第一部 金剛編 第四章 英雄の船 第58~65話
『最強のザコ』は、カクヨムで連載している作品です。
カクヨム版はこちら→https://kakuyomu.jp/works/16818792440121150740/episodes/16818792440121414856
小説家になろう版は、カクヨム版にあった暴力描写、性描写をゆるめた全年齢対象作品となっています。
また、一回の投稿で5000文字以上(3~5話分収録)としています。
ストーリーは同じですが、媒体に合わせて描写や文字数を変えているので、読みやすい方を選択ください。
第58話 ザコくん。ダンゴムシになって耐える。
◆◆◆
「ザコくんの奴、気づいたのか。俺たちの戦術に」
「フォーマルハウトでしょ。ヌンキ」
「プレセぺ! 何、悠長に構えて」
「だって、フォーマルハウトくん、気付いたんでしょ。私たちの連携プレイに」
「あぁ」
「だったら、打つ手ないっしょ。向こうも蟹、潰さないように慎重に構えてるだろっし」
「それに、ブラフとして自分のトコから離れた蟹を狙い、かく乱してくる」
「あっ、それはもうないかな。こっちもブラフとわかってるから、無駄な攻撃はしないと思う」
「じゃあ、このまま3階に」
「それは無理」
「どういうことだ?」
プレセぺの意外な返答にヌンキは驚く。
「私の蟹ちゃんは4階の地面をびっしり埋め尽くしているし、たぶん、ザコくんの身体にびっしりと張り付いてる。だからフォーマルハウトくんがちょっとでも動こうとしたら、蟹を潰さざるを得ない」
「じゃあ」
「彼は今、動けない」
◆
プレセぺの推察どおり、ミチオは今、身体をダンゴムシのように丸めて、動くことができなかった。
そうしている間に、ミチオの身体には無数の黄金蟹が這い上がってくる。
〈薄膜〉でガードしていたため、致命傷には至らないが、少しでも動いて蟹を一匹でも潰せば、プレセぺに位置を補足され、黄金の矢が飛んでくる。
射抜かれた肩の傷も気になっていた。
なぜか痛みは少ないが、時間が経つほど出血が激しくなる。
不利なのは圧倒的にミチオだった。
このまま彼が動かなければ、〈英雄の船〉の金剛使いが4階に降りてくる。
そうなれば、すぐにミチオは見つかり、捕らえられる。
ミチオは後悔した。
部屋から出なければよかった。
星名も守護星座も欲しくなかった。
ギャラクに無理やり押し付けられたもので、試験も無理やり参加させられて、とっさに逃げてしまった。
だったら、降伏を認めれば命は助かるのか?
……ミチオは降伏を認めた場合、どうなるのかと頭をめぐらせた。
負けを認めれば、ここから解放される?
その可能性はゼロではなかったが、これまでの成り行きを考えると、無事解放されるのは楽観的すぎる見通しだ。
そう考えると、降伏する気にはなれなかった。
だが、どうする、このままだと敵が来る。
敵が……。
その瞬間、ミチオは5階で感じた巨大な金剛の気配を感じた。
「オーリィオォーーーーーン‼」
第59話 プレセぺ。蟹全滅。
◆◆
「ギャァァァァァァ!!!」
突然、プレセぺが悲鳴を上げて地面に倒れた。
「プレセぺ! 大丈夫か?」
「蟹がー。私の蟹がー」
「凄い衝撃だ。ベテルギウスか」
その場にいた〈英雄の船〉のメンバーは、4階から凄まじい量の金剛が爆ぜる衝撃を感じた。
おそらく、プレセぺが4階に這わせていた蟹は全て吹き飛んだのだろう。
プレセぺと彼女が錬成した蟹は微弱な金剛を通じて繋がっていた。
彼女自身は蟹をコントロールすることはできない。
いわゆる自立行動型。
攻撃を受けて砕け散ると、微弱の電流が反転。
大気中の金剛を通じて、小さな痺れがぺレセぺに伝わってくる仕組みとなっていた。
一つ一つの痺れならば針で支えたような痛みで耐えられたが、同時に襲ってくると大きなダメージとなる。
4階の地面に敷き詰めらた蟹の数は膨大で、何匹いるのかはぺレセぺ以外の者にはわからなかった。
だが、それが全部引き取んだ時の反動が跳ね返ってきたとなると、そのダメージは想像を絶するものとなる。
「プレセぺ、プレセぺ、大丈夫か? サダルメイク!」
ヌンキがサダルメイクに呼びかける。
サダルメイクはプレセぺを抱きかかえて、眼球を確認する。
「安心しろ。気絶してるだけだ。命に別状はない」
「サダルメイク。治癒術を頼む」
「数分もすれば起きられる。こんなことでつかわせるな」
「お前!」
ヌンキがサダルメイクの胸ぐらを掴んで、にらみつける。
「落ち着け。治癒術は万能じゃない。それに私のネクタルは回数が限られている。ここで彼女を治療して、もしもの時に使えなかったらどうする?」
「もしもって!」
「それにこれは、あくまで試験だ。殺し合いじゃない」
「ちっ!」
ここでぺレセぺが退場すれば、これ以上、ミチオを攻撃することができなくなる。そうなればヌンキとぺレセぺは任務に失敗したことになる。
「まぁまぁ、君らの失点にはならないから」
「当たり前だ! 畜生、ベテルギウスめ。加減ってもんを知らないのか」
「でもまぁ、これでザコくんも終わりかな。逸材だったのになぁ」
そういうとギャラクは笑う
だったら、あんな奴連れてくるなとヌンキは思った。
◆◆◆◆
「おかしい。ベテルギウスの反応がない」
ベテルギウスの金剛爆発の衝撃波から数分後。
5階にいるギャラクたちは大きな異変を感じていた。
ベテルギウスの金剛が伝わってこないのだ。
彼の金剛は膨大で、5階にいても強く感じられるものだった。
だからプレセぺの蟹をすべて吹き飛ばした後、ベテルギウスはミチオも吹き飛ばし、試験はミチオの志望で終了したと、その場にいた全員が認識していた。
だが、数分経ってもベテルギウスの気配がしない。
まさか……やられたのか? ザコくんに⁉
第60話 べテルギウス。爆ぜる。
◆ ◆
その頃、ミチオは三階に移動していた。
それは一瞬の出来事だった。
ダンゴムシになったミチオが蟹の攻撃に必死で耐えていた時、5階からベテルギウスが猛スピードで突進してきた。
「オーリィオーン」
4階に降り立ったベテルギウスは足元の蟹をものともせずに踏み潰していく。
突然、表れたベテルギウスにそのフロアの蟹が一斉に襲い掛かった。
その瞬間、どういうことだ? とミチオは思ったが、すぐにどうやら4階の蟹は相手を識別する機能はないようで、金剛の気配を感じたら、即座に襲いかかる仕組みのようだ。
そうやって機能を単純化しているから、これだけ膨大な量の蟹を錬成できるのかと、ミチオは理解した。
「オーリィオォーン!」
無数の蟹をベテルギウスが次々と薙ぎ払っていく。
二つの金剛が激しく衝突している。
今なら逃げられるか? ミチオはそう判断して動こうとしたが、身体に絡みついている蟹たちはミチオから離れようとしない。まだだ。まだ動けない。
「オーリィォーン‼」
絡みつく無数の蟹にわずらわしさを感じたのか。ベテルギウスが咆哮する。
その叫び声の後、室内の金剛がベテルギウスに集まってくる。
いや違う。
ベテルギウスは体内に金剛を吸い込んでいるのだ。
こいつ〈内在〉か?
体内に金剛を取り込んだベテルギウスの体内で膨大な量の金剛が燃え上がり、やがて膨張する。
「〈超新星大爆発〉」
体内で錬成された金剛が高熱の爆風となり、ベテルギウスから放出される。その熱と風圧でその部屋にいた蟹がすべて吹き飛ばされた。
それはミチオに張り付いていた蟹も例外ではなかった。
だが蟹だけでなくミチオの身体も爆風で吹き飛ばされ、ミチオは壁に叩きつけられた。
◆◆
4階が、激しい高熱と、吹き飛ばされた蟹の残骸から飛び散った金剛で覆われる。
フロアの中に立っているのはベテルギウスのみ。
しかし彼には目的があった。
それはミチオの捕獲。
「オーリィオーン……」
ベテルギウスは金剛の渦の中を歩く。彼の金剛に対する気配探知は完全に麻痺して おり、ミチオがどこにいるのかわからなかった。
どこだ。どこにいる。
ベテルギウスはミチオの気配を求めて前へ進む。
「ここだ。ベテルギウス。ボクはここだよ!」
ミチオは大きな声で呼びかけた。
「オーリィオーン」
ミチオを見つけたベテルギウスは歓喜の表情となり、まっすぐミチオに突っ込んだ。
「オーリィオーン」
ベテルギウスの全身を黄金の鎧が覆う。右手にはこん棒を持ち左手には黄金の獅子の毛皮が絡みつく。そして、右肩は仰々しい大きさの肩当てが覆っている。
その姿はまさにギリシア神話の狩猟神そのものだった。
本来、ベテルギウスはその姿にならずともミチオを倒すことはできた。
戦力差は圧倒的で彼にとってミチオを倒すことは赤子の手をひねるも同然だった。
だが、この部屋に充満した膨大な金剛は彼の闘争本能を刺激し、取り入れた金剛を吐き出さずにはいられなかった。
その結果、ベテルギウスは彼にとって最大出力となる金剛星印〈狩猟神の咆哮〉を発現。伝説の狩猟神そのものの姿となり、ミチオに飛び掛かった。
戦闘状態における極度の興奮状態、さながら金剛中毒とでもいうような狂戦士化に陥ったことで、ミチオは最大のポテンシャルを発揮してミチオに襲いかかった。
だからこそベテルギウスは自分が勝つことを信じて疑わなかった。
しかし、この瞬間を待っていたのはミチオの方だった。
ミチオは〈零弾〉を放つ。
神話の姿を模した故か、ベテルギウスの頭部は兜で覆われていない。もちろん顎もだ。
大丈夫。今ならやれる。
これまでと同じようにミチオは顎を狙う。
〈零弾〉はベテルギウスに直撃。
「ォ―リォ~ン」
か細い声を出した後、ベテルギウスはその場で気絶し、床に倒れた。
第61話 ザコくん。蟹をかじる。
◆◆
「まさか。ザコくんがベテルギウスを倒したというのか?」
「ヌンキ、フォーマルハウトな」
「今はそれどころじゃない!」
「でもまさか。フォーマルハウトがそこまでやるとはな。一体どうやってベーやんを」
「どうせ。滑って頭でも打ったんだろ。アイツの知能は昆虫以下だ」
「でもまぁ、ツキも実力だからな。これでフォーマルハウトは、無事〈英雄の船〉の仲間入り。異論はないよね」
みんなの顔を見て、ギャラクが笑いかける。
「どうですかね」
「サダっち、どういうこと?」
「彼女が許さないんじゃないですか?」
「そういや。ありっ?」
ギャラクは壁際の窓をみる。
左端の窓が一つだけ開いており、冷たい風が吹き込んでいた。
◆◆
その頃、ミチオは二階の階段を下りていた。
三階でも二階でも相手の攻撃はなかった。
ベテルギウスとのいざこざでボクも倒れたことになっているのだろう。
ひょっとしたら、死んだと思われているかもしれない。
三階に蟹が居なかったのは、ペロセべの射程範囲を外れたからか。
だから黄金の矢の攻撃もなかった。
そうミチオは判断した。
ガリッ。
ミチオはベテルギウスに破壊された蟹の足をかじる。
ミチオの中に金剛の熱が広がる。
「ちょっとだけ甘いな」
4階のどさくさでも蟹の甲羅をかじったが、腹の中が熱くなり、さっきまでの疲労が嘘みたいに消えた。
それに……。
ミチオは4階で黄金の矢に貫かれた傷跡を見る。
治ってる。
おそらく〈内在〉の効果か。
蟹の甲羅を通して体内に取り込んだ金剛が皮膚に作用し傷口を塞いだ。
だが、攻撃を受けた直後も傷の進行は遅かった。
つまり、自分の中に金剛があれば〈内在〉の力で自己修復が可能ということか?
闘いのどさくさで、自分の中にある〈内在〉に、思わぬ可能性があることにミチオは気付いた。
もちろんこれは軽傷だから可能なこと。
頭部や心臓がやられる致命傷となれば、簡単に治すことは難しいだろう。
だが何が起こるかわからない金剛使い同士の戦いにおいては、自然回復は闘いを有利に進める手段と成り得る。
ミチオは4階から持ってきた蟹の甲羅を必死でほおばる。
もしかしたら、これで位置を補足されるかもしれないけど、4階とは条件は違い、蟹の数は少ない。
これなら位置を補足されずに済む。
それは、楽観的観測の甘い判断だったが、プレセぺが気絶している現状においては最適解だと言えた。
何より、内部に取り込んだ金剛はミチオにとって新たな武器となった。
二階の階段を降り、いよいよ一階にミチオは降りた。
大広間を抜けてまっすぐ進めばゲートがある。
そこを抜ければ出口だけど……。
ミチオは一気に駆け抜けようとしたが、巨大な金剛の気配を感じて足を止めた。
そして、最後の蟹をズボンのポケットから取り出し、ガリッとかじった。
「最後は、やっぱりあなたですか」
「ここは通さないよ。ザコくん!」
甲高い声がフロアに響く。
ミチオの前に立ちふさがったのは、うお座のアルレシャだった。
第62話 アルレシャ。フォーマルハウトに激怒する。
◆◆
「あのぉ」
「何? フォーマルハウト!」
「そのぉ」
「どうしたの。フォーマルハウトくん? 言いたいことがあるなら早く言いなさい」
アルレシャが何度も呼ぶフォーマルハウトという名前に対してミチオはむず痒い気持ちになる。
「フォーマルハウトって名前……」
「星名よ。フォー―マルハウトくーん」
ミチオはどうもアレルシャのフォーマルハウトという呼び方に強い敵意がある気がしたが、この場で聞くと話がややこしくなりそうなので、話を進めた。
「そのフォーマルハウト……って星名、返上できないでしょうか?」
「……はぁ?」
「見てたからわかると思うのですが、ボク……ギャラクさんに無理やりここに連れてこられたんですよね。それで無理やり星を選ばされて、守護星座を決められて……」
「……無理やり? ……決められて?」
「そこまでは良いですよ。確かに三摩耶形欲しかったですし、ボクだってこれ以上、キュウタの足手まといになりたくないし少しでも強くなれるんななら何でもしたいって気持ちでしたし」
「キュウ……?」
心に余裕がないためか、早口でまくしたてるミチオ。
一方、彼の話を聞いたアルレシャの身体は小さくぶるぶると震えている。
「でも、無理やり与えといて、いきなり試験だと言って襲われるのは何か違うんじゃないかなぁと思うんですよ。……正直、そこまでして欲しくないというか」
「ほしく……ない?」
「だから、ここで負けたことにして守護星は返上します。その変わりボクをこの建物から出してください。もうボクの方からみなさんには近づかないようにしますので、それで手打ちってことにしませんか?」
ミチオはアルレシャに敗北を宣言し、守護星を返上することで、試験を終わらせようとした。
それはミチオにとって極めて冷静な損得勘定のうえでの合理的な判断だった。
今、目の前にいるアルレシャから漂う金剛は、自分よりも何倍も濃い。
単純な総量だけならベテルギウスの方が上だが、ベテルギウスと違いアルレシャは頭もキレるだろうし、三摩耶形……〈英雄の船〉の言うところの星印を用いた戦術もより複雑ではないかとミチオは判断した。
だとすれば、自分は圧倒的に不利。
もちろん、闘いに備えた仕込みは済んでいる。
だが、それが通じるとは限らない。
それに、そろそろ異変に気付いた5階にいたギャラクたちが一階に来るはずだ。
そうなれば挟み撃ち。
生存確率はどんどん低くなる。
だったらここで負けを認めて、試験を終わらせるのがベストの選択。
そうミチオは思ったのだが……。
「貴様はどこまで私を愚弄するのだ!」
アルレシャは激怒した。
◆◆
「え?」
「貴様はまず、私の守護星座を奪おうとした」
ミチオはうお座を守護星座とするために逆算する形で星を選ぼうとした。
その星はうお座のα星・アルレシャだった。
「ずいぶん舐めた奴だと思ったよ。だが掟は掟だ。貴様が力尽くでアルレシャを奪うというのであれば、星名をかけて真剣勝負をする。この命をかけて。そう私は覚悟した。それなのに何だ貴様は!」
「それは……知らなかったから。アルレシャさんがうお座だなんて。だから撤回したじゃないですか!」
「一度選んだ星を貴様は捨てた。ティッシュをゴミ箱にポイッと捨てるように」
「そんなつもり……。ボクはただ無益な争いはしたくないと思って」
「戦って手に入れるほどの価値はうお座にはないということだろ! それは愚弄だ!」
「……」
「その結果、貴様はフォーマルハウトを選んだ。みなみのうお座のフォーマルハウト。おなじうお座だと思うと不愉快極まりない。だからこの場でぶち殺してやろうと思ったのに」
「だったら辞めましょうよ。星なんて返上します。あなたの勝ちです」
「ふざけるな! まだ貴様は私を愚弄するのか? ただでさえお前は私のキューサマを……」
「キューサマ?」
「……汚らわしい口で、その名を言うな!」
アルレシャの顔が急に赤くなった。
「ひー。ごめんなさい」
ミチオはとっさに謝った。
キューサマが何を意味するかわからないが、余計なことを言って状況をややこしくすることは避けなければと思った。
「フォーマルハウト。最後通告だ。私と戦え! そして死ね!」
断ってはダメ。戦ったら殺される。
なんて理不尽な。
ミチオは困惑した。
おそるおそる、アルレシャの顔を覗き込むミチオ。
アルレシャの顔は真っ赤で大きな瞳でこちらを睨んでいる。
大きな瞳はキラキラと光っており、どうやら潤んでいるみたいで、今にも泣きだしそうだ。
そのため、怖いよりも、かわいそうでかわいいという気持ちがミチオの中で勝った。
だが、一方で金剛の気配はどんどん強まっており、いつでも臨戦態勢という感じだった。
仕方ない。やるしかないのか?
今できることに全力を尽くそう。
ミチオは覚悟を決めた。
第63話 ザコくん。愛の双魚にえぐられる。
◆◆
先手必勝。
ミチオは〈尖弾〉を4発錬成してアレルシャめがけて飛ばした。
しかしアルレシャに命中する前に〈尖弾〉は砕かれた。
それは、アルレシャの髪を縛る赤いリボンだった。
ポニーテルに結んだアルレシャのリボンは縛った先が二つに分かれていて、その長さは伸縮自在。
そして先端は剃刀の刃のように鋭く尖っている。
この刃先を喉元に突き付けられてミチオは脅迫された。
そのため、その時点で彼女のリボンが金剛で錬成されたものだということはすでに察知していた。
しかし〈尖弾〉をはじき落とすほどの強度があるとは……。
「そのリボンがあなたの星印ですか?」
「違うわ。これは私の金剛魔術によって具現化された〈あなたを決して離さない〉。この愛のリボンから逃れることは誰もできない」
「……」
かわいらしい装飾具に思えた真っ赤なリボンは彼女の愛を具現化したものだった。この紐はどこまでも伸びていき相手を捉え、永遠に離さない。自力で錬成された金剛には生み出した者のバックボーンが強く反映されるというが、かわいらしい赤いリボンの奥底にアルレシャの深い愛情を感じ、ミチオは背筋が寒くなった。
「引いた?」
「そっそんなことは」
「気にしないで。私の愛が重すぎることは私が一番わかってる。これで何人の男に逃げられたか……」
「そっそうですか」
「まぁ、あんたには殺意しかないけど」
「はぁ」
嬉しくないし残念でもない。
なんとも複雑に濁った感情がミチオの心を揺さぶる。
「そしてこれが、うお座の金剛星印〈黄道双魚〉」
アルレシャは両手を広げる。右手と左手の掌に黄金に輝く魚が錬成されていく。
「行きなさい〈愛の双魚〉」
二体の魚をアレルシャが空中に放り投げる。すぐに赤いリボンの二つの先端がそれぞれの魚のしっぽに絡みつく。
「!」
リボンの先端に絡みついた二匹の魚は空中を泳ぎながら弧を描き、ミチオめがけて飛んでくる。
ミチオは一匹の黄金魚の直撃を避けた。
しかし左に避けたミチオの身体めがけてもう一匹の黄金魚が直撃し、ミチオの腹をえぐり、革鎧を貫いた。
だが攻撃はそこで止まり、ミチオの身体を貫くには至らなかった。
「やるじゃないか!」
追撃を警戒したアルレシャは、リボンに結ばれた二体の黄金の魚を自分の元に戻す。
二体の魚は猛スピードで動きながら紐が絡まないようにアレルシャの周囲を徘徊している。
「腹に金剛を仕込んでたのか?」
腹の中からボロボロと金剛で錬成された鱗状の小片が落ちてくる。
3階から1階に降りてくる間、ミチオは〈外在〉で金剛を集め、革鎧の中にスケイルアーマーから着想を得た鱗状の小片を仕込んでいた。
それはいざという時の保険のようなもので、これで防御が成功した隙に〈零弾〉を打ち込むという攻防一体の作戦だった。
だが、〈〈愛の双魚〉〉と〈あなたを決して離さない〉による連携攻撃によって鱗は破壊され、防御の手段はあっけなく奪われてしまった。
「ヴフォッ!」
ミチオは大量の血を口から吐き出す。
どうやら先の直撃で内臓をやられたようだ。
ひょっとしたら骨もやられたかもしれない。
防御を打ち破られたことにショックを受けたミチオ。
だが一方であの鱗小片がなければ、胸を貫かれていた。
そしたら、死んでいた。
なら、自分の判断は間違っていなかった。
「何笑ってんのよ⁉」
ミチオは自分の判断が間違っていなかったことを確信した。
逆にアルレシャはこの攻撃が当たったことによって圧倒的に優位になった。
それなのに、うれしそうに笑うミチオを見て困惑した。
膝をつきかけたミチオだがゆっくりと起き上がる。
アルレシャを見るミチオ。
彼女の周りをリボンに結ばれた二体の魚がぐるぐると徘徊している。
おそらく、生半可な攻撃では〈愛の双魚〉に叩き落とされてしまう。
遠距離攻撃は通じない。
だとしたら懐に入り込み、〈鈍刀〉で叩くか。
それとも〈零弾〉?
あるいは別の……。
第64話 炸裂。アフロディーテ・キック!
◆◆
「フォーマルハウト、あんたが考えてること当ててあげようか」
「……」
「遠距離なら不利。だけど接近戦なら勝ち目はあるかもしれない」
「……」
「何せ相手はか弱い女の子。男の手で強引に押し倒せば俺のものにできる」
「え?」
「ホントいやらしい。これだから男は」
「そっそんなこと、考えてません!」
「……それって、私に女としての魅力がないってこと?」
「そんなことないです。むしろ……」
「何?」
「いや、なんでもありません」
どちらかというと顔は好みだとミチオは言おうとしたが、そういう場ではないと思い、口をつぐんだ。
それに話せば話すほど、アルレシャが自分に対して強い敵意を持っていることが伝わってくる。
これだけ悪意をぶつけられれば、好感度はどんどん下がっていく。
最初のなんかいいなぁというアルレシャに対する好意はもはやミチオの中に残ってなかった。
それに今は真剣勝負の真直中。
余計なことを考えている余裕はない。
「あなたを強引に押し倒そうなんてボクは考えてません」
「そう……」
「でも、接近戦に持ち込めばってのは、正解です」
ミチオは〈尖弾〉を錬成して、一気に4発飛ばした。
アルレシャは赤いリボンを動かし、〈尖弾〉を弾き落としていく。
その隙にミチオは間合いを詰める。
ミチオは右手に〈鈍刀〉を錬成。そのまま一気に振り被り、攻撃を叩きつける。
だが、この攻撃は囮だった。
相手が攻撃をかわした隙に〈零弾〉を顎に叩きこむ。
それこそがミチオの切り札だったが、アルレシャの行動はミチオの想像を超えたものだった。
〈鈍刀〉の一閃をアルレシャはひらりとかわすと、上空めがけて赤いリボンを飛ばした。
リボンの先端に結ばれた〈右の黄金魚〉は天井のダクトめがけて飛んでいき、リボンを絡めた。
「良いこと教えてあげる。私の星印〈黄道双魚〉には二つの力がある。〈右の黄金魚〉は、愛の矢となって宙を飛び回る」
「……」
「そして〈左の黄金魚〉は私の身体を鱗となって覆う金剛闘衣となる」
いつの間にか、アレルシャの左手にはリボンの先端に絡まった〈左の黄金魚〉が握られていた。
「冥途の土産に良いもの見せてあげる」
そういうと彼女は全身を覆っていた外套型の衣を自ら剥ぎ取り、ミチオめがけて投げつけた。
外套はミチオの顔に被さり、視界が塞がれる。
しまった。何も見えない。
これでは〈零弾〉が撃てない。
ミチオは必死で外套を剥がす。
真っ暗だった視界が一気に広がる。
アルレシャの姿は見えない。
やられた。
どこに消えた?
「ここだよ。フォーマルハウト!」
ミチオは上空を見上げる。
ダクトに絡めたリボンで自分の身体を引き上げ、ブランコのように激しく揺らすと、アルレシャは空中を自在に飛び、そこから振り子のように身体をミチオめがけて飛ばした。
アレルシャの身体は黄金の鱗が覆っている。
臀部は魚のヒレのような鱗状の腰当てで覆われていたが、曲線的な身体のラインははっきりと浮き出ている。
外套型法衣で覆われている時はわからなかったグラマラスなボディがはっきりと浮かび上がっており、まさに美の女神そのものだとミチオは思った。
シルエットだけ見ると裸とほとんど変わらない。股間と乳首は安全性を配慮してからしっかりと覆われていたが、それ以外の場所はラバースーツのように鱗が覆っており、原理は〈薄膜〉と同じものかとミチオは思った。
鎧と水着とパーティードレスを組わせたような金剛闘衣は神々しく、ゴドウ・ユキマサの黄金の鎧をミチオは思い出していた。
「食らえ、アフロディーーーーテェ・キィックゥ!」
落下する速度に乗せて突っ込んできたアルレ
シャの飛び蹴りがミチオの身体に炸裂した。
第65話 ザコ君。星印を顕現する。
◆◆
飛び蹴りを食らったミチオの身体は宙を舞い、壁に叩きつけられた。
ヴォファッ!
ミチオは口から血を吐く。
「今ので肋骨が3本はイッタな。内臓も破裂したか?」
地面に着地したアルレシャが嬉しそうにニヤける。
「はぁはぁはぁ」
何とかミチオは起き上がるがもはや虫の息だ。
「大人しく負けを認めろ。そしたらラクに殺してやる」
どっちにしろ死ぬのかよ。
朦朧とする中、ミチオは心の中でツッコミを入れた。
「どうする。負けを認めて死ぬ? それとも抵抗して死ぬ?」
アレルシャがそう言うと彼女の身体を覆う鱗状の金剛闘衣がカシャカシャと小さく蠢き、キラキラと輝いた。
キレイだ。それにあのグラマラスな身体。
畜生、なんてエロいんだ。
ミチオはアルレシャの性格にはうんざりしていたが、顔だけでなくボディも魅力的だと思った。悔しいけど、女体としてのアルレシャはミチオにとって完璧だった。
それだけに敵として彼女を倒さないといけないことが申し訳なかった。
申し訳ない……?
「フォーマルハウト。お前、何笑ってる?」
「いえ……別にぃ……ヴォファッ!」
再びミチオは口から血を吐いた。
なんだ。やはりコイツはもう限界か。
アルレシャは勝利を確信し、次の一手で仕留めようと決めた。
だが、ミチオは諦めていなかった。
それどころか、ここに来て、ある策を思いついた。
◆◆
「アルレひゃさん……」
「なんだ。……フォーマルハウト?」
「ボクの守護星座……のせ……い……ん」
「……星印? 貴様、今、星印と言ったのか?」
ミチオは右手に金剛を集める。
左手で右手の手首を握り、右の掌に意識を集中する。
「なんだと……。凄まじい量の金剛がフォーマルハウトの右手に集まっている」
ミチオの掌に集まった金剛は衝突しながら、バチバチと光を放ち、やがて一つの形に集約されていく。
それは、口を開いた大きな魚だった。
「みなみのうお座……!」
二匹の魚がリボンで繋がれた姿で星が並んでいるうお座と違い、みなみのうお座は、みずがめ座の水瓶から注がれる水を口で受け止める大魚の姿で星が並んでいた。
ミチオは学校の図書室で読んだ星座図鑑で、みなみのうお座の姿を覚えていた。
その大魚はシリアの豊穣の女神・デルケトーが湖に落ちた際に助けた魚だという意外には何の伝承も残されていなかった。
だからミチオはその魚が大きく水を飲む大きな口を持っていることしか知らなかった。
だが、それだけ知っていれば十分だった。
三摩耶形の顕現に必要なのは具体的なイメージ。
そう何度もキトラに言われてきた。
ミチオにはそのイメージの源泉が思い浮かばなかったが、嫌々とは言え守護星座を与えられたことで、ミチオの中でそれは、できるかもしれないという確信に変わった。
「やるじゃない。フォーマルハウト。この極限状態の中で金剛星印を発動するとは。褒めてやるよ。……どうせぶっ殺すけど!」
ミチオの右手にはいつの間にか、金剛で錬成された大魚が口を開いた姿で顕現していた。
「さー。そいつをどうする? フォーマルハウト」
強気で煽るアルレシャだったが、それは不安の裏返しだった。
金剛星印は未知の力。金剛使い次第で使い方は大きく変わる。
だから、フォーマルハウトがどんな使い方をするのかわからない。
ここは気を引き締めなければ。
挑発的な振る舞いの裏側で、ミチオの星印をアルレシャは警戒していた。
どうする。
その大魚をどう使う?
私の〈黄道双魚〉のように武器として飛ばすか?
それとも金剛闘衣に変換する?
いや、それはいくらなんでも無理か?
いや、油断はできない。
星印に絶対はない。
アルレシャは思いつくパターンをすべて頭に浮かべ、何が来ても対応できるように、腰を落として構えた。
ミチオが攻撃に移ったところを防御し、すぐさまをぶつけ、再びアフロディーテ・キックをお見舞いしてやる。
さぁ来い。フォーマルハウト。
私に星印をぶつけてみろ。
ミチオの攻撃を恐れながらも、アレクシャは彼の星印を受け止めるのをどこか楽しみに感じていた。
さあ来い。どう来るフォーマルハウト?
しかし、ミチオが取った選択は、アルレシャが予想したどのパターンにも当てはまらなかった。
ミチオは、錬成した大魚の口に左手の拳を喰わせた!
掲載は不定期です。




