初めての浄化
「見てみてカイン、久々の町よ!」
「ええ、そうですね」
「色んなお店があるわね!どこから見ましょうか!」
彼女は久々に城から出て、自由に町を回れるのが楽しそうだった。
本来なら浄化の前日は宿でしっかり休みをとる予定だったのだが、聖女様が宿で休むのは暇、と我儘を言うので、町の探索に付き合っている。
まあ、城の中ではジロジロ見られて色々と窮屈なのだろう。羽休めになるのなら、散策も悪くない。
「カイン!串焼き好き?」
「好きでも嫌いでもありません」
「そうなの!そしたら1本どうぞ」
一体いくつ買ったのか、彼女の手には10本の串焼きが握られていた。
この姿を見たら、この町の住人も誰も彼女を聖女だと思わないだろう。
「ありがとうございます」
「ほら、食べて食べて!私もさっき食べたのだけど、とっても美味しかったの!」
断っても意味がないので、ひとくち食べた。
「……美味しい」
思わず口から漏れてしまった。
「カインが素直に言ったの初めて聞いた!今日はカインの素直記念日ね!」
「……そうですか」
彼女のよく分からない発言には慣れているつもりであったが、やはりよく分からない。
でも、僕の発言1つでコロコロ変わる表情は、少しだけ興味深かった。
「聖女様、そろそろ宿に戻りましょう。明日に備えてお身体を休めなくては」
辺りはすっかり暗くなってきていた。
そろそろ休ませなければ、明日の仕事に影響が出ると、僕の沽券に関わる。
「ええ、分かったわ。一緒に回ってくれてありがとう、カイン」
「いえ、それが僕の仕事ですので」
彼女が素直に従ってくれたので助かった。
次の日の朝、起こしに行くと彼女はすでに起きていた。
「お早いお目覚めですね。こちら、眠気覚ましのハーブティーでございます」
彼女は折角僕が淹れたハーブティーに目もくれず、ただ下を向いていた。
僕はため息をつきそうになったのを堪え、彼女が動き出すのを待った。
「……ねえ、カイン」
10分くらいは経っただろうか。彼女は僕のほうを向いた。その目は、不安の色を浮かべていた。
「何でしょうか」
「大丈夫って、言ってくれない?」
なるほど、緊張して早起きをしたのか。
僕は彼女にハーブティーを差し出しながら、なるべく優しい口調を心がけた。
「聖女様なら大丈夫です。僕もずっとお側にいます」
「……うん、ありがとうカイン!私、がんばる!」
彼女はハーブティーを一気飲みすると、立ち上がって万歳のポーズを取った。
出発の前、僕は彼女に1本の杖を手渡した。
「これは?」
「代々の聖女様に受け継がれてきた杖です。かの勇者が、この国を瘴気から救った際に使ったと伝えられております」
「私が、これを……」
彼女は杖を受け取ると、緊張した面持ちでそれを見つめた。
本当のところ、この杖に何の力があるのか、僕も詳しくは知らない。ただ、儀式には必要なものだと教えられてきただけだ。
今日の仕事場である、町外れの山に行くと、山全体が黒い霧に覆われていた。
「これが、瘴気……?」
「その通りです」
町からここまでの道中、枯れた木や、地面に転がる動物の死骸を何度か見た。
「お願いします、聖女様。これのせいで、山の動物が凶暴化し、町にまで入ってくる始末なのです」
町の人々は聖女をひと目見たかったのか、ほぼ全員と言っていいほど集まっていた。
皆、彼女に助けてくれと懇願している。彼女の手は震えていた。
僕はそっと彼女の手を握った。安心させるためではなく、瘴気を受け取るためには手を握る必要があるからだ。
「え!?カイン、手を……」
彼女は頬を赤くして顔を背け、何か言いたげだったが、言いかけてやめてしまった。
僕も追及する気はない。彼女の考えなど、考えても仕方のないことだ。
「聖女様、お願いします」
「う、うん!」
聖女様が握っている手と反対の手で杖を振ると、辺り一面の霧が全て晴れた。
今まで枯れていた木や葉っぱが、芽吹き始めた。
「こ、これでいいの?」
「……はい、これでここの瘴気は去りました」
「ありがとうございます、聖女様!これで我々の町はもう動物に怯える必要はなくなりました!」
町の人々は、我先にと聖女様へ駆け寄った。誰も、僕の姿など見ていなかった。
彼女は皆にお礼を言われ、安心したような笑顔になった。
彼女がホッとした顔をしたのを確認すると、僕はまだ温もりを感じていた手を、離した。
そして、近くの草むらで膝を崩した。
内臓を、内側から引っ掻かれているような痛みが走る。口の中に、錆びた味が広がる。
そのまま口を押さえて咳き込むと、手には血がついていた。
その手は、とても冷え切っていた。
たった一度で、これかよ……。
話が違う。最初は何も起きないはずじゃなかったのか。
これを、あと何度も?冗談じゃない。
どうして僕だけが、こんな目に――。
彼女さえいなければ――そこまで考えて、僕は自分の思考を止めた。
「あ、カイン。どこ行ってたの?」
彼女のもとに戻る前に、手についた血を拭った。余計な心配をかけさせてはいけない。
「いえ、聖女様とお話したい方がたくさんいらしたので、僕は遠慮させていただきました」
「そうなの。ねえカイン、見て?みんな、喜んでくれてる!」
嬉しそうに「もっとたくさんの人を、これからも助けられるようになりたい」と語る彼女を、僕は自分がどんな顔で見ているのか、自分でも分からなかった。
……これ以上、力を使わないでほしい。
僕のこの願いは、叶わないことを僕だけは知っている。
「カインも手伝ってくれる?」
「……はい、勿論です」
僕は今、自分がどんな顔を作っているかさえ分からなかった。




