手袋の下
第5話
次の浄化先に向かう馬車の中、聖女は項垂れていた。
「こんなにまたすぐ浄化なんて……」
「昨日のパーティーで疲れていますもんね。予定を調整できず申し訳ございません」
「カインは悪くないよ!浄化が決まってるのにパーティーねじ込んだほうが悪いよ」
昨日はお披露目パーティーだった。
僕は出ていないので詳しくは知らないが、彼女の話を聞くに、ひっきりなしに声をかけられ、だいぶ疲れたらしい。
だが、作法は完璧にできたと自慢していた。
大切な聖女様を疲れさせるのはどうかと思うが、もしかしたら考えさせるのを放棄させるのが目的かもしれないな、とぼんやり考えた。
「この辺りは最近、作物の育ちが良くないそうです」
「え、どうして?」
「瘴気の影響でしょう」
そう、瘴気は作物を枯らし、動物を凶暴に変えてしまう。窓の外に流れる畑も、心なしか土の色が黒ずんで見えた。
「今回は山ではなく畑、それに小さいらしいのでご負担は少ないかと」
「うじうじ言っても仕方ないし、よしっ。がんばるよ、カイン!」
彼女は僕の肩をポンっと叩いた。
痛いから止めてほしい。が、彼女に触れられると、何か柔らかいもので胸の内側を撫でられたような感覚がした。
……これを気にするとあまりよくない気がする。
「ねえ、今回は村を回る時間はあるの?」
「いえ。範囲が少ないので、浄化後すぐに帰還になります」
「そっかー、残念」
「観光がお好きなのですか?」
気になったわけではないが、つい口から出てしまった。
最近少し彼女に絆されてしまったのか、時々こちらから雑談を振ってしまう。
別に、話を続ける意味などないのに。
「うーん、カインの新しい一面がまた見れるかなあって思って」
彼女は楽しそうに笑っていた。なんて返したらいいか分からず、僕は言葉に詰まってしまった。
「……観光行かなくても見れたかも」
彼女は僕から視線をそらした。
それだけで、自分が変な顔をしているのだろうということに気づいた。
しばらくお互いに無言でいると、馬車が止まった。どうやら、目的地についたようだ。
「着きましたよ。さあ、降りましょう」
僕は彼女より先に降り、危ないものはないか確認した。
特に何もなかったので彼女に降りるように促したが、彼女は降りようとしない。
「どうかしましたか?降りてください」
「……降りるの大変だから、その、手、貸してほしい、です」
最後の方は消えるように小さな声だったのでうまく聞こえなかったが、どうやら支えになってほしいと言うことだった。
だが、手はできれば浄化のとき以外は握ってほしくない。
嫌でも、この間の浄化のときの痛みを思い出してしまうから。
「それでしたら、僕の肩を掴んでください」
「え、肩?」
「はい、支えになりますよ」
彼女は少し不服そうな顔をしたが、自分のやるべきことを思い出したのか、文句を言わずに僕の肩を掴み、馬車から降りた。
「瘴気って相変わらず見ていて良いものではないわね」
畑一面が、灰色がかった靄に覆われ、作物はことごとく萎れて土に伏していた。
「そうですね、早く終わらせましょう」
僕は彼女の手を力強く握ってしまった。
彼女は一瞬痛い、という顔をしていたが、すぐに笑顔に戻った。
僕は、それを見ても握る手を弱めることができなかった。力を入れてないと怖いのだ、浄化のときの痛みが。
「……終わったようです、ねっ」
彼女が杖を振り、瘴気がなくなった瞬間、僕の身体中を、痛みが襲った。
この間の比ではなかった。
僕はその場に崩れ落ちた。
声を出そうとしても、か細い息しか吐けない。
頬を冷たい水が走る。きっと、これは僕の汗だ。
「え、どうしたのカイン?何があったの……?」
まずい、聖女様に僕の状態がバレるとまずい。
「いえ、少しっ、休み、ます」
心配する彼女を振り切り、木陰へと走った。
彼女の視界から消えるように木の陰に隠れた。そのまま木にもたれかかると、痛みが少しマシになった。
先程まで痛かった箇所をさすろうと手を動かすと、自分の手に違和感を覚えた。
「これ、僕の爪かよ……」
その爪は、人間のものと言うには黒く、先が尖っており、まるで獣のようだった。
こうやって、どんどん人間じゃなくなるんだ。
……嫌だ、怖い。人間じゃなくなるという恐怖が、身体中を渦巻く。
しかも、想定よりも早い、早すぎる。僕の許容量が低かったのか、或いは瘴気が強くなったのか。
なんで僕が、僕は関係ない。全部、全部彼女のせいだ。
いや、考えても仕方ない。なってしまったものは仕方ない。
僕は持っていた手袋をつけた。爪を誰からも、自分からも見えないようにした。
ふと、彼女の方を見ると、村人に囲まれて、お礼を言われていた。
彼女も、照れていたが、嬉しそうに笑っていた。
妙に、騒がしいな。
つい、笑ってしまった。
彼女は、僕が苦しんでいるのは自分のせいだなんて微塵も思わないのだろう。
なんて、なんてずるいんだ。
……でも同時に、彼女は何も知らず、呑気に笑っていてほしいとも思ってしまう。
「カイン、大丈夫?」
彼女は僕がいくら問題ないと言っても、先程の追及が止まらなかった。
「……実は僕馬車酔いしてしまうんです。恥ずかしいので内緒ですよ」
「馬車、酔い?」
「はい、我慢の限界がきてしまいまして」
「いや、馬車酔いって感じじゃ……」
「馬車酔いです。いいですね」
これ以上追及されないように、いつもより強い口調で制した。
彼女は納得したか怪しかったが、僕の様子を見て追及しても仕方ないと思ったか、無言になってしまった。
これでいい。どうせ僕は替えがきく。
僕は、いずれ怪物になって、自害して、彼女の前から消えるのだ。
その頃には彼女も、新しいお世話係と仲良く暮らすだろう。
胸の内側を、冷たい手で撫でられたような気がした。
ポケットに手を入れると、冷たいものが当たった。
僕はいつも持ち歩いている自害用の短剣を、そっと撫でた。




