聖女様のお世話係
「カイン助けて!」
聖女様の勉強中、僕が部屋を片付けていると、助けを求める声が聞こえた。
「どうなさいましたか、聖女様」
「こ、ここの文字が分からないの……」
彼女はここに来て2週間になるが、だいぶここでの暮らしに慣れてきたらしい。
最初のうちは僕を呼び出すのにもビクビクしていたが、今では普通に接してくるようになった。
……図太いだけなのか、あるいはただの馬鹿か。
しかし、馬鹿では困る。
この2週間、作法も、勉強も、思ったように進まなかった。
彼女にやる気があるのは分かるが、身になっていない。
このままでは、僕のやり方が悪いのではと疑われてしまう。
「……こちらの文字はこの間も説明いたしましたが」
「あ、今私のこと馬鹿って思ったでしょ!」
「思っていませんよ」
できるだけ普通に対応した。
聖女様にお世話係を変えてほしいと言われれば、僕は明日には別の従者に代わっているだろう。ただの器の僕には、代わりはいくらでもいる。
だから、笑って誤魔化した。
「だって、仕方ないじゃない。私は庶民だし、親は勉強させるよりも早く働いてほしかったみたいだし……」
庶民には勉強の文化がないらしい。
だからこそ、彼女が聖女様に選ばれたのだろうけど。
彼女には同情はするが、手を抜くつもりはない。
「はいはい、勉強を続けますよ」
勉強中、彼女の集中力が切れるのを見極め紅茶を用意したり、休みたそうなときはおやつを出したり、聖女様のお世話係には休みがなかった。
「ふふ、カインって私のことよく見てるのね」
彼女は、お茶菓子を食べながら話しかけてきた。最近、このように雑談を振られることが多くなった。
「……なんですか、急に」
「えへへ、見てくれる人がいるって嬉しいなって思って」
「……そうですか」
勿論、彼女の様子を見てストレスを溜めないようにするのも仕事だからだ。
見てるのは、それ以上でも、それ以下でもない。
彼女は、休憩からずっと取り留めのない話をしている。
少しでも勉強にやる気を出してもらおうと、気分転換に庭でのお茶会を勧めた。
「すっごいきれいね!カイン!」
作戦は成功したようで、彼女にとって外に出ることは気分転換になるようだ。
対処法が分かって良かった。
「そうですね。庭師がよく整えているのを見ますので、聖女様に褒められて嬉しいと思いますよ」
僕がそう言うと、彼女は困ったような変な顔をした。
僕は何か、困らせるようなことを言ったのだろうか。
「もうカイン。貴方はどう思ってるの?私は貴方の気持ちを知りたいの」
彼女は、僕の気持ちなんて知ってどうするのだろう。
そもそも、庭を愛でるなんて僕にはよく分からない。どうせ、僕の命は永くないのに。
僕が答えないでいると、彼女はわざとらしく大きくため息をついた。
「カインは本当に心を開いてくれないのね。少し寂しいな」
「申し訳ありません」
彼女は頬を膨らませ、僕に怒っているようだった。
何故怒ったか分からないが、ここは話を変えるのが賢明だと判断した。
「……そういえば、来週は初めての浄化の日になります。その前日はよく休めるように勉強の予定はございません」
「勉強しなくていいの!?」
「はい。浄化は聖女様の一番の仕事ですから」
「……一番の仕事、か」
彼女は、勉強をしなくていいと言われたときには笑顔だったのに、急に神妙な顔になった。
なんと声をかけていいか分からなかった。そういう感情の機微は教えられていない。
「……ねえ、失敗したらどうなるの?」
「失敗、ですか?」
「初めてだし、私、本当に浄化できるか不安なの」
彼女の手は震えていた。
緊張でうまくいかない、なんてことになってしまっては、僕の存在価値がなくなる。
僕は少しでも緊張を解いてもらおうと、彼女に紅茶を淹れ直した。
「大丈夫ですよ。僕が一緒にいて失敗などはありえません」
「え、カインも一緒にいてくれるの?」
「勿論ですよ。僕はそのために、聖女様のお世話係なのですから」
「そうなんだ、カインが一緒なら心強いなあ」
不思議と、彼女のことだけは分かってしまう。
彼女の笑顔を見ていると、喉の奥がすっと狭くなるような感覚がした。
彼女と共にいるのは、浄化した瘴気を吸収するのに近くにいなければいけないからだ。
それなのに、彼女は心強いと言った。
彼女の行動は、僕を殺す行動に繋がる。
彼女はそれを知らないのだから仕方ない。
「ずっと一緒にいますよ」
彼女が照れたのを、僕は見ないふりをした




