきたらしい。

彼女の部屋の匂いがふと鼻を横切ると、少し安堵した。


「そうだ、カイン聞いてよ」


「何でしょうか?」


彼女は、とても幸せそうに、笑いながら話し始めた。


「今日の浄化もうまくいったでしょ?だからか最近、色んな人から期待されるようになったの」


「今まで期待されたことなんてなかったから嬉しくて」


彼女の言葉が、うまく耳に入ってこない。

君は、僕がいればそれで良かったんじゃないのか。

僕のために、怒っていたじゃないか。

期待されたら、誰でも良かったんだ。

そんなはずない。一生一緒だと言っていた。


一生なんて約束、僕にできるわけない。


何だろう、吐きそうだ。


「だから、これからももっと頑張りたいなって!勿論、これからもカインと一緒にー……」


気持ち悪い。

やめろ、もう、君の話は聞きたくない。


ブツンと、頭の中で何かが切れ、視界が歪んだ。


ドンッ、と大きな音が響いた。


「カ、カイン、急に、な、にっ?」


ふと、彼女のか細い声が耳に届いた。

気がつくと、僕は彼女に馬乗りになり、隠し持っていた短剣を首に押し付けていた。

この状況に、どんな言い訳をしようか。

いや、もう必要ないか。どうせ、僕はすぐに――。


「……はは」


「ははは……」


僕の口からは自然と笑みがこぼれた。

ハァ、ハァ、と荒い息遣いがする。

視界が、歪む。

彼女の首に触れている指だけが、僕が何をしているのか現実を知らしめる。


全て、壊れてしまえ。


「僕は、君と一緒にいるのが苦痛だった!お前が、お前の存在が僕を苦しめる!」


言いたかったことが、全部、言える。

もう、全てぶち撒けてしまおう。


「お前がいるからだよ」


「僕がこんなになったのは、全部お前のせいだ!」


ほら、見てくれよ、僕の、苦しみを。


僕は服を脱いで、彼女に自分の身体を見せた。

そこには、明らかに人間のものではない、皮膚を破って生えた、不気味な黒い背びれがあった。


目を背けようとする彼女の顔を、押さえつけた。


「ちゃんと見ろよ」


「お前が浄化するたび、僕はどんどん僕じゃなくなっていくんだ」


もう、どうなってもいい。

彼女の怯えた顔すら、今の僕には最高のスパイスだった。


「知らないってさあ、罪なんだよね」


「ほら、自分の罪とちゃんと向き合えよ」


僕は彼女に、最初に変わった爪を見せつけた。


「……君に、死んでほしくないな」


僕は短剣を思い切り振り上げた。

その時、彼女の腕に、彼女からもらったブレスレットの片割れが、視界の隅に見えた。


ふと気になった。僕の胸ポケットの、ブレスレットはどこいった?

彼女がプレゼントしてくれたときの、言葉が何度も頭の中でリピートされる。


「一生一緒にいられるんだって!」


分かってる、彼女に悪気はない。


ただ、知らないだけだ。


でも、知らないのは罪ではないか。


だって、知ろうともしてくれなかったじゃないか。


だけど、教えなかったのも僕だ。


君が悪い君が悪い君が悪い君が悪い君が悪い君が悪い君が悪い君が悪い君が悪い君が悪い


誰が悪い、


……駄目だ、僕はもう、何も考えたくない。


僕は振り上げた短剣を、そっと下ろした。


その瞬間、扉を開く大きな音が聞こえた。

彼女が何か叫んでる気がする。が、もう、視界も歪んで、僕は、一体どうなってる?


「聖女様、ご無事ですかな?」


僕は、大勢の近衛兵に取り押さえられていた。


「ねえ待って、カインをどうするの?」


「器よ、貴様の役目は終わった」


「器って何!?カインはカインよ!」


「聖女様は知らないんでしたな。いい加減頃合いだ。聖女様に、お前の一族のことを教えてやれ」


近衛兵に取り押さえられているせいで、身動きが取れない。

もう、全て終わりだ。いや、終わらせよう。


彼女とはもう二度と会わない。


「僕は、初代聖女を殺した一族の末裔、です」


彼女がどんな顔をしているのか、僕には確認できなかった。


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