地下の祭壇
日記によると、古代魔術はこの城の地下に隠されているようだ。
後の王が入れるようにか、ご丁寧に行き方まで書いてある。
まあ、ここに関係のないネズミが入り込むとは思わないか。
「さあ。行くわよ、カイン」
「ここまで来たら最後まで付いてくよ」
図書室の隠し扉をゆっくり開け、周りの様子を確認する。
その瞬間、廊下の奥から複数の足音と、怒鳴るような声が響いてきた。松明の灯りが、忙しなく行き交っている。
多分、僕の脱獄がバレたな。聖女様がいないと気づくのも時間の問題だろ。
「カイン?どうしたの?」
「探されてるみたいだね。捕まったら今度こそ処刑かもね」
「大丈夫!次に捕まるときは私も一緒だから。地獄にだってついていくわ」
「はいはい」
僕は、本当に動けば結末が変わるのか確認したい。だから、まだ捕まるわけにはいかない。
とは言っても、彼女を連れてこの中を掻い潜っていくのは難しい。
「……ねえ、僕の肩に前から手を回せる?」
「え?」
「ほら早く」
彼女が僕の肩にしっかり掴まったことを確認すると、そのまま膝の裏を抱えて持ち上げた。
「え!?何!?」
「二人で逃げるより、抱いて逃げたほうが動きやすい。おんぶでもよかったんだけど、背びれが邪魔だろう」
「いや、でもこれ……」
「ゴチャゴチャ言わない。ほら、行くよ」
僕は右往左往に動き回る足音を確認しながら、足音が近くに聞こえないタイミングで動き出し、次に死角になりそうな場所まで走った。
うん、彼女を抱いても動けるし、タイミングを教えなくて済むから楽だな。
廊下の角を曲がるたび、松明の灯りが揺れた。近衛兵の声が、思ったより近い。
「カイン、あっちから声が」
「知ってる、静かに」
僕は彼女を抱いたまま、近くの物置に滑り込んだ。埃っぽい暗闇の中、彼女の心臓の音が、腕の中で速く鳴っているのが分かった。
足音が、すぐ目の前を通り過ぎていく。ひとり、ふたり。気づかず、そのまま行き過ぎた。
「……行った?」
「もう少し待って」
しばらくして、足音が完全に消えたのを確認すると、僕はまた走り出した。
「次はあの階段。日記だと、そこが近道のはずだ」
彼女は素直に頷いた。僕はもう一度彼女を抱え直す。
「重くない?」
「どうってことないよ」
そう答えながら、僕は少し笑ってしまった。今こんな状況で、そんなことを気にするのか、この人は。
階段の下り口が見えたところで、背後から怒声が響いた。
「あそこだ!逃がすな!」
見つかった。
「カイン……!」
「大丈夫、あとちょっとだ」
僕は構わず、階段を駆け下りた。
「もう少しだから、舌、噛まないでね」
「ば、馬鹿にしないで!」
「口開けてると本当に噛むよ」
軽口を叩く余裕が、彼女にはまだあるらしい。それが、少しだけありがたかった。
階段を降りきったところで、僕は彼女を降ろした。背後の足音は、まだ遠くない。
「行こう。もう、時間がない」
隠し扉をくぐると、そこは長く暗い通路だった。灯りもなく、自分がどこを歩いているか分からなくなりそうだ。
「ほら、迷子になったら困るから」
僕は彼女に手を差し伸べた。
「え、う、うん!」
彼女は僕の手を力強く握った。
何だか、彼女と手を繋ぐのは恥ずかしかった。
「着いたみたいだよ」
重い扉の先には、埃をかぶった祭壇と、床一面に刻まれた魔法陣があった。壁には、びっしりと文字が刻まれている。
「読んでみよう」
僕は壁の文字を指でなぞりながら読み上げていく。
『古代魔術は今も、国民の苦痛を大地へ移し続けている』
『大地の限界が、瘴気として溢れ出る』
『瘴気を祓う力を持つのは、初代聖女の血を引く者のみ』
「……初代聖女の血?」
彼女が僕を見た。
「僕の一族が瘴気を吸収できるのは、多分、これのせいだ。よく考えると初代聖女様の夫は、僕らのご先祖様だから」
「じゃあ、カインにも、聖女様の血が……」
「そういうことになるね」
彼女は何か言いかけて、また壁に目を戻した。そして、次の一文を読んだ瞬間、僕の指が止まってしまった。
「カイン?」
「いや、これは関係ない」
「関係ないって何!?ちょっと、私に読ませて!」
彼女は僕を押しのけた。
『聖女の杖に、浄化の力などない』
『あれは、ただの見せかけの儀式に過ぎぬ』
『真に瘴気を祓う力を持つのは、器の一族だけである』
「……え?」
彼女の声が、震えていた。
「じゃあ、私は今までの浄化って……」
「……」
「私は、何も、してなかったの……?」
彼女は自分の手のひらを見つめていた。何度も何度も、杖を振ってきたその手を。
手を握っていたのは、安心させるためじゃない。杖を振っていたのは、儀式のためじゃない。
全部、僕が独りで、瘴気を引き受けていた時間だった。
「別に、今更知ったってどうしようもないことだよ」
「……でも、知らないままの方が良かった、なんて、思わない」
彼女は顔を上げた。目には涙が浮かんでいたが、真っ直ぐ僕を見ていた。
「知らなかったこと自体が、もう嫌なの。カインが独りでずっと苦しんでたことに、気づけなかったことが」
「……そう」
それ以上、何を言えばいいのか分からなかった。
「――随分と、辿り着くのが早いですね」
声がした方を振り返ると、そこにはゲイルが立っていた。




