第1話 あるじと我が輩
「あるじ! 今日は何を造るでありますか?」
倉庫に捨て置かれていたショードソードの鋳型を小脇に抱え、やる気が足りずに鉛のように重い体で工房に足を踏み入れると、いの一番でそのような声が飛んできた。
朝からやる気満々で、こっちまで無理矢理、元気にするような声だ。二日酔いの頭だったらさぞキンキンと響いたに違いない。朝から威勢が良くて実に結構。
……ただな。
「――誰?」
声の主が知らない誰かでは元気を貰うより先に怪訝に思えてしまうわけで。
工房にいたのは知らない女の子だった。
年の頃は、10歳前後くらい?
女神に付き従う天使のように愛くるしいその顔立ちに、血色の良い小麦色の肌、朱色に輝く銀髪、いくつもの色を含んだオパールのような瞳をした、不思議な色味の女の子だ。
10歳前後なのに、なぜ女の子と明言できるのかと言えば、胸元にはわずかだが膨らみがあり、股間には男なら絶対にあるはずのものがなかったから。
――そう、つまり彼女は真っ裸なのだ。
真っ裸の少女がモップで工房を掃き掃除しているのだ。
もちろん、俺に幼女趣味はないので股間は一ミリも動かない。あと十歳足らない。
……と、冗談はさておき。
「本当に、誰?」
もう1回聞いてみた。
俺は村の子供は全員把握しているから村の子供でないのは確か。
なぜ工房にいて、なぜ掃き掃除をしているのか? いつ、どうやって入った?
「我が輩であります」
「いや、だから誰?」
「だから我が輩であります!! たった一晩で忘れたでありますか!?」
「いや、村の子はみんな顔見知りだが、君のような女の子は知らん。本当に誰?」
「女の子?」
「君」
と、女の子を指差す。
女の子のおかしな反応に「実は、男の娘?」と思ったが……やっぱり生えてないよな?
「ああ、これは失念していたであります」
「何が――」
女の子はその場で軽く跳ねた。いったい、なにをやっ、――は?!
「我が輩であります」
スライム!? 女の子が……あんなに可愛い女の子が一瞬にしてスライムに変わった!?
……うっそ、だろ。化かされた気分だ。いや――
「女の子に化けてたのか!?」
「いやいや、化けていたわけではないであります。さっきまでの姿は『対人交際モード』で、このスライム形態は『省エネモード』であります。どっちも我が輩で、マナが貯まったので『対人交際モード』を発動できるようにあったであります」
またスライムがぽんっと跳ねると少女の姿に戻った。
……やっぱりすっぽんぽんだった。
「それで、今日の仕事はなんでありますか? 両手両足が使えるようになったので今まで以上にお役に立てるでありますよ?」
「うん、まず服を着ろ」
「別に不都合はないでありますよ? 汚れても吸収すればいいであります!」
「小さな女の子を真っ裸で働かせる俺の社会的な何かが窮地に陥るわ!」
「そういうもんでありますか?」
「そういうもんだ」
「しかし我が輩、服というものを着たことがないであります」
「まあスライムだからな。ちょっと待ってろ。お前に……そういえば、名前とかないのか?」
「『メドレー』であります」
「種族名?」
「個体名であります」
「種族名は?」
「……,……さあ?」
たっぷり3秒は考えてからスライム……もとい、メドレーは小首を傾げた。
しかし自分の種族名を知らない? まあ種族名なんてものは人間が魔物を判別するために勝手につけたものだから、当の魔物が知らなくても無理はないか。
「……まあいい。姉貴のお古でも取ってくるから、ちょっと待って――」
工房を後にしようとした、そのときだ。
俺が手を触れるよりも先に工房入口のドアノブが勝手に回り、
「グルッグ君、マサコ婆さんが急ぎで包丁を研いで貰いたいって――」
……あうち!
綿飴のようにぽあぽわした薄緑色の髪の美女が姿を現した。
兄貴の嫁さん、アウラ義姉さんだ。
「グルッグ君?」
メドレー、俺、またメドレーの順でアウラ義姉さんの視線が泳ぎ、
「お姉ちゃ~ん!」
アウラ義姉さんは最悪なことに姉貴を呼びに戻った。
「――何よ?」
よほど慌てて戻ったため、工房(離れにある)から本宅までの道中のドアを全部開け放ったのか、本宅――おそらく居間にいる――姉貴の声が直で伝わってくる。
「なになに? 工房に女の子を連れ込んだ? はぁ~、ませちゃって! まあ、あいつもお年頃だからな~、まったく! そんなことに精を出すよりも剣の1本でも打てってのよ。まだ『叔母ちゃん』なんて呼ばれたくないってのに……それで? 相手は誰? 待って待って当てるから……ファウ? リーン? ライラ? ミーア? もしかしてシェリル? あの子だけはやめておけと……え? 違う? もうちょっと小さい子? もしかしてマリオン? まさかアリアンじゃないでしょうね? ……違う? じゃあ誰よ? ……知らない子? はは~ん、よもやよもや誰にも相手にされないから奴隷でも買ったか~?」
勝手なことを! 奴隷を買えるような小遣いなんて、……?! 足音が近づいてくる!!
「グルッグ~! 聞いたわよ~!」
いかん! 姉貴だ! 逃げっ、いや、メドレーを隠して、その前に何かで裸を、
「ろくに仕事も出来ないくせに神聖な工房に女の子を連れ込むなんて良い度胸しているじゃない! 覚悟はできているんでしょうね!」
どんどんどんっ、と魔獣のような足音が近づいてくる。
何でこんなことになったのか、話は数日前に遡る。
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