第一部 金剛編 第五章 サチとダリア 第71~77話
『最強のザコ』は、カクヨムで連載している作品です。
カクヨム版はこちら→https://kakuyomu.jp/works/16818792440121150740/episodes/16818792440121414856
小説家になろう版は、カクヨム版にあった暴力描写、性描写をゆるめた全年齢対象作品となっています。
また、一回の投稿で5000文字以上(3~5話分収録)としています。
ストーリーは同じですが、媒体に合わせて描写や文字数を変えているので、読みやすい方を選択ください。
第71話 ザコくん。嵐の前の静けさ。
◆
ミチオは「野良犬」の宿を拠点に、金剛使いとしての訓練に励んでいた。
一日の大半は基礎体力を向上させるための筋トレやランニングに費やされた。
野良犬のトレーニングルームが使用できる時には、キュウタと金剛を用いた模擬戦をおこなった。
アルレシャにもトレーニングに付き合わされた。
どうも、ミチオの姿がもどかしいようで愚痴を言いながらも特訓に付き合わされている。
せっかくだから3人でやろうとミチオは提案したが、アルレシャは無理だと言って断った。
そのため、キュウタと彼女の面談は、いまだ実現していない。
だが、キュウタとミチオのトレーニングは隠れて見ているようだ。
ミチオと二人になるアルレシャは楽しそうに、キュー様のあれがよかった、これがよかった、それに比べてアンタは早口で熱弁した。
◆
特訓中、キュウタは多くは語らなかった。
大事なことは自分で掴め。
それがキュウタの方針なんだろうと、ミチオは思った。
だから彼は肉体の訓練を積み重ねながら、新しい金剛法術については、自分でシミュレーションを繰り広げていた。
特にアルレシャとの闘いで咄嗟に用いた、みなみのうお座の星印は、なんとしても自分のものにしたいと考えていた。
だが、あの時、錬成した大魚の剣は、あれから一度も錬成できずにいた。
そのことをアルレシャに相談すると「イメージと覚悟が足りない」と言われた。
あの時、ミチオの中ではみなみのうお座という言葉からイメージする口を開けた巨大な魚というイメージしかなかった。
それでも成立したのは囮として用いるため、細部は雑で構わないという割り切りがあったからだ。そのため強度も低い形だけのものとなってしまった。
だが今後、本格的に闘いで使用するのであれば、もっと具体的なイメージが必要となる。
だから一日も早く、星印を完成させないといけないと思ったが、中々ミチオは具体的なイメージがつかめずにいた。
一方、生活はだいぶ落ち着きを見せていた。
カギュウ国の中は安全で、石獣に襲われる可能性はゼロに等しかった。
街を闊歩する金剛使いの数も多かった。
そのため、金剛を使ったとしても悪目立ちすることもなかった。
ミチオ自身、一日に何度も金剛の気配を感じた。
初めはその都度、警戒していたが、次第によくある日常風景だと思うようになりつつあった。
だが、〈英雄の船〉の時のように、突然拉致される可能性もゼロではない。
まぁ、あの時は「野良犬」で同業者に拉致されたのだが……。
念には念を入れて自分の力はできるだけ秘密にしておこう。
そうミチオは考えていた。
◆
ミチオがトレーニングに励んでいる間、キュウタが別行動をとることが多かった。
最近は一緒に任務をこなすことも減り〈英雄の船〉に誘われて、任務をこなす機会も増えていた。
ミチオは彼が普段、何をしているのかは知らなかったし聞こうとも思わなかった。
どうやらシモンズについて、いろいろ調べているようだったが、彼自身が話そうとしない限り自分から聞くことはなかった。逆に自分のことは極力話した。
〈英雄の船〉に強制的に入会させられ、フォーマルハウトという星名を授かり、みなみのうお座を守護星としたことも話した。
ミチオとしては契約を解消される覚悟で話したのだが、キュウタは彼のことは無関心なようで「そうか」とだけ言った。
◆
賞金稼ぎとしての報酬が定期的に入るため、生活には困らなかった。
それに散財しようにも、カギュウ街でやりたいことは特になく、盛り場にも恐くて一人で足を踏み入れることはできなかった。
それぐらいには彼は小心者だった。
せいぜい時々、露店でチキンやパンを買うくらいで、大きな出費もなかった。
武装を整えようとも思ったが、ナイフと革鎧を新調したら特に欲しいと思うものもなかった。
だから、いざという時のために残してある。
金剛使いとして強くなるための課題は山積みだったため、退屈している暇はなかった。
だが、ゴドウ国を出た後の慌ただしい日々が一端落ち着いたことで、ミチオの心には少しだけ余裕が生まれつつあった。
キュウタにとって今の自分は戦力外で、バディといってもお試し期間中。
使えないと思ったらいつでも切り捨てられる。
だが少しでもボクの金剛に対し利用価値を感じてくれたら、これからもバディとして側に置いてもらえるかもしれない。
そんなことを考えながら訓練に励んでいたミチオだったが、ある日、カギュウ・セントラルパークで二人組の女性に話しかけられた。
第72話 ザコくん。二人の女に話しかけられる。
◆
「あんた〈半邪鬼〉といつもいっしょにいる人だよね」
キュウタの前に二人の女が現れた。
一人はミチオより小柄の少女。
年齢は自分より年下だろうか、髪型はみつあみで高そうな布生地で作られた法衣を纏っている。
まだ幼い子供という感じだが、大きな瞳でこちらを見上げる表情はどこか大人びており、ただならぬ気配を漂わせている。
一方、キュウタに話しかけてきた女は、おそらく相当腕が立つ戦士だ。
フード付きの外套は長旅のせいかボロボロ、胸にはさらしを巻いており、腰巻きの下から除く足元には戦士が履く丈夫そうなボーンサンダルを履いている。
肌の色は褐色。背は高くキュウタの頭2つ分くらいある。
髪は両サイドを刈り上げており、後ろ髪を団子状に結っている。
武器らしきものは……持っていない。
その代わり目を引くには、テーピングが施された丸太のような分厚い両手足。掌も大きく片手でミチオの頭を掴めそうだ。何より身体がデカく胸板が厚い。
おそらく2メートルはある巨躯。サラシを巻いた胸を見なければ、男だと思いこんでいただろう。
「あいつとはどういう関係だ? 相棒? それとも特別な関係ってやつか?」
「……」
巨躯の女は挑発的な口調にイラッとしたが、ミチオは黙っていた。
キュウタのことを知っていて自分に接近してきたということは、二人は賞金稼ぎだろうか。
それとも金剛使い?
〈英雄の船〉の時のようなこともある。相手の素性がわからない以上、うかつなことは言えないとミチオは思った。
「構えなくてもいいぞ。アンタとは同業者だ。「野良犬」でよく見かけるから一度じっくり話してみたかったんだ」
「……賞金稼ぎですか?」
「そういうことになるかな。実はアンタたちがゲ賊を倒したことが評判になっている」
「……」
「〈英雄の船〉の奴らとも一悶着あったみたいだな。噂になってたぞ」
「……」
「何より、あの〈半邪鬼〉が、相棒を連れてきたことに私は驚いてる」
「〈半邪鬼〉ってなんですか?」
ミチオは知らないフリをして〈半邪鬼〉と復唱した。
「キシモリ・キュウタの通り名だ。アイツ、めっちゃ評判ワりぃみたいだな」
「何が言いたい……んですか?」
「ちょっとサっちゃん」
となりの女が巨躯の女性をたしなめる。
「気分を害したなら謝る。私はむしろ君たちを褒めたかったのだ。悪評は実力の証だ」
「……」
「弱い奴ほど強者を妬んで有る事無い事、吹聴する。私も昔からこの巨漢でな。弱者きどりの強者にいじめられたよ。ワッハッハ!」
そう言うと巨躯の女は豪快に笑った。
「すみません。サっちゃん。根は純粋で優しい子なんですけど、この見た目とぶっきらぼうな言い方のせいで誤解されやすいんです」
そう言うと小さい方の女が頭を下げた。
「……それで何が言いたいんでしょうか?」
「〈半邪鬼〉が連れてる人間がどんな奴か興味があったんだ」
「……」
「あいつ一匹狼で他の賞金稼ぎと仕事で組むことはおろか、情報交換の場にも現れない。そのくせ高い難易度のミッションを次々とクリアして今じゃAランク。そんな奴が近くにいることは驚きだったが、同時に少し憧れもあった」
そう言うとサッちゃんと呼ばれた女は照れくさそうに笑った。
「教えてくれ。君は〈半邪鬼〉とどうやって知り合ったんだ?」
「それは……」
ミチオはどこまで言うべきか迷った。
二人には悪意がないように感じたが、それはあくまで印象でしかない。
「二人は使えるんですか?」
「……ん?」
「見えますか?」
ミチオは人さし指を立てると指先に金剛を集めた。
「私は使えないが、見ることはできる」
「私は使えますよ」
そう言うと小柄の少女は人さし指を立てた。彼女の指先にも金剛の光が見える。
「自己紹介がまだでしたね。私はダリア。あなたと同じです」
「オノウエ・サチ。ダリア様の従者だ」
「コザ……ザコです」
ミチオは本名を言うことを控え、登録名を名乗った。そして深々と頭を下げた。
「これから「野良犬」でキュウタと合うのですが、用があるなら直接、そこで話してもらえますか。ここでは誰が話を聞いているかわからないので」
第73話 ザコくん。2対2の模擬戦をすることに。
◆
三人は「野良犬」の地下トレーニングルームへと向かった。
キュウタは部屋の前で立っていた。
「えぇと、ダリアさんとサチさん。ボクたちと同じ賞金稼ぎで、ダサチさんは金剛使い(ヴァジュラシ)」
「はじめまして。ダリアです」
「オノウエ・サチだ。よろしく頼む」
そういうとサチは手を差し出した。しかしキュウタは手を握ろうとしなかった。
「その服。ワシュルカか?」
「え?」
ミチオは驚いてキュウタの顔を見る。
「ワシュルカ――南東エリアを支配する豪族の名だ。お前、〈手〉か?」
「いえ、まだ12歳なので……。入学はこれからです」
「ワシュルカのガキが何のようだ?」
「キュウタ! ガキは失礼だよ!」
「いいんです。ミチオさん。実際、私は無力な子供ですから」
「ダリアさん……」
ダリアの気弱な物言いがミチオは引っかかった。
「ザコさんごめんなさい。私の正式な名前はワシュルカ・L・ダリアンヌ。ワシュルカ家の五女です」
「それって」
「ワシュルカ国の第5皇女。つまり姫だ」
サチが間に入る
「そうだったんですか……」
「黙っていてすみません。ここではダリアで通してるので」
「そんなこと気にしないでいいですよ。賞金稼ぎが素性を隠すのは
当たり前のことなんで」
「そう言っていただくとありがたいです」
「それで今日はどんな要件で?」
「実は……私達と戦ってもらえないでしょうか?」
「……?」
ダリアの唐突な申し出に、ミチオは困惑する。
「お前の噂は聞いている。凄腕の金剛使いみたいだな。〈半邪鬼〉」
「だったら何だ?」
「私もワシュルカでは名のある力士でね。相撲って知ってるか? 旧世界を席巻した最強の……」
「興味ない」
キュウタは二人の話を全く聞こうとしない。
「戦っていただけたら、勝敗に関係なく謝礼をお支払いします。銀貨10枚。いかがでしょうか?」
「金には困ってない」
「キュウタ。ボクからもお願いしていいかな?」
「……なぜだ」
「特に理由はないけど……。強いて言うなら、ワシュルカの金剛使いとキュウタが戦ってるところを見てみたいからかな。ちょっとした他流試合って感じで」
「……わかった。だが条件がある」
「なんでしょうか?」
「先にミチオと戦え。コイツに勝てたらオレが相手してやる」
「キュウタ!」
「わかりました。ですが、私たちの戦い方は少々特殊で、二体一組じゃないと機能しないんです。ですので、2対2のタッグ戦を提唱したいのですが、いかがでしょうか?」
「勝手にしろ。こっちは一人ずつやる。それでいいか?」
キュウタがミチオを見る。
「えぇ~」
「ミチオがやらないならなしだ」
「ザコさんお願いします」
キラキラとした目でダリアがミチオを見つめる。その後ろではサチが凄まじい形相で睨んでいる。
「わかりました……」
これも試験なんだな。とミチオは思った。
「ありがとうございます!」
ダリアが深々と頭を下げた。
ワシュルカ家の娘というとキトラと同じ貴族だろうか? それにしては礼儀正しくて謙虚だなぁとミチオは思った。
第74話 ザコくん。サチと戦う。
◆◆◆
4人はトレーニングルームに入ると二組に分かれて左右に陣取った。
ミチオ&キュウタチームはミチオが前に出て、キュウタは背後から戦いを見守っている。
一方、サチ&ダリアチームは、サチが前に出た。
二人一組で戦うと言っていたが、戦闘はサチが担当し、ダリアは金剛法術でバックアップだろうか? 三摩耶形は……間違えなく使えるんだろうな。
ミチオは背後のダリアに対して警戒意識を持った。
「悪いが私達の目的は〈半邪鬼〉だ。お前は眼中にない。すぐに片付ける」
「わかってます。でもキュウタの命令なんで、全力でいかせてもらいます」
ドスンドスン。
サチは腰を落とし片足を上げてゆっくりと四股を踏む。それは彼女にとって戦いに入る前に精神集中するための儀式だった。
綺麗だ。
そのフォルムの美しさにミチオは思わず見とれてしまった。
最後の四股を踏み、ゆっくりと立ち上がると、腰を屈め、両手の掌をミチオに向けて構えた。
屈んでも目線の高さは自分と同じで、まるでイノシシやクマと対峙しているかのようだとミチオは思った。
「行くぞ!」
サチは地面を蹴ると猛スピードでミチオに向かっていく。
そして間合いに入ると両手で掌底を連打した。
旧世界の武術・スモウで言うところのハリテである。
ミチオの〈尖弾〉は、サチの張り手によって叩き落とされる。
「だったら!」
ミチオは更に〈尖弾〉を練成し発射する。
だが、サチはひるむことなく張り手で叩き落としながら距離を詰めていく。
このままだと負ける。
いつもならここで〈零弾〉を使うところだが、二人に〈零弾〉の存在を知られると今後の仕事に悪影響があると思い、ミチオは躊躇した。
それに〈零弾〉に頼ってばかりだと戦いの幅がどんどん狭まっていく。
おそらくキュウタがこの戦いで見ているのは、そこだ。
だから、金剛を用いたもっと豊かで自分ならではの戦法を考えないといけない。
一か八か。あれをやってみるか。
ミチオは背後に飛んで間合いをとると〈尖弾〉を練成した。
「ワンパターンだな」
サチはじりじりと間合いを詰めていく。
これまでの戦い方ならミチオはすぐに〈尖弾〉を飛ばしていたが、あえて飛ばさずに空中に浮かべた。
ミチオの背後には金剛で練成された無数の鏃が浮かんでいる。
防具屋でスケイルアーマーを見たミチオは〈外在〉で練成した金剛をうろこ状に変えていつでも防具として身体を覆うことを思いついた。
その都度、武器や防具を練成するのではなく、無数の鏃状の金剛を練成して空中に浮かべ、武器や防具を作る際に鏃を一箇所に集めて圧縮する。
それは練成を短縮する際に考えた彼なりの苦肉の作だったが、ゲ賊と〈英雄の船〉との闘いを経て、もう一つの新しい戦法を思いついた。
それは大気中の金剛を集めて〈尖弾〉という大きな武器を練成するのではなく、小さい鱗状の形のまま使用することだった。
「〈鏃小魚〉」
ミチオは頭部に鏃がついた小魚の群れをイメージした。
コザカナという名字ゆえにザコと幼少期に呼ばれることが多かったミチオは、いつしか小魚に自分を投影することが多くなっていた。
ゲ・ソーにとってのイカが、ミチオにとっては小魚だった。
小さな魚=雑魚。
これは子供の頃の彼にとって、とても屈辱的な呼び名だった。
しかし名字ゆえに親に相談することもできず、内側に溜め込んだ結果。自分は所詮ザコなのだという意識がミチオに染み付いていた。
ミチオはいつしか、自分のことをザコだと思っている相手に対して、いつか見てろ。このままでは終わらない。
ザコにはザコなりの戦い方があると心の奥底で思うようになっていた。
本人は無自覚だが〈零弾〉もまた、自分はザコで周囲から見下されているというミチオの卑屈な意識が生み出した奇襲戦法だった。
たとえ卑怯だと思われても構わない。
相手に合わせるのではなく、自分だけのやり方、ザコとしての生き方を見つける。
それが彼のモットーだったが、その潜在意識が、彼の金剛の新たな可能性を切り開いたことは、ある種の必然だった。
第75話 ザコくん。サチの張り手で痺れる。
◆◆
「……魚?」
キラキラと光りながら空中を漂う無数の小魚がサチに襲いかかる。
サチは張り手で撃ち落としていくが数が多く、小さな小魚の攻撃が雨あられと押し寄せてくるため、中々動けない。
何よりサチを困惑させたのは攻撃が前からだけでなく後方からも押し寄せてくることだ。それはサチが打ち砕いた〈尖弾〉だった。
砕かれた〈尖弾〉は雲散霧消したのではなく、より小さな〈尖弾〉、つまり〈鏃小魚〉となって周囲を漂っていたのだ。
四方八方から襲いくる〈鏃小魚〉の直撃は一つ一つのダメージは大したことがなかった。
だが、長時間浴び続けると、屈強な肉体を持つサチでもダメージが累積され大きくなる。
このままでは確実に自分は負ける。
そう彼女は思った。
「くっ」
サチが地面に膝をつく。
このまま攻撃を続ければ自分の勝利だ。
そうミチオは思った。
だが一方で、体力の限界を感じていた。
金剛を〈外在〉で練成し続けるにはそれだけ強い精神力を要する。
今の自分に〈鏃小魚〉を出し続ける精神力がどれくらいあるのか?
初めての攻撃ゆえに未知数だった。
だとすればここは我慢比べ。
オノウエ・サチ、頼むから早く倒れてくれ!
そうミチオは願った。
しかし、残念ながら先に気力が尽きたのはミチオの方だった。
ミチオの集中力が切れた瞬間〈鏃小魚〉の動きがピタッと止まる。
しまった!
体勢を建て直さないと。
そうミチオは思ったが、この一瞬の隙をダリアは見逃さなかった。
「三摩耶形顕現・金剛闘衣〈手力雄〉」
ダリアがそう叫ぶと、サチの全身を黄金の鎧が覆う。
表面を覆う模様や形状は違ったが、それはゴドウ・ユキマサが纏った黄金の鎧と同じだった。
否、頭部まですっぽりと覆ったそれは鎧というよりは機神とでも言うような出で立ちだった。
「三摩耶形顕現・迅掌〈勇猛厳雷〉」
サチの掌が金剛で覆われ、更に広がり、激しい電流に覆われる。
「喰らえ!」
起き上がったサチがミチオめがけて一直線に飛びかかる。
ミチオは無数の〈鏃小魚〉を集めてぶつける。
しかし全身を覆うと〈手力雄〉で、サチはすべての攻撃は弾き飛ばした。
そして〈勇猛厳雷〉による電流を帯びた強烈な張り手によって、ミチオの身体は宙を舞った。
◆◆
ミチオの身体に激痛が走る。
張り手を食らったのが一発だったのは練習試合ゆえの配慮だろう。
何よりサチにとって本命はミチオではなくキュウタだった。
だから手加減をしたのだが、ミチオの身体は電流でビリビリと痺れており、身動きが全くとれなかった。
「正直、お前のことをなめていたが、見直したよ。姫の金剛がなければ私は負けていた」
「ふふ二人ひひ一組っててて……そそういううことだだったんですね」
キュウタの身体は痺れて舌がうまく回らない。
「あぁ、姫が練成した三摩耶形をまとい、私が戦う」
「ボボボボクの負けけけです。キュキュキュウタタタ……」
身体が痺れて動かすのが難しい中、ミチオはキュウタに話しかける。
「しゃべるな。……今の戦い、悪くなかった」
「……」
「ミチオ。頼みがある。返事はしなくていい。黙って聞いてくれ」
キュウタは前に出た。
「暴走したらオレを止めてくれ。殺してもいい」
第76話 キュウタVSサチ
◆◆
「あの女は強い。だから全力を出す。だから侵食率が限界値を超えるかもしれない」
ミチオはゲ賊のゲ・ソーのことを思い出した。
戦いが長引いたことでゲ・ソーの力は増したが、最終的に自身の金剛に侵食されて、イカに意識を奪われ飛んでいった。
キュウタの左腕、左頭部を覆う〈半邪鬼〉はゲ・ソーと同じ〈内在〉。だとすれば同じことが起きてもおかしくない。
キュウタは前に出た。
サチは〈手力雄〉と〈勇猛厳雷〉の三摩耶形を解かずに纏っていた。
「さぁ、〈半邪鬼〉。見せてみろ。お前の三摩耶形」
「そんな上品なもんじゃない」
「だったら?」
「サッちゃん、離れて!」
ダリアの声を聞いたサチは咄嗟に後ろに飛んだ。
間髪入れず、キュウタが斬りつけたからだ。
「卑怯な!」
背後に引いたサチは腰を屈めて戦闘態勢に入る。
両手の拳を握り、地面を叩くサチ。
勢いよく飛び出したサチは、キュウタの半ズボンをガシッと掴む。
「宇羅阿ァ!」
サチはキュウタの身体を「仕立て投げ」で持ち上げ、地面に叩きつけようとする。
しかしキュウタの身体は微動だにしない。
サチはキュウタの足元を見る。
キュウタの左足は黒い装甲に覆われており、指先には湾曲した鋭い爪が生えており、その爪を地面をに突き刺し、足を固定していた。
ガッ!
鈍い金属音がサチの耳に響く。キュウタが右手で〈牙剣〉を練成して斬りつけたからだ。
しかし、金剛闘衣〈手力雄〉で覆われたサチの身体には通じない。キュウタの小刀の刃先は折れて宙を舞った。
キュウタの手から離れた〈牙剣〉は即座に塵芥となり雲散霧消する。
その隙にサチは間合いを取るため、キュウタの身体から離れて後ろに引く。
「駄目か」
折れた短刀を放り投げるとキュウタはつぶやく。
手元から離れた短刀は消えたが、
即座に新たな短刀が練成された。
「足の爪ならイケるかもしれないぞ」
「当たればな」
「わかってるじゃないか。〈半邪鬼〉!」
サチはバカにした口調でキュウタを挑発する。
しかし、キュウタの心には波風一つ立たない。
「やるか」
そう言うとキュウタの左手と顔の左半分が黒い装甲で覆われた。
黒光りする装甲の表面は無数の突起が突き出ている。まるで鬼のようだと思った
サチは、なるほど、だから〈半邪鬼〉なのかと納得した。
一方、ミチオはキュウタが普段の半身だけでなく、右足も〈半邪鬼〉化したことに驚いていた。
キュウタは普段、金剛の侵食率を25%に抑えているといった。それは顔半分と左手の硬質化に止めるという意味だが、今回は右足も硬質化させている。
おそらく、現在の侵食率は30~35%。
硬質化していない右腕も、常に〈牙剣〉を練成している。
時間が経てば経つほど体内の侵食率は増していく。
キュウタ……大丈夫か。
ミチオの胸に不安がよぎる。
「おぞましい姿だな。試してみるか? その黒光りする卑猥な爪なら〈手力雄〉も引き裂けるかもしれないぞ」
「黙れ」
キュウタは一歩前に踏み出した。左手のかぎ爪がサチの身体をかすめる。〈手力雄〉は紙のように引き裂かれる。
「くっ!」
サチは張り手で反撃する。直撃すれば致命傷だったが、キュウタは紙一重のところで交わした。
黒光りする装甲の迫力に惑わされがちだが、キュウタはパワーではなくスピードを武器とするタイプで、敵の攻撃を受け流して、〈牙剣〉で致命傷を狙う短期決戦型の戦いと得意とした。
小柄のキュウタにとっては、自然と身につけた戦法だったが、この戦い形はサチのような巨躯の敵を相手にした時にもっとも効果を発揮した。逆に言うとサチにとって、キュウタとの相性は最悪だった。
並の敵ならば力技で押すことが可能だ。
ダリアの三摩耶形を使えば攻守の強化もできる。
しかしキュウタのヒット&ウェイ戦略に対しては手も足も出ない。
頼みの綱だった戦衣も、黒い左手のかぎ爪によって引き裂かれしまう。
キュウタの勝ちは時間の問題だった。しかし、ミチオは嫌な予感がしてならなかった。
第77話 キュウタVSサチとダリア
◆◆◆
「サチィ!」
ダリアの声を聞いたサチが後ろを振り返る。
警戒したキュウタも一瞬動きを止めた。
その隙にサチはダリアの元に飛んだ。
「もう一度確認しますが、二人で戦うことはルール違反じゃないですよね?」
「勝手にしろ」
キュウタはそっけなく答えた。
「では、遠慮なく行かせてもらいます。サチ。攻守交代。あなたは守りに徹して」
「はい。姫様」
サチはダリアの前に仁王立ちすると腰を落とし、両手を広げた。
そしてサチの周辺で凄まじい量の金剛が練成される。
「三摩耶形顕現・月輪〈夜刀角蛇〉」
頭部に刀のような鋭利な角の生えた蛇が金剛によって練成される。
蛇は4体で頭部が尻尾を加えた円状の姿でくるくると宙を舞っている。
表面の皮膚は金剛の鱗となっている。
「まだまだ行きますよ。三摩耶形顕現・霊獣〈大国白鼠〉」
今後は足元から無数の白鼠が現れる。
金剛で生物を練成したことにミチオは踊いた。
ゲ・ソーのようにイカを練成した奴はいたが、あれは〈内在〉で、自身の身体を触媒としていた。
しかし、ダリアの金剛は〈外在〉で、その分だけ具現化の精度が落ち、練成に時間がかかる。
だから単純な武器の練成はともかく、あのような三摩耶形、しかも生物を模した存在を生み出すのはとても困難なことだと思うのだが、ダリアはそれを難なくやってのけている。
「みなさま。ご協力お願いします」
「チューーーーー」
ダリアが白鼠たちに頭を下げると、鼠たちは一斉に鳴き声を上げ、キュウタ目がけて突撃した。
「チッ」
キュウタは白鼠を一匹一匹叩き落とす。しかし数の多さに押し切られて、全身を噛みつかれる。
大黒白鼠。
一匹々々の攻撃力自体は微弱なものだった。
ましてやキュウタの身体は〈半邪鬼〉で硬質化していため、ダメージは皆無に等しい。しかし、ダリアの狙いは攻撃ではなくキュウタの足止めにあった。
小さくて素早い白鼠はキュウタの身体に次々とまとわりつくことでキュウタは自由に動けなくなる。
そこに上空を飛来する〈夜刀角蛇〉が円盤上の刃となって回転しながら飛びかかり、キュウタの身体を切り刻む。
圧倒的戦力による連続攻撃だったが、キュウタに致命傷を与えることはできない。それだけキュウタの身体を覆う〈半邪鬼〉の力は強大だった。
「キュウタタ! ダダリアさんの目的ははこ攻撃じゃないい! じ時間稼ぎだだだ」
痺れて動けない口を無理やり開いて、ミチオが叫ぶ。
三摩耶形を用いたダリアの連続攻撃にミチオが違和感を抱いたのは、サチが攻撃に参加していないことだった。
サチはダリアの前でどっしりと構えており、動く気配が全くない。
考えられることは二つ。
一つはダリアに対する攻撃を警戒している。
確かにこの物量攻撃はサチさえ倒せば収まるだろう。
そう考えれば彼女が防御態勢に入ってからダリアの遠隔攻撃に切り替わったことは納得がいく。
だが、彼女の力量なら、身動きがとれなくなっている今のキュウタを叩くこともできるのではないか?
それをやらないのは、ひょっとしたら、この攻撃の目的が別のところにあるからではないか?
〈内在〉型の金剛使いを仕留めるもっとも最適なやり方は……時間稼ぎにより暴走の誘発!
「やらられたたた……」
キュウタの力をみて、ダリアさんはすぐに戦法を切り替えた。
見事な判断力だが、それを可能にしているのは、あれだけの三摩耶形を同時に顕現できるダリアさんの力があるからだ。
恐ろしいことにサチさんが装着する2つの三摩耶形はいまだ解除されていない。
つまりダリアさんは現在、同時に4種類の三摩耶形を顕現している。
しかもあの白鼠の数。
あれを外在でやりとげるなんて……。
ダリアの金剛使いとしての戦闘センスの良さに、ミチオは驚愕した。
「キシモリ・キュウタさん。あなたの負けです。敗北を認めてください」
「小僧。お前はよく戦った。ガチンコでぶつかりあえば。負けたのは私だった。だが、私と姫は二人で一つ。今のお前に勝ち目はない」
「キュキュウタ。は敗北を認めて。そっそうじゃじゃないととと」
「嫌だ」
「え?」
「オレは負けない」
「これは交流試合です。勝っても負けても意味はありません」
「そっそうだよ。そそれよりし侵食率を止めないとか身体が」
「うるせー!」
キュウタが怒鳴り声をあげる。
いつも冷静沈着なキュウタからは考えられないことだ。
何かがおかしい。……まさか。
すでに暴走しているのか?
ミチオは困惑する。
掲載は不定期です。




