蛇のような視線
「おかえりなさいませ、聖女ミア様」
王宮に戻ると、彼女は早速王に呼び出された。
今回は、僕の身体のことが話題に上がるからか、珍しく僕も同席させられた。
この部屋にいる奴らは、僕の本当の仕事を知っている。そのため、あまり近寄りたくなかったが、断るわけにはいかない。
王の傍らには、いつものように宰相ゲイルが控えていた。そんなに僕が気になるのか、まるで蛇のようにまとわりつく視線を寄越してくる度に、不快感が募る。
手袋の下の爪が、まだ僅かに疼いている。
今朝方町で買い直したばかりの手袋だ。前のものは、爪が突き破ってしまった。
「此度の浄化もお疲れ様でした。……して、横にいる彼はどうかね?」
「どう、というのは?」
「いやいや、仕事がちゃんとできているのか気になってな。何か粗相があってからでは大変だからな」
嘘だ、僕の身体に変化がないか気にしてるんだ。
いつ新しい器に変えればいいのか見極めたいのだろう。
見れば分かるものを、わざわざ聖女に聞くところに嫌気が差す。
「彼は最高のお世話係です。私が保証します」
「……そうか、分かった」
「もうお話がないようでしたら失礼致します」
彼女はそう言い残すと、僕の腕を掴み、謁見の間からそそくさと出ていった。
その横顔は、明らかに怒りを滲ませていた。
前に謁見の間から出てきたときも、同じように怒っていたのを思い出した。
「聖女様、もしかして、怒ってますか?」
彼女が何に怒っているのか気になって、つい聞いてしまった。
すると彼女は足を止め、僕の目を真っ直ぐ見つめた。
「……怒るでしょ!カインのこと、全然評価してくれない!」
「そ、そうですか」
「そうよ!私はカインがいないと何もできないの!それなのに、粗探しみたいな……」
僕は彼女から顔を背けた。
多分、今、凄い表情をしている。
僕は上がってしまう口角を抑えるように、手で口元を覆った。
奴らが手中に収め、支配したい聖女は、今やもう完璧に依存している。器でしかない僕に。
なんて、なんて気分が良いんだ。
彼女をこのまま懐柔すれば、僕を解放してくれるかもしれない……。いや、待て。むしろ、僕の死期が早まる可能性もあるな。
奴らには僕が邪魔な存在になりつつあるはずだ。やはり、彼女とは距離を置くのが正解か……?
「カイン……?」
彼女は、心配そうに僕の顔を見つめていた。
この間の馬車酔いの件もあって、彼女には僕が何かを隠していると少々疑われている。
悟られてはいけないと、僕は表情を捨てた。
「あ、いえ、ありがとうございます。僕なんかのために」
僕は歩みを止め、聖女様へと向き直った。
「ですが、僕はそのようなことを言われる人物ではございません。僕を買いかぶりすぎですよ」
「……」
そうだ、これでいい。
所詮、彼女とは僕が死ぬまでの付き合いだ。
そもそも、何故彼女と仲良くする必要があるんだ。
彼女とはあくまで仕事上の付き合いで……
「カイン、私の大事な人を馬鹿にしないで」
下を向いていた僕を、彼女は更に下から覗き込むように見つめていた。
その目には、怒りのようなものが見えた。
「いい?貴方は私にとって、大切なパートナーよ。それをそんな風に言われたら、今までの私の気持ちも馬鹿にされた気分」
「そんなつもりは……」
「貴方にはなくても、そう感じたの。いいこと、カインのことを馬鹿にしたら、私が許さないわ。誰であろうと」
「は、はい」
彼女はそう言うと、僕を解放した。
そして、先程までの怒り顔が嘘のように、スッキリとした笑顔になった。
「カイン、そういうことだから。私の気持ち、甘く見ないでよね」
彼女はスキップをしながら、僕を置いて先に行ってしまった。
「……全く、お転婆な方だ」
僕は先程の彼女の言葉を自分の中で反復した。嬉しい、というには何か違う、妙な気持ちが湧いてきた。
それと同時に、
何も知らないくせに、僕のことも、境遇も。
早く離れて楽になりたい、という気持ちも芽生えた。
僕は、一体どうしたいんだろう。
そう小さく問いかけた言葉は、僕の耳にしか届かなかった。




