第一部 金剛編 第六章 ナラカ第一階層 第93~104話
『最強のザコ』は、カクヨムで連載している作品です。
カクヨム版はこちら→https://kakuyomu.jp/works/16818792440121150740/episodes/16818792440121414856
小説家になろう版は、カクヨム版にあった暴力描写、性描写をゆるめた全年齢対象作品となっています。
また、一回の投稿で5000文字以上(3~5話分収録)としています。
ストーリーは同じですが、媒体に合わせて描写や文字数を変えているので、読みやすい方を選択ください。
第100話 残るフロアは、あと一つ。
◆
ナラカに入って2日が経過した。
ミチオはゴドウ三兄妹との接触は可能な限り避けようと心掛けた。
幸いなことに攻略エリアは真逆だったため、キトラたちとは接触せずに済んだ。
だが、探索隊の人数が激減していたため、いずれ接触は避けられないだろうとミチオはびくびくしていた。
ミチオたちが北西のフロアを概ね制圧した頃、カギュウの兵士が4人を追ってやってきた。
賞金稼ぎは一度、本部に集まれという命令だった。
命令に従いミチオたちは本部に戻った。
「君たちの活躍のおかげで、第一階層の99%を制圧した。残るフロアは1つ。おそらくそこから第二階層に降りられる」
ゴロゴロスはフロアに集まった賞金稼ぎたちにそう伝えた。
「だが、フロアの外からは、これまでにない金剛の気配を感じる。中にいるのは、おそらく桁違いに強い人型石獣だ。だから、これから全員で討伐に向かう」
その場にいる賞金稼ぎの間でざわめきが起こる。
それは喜びというよりは悲鳴に近いものだった。
「悪いが俺たちはここで抜けさせてもらう」
賞金稼ぎの一人が挙手をして意見を述べた。
「すでに仲間が二人、撤退している。このまま進んでも、俺たちのレベルでは勝負にならない。だから俺たちはここで降りる」
「わかった。俺たちもその方が助かる。討伐数はこちらで記録してある。カギュウ国に戻ったら換金しろ」
「すまねぇ」
「他の部隊も、これ以上進むのが無理だと言うヤツがいたら申し出てくれ」
ゴロゴロスの言葉を聞いて、次々と賞金稼ぎたちが名乗り出る。
ここまで残った賞金稼ぎの多くはベテランで、金剛使い(ヴァジュラシ)も多く含まれている。
だからこそ彼らは自分の力量を理解し、今の自分たちでは敵わない石獣がいると知り、撤退を選択した。
フロアに残ったのはミチオたちチーム・ダリア。ゴドウ三兄妹。そして、荒野の傭兵団と名乗る、全身を鋼鉄の鎧に包んだ異国の冒険者5人組の3組。
「残ったのはお前たちだけか。まぁ、こっから先は少数精鋭で行くしか……」
「ゴロロォォォ!」
中央フロアに突然、激しい怒声が響く。
声の方向にその場にいた全員が視線を向けると、顔に不気味な紋様を塗りたくった5人の屈強な男たちが居て、ズカズカとこちらに近づいていく。
「あっ兄者……!?」
「ゴロロォ。戦況を報告せぇーい!」
「はっ! 現在、第一階層を99%制圧。第二階層へと向かうフロアにこれから突撃するところです」
「てめぇ! 一週間かけて、まだ第一階層も制圧できてねーのか!」
「だからお前は落ちこぼれなんだ。このカギュウ家の面汚し!」
突然、現れた五人の男たちはゴロゴロスに対して罵声を浴びせる。
会話の流れとゴロゴロスのことをゴロロという略称で呼んでいることから察するに、彼らはカギュウ家の人間でゴロゴロスの兄たちだと、その場にいた者たちは思った。
「まぁいい。俺たち地獄のカギュウブラザーズが来たから、こんな馬鹿げた任務はこれで終わりだ。ラストフロアに案内しろ。俺たちがぶっ潰してやる」
「兄者たちだけで行くのは危険だよ。ここはみんなで力を合わせて」
「はぁ~!?」
「……なんでもないです」
強面の兄たちにゴロゴロスは萎縮してうまく喋ることができない。
「おめぇは臆病なんだよゴロロ。だからこんだけ時間かけても第一階層すら制圧できねぇ。おまけに何だコイツらは」
カギュウブラザーズはフロア中にたむろしている無数の石獣に目をやる。
「兄者。悪さしているのは人型だけなんだ。こいつらはちゃんとマーキングすれば人間を襲うことはないし、むしろ仲良くできる」
「石獣は石獣なんだよ!」
「いいかゴロロ。よく聞け。良い石獣は死んだ石獣だけだ」
「兄者ァ~」
「フロアに行く前に肩慣らしだ。ここにいる石獣、全員ぶっ殺す!」
カギュウブラザーズの手に金剛が集まる。それぞれの手におぞましい形状の武器が形となって現れる。
「やめてくれぇ~」
兄貴の足にゴロゴロスがしがみつく。
「邪魔だぁ」
ゴロゴロスの体を兄が蹴飛ばす。
「いい加減にしろ。ガロガロス」
「はぁ? てめぇ。ゴドウ国のユキマサじゃねーか」
「弟は大事にしたまえ。それが兄貴というものだ!」
「これはカギュウの問題だ。田舎のボンボンが首つっこんでんじゃねー」
「ダメだ。同じ兄として見過ごせない。兄は弟と妹には優しくするものだ」
「ユキ兄ィ、かっけー」
「ちょっと、ヒョン兄ィ」
ユキマサの発言に茶々を入れるヒョンスを止めようとするキトラ。
「それに、ここにいる石獣は無害だ。彼……ゴロゴロスくんが愛を込めて説得する姿を見て私は感動したよ。みんな友達なんだ。フレンズなんだよ!」
「てめぇ〈手〉だろ。〈手〉が石獣をかばうのか?」
「無益な殺生はしたくない」
「ちっ!」
ガロガロスと呼ばれたカギュウブラザーズの長兄は、舌打ちをした後、石獣たちに目をやる。
石獣たちはガロガロスを見ている。
ゴロゴロスを彼が蹴飛ばした瞬間。石獣たちの目に鋭い敵意が宿ったことをガロガロスは察していた。
「私たちも同じ気持ちです」
「姫様!」
サチが静止するのを無視してダリアも割って入る。
「君は……」
「ご無沙汰しております。ゴドウ・ユキマサ様。ワシュルカ・L・ダリアンヌです」
「ワシュルカ国のお姫さまか、久しぶり」
「カギュウ・ガロガロス様は、はじめましてですね」
「なんだ。ワシュルカとゴドウが同盟組んで、カギュウに喧嘩を売ろうってのか?」
「そういうわけではありません。ただ、私たちもゴドウの方たちも、ゴロゴロス様の石獣を保護して無駄な血を流さない采配には感服しております。あの方は決して面汚しなんかではありません」
「何だと!」
「ここに残ったみなさんは、私と同意見だと思いますが」
ガロガロスが周囲に目をやる。ゴロゴロスに保護された無数の石獣。
チーム・ダリアの4人、ゴドウ3兄妹、沈黙を貫いているが、強い敵意を放っている荒野の傭兵団の5人。
立場上沈黙を貫いていたが、ゴロゴロスに仕えるカギュウの兵士たちもまた、ゴロゴロスに何かあれば反旗を翻すことは明らかだった。
第101話 サチ。決着はスモウでつけないか?
◆
「だったら決着はスモウでつけないか!」
膠着状態を破り、口火を切ったのはサチだった。
「何だとぉ? 女。テメェ舐めてるのか?」
「ほぉ。私を女として見てくれるのか? うれしいじゃないか」
「サッちゃん!」
「姫様。こういうバカ共は口で言っても無駄です」
「何だとこのアマァ!」
「誰にものを言ってやがる。俺たちは天下の」
「黙れバカ共。私も同じバカだ!」
「何ッ!」
予想外の言葉にカギュウブラザーズは言葉を失った。
「同じバカ者同士、身体と身体で語り合おうじゃないか!」
「おんなぁ。面白いこと言うじゃねーか」
「私が勝ったらゴロゴロスの言う通りに従ってもらう」
「おもしれ―。オレたちが勝ったら、ラストフロアはこっちでやる」
「面白い。私も参加しよう」
そういうとゴドウ・ユキマサが前に出た。
「他にスモウに参加したい奴はいないか? 君はどうする? ザ」
「しー」
ザコくんと言い終わる前にミチオはサチを止めた。
キトラが怪しんでミチオの方を見る。
マスクとマントのフードで頭を覆っていたため、キトラは気付かなかった。
そうミチオは思い、一安心した。
「お前らはどうだ? 異教徒ども」
カギュウブラザーズが〈荒野の傭兵団〉を睨む。
「そこのチビには借りがあったな!」
ミチオはかつて、カギュウブラザーズが異教徒集団と対峙した時のことを思い出していた。
その時はボロボロのフードを着込んでいたので、気づかなかったが、間違えない。
あの時の異教徒集団だとミチオは思った。
「……」
〈荒野の傭兵団〉の中でもっとも巨体の鎧を纏った僧兵が前に出た。
「アンタ、名前は?」
「モンク」
「よし。勝った奴に全員服従だ。ゴロ、お前も入れ!」
「え? 兄者オレも?」
「馬鹿野郎。リーダーってのはそういうもんだ」
◆◆
スモウは、大広間の中央に作られた即席の土俵でおこなわれた。
時間がないため、勝敗は総当たり戦。
まずオノウエ・サチが土俵に入り、カギュウ5兄弟を挑発。
長男のガロガロスが土俵に上がった。
その後、勝者に次の挑戦者が挑むという形で激しい勝負が繰り広げられた。
取り組みの結果は以下のとおり。
東 決まり手 西
オノウエ・サチ〇 上手投げ ガロガロス●
オノウエ・サチ〇 下手投げ ジロジロス●
オノウエ・サチ〇 小股掬い ブロブロス●
オノウエ・サチ〇 撞木反り べロべロス●
オノウエ・サチ〇 鯖折り メロメロス●
オノウエ・サチ〇 裾払い モンク●
オノウエ・サチ〇 不浄負け ゴドウ・ユキマサ●
オノウエ・サチ● 押し出し ゴロゴロス○
第102話 ワシュルカの女力士。
◆
「オンナ! どういうことだ!」
「ほーぉ。私を可憐な少女として扱ってくれるのか? うれしぃねぇ」
サチは勝ち誇ったような笑みを地面に倒れているゴロゴロスに見せつけた。
「話を逸らすな! てめぇ、何でゴロロだけ手を抜いてんだ?」
「そうだ。おめーがゴロロに負けるわけねーだろ」
長男のガロガロスに始まり、カギュウブラザーズ5人から白星を奪ったサチは、そのまま荒野の傭兵団のビショップを足払いで白星。
そしてゴドウ・ユキマサを混戦の末、白星。
だが、最後の対戦相手となったゴロゴロスには初の黒星。
最後の取り組みのサチは誰の目にもやる気がなく、ゴロゴロスに土俵から押し出され、あっけなく敗北を認めた。
「連戦に継ぐ連戦による疲労困憊。かな。でもゴロゴロス様もこう見えて押しが強くてな。私ごときの力ではとてもとても」
「ざけんな! どう見ても八百長だろぉ。はっ! てめぇ、最初からそのつもりで!」
「仮にそうだったとしても、お前らの誰かが私を負かせば問題はなかっただろう」
「ぐっ! それは……」
「女々しいやつらだ。男なら大人しく負けを認めろ」
男らしさを必要以上に鼓舞する地獄のカギュウブラザーズにとって「女々しい」と「男なら」は、一番言われたくない言葉だった。
しかもそれを女のサチに言われたことは、とてつもない屈辱だった。
「あのぉ。サチさん」
「どうした兄ちゃん?」
「私との取り組みはそのぉ……」
ゴドウ・ユキマサはもじもししながら恥ずかしそうに口を開く。
「なんだ言いたいことがあるならはっきり言え。男だろ」
「……」
ユキマサは顔を真っ赤にして恥ずかしそうにしている。顔を見ると真っ赤にしている。その顔を見てサチは勝ち誇ったような顔をする。
「てめー女。ゴドウの兄ちゃんにやったことは犯罪だぞ!」
「そうだ。あんな長時間かけて兄ちゃんの身体を舐めまわすように」
「やめてください!」
ユキマサはガロガロスの口をふさぐように大声を出す。
そもそも、ユキマサが何をされたかについては、その場にいた全員が見守っていたため、説明は不要だった。
◆◆
オノウエ・サチが地獄のカギュウブラザーズの5人とモンクを難なくかたずけた後、ゴドウ・ユキマサが勝負を挑んだ。
モンクは全身を鎧で包んだ状態で戦いを挑んだが、正々堂々をモットーとしているユキマサは、鎧を脱いで、簡易土俵の上に上がったが、それが仇になった。
正面からぶつかるユキマサの身体とがっつりと組んだサチは、何故かそのまま投げ飛ばさずにユキマサの身体をがっちりと受け止めた。
そして身体と身体が接触する距離まで肉体を近づけると両腕で胴着の帯を掴み鯖折りを決行。
抱きしめられ背骨を締められる形となったユキマサは身動きが取れなくなり、その場で自分は負けたと悟った。
ただ、これは想定内の結果だった。サチの目的が地獄のカギュウブラザーズの5人を倒すことで、ナラカにおけるゴロゴロスの指揮権を死守することだったことをユキマサは察知していた。
もしもサチが負けた時は自分が、地獄のカギュウブラザーズを打ち負かすことでゴロゴロスの指揮権を死守しようと考えていた。
だが、サチが難なくカギュウの5人を撃破し、正体不明だったビショップも倒した今、自分がサチと戦う理由はなかった。
だったら胸を借りるつもりで正面から挑み、力量の差がわかった時点であっさりと負けを認めよう。そう考えていた。
その考えはサチも同じだろうとユキマサは思っていた。
しかしそれは勘違いだった。いや、彼は過小評価していた。
男としての自分の魅力に。
羽交い絞めにしたユキマサをサチは離そうとしなかった。
むしろ、強く抱きしめ激しい鯖折りを繰り返した。
それは抱擁という表現の方がふさわしかった。
サチとユキマサ。客観的に見ればどちらも鍛えられた身体を持つ戦士だった。
だが、全身を鍛えているとは言え中肉中背のユキマサと対峙した時、サチの身体は頭一つ抜けた巨躯であり、大人と子ども、いや母親が幼い子供を抱きしめているかのようだった。
とは言え、サチはユキマサの母親でも姉でもない。20代後半の一人の女である。
◆
鯖折りはサチの十八番だったが、実は彼女にとってこの技はスモウの勝敗とは関係ない場面で使うことがほとんどだった。
彼女にとってスモウの勝敗は組み合った瞬間に理解できる。
がっつり組み合った瞬間に相手の重量、足腰の強さなどといったデータがサチの中には肉体言語として入ってくる。
その時点が彼女は相手の力量を察知し力押しが可能な相手なら上手投げ等の正攻法で攻める。
力が互角、あるいは自分以上だと判断すれば足払い等のテクニカルな技を用いる。
いわゆる柔よく剛を制すということである。
剛で勝てる時は豪で、剛で勝てない時は柔で、というのがサチの必勝セオリーであり、彼女にとって土俵の上でおこなうスモウとはその二択でしかなかった。
今回の取り組みにおいては地獄のカギュウブラザーズとの取り組みは剛の一押しで勝てる戦いだった。
逆にモンクは彼女よりも巨躯で力も上の剛の者だったが、すぐさま足払いという柔の技で相手を倒すことを選んだ。
そしてゴドウ・ユキマサに対しては力技でイケると判断したが、そこで彼女の中にいる悪い虫がズチュンとうずいた。
チクショウ。なんてイイ男なんだ。
第103話 サチ。敗北。
◆
ワシュルカで暮らしていた時代、サチは優秀な力士だった。
ワシュルカのスモウは男女混合で誰でも参加可能だった。
しかしそれは逆に言うと力無きものが参戦しても、誰にも守られないということである。
男女の身体能力には大きな差があり、並の女性がスモウで男と戦えば、簡単に負かされてしまう。
それどころか土俵内では身体的接触が自由なため、そのことを逆手にとった男力士が女力士に対して酷い辱めをおこなうことが常態化していた。
弱い女力士は弄ばれ、サラシと廻しを脱がされ生まれたままの姿を大衆に晒されることが常態化していた。
神聖な土俵の上では殺人以外のことは概ね許された。
旧世界のスモウと違い、男女の垣根は消えたが、実力主義が徹底され弱者が土俵に上がれば強者に辱められた。
その残酷ショーを楽しみたい観客にとってスモウは最高の国技で、大衆の娯楽として人気を博していた。そのため上層部も黙認していた。
一部、これは女性に対する卑劣な行為だと女力士の待遇改善を訴える団体が声を上げていたが、団体の人数は少なく大衆の熱狂の前ではかき消されていた。
そんな最悪の状況でサチは土俵入りを果たし、力士たちを次々と蹴散らしていった。
サチの強さは女離れした巨躯と筋肉という肉体の才能ゆえだった。
サチの登場は女性であっても力士の頂点に立てることを証明した。
しかしそれはあくまで彼女個人の特異性によるものであり、男女の能力差とは無関係だった。
そのため、女性力士の待遇改善を求める団体にとって、彼女の存在は目障りだった。
◆
その巨躯と鍛え抜かれ肉体ゆえに、力を持った男たちと同じようにサチは傲慢で、大抵のことは自分の思い通りになると思い込んでいた。
勝利が常態化して退屈していたある日、サチは目の前に現れた少年力士と少し遊んでやろうと考えた。
サチは少年力士を抱きしめ鯖折りの体制に持っていくと、強く抱きしめた。
二人の相撲は観客には実力伯仲の真剣勝負に見えるが、サチに抱きしめられた少年力士はドキドキして相撲どころではなくなっていた。
サチは鯖折りを長時間、繰り返した。そして、少年の興奮がピークに達したところで、廻しを引きはがした。
その辱めは女性力士が男性力士におこなってきた行為を逆転させたものであったが、そこに深い意味は特になく、サチにとっては退屈を紛らす暇つぶしにすぎなかった。
だが、弱者である女が強者である男を倒すという展開は大衆の心を掴み、サチはワシュルカを代表するカリスマ力士として拍手喝采された。
闘いの後、辱めを受けた少年力士たちの多くは、サチに対して激しい抗議をおこなった。
「うっかり取れてしまった。失敬、失敬」
そう言ってサチは謝罪した。
その声には反省は伺えず、少年力士たちは激怒したが、「でも、気持ちよかったんだろう?」とサチが耳元で呟くと、彼らのほとんどは顔を赤らめて何も言えなくなった。
その時の少年力士の反応を、サチは注意深く観察していた。
もしも少年力士が本当に不愉快で、怒りを表明しているのであれば、サチは深追いせずに見逃した。
だが、少しでも少年の中に土俵の続きを求める気配を感じたら「ついてこい」と耳元で呟いて部屋に誘い夜のスモウを挑んだ。
多くの英雄が色を好んだように、サチもまた自らの中にある激しい色欲を持て余していた。
そして土俵の外でその欲望を少年たちに求めた。
それはサチにとってはちょっとした男遊びであり、その場限りの自由恋愛だった。
しかし少年の多くはサチに魅了され依存するようになっていった。
サチはそれを煩わしく感じ、特定の恋人を作ろうとはしなかった。。
だが、一人また一人と取り組みをおこなっていく中で、サチの寵愛を独占したいと考える少年力士たちは増えていき、彼らの間で、激しい嫉妬と衝突が生まれた。
そして、最終的に一人の少年の告発がきっかけで、サチの男遊びは、ワシュルカ内で広く知られることとなる。
神聖な相撲を汚したという理由で彼女は角界から追放された。
サチは自分を告発した少年力士を責めることはなかった。
すでにサチはスモウの世界に飽きていた。
そのため、あっさりと力士を辞めた。
そして、しばらくは冒険者として放浪の旅でもしようかと考えていた時に、ダリアの従者にならないかと声を掛けられた。
それ以降、サチは少年相手のスモウを禁じ手としていた。
だが、ゴドウ・ユキマサと四つに組んだ時、ワシュルカ時代に少年力士に邪な欲望を向けていた過去の自分に戻ってしまった。
ユキマサに鯖折りを食らわせたサチは、ユキマサの身体のぬくもりを堪能した。
そしてユキマサの頬が赤くなり「……やめてください」と、小さな声で呟いたタイミングで、帯を引き抜き胴衣を下着といっしょに引き下げた。
ユキマサは一瞬何が起きたのかわからなかったが、すぐに恥ずかしくなり、その場に座り込んでしまった。
普段のサチなら、そこから「男の癖に情けない」と罵倒を浴びせることで優越感に浸っていただろうが、年齢の割りに幼いユキマサの純情な振る舞いを見て何も言えなくなってしまった。
「お前……聖人か?」
「どういう意味だ?」
ユキマサは顔を真っ赤にしてそう答えた。
ユキマサは、不浄負けで敗北した。
だが、本当に敗北したのはサチの方だったのかもしれない。
第104話 闇の中へ。
◆
「とっ……とにかく、勝者はゴロゴロスだ。勝った者に従う。それが貴様らの流儀だろっ!」
ユキマサに対しておこなった鯖折りからの不浄出しの裏にある邪な欲望を誤魔化すかのように、サチは猛弁を振るう。
「わかった。男に二言はない。撤回する。ゴロロ。いい部下を持ったな」
「兄者。あいつらは俺の部下じゃない」
「あぁ? じゃあなんだ奴隷か?」
「戦友だ」
「言うようになったじゃねーか。ゴロロのくせに。……悪かったな。ゴロロ。お詫びと言っちゃなんだが、ラストフロアの攻略は俺たちにまかせろ!」
「兄者……それは」
「あそこにヤバい奴らが潜んでるって話は聞いた。だからこそ総力戦を挑みてぇっていうお前の気持ちはよくわかる。だがな。カギュウ家の男として、そんなクソみたいな闘い方をしたとあっちゃ、末代までの笑いものだ。だからオレたち、地獄のカギュウブラザーズが全て終わらせる」
「ガロガロスくん。もしかして君。ゴロゴロスくんを危険な目に合わせたくないんじゃ……」
ゴドウ・ユキマサが疑問を呈する。
「馬鹿なこと言うんじゃねぇ。お前みたいなボンボンのあまちゃんと俺たちは違う」
「兄者。そうなのか?」
「くだらねー話してんじゃねーよ。ばかやろう。誰がお前なんか」
そう言うとガロガロスは背中を向けた。
「兄者……」
「とにかくだ。俺たちが先に行く。それで、万が一にもありえなぇことだが、俺たちの身に、もしも何かあって戻らなかったら好きにしろ。先鋒はオレたちだ。わかったな」
◆
それから民族大移動が始まった。
地獄のカギュウブラザーズを先頭に、ゴロゴロスたち賞金稼ぎは、第一階層最のフロアと思われる最深部へと到着した。
フロアの外観は明らかにこれまでとは違うもので、その場にいる者たち全員が強い金剛の気配を感じとっていた。
そして何体いるかはわからないがこの中に人型石獣がいることも察知していた。
「兄者。嫌な予感がする。やっぱり」
「ばかやろう。男に二言はねぇ。お前ら行くぞ!」
ゴロゴロスの言葉を突っぱねて、〈地獄のカギュウブラザーズ〉は、フロア内部に突入した。
◆
5人が入ってすぐ、金剛と金剛が激しくぶつかる衝撃をミチオたちは感じた。
数分後、激しい断末魔の声がフロアの外から響いた。
「兄者ァ!」
「ゴロロ。来るな! こいつらは……やばい!」
部屋の外に聞こえる大声でガロガロスが叫ぶ
「兄者ァ!」
我を忘れたゴロゴロスが部屋の中に突撃する。
「私たちも行きましょう!」
ダリアの言葉を聞いて、その場にいた全員が後に続いた。
フロア扉を抜けて、3チームが部屋に入る。
そこには三体の人型石獣がいた。
二体はゴドウ国の外でキュウタが戦ったシモンズの男女。
そして二人の後ろには右半身が金剛で硬質化した長髪の女が立っている。
女の体は左半身が生身で右半身は金剛で硬質化していた。
だがじっくりと観察すると硬質化した半分の手はなく、足も膝から下がなかった。
顔は右半分と口元が金剛で覆われているため、顔の全貌を確認することはできなかったが、鋭く射抜くような目でこちらを睨んでいた。
左半身は全裸だったが、体は痩せこけており、肋骨が浮き出ており、どこか痛々しく感じた。
まるで今にも折れてしまいそうな枯木という印象だったが、その弱々しさとは裏腹の圧倒的な殺意をその場にいる全員が感じて取っていた。
「兄者ぁ~」
悲鳴にも似たゴロゴロスの叫び声を聞いたミチオたちはシモンズの足元に転がっているカギュウブラザーズの身体を見た。
屈強で勇ましかった5人の男たちは見る無残なズタボロの姿になっていた。
「馬鹿野郎! 何で来たぁ~」
全身がボロボロで息も絶え絶えなガロガロスが口を開くと雌型のシモンズが手に持ったやりでガロガロスの頭部を突き刺した。
「兄者ァ!」
ゴロゴロスが狂乱する。
今すぐ攻撃を仕掛けなければやられる。
その場にいる全員がそう思いながらも、うかつに動けばやられるという恐怖心から動けなかった。
◆
そんな中、真っ先に動いたのはキシモリ・キュウタだった。
「キュウタ!」
キュウタを援護するため、ミチオは〈鏃小魚〉を発動した。
攻撃が効くとは思えなかったが、せめて撹乱することができればというのがキュウタの狙いだった。
実際、突然現れた金剛で錬成された無数の小魚に対してシモンズは警戒し、叩き落とそうと動き出した。
その瞬間を狙い、ゴドウ三兄妹は雌のシモンを狙い、荒野の傭兵団の5人が雄のシモンを狙った。
そしてキュウタは、シモンズにも目をくれず、まっすぐ痩せた女に向かって突っ込んだ。
「ムツミィ!」
キュウタはムツミという言葉を絶叫しながら、女目がけて飛び込む。
ムツミ?
人の名前だろうか?
キュウタはあの女を知ってる?
ミチオはキュウタに目をやる。
冷静さを失っている。
半身が金剛で覆われた女の姿に、ミチオは既視感を抱いた。
硬質化している肉体は右半身と真逆だが、キュウタの〈半邪鬼〉とそっくりだ。
だとしたらあの女は……。
ミチオは考えをめぐらせる。
しかしその瞬間、フロアの足場が大きく揺れた。
その場にいるものたちの動きが、一瞬止まった。
ミチオは足元を見る。
さっきまで床だと思っていたそれは、無数のシモンズが擬態したものだった。
ジグソーパズルのピースのように身体をつなぎ合わせていたシモンズが動き出すと床がガラガラと崩れていく。
暗闇の中にミチオたちは堕ちていった。
掲載は不定期です。




