第一部 金剛編 第一章 旅立ち 7~8話
『最強のザコ』は、カクヨムで連載している作品です。
カクヨム版はこちら→https://kakuyomu.jp/works/16818792440121150740/episodes/16818792440121414856
小説家になろう版は、カクヨム版にあった暴力描写、性描写をゆるめた全年齢対象作品となっています。
また、一回の投稿で5000文字以上(3~5話分収録)としています。
ストーリーは同じですが、媒体に合わせて描写や文字数を変えているので、読みやすい方を選択ください。
第7話 ザコくん。〈手〉の試験を受けたけど。
◆◆
「ザコくん、もうすぐ卒業でしょ。将来どうするの?」
「〈手〉の試験、受けました」
「マジで? で、結果は」
「……」
ミチオはキトラから目をそらし、沈黙した。
「そりゃそーか。まぁ、ザコくんじゃしょうがないよね。でもまぁ、挑戦しただけ偉いと思うよ。ザコくんにしちゃ上出来」
◆
先月、ミチオは金剛手の資格習得試験を受けた。
試験は国々を束ねる〈手の者〉がおこない、合格者には帝都にある金剛手を育成する須弥山学院に入学するための推薦状が発行された。
この国の試験官はゴドウ・ダイナソオ。
キトラの父だった。
試験は受験者が発動する金剛を目視したダイナソオが、金剛手になる資格があるかどうかを判断するというシンプルなものだった。
ミチオはダイナソオの前で金剛を発動し、〈尖弾〉、〈鈍刀〉、〈薄膜〉を披露した。
「基礎はできてるみたいだね。誰に習った?」
「独学です」
「嘘はやめたまえ。キトラに習っていたことは知っている」
「……」
知ってるなら聞くなと思ったが、ミチオは黙っていた。
「特訓に付き合ってくれてありがとう。この2年間でキトラは大きく成長した」
「いえ。助けられたのはボクの方です」
「君の金剛を見ればわかるよ。たった2年でここまで伸ばすとは。随分努力したんだね」
「ありがとうございます」
「だが、君は不合格だ!」
「……」
「納得いかないという顔だね」
「……理由を教えてください」
「君のような前途ある若者に死んでほしくないからだ!」
「意味がよく、わかりません」
「世の中には努力だけではどうにもならないことがあるということだよ。
我々、金剛手には人類のために石獣を倒すという任務がある。
奴らには通常兵器は通用しない。それは知っているよね」
「……ですが、金剛があれば倒せるんですよね。でしたら?」
「それはあくまで最低条件だ。それだけじゃ足りない。やつらと戦うには三摩耶形が必要だ!」
「……」
「キトラと特訓していた君なら知っているだろう。ユキマサ」
「はっ!」
そう言うと、試験を後ろで見ていたゴドウ・ユキマサが一歩、前に踏み出した。
彼はゴドウ家の次兄で現在20歳。プロの金剛手となるため、帝都の須弥山学院で学んでいたが、春休みを取り、束の間の里帰りを満喫していた。
「彼に三摩耶形を見せてあげなさい」
「はい。父上!」
ユキマサは目をつぶると「ナーマク・サンマンダー・ボダナン」と唱え初めた。
ユキマサの体に凄まじい量の金剛が集まっているのをミチオは感じた。
「三摩耶形顕現・金剛闘衣〈不動〉」
まばゆい光を放つと、ユキマサの体は黄金の鎧で覆われた。
「次!」
ダイナソウはユキマサに発破をかける。
「三摩耶形顕現・焔翼〈迦楼羅〉」
今度はユキマサの背中に燃え盛る炎が姿を表した。
炎は鳥の翼のように広がっており、バサッバサっと上下に動くとすさまじい風圧を発した。
その風圧に乗ってユキマサの体は宙に飛んだ。
「次!」
「三摩耶形顕現・捕縛投縄〈不空羂索〉」
ユキマサの左手に、先端が鋭く尖った投げ縄が現れる。
その縄をユキマサはミチオめがけて投げつけた。
ミチオの体に〈不空羂索〉(アモガパーシャ|)が絡みつく。
「次!」
ユキマサは腰にぶらさげていた三鈷剣を鞘から抜いて構える。
金剛は剣に集まり、燃え上がる黒龍が顕現する。
「三摩耶形顕現・龍剣〈倶利伽羅〉」
ユキマサは上段の構えとるとミチオめがけて、大きく振りかぶろうとする。
やられる。
ミチオはそう覚悟したが、剣はすんでのところで止められた。
「ミチオくん。これが三摩耶形だよ。まぁ、ユキマサのように同時に4体の三摩耶形を生み出せるものは中々いないがね」
「怖がらせてごめん。実は受験者には三摩耶形を見せつけろと父から言われてたんだ。だから初めから当てるつもりはなかったんだ。許してくれ。ザコくん」
「はい。……え?」
初対面のユキマサにザコくんと呼ばれ、ミチオは戸惑う。
「キトラの手紙に君のことがいつも書かれてたんだ。だから一度会ってみたかった」
「そうですか……」
どうせロクなことが書かれてないだろうと思ってミチオは恥ずかしくなった。
「君がこの2年、どれだけがんばってきたかはキトラの手紙で知っている」
ダイナソオがミチオに語りかける。
「君が真面目で我慢強く根性のある努力家だということは理解している。そういう人間は一度失敗しても、中々諦めないことが多いんだ。だから力の差を徹底的に見せつけて心をへし折る。一種のショック療法だ。普段は私がやるのだが、今日はたまたまユキマサが帰省中だったんでね。息子に担当してもらった」
もしもダイナソオに同じことをやられていたら、相手は特別なのだと割り切ることができたかもしれない。
しかしユキマサとミチオは5歳しか年齢が違わなかった。
キトラのときも感じたが、三摩耶形の持つ圧倒的な力をミチオはより強く実感していた。
「君が練成した武器は、金剛手なら誰でもできることだ。
言うなれば基礎の基礎。
確かに基礎は大事だが、それだけでは石獣を倒せない。訓練を積んで戦場に出ても、初陣で即、殺され、やつらの餌となるだけだ」
「……」
「昔は君のようなやる気のある若者も、将来性を期待して採用していたんだ。だが……。わたしが言いたいこと、理解できるよね?」
「なんとなくですが……」
「悪く思わないでくれ。君のことを思って言ってるんだ。それに、お母さんを悲しませたくないだろう」
「……」
「君のように真面目で地道にコツコツやれる努力家なら、他の仕事についても、成果を発揮できると思う。どうか違う仕事でこのゴドウ国を支えてほしい」
◆
金剛手の多くは、ゴドウ家のような名家出身だ。
「この二対の剣はゴドウ家に代々伝わる三摩耶形で、双剣〈無熱〉と呼ばれている」
はじめてキトラが実体化した三摩耶形の剣を見て、ミチオは驚いた。
自分が錬成したブサイクな形の鈍刀とは違い、細部に装飾が施された銀の細身剣が彼女の手には握られていた。
本物の剣を見たことはなかったが、仮に本物の剣がここに存在し、隣に並べられたとしても〈無熱〉を偽物と思う人はいないのではないかとミチオは思った。
「そしてこれが甘露〈螺旋白蛇〉」
キトラのツインテールに金剛が集まり二匹の白い蛇へと変わっていく。
牙から出る金剛によって傷を回復させる〈螺旋白蛇〉は白蛇の姿をした三摩耶形である。
「私たちは物心ついた時から絵本を読むように三摩耶形の設計図となる経典を丸暗記させられてきたの。
今では目を瞑るだけで経典の内容が頭の中にくっきりと浮かびあがる。
あとはそれを頭の中で読み上げるだけで顕現できる」
「経典って、ゴドウ家の人しか見れないんですか?」
「当たり前でしょ。経典はゴドウ家に代々伝わる魂の設計図。先祖代々受けつがれ、改良が加えられてきた。言うなれば老舗の料理屋に伝わる秘伝のレシピみたいなもの」
「ラーメン?」
「もののたとえよ。ザコくんの分際で揚げ足とらないで!」
「すみません。師匠」
「小さい時は毎日暗唱させられて地獄だった。
なんでこんな家に生まれたんだって運命を呪った。
でも今はゴドウ家に生まれたことに誇りに思っている」
キトラはすでに金剛手の資格試験に合格しており、今年の春から帝都で学ぶことが決まっている。
「本当は十二歳の時にすでに、帝都からお誘いが来てたんだけどね。まぁ、ザコくんが卒業したらモルモットもいなくなるし、そろそろ本気で学ぼーかなって」
この村の金剛手は、ゴドウ・ダイナソー。ゴドウ・アンジェリカ、ゴドウ・ユキマサ、ゴドウ・ヒョンス、ゴドウ・キトラ……全員ゴドウ家の人間だ。
全てを「生まれ」のせいにするつもりはない。
何よりキトラに失礼だ。
そう思い、ミチオは自分の中にある浅ましい気持ちを押し殺してきた。
名家の生まれと金剛に対する飽くなき探究心がキトラの圧倒的な強さにつながっていることは、この2年で理解した。
そして、ユキマサが見せた4体同時の三摩耶形顕現。あの域に達するには才能だけでは不可能だ。
おそらく血のにじむような努力をこれまでしてきたはずだ。
まさに選ばれた者だけが達することができる神の領域。
この世には家柄に恵まれ、物心ついた時から金剛の存在を知り、三摩耶形の経典に触れられる人間がいる。
金剛手になるのは彼らのような家柄と才能、そして日々の努力を積み重ねてきた選ばれた人間だけ。
悔しいけれどそれが現実だ。
頭ではそれを理解していた。
だけど……ミチオはこれからどうすればいいかと考え続けていた。
第8話 ザコくん。進路について悩む。
◆
この時代の若者のほとんどは中学を卒業すると社会に出て働くことになる。
実家が医者や学者といった特別な生まれの若者は帝都で専門教育を受けるが、多くは地元の農園や工場で働くことになる。
勉強の成績も運動能力も人並み以下だったミチオでも人手不足が常態化しているこの時代においては貴重な若い労働力だった。
失われた旧世界の文明を少しでも復元するためには、人口増加と社会秩序の再構築こそが、人類の至上命題。そうミチオたちは学校で教えられてきた。
義務教育を終えたら農園か工場で働き、数年後には結婚して子供を作る。
子供は5人以上を推進されていた。
だが、仮に10人生まれたとしても疫病によって5歳になるまでに8人は命を落とす。
ミチオにも4人の兄姉がいたが、全員、彼が生まれる前に命を落としていた。
「10歳の壁」を越えた子供はそれだけ健康で疫病に対する免疫がある。
長く生きる力があるということはそれだけで至上の価値があるというのが、この時代の考え方だった。
だからミチオも卒業後は農園か工場で働き、ゆくゆくは家族を持つのだろうと漠然と考えていた。
しかし今は、そんな生き方に疑問を抱いている。
理由はもちろん、金剛の存在を知ったからだ。
この2年でミチオは変わった。
金剛を自由自在に操ることができれば、何かが変わるのではないか?
この村で一生を終えるのではなく、外の世界が見られるのではないか?
キトラとの特訓を繰り返す日々の中で小さな疑問が少しずつ大きくなり、少しでも可能性があるのであれば、そこに人生を賭けてみたい。
いつしかそう思うようになっていた。
そのための第一歩として金剛手になろうと決めてこの2年間、特訓を繰り返してきた。
しかし、試験に落ちた今、全てを諦めるか、なにか別の道を探るべきかという二択を、彼は迫られていた。
「師匠、〈手〉以外に金剛の力を活かして働ける仕事ってないのかな?」
「うーん。金剛使いになるってこと?」
「金剛使い?」
「無免許の〈手〉ってことかな。厳密には逆なんだけど」
「帝都で資格を取らなくても金剛使いになれるんですね」
「まぁね。……でも、あんまおすすめしないかな」
「どうして?」
「たまに行商が村に来るでしょ。あの仕事って結構、危いんだ。移動中に盗賊や石獣に襲われて、荷物が奪われることがほとんど」
「ひどいなぁ」
「現実なんてそんなもんでしょ。で、その盗賊の一味には野良の金剛使いが多いみたい。もちろん全員、〈手〉になれなかった落ちこぼれ。金剛を私利私欲のために悪用するクズの集まり」
「……その盗賊になれってこと?」
「それは犯罪。すぐに〈手〉に捕まって排除される。でも私たちも暇じゃないからね。管轄外のエリアで起こったことに〈手〉を割く余裕なんてない。だから実際はやりたい放題」
「ひどい」
「でもね、どんなひどい場所でも秩序を守るための仕組みを作ってしまうのが人間なんだよね。目には目を、歯には歯を。クズにはクズを」
「どういうこと?」
「行商は盗賊から身を守るために賞金稼ぎを護衛として雇っている。まぁ、普通の護衛なら太刀打ちできないけど、金剛使いなら話は別」
「あっ。そうか……」
「鈍感なザコくんでも気づいたようね。そういうフリーの金剛使いが世の中にはたくさんいて、賞金稼ぎとしてヤバい仕事を請け負ってる」
「じゃあ、賞金稼ぎになれば」
金剛使いとして生きていける。かすかな希望がミチオの中に生まれる。
「ゴドウにはないけど、よその国でギルドに登録すれば、すぐなれると思うよ。今のご時世、どこも人出不足だし。ただ、ザコくんにはあんま向いてないと思うなぁ」
「どうして?」
「本当の意味での実力社会だから。あんたみたいなお人良しのポンコツは悪徳ギルドに良いように利用されて犬死にするだけ」
「……」
「求められるのは即戦力、新人だから手取り足取り優しく育ててくれるような場所じゃない。ぬくぬくと育ったザコくんに、そんなサバイバルができるとは思えない」
「……確かに」
ひどい言い方だとは思ったが、ミチオはキトラに反論できずに認めてしまった。彼女の意見はいつも辛辣ですぐに感情的になるが、自分の知らないことをたくさん知っているため分析は常に的確だと、ミチオは一目置いていた。
「それにまぁ、三摩耶形を手に入れる方法もないわけじゃないし」
「どういうこと!?」
「ちょっと! 顔、近い!」
「すいません。つい興奮して!」
「距離感おかしい!」
キトラはミチオから距離をとり、一呼吸置いてから話し始めた。
「三摩耶形を手に入れるためには経典を読まないといけない。それは覚えてる?」
「はい。でも、経典はゴドウ家の人間しか読めないんじゃ」
「だったら、ゴドウ家に婿入りすればいいじゃん」
「え?」
突然、予想外のことをキトラが言ったため、ミチオは言葉に詰まった。
ミチオの顔を見る。キトラはポーカーフェイスを決めて平然としているように見えるが、次第に自分の言ったことが恥ずかしくなってきたのか、頬を赤らめている。
「もしかしてボク、プロポーズされたんですか?」
「バカ。アンタみたいなモルモットに私が告るわけないでしょ。例えばの話で、あくまでそういう可能性もあるってこと! まぁ、私もどっかの家に嫁に出されて召し使いみたいにコキ使われるくらいなら、ザコくんと偽装結婚した方が〈手〉として自由に働けるし」
「確かにWINWINですね」
「言っとくけど、ザコくんに対して特別な……恋愛感情なんてこれっぽちもないからね!」
「わかってますよ。そんなこと」
「勘違いしてワンチャンあるかもとか思わないでよね。このドスケベの身の程知らず!」
「すいません」
ミチオはとりあえず謝った。今のキトラは感情が昂ぶっていて冷静じゃない。こうなると機関銃のように喋ってコミュニケーションがとれなくなるから、とりあえず謝っておこう。そうミチオは思ったが、その後のキトラの発言は意外なものだった。
「……別にゴドウ家の人間じゃなくても、金剛手の家の人と結婚すれば経典を読むことができるし、三摩耶形の所有者になれる可能性だってゼロじゃない。だから自暴自棄になって無茶なことはするなってこと。あ~もう。どうして私の気持ちがわからないの! このバカ! バカザコ!」
キトラはミチオから顔を隠すように背中を向けた。キトラの声は不安定で急に怒鳴ったかと思ったら、小さくなり、やがてボソボソと何を言っているのかは聞き取れなくなった。
もしかして泣いてるのか? いや、いつも自信満々で自分のことを見下しているキトラが泣くなんてありえない。そうミチオは思った。
「私たち……人が死ぬことに慣れすぎてると思うんだよね。そういう世の中だから仕方ないと思う。でも、だからって、自分の命を粗末にするような真似はしてほしくないし、助かる命は助かってほしい。だから、とりあえずザコくんはここにいなさい。わかった!?」
「ごめん」
「ごめんなさいでしょ。弟子なんだからちゃんと敬語を使いなさい!」
そういうとキトラはその場から去っていった。
掲載は不定期です。




