第2話 廃坑と我が輩
初めは小さなスライムだった。
大きさは拳ほどで、鈍色に輝き、液体と固体の中間のような体で、弱々しくぷるぷる奮えていた。
敵意の有無は定かではないが、少なくとも俺に何かすると言うことはなかった。
魔物は見かけたら殺さねばならない、と村には暗黙のルールがあったが……殺さなかったのは、単にツルハシでは当てずらいな、と思ったからだ。
ツルハシを適当に空振りすれば泡を食って逃げたから、それでいい、と思ったのだ。
ツルハシを振るい、鉱脈から鉱石を切り出す。カーン、カーン、カーン、と坑道に小気味よい音が響き、鉱脈から鉱石を含んだ石がゴロゴロと崩れ落ちる。
鉱石の含有率の高そうな岩を選んで籠に入れ、残りを……検分しようとしたところで視界の端っこに鈍色の塊が映った。あのスライムだ。
何を考えているのか、はたまた考えるだけの知性はなく、本能的な衝動で戻ってきたのか、とかく意味不明すぎて一瞬固まってしまった。
スライムは俺のアホ面を鈍色に映したままぷるぷる震えていた。
「しょうがない……」
戻ってきたからには何らかの企みがあるに違いない。
となれば、聖人君主を気取って生かしておく理由などありはしないのだ。
気怠さに重くなったツルハシを引きずり、スライムに一歩近づく。
スライムは逃げもしない。
また一歩近づく。……やはり逃げない。
ひょっとしたら逃げるだけの余力がないのか? ぷるぷる震えているし。
わざわざ重いツルハシを振り上げるのも億劫になったのでその辺の岩をむんずと掴む。そして投げる。哀れ、スライムは岩の直撃を受けバラバラに……ならない!?
代わりに、――とぷぅん、と水音を鳴らすかのように岩はスライムの中に消えた。
反撃を覚悟してツルハシを身構える。
最初に手を出したのは悪手だった。たかがスライムと見下し、敵意のない相手にわざわざ敵意を植え付けてしまったのだ。これが人同士なら殺されてもおかしくない暴挙だ。
「……」
1秒が経ち、2秒が経ったが、スライムからの反撃は来なかった。
3秒が経ち、相手が魔法使いだったらとっくに呪文の詠唱を終え、雷やら炎やらが俺を黒焦げにしていたに違いない、と考えた時、スライムがぬべ~と何かを吐き出した。
「――?」
それは、鉄の塊だった。
俺に向かって勢いよく吐き出せば、致命傷に至らずともかなりの重傷を与えられただろうに、何故ただ吐き出しただけなのか……スライムの考えることはよくわからん、と首を捻ったところで、ふと気がついた。鉄の塊は俺がさっき投げた岩そっくりだったのだ。
スライムが岩を鉄の塊に変えた?!
……そんはなずはない、と断定できるほど俺の好奇心は死んではいなかった。
見間違いないようにしっかりと岩の形状を記憶に止めて試しに別の岩を投げつけてみた。
――ぽちょん、と水音を鳴らすかのように岩はスライムの中に沈んだ。
そうして、待つこと数秒――
ぬべ~、とスライムが吐き出したのは……間違いない! さっき投げた岩だ!
「す、すげぇ……」
思わず感動に打ち震えた。
どういった生体の神秘か、もしくは魔法の産物か、あるいは奇跡か。
――いやいやいや、そんなうまい話があるはずがない。
俺の冷静な部分に冷や水をぶっかけられ、俺の阿呆な部分が冷静さを取り戻す。
スライムの動きに軽快しながら吐き出した鉄塊を手に取り、腰ベルトに佩いていた愛用の鎚でトンテンカンと叩いてみる。
馴染みのある音、そして響き。鉄のようだ。むしろ鉄以外の何があるだろうか?
鍛冶屋の次男坊として生まれて17年、腕は未熟であろうと鉄と鉛を間違うほどのアホさ加減は持ち合わせていないのが、この俺、グルッグ・バウワーという男だと自負している。
しかし、しかしなのだ。
上手い話には必ず裏がある、と爺ちゃんに教えられて育ったのも俺という男だ。
特に、女の上手い話は気をつけねばならない。美人局だったり、宗教の勧誘だったり、ろくなことがない、と言っていた。何の話なのかはわからないが、含蓄のあるお言葉だ。
今度は鉄の塊を地面に置き、ツルハシを打ち下ろしてみた。
――パキ~ン!
鋭い音をならして鉄の塊は真っ二つに……あっ、普通に真っ二つになったわ。
手に取って割れた面を見ていると一面、鉄~、って感じに銀色だった。簡単に割れたことから、かなりの純度だったりするのだろうか? 不純物が一切含まれないような銀色だ。
「本当に、岩を鉄に?」
まだ信じられない。冷静になるにつれて気味の悪さが胸の奥底で渦巻く。今更ながらに怖くなってくる。スライムがぷるぷる震えるのさえ恐ろしいことの前触れのように思える。
――よ、よし!
まだ半分も鉱石の入っていない籠を背負い、
「み、見なかったことにしよう!」
俺はその場から逃げ出した。
ふと後ろを振り返ると、スライムはまだぷるぷると奮えていた。
鉱石が半分しか入っていない籠を持ち帰ったものだから当然のように姉貴に怒られた。
姉貴の唯一の美点は、ちゃんと理由を聞いてくれることだ。
だから、正直者の俺は坑道であったことを包み隠さず話した。
「……」
当然のように阿呆を見る目で見られた。正直者が損をするとはこのことだ。
「あんた、狸か狐にでも化かされたんじゃないの!!」
「んなっ、古典的な――」
「ああんっ!! 誰が行かず後家ですって!!」
「ひぃ~、全部言ってね~!」
姉貴に胸元をつかまれ、俺の足がぷらんぷらんと宙に浮く。
……失策だ。
姉貴に「古」を連想させる言葉は禁句だった。
この村では15歳で成人を迎えると、さっさと結婚する女性が少なくないため、姉貴は22歳の若い身空で未だに未婚でいることに、ただならぬコンプレックスを持っているのだ。
「大方、居眠りでもしてたんでしょ? そうなんでしょ?」
……なるほど、その言い訳があったか。
「今週中にショートソードを20本納品しないといけないのに! このお馬鹿! 鉱石採ってこないでどうやって造るのよ!」
「すみません」
「明日、また採ってきなさいよ!」
「はぃ……」
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