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第3話 鍛冶場と我が輩

 半年前に爺さんと親父と兄貴が兵隊に取られた。

 以来、バウワー鍛冶工房は俺の双肩が担うことになった。

 俺以外に男児が残っていなかったための、止むに止まれぬ消去法の結果である。

 とはいえ、どんな重責を課せられようと俺の腕前が親父レベルになるはずがない。

 とはいえ、どんなに未熟な物であろうと売ってお金に換えねば一家は路頭に迷う。

 そこで、営業担当だった姉貴が考えた。


「品質が悪くても安いならそれなりに売れるわ!」


 俗に言う「安かろう悪かろう」を地で行く大量生産方式だ。

 誰もが名刀名剣を持てるわけなく、場合によっては、ほどほどの物さえ持てない者がいるのは良くあることだ。安くて悪くてもそれなりに使えれば良い、安い分だけ簡単に替えが利く――姉貴はそこら辺のニーズを巧みにくみ取り、商売にしようとしたのだ。

 結果的に、この方法はあたりだった。

 低ランクの冒険者や、食い詰めた傭兵、身なりの良くないおっさん――絶対、野盗の類だ――に飛ぶように売れた。

 問題は、この大量生産体制を俺ひとりが担っていること。

 姉貴は鍛冶屋の長女のくせに1本の剣を造る労力をご存じないらしい。

 世の中には「鋳型に溶かした鉄を流して固めて適当に研ぐ」という量産方法もあるらしいが、俺の実力に半比例した尊大な自尊心様がそれを許さない。

 剣とは1本1本精魂込めて槌を奮って造るものだと親父にたたき込まれているからな。

 意地でも槌を奮って造った。

 その結果が1日に1本、研ぎに多少手を抜いてこれだ。

 一週間に20本などブラックが過ぎるというものだ。


「……しかし」


 こうしてベットの上でうだうだ考えていたところで剣が出来上がるわけもなく、


「グルッグく~ん、朝ご飯よ~」


 優しい方の姉の呼び声を目覚ましに今日を始めることにした。

 ちなみにこの姉は、お義姉さんで、兄貴の嫁さんだ。

 嫁に来る前は、姉貴や兄貴の幼馴染みで、俺も本当の弟のように可愛がられたものだ。

 ――そう、

 このお義姉さんこそ、姉貴のコンプレックスの元凶であることは言うまでもない。



 朝食を終え、重い足を引きずって工房に入る。

 今日も今日とて鉱山で石掘りですよ、はい。……は~、気が乗らん。

 あの暗い坑道で、ひとりでトンテンカンテン、トンテンカンテン、……気が滅入るわ!!


「ポルクでも誘うかな……」


 農閑期の今はポルクも暇をしているはず。そこら辺で野草をむさぼっている奴を捕まえて鉱山に向かおう。ポルクの馬鹿力なら鉄鉱石を掘るにも運ぶにも便利、……おや?

 籠を手に取ったところで否応なく気づかされた。

 俺ひとりでは手が回らず荒れ放題だった工房が綺麗に整えられ、ピッカピカの鉄の延べ棒がピラミッドのように積み重ねられているではないか。


「姉貴か?」


 はは~ん、あのツンデレさんめっ、昨日は厳しいことを言っていたが、ちゃんと弟を思いやる心があるではないか。鉄鉱石を精錬してちゃんと鉄の延べ棒してくれて、ありがたやありがたや、と思えればよかったのだが、うちの炉がいくら高性能でも、パスタを茹でるとなぜか雑炊が出来上がるほど不器用な姉貴がこんな綺麗な延べ棒を作れるはずがない。

 では、誰の仕業か?


「……」


 視界の隅っこに半身を柱に隠すようにしてその答えがあった。あのスライムだ。相も変わらずぷるぷると震えている。

 馬鹿げた考えだが……工房に散らかっていた廃材を食って鉄の延べ棒に変えた?

 姉貴にこんなことを言おうものならまた阿呆を見る目で見られること請け合いだが、完全な不正解とは思えない。実際、鉄鉱石の塊を鉄の塊に変えていたからな。

 試しに半端に残って持て余していた銅板を手に取り、スライムに差し出してみた。

 路傍で出会った野良の子犬に餌をやるみたいだな、と思った。

 スライムはぽにょんぽにょんと滑稽な音を鳴らして飛び跳ねながら近づいてくると、差し出した銅板の先端を鈍色の体でくわえ、するすると中に取り込んだ。

 そうして、ドキドキとして待つこと数秒、銀色の板状のものを吐き出した。

 ……それは、銀と見間違うほどの輝きを帯びた鉄の板だった。


「す、っげ……」


 今度は鉛の破片を与えてみた。


「お、おお!?」


 用途のない鉛の破片が鉄の板になって戻ってきた。例によってピッカピカだ。

 しかし鉄の板ばかりでは鎧の一部になっても武器にはならない。


「延べ棒にしてくれ」


 言葉が通じるとは思えないがそう希望を伝えて鉄の板を何枚かまとめて差し出してみた。

 ……要望通りの鉄の延べ棒となって戻ってきたのはそれから3分後のことだ。


「こ、これはいいものだ……」


 一目見ただけで上等な素材だとわかる。

 一週間で20本のショートソードと言われ、萎えに萎えていた俺の創作意欲がむくむくと沸き立ち、気がつけば槌を握っていた。然もありなん、上等な素材を見れば武器を打たずにはいられないのが鍛冶屋という生き物なのだから。



「……むぅ」


 か~、か~、とカラスが鳴き、工房に赤みを帯びた明かりが差し込む。

 俺の目の前には1本の剣があった。

 上等な素材でできた……実に不出来な剣だ。

 上等な素材だけに自分の未熟さが露骨に浮き彫りにされているかのようだ。

 これだけの素材でこんなものしか打てないとは……未熟を恥じ入る。

 こんなもんでも姉貴はどこぞの馬の骨に安値で売りつけるのだろうが……鍛冶職人としての俺の自尊心様がそれを許さない。金を貰う以上はそれなりでなければならないのだ。


「どうしよ……」


 ふとスライムが目に付いた。

 朝からぷるぷる震えるばかりで1ミリも動いていないように思うが、まあいい。


「食うか?」


 剣を差し出すと、スライムは心なしかテンポ良く弾むように来て、剣の切っ先を鈍色の体でくわえると、するすると中に取り込んだ。

 これで不出来なものを売られずに済む。ほっ、と一安心――できんわ!!

 当たり前の話だが……これでは俺、今日は何もしてなかったことになるではないか!?


「やばい、どうしよ……」


「ギッ――」


「『ギ』?」


 鉄同士をすりあわせた音に顔を向けると、スライムが「ぎ、ぎぎっ」と唸っていた。

 驚くより先に、ちゃんと音を発せられたんだな、と呑気なことを考えながら槌を構える。

 いよいよ本性をむき出しにして人間様に牙をむくのか、と戦々恐々としていると、スライムはぬべ~、と鉄の延べ棒を吐き出した。さっき食わせた剣のなれの果てだ。例によって上等な素材なのが小憎たらしい。しかし材料を無駄にせずにまた打てるのはありがたい。


「――ん?」


 鉄の延べ棒を受け取り、夕飯までにちょっとは打っておこうか、としたところで、ふとスライムの鈍色の表面に文字のようなものが浮かんでいることに気がついた。


 一応、読み書き算数は一通りできるが、……なになに?


「『マナ供給率10%』?」


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