第一部 金剛編 第四章 英雄の船 第53~57話
『最強のザコ』は、カクヨムで連載している作品です。
カクヨム版はこちら→https://kakuyomu.jp/works/16818792440121150740/episodes/16818792440121414856
小説家になろう版は、カクヨム版にあった暴力描写、性描写をゆるめた全年齢対象作品となっています。
また、一回の投稿で5000文字以上(3~5話分収録)としています。
ストーリーは同じですが、媒体に合わせて描写や文字数を変えているので、読みやすい方を選択ください。
第53話 ザコくん。追撃に遭う。
◆
交渉の余地がないと判断したミチオは会話を辞めて逃走体制に入った。
その結果、4人の判断は一瞬遅れた。
その意味で、ミチオの判断は正しかった。
この時点においては。
◆
この鬼ごっこは、ミチオの一歩リードで始まった。
ミチオがすぐさま逃走できたのは、部屋に連れてこられた時から、いつでも逃げられるよう、階段へ向かう道を確認していたからだ。
逃げることはミチオの選択肢にはじめから入っていた。 だから彼は一歩リードすることができた。
だが何度も入団試験を行ってきた6人が、ミチオの判断を全く想定していないはずがなかった。
「金剛星印」
ヌンキの手に金剛が集まると黄金の弓矢へと変わっていく。
「〈黄道の射手〉」
ヌンキはミチオめがけて矢を放った。
背後から猛スピードで飛んでくる金剛の矢の存在に気付いたミチオは地面に倒れこみ、矢を交わした。
「オォーリィオォーン!」
そして倒れたミチオめがけてベテルギウスが飛びかかった。
ベテルギウスの巨体によるボディプレスがミチオを直撃するが、ミチオは間一髪で右横に側転して攻撃をかわした。
「オォ―リィオォォーン!」
地面に着地したベテルギウスはすぐさま分厚い丸太のような腕をぶんぶんと振り回す。
腕の周辺は金剛が覆っており、振る舞わすことによってバチバチと火花が散る。
まるで小さな竜巻だ。
ミチオはそう思い、恐怖を感じた。
しかしこれは転機でもあった。
「ちょっとベーヤン。ザコくんが見えないって」
「フォーマルハウトだよ。プレセべ」
「あっ、ゴメン間違えた」
思わずザコくんと言ってしまったぺルセベに対して、サダルメイクが苦言を挟む。
一方、アレンシャは苦々しい顔でベテルギウスとミチオの闘いを見守っている。
ベテルギウスの激しい攻撃によって生まれた砂煙の中でピカッピカッと金剛が衝突してはじける光が見える。
「オォーリィオォーン!」
ベテルギウスは狩猟神を守護星座に持つ金剛使い。
それゆえ〈英雄の船〉の中では1~2を競う戦闘力の持ち主だった。
だが彼はその場の戦闘に夢中になって、周りに目がいかなくなるという、悪い癖があった。
ベテルギウスの動きが止まり、砂煙が晴れていく。
そこにミチオの姿はなかった。
第54話 ザコくん。蟹を踏む。
◆◆◆
砂煙に紛れて何とかベテルギウスから逃げることができたミチオは廃ビルの4階に移動し、3階へと向かっていた。
ビル内部は廃墟となっており、複数のフロアの壁が貫通しているため、迷路のようにつながっていた。
ミチオは一直線に3階に向かうのではなく、複数のフロアを出入りしながら追手がいないか慎重に歩みを進めていた。
金剛の気配をたどるミチオ。
ベテルギウスらしき巨大な金剛の気配は4階に猛スピードで向かっている。
あいつはぶつかれば厄介で勝ち目はないが、動きが単純なので対策はいくらでもある。
一方、他の金剛使い(ヴァジュラシ)の気配は?
どういうことだ?
5階から感じる金剛の気配は4体。
おそらくその中の二人はギャラクとサダルメイク。
この二人は鬼ごっこに不参加と明言していたから間違えないだろう。
だとしたら残り三人だが、二人は5階から動いてない。
一人が動いていることは脅威だが、そちらは明確な脅威ゆえに逆に想定内だ。
まず最大の疑問はこの二人がなぜ動かないかだ。
これは闘いではないあくまで試験。
ボクの能力を測ることが最大の目的だ。
つまり、わざわざ戦う必要はないということか。
もしくは、二人はボクを目視しないでも攻撃できるという遠距離攻撃タイプか?
次の瞬間、ミチオは自分の周囲を不気味な金剛の気配が覆っていることに気付いた。
◆◆◆◆◆
「痛ッ!」
ミチオの右足に痛みが走る。
5階で猛ダッシュした際、ミチオは全身を〈薄膜〉で覆っていた。
〈薄膜〉は金剛で覆われた薄い膜で、並大抵の攻撃ならば、ガードできる。
しかし……。
ミチオは右足を見た。
何かに斬り裂かれた傷だ。
それは〈薄膜〉すらも同時に切り裂いていた。
ミチオは足元に目をやる。
蟹……金剛で生み出されただろう黄金の蟹がそこにはいた。
かに座?
しかも蟹は一匹ではない。
肉眼で確認できるだけでも小さな黄金蟹が5匹6匹……
だめだ。多すぎて数えきれない。
ミチオは意識を集中して金剛の気配をたどった。
間違えない。
無数の蟹が足元を徘徊している。
カサカサ、カサカサ。蟹の徘徊する無数の音が聞こえる。
パチッパチッ。足元の蟹がハサミで切りかかる。
その都度ミチオは〈薄膜〉で覆い直して防御していた。
だが、この数の前では、いくらやってもキリがない。
それに、このままだとベテルギウスが追ってくる。
やるしかないのか。
ミチオは目の前の蟹を踏み潰した。
ガシャン。
踏み潰した蟹は粉々に砕け散ってその残骸が大気中に離散していく。
金剛で錬成された蟹だとわかっていても、踏み潰した蟹の感触に深い罪悪感をミチオは感じた。
一匹踏み潰すごとにゴメン、ゴメンと心の中で謝った。
ミチオの敵意を感じた蟹がミチオの身体に這い上がってくるが、ミチオは強引に振り払う。
ミチオは〈鈍刀〉を錬成して蟹を薙ぎ払った。
足では踏み潰し、這い上がってきた蟹は強引に振り払う。
一匹一匹は弱かったが、数が多く、倒しても倒してもキリがない。
ミチオは、少しずつ前へ前へと進み、階段へと向かう。
だが、足場が悪くて中々動けない。
このままだとベテルギウスがやってくる。
急がなければ。
ミチオは足元の蟹に気が取られてイライラしていた。
だが、それこそがぺルセベの狙いだった。
ミチオの背後に黄金の矢が錬成され、背中から貫こうと発射された。
第55話 プレセべ。蟹の哀しみを知る。
◆◆◆
「金剛星印〈黄道蟹星雲〉」
ベテルギウスの攻撃をかわしたミチオの姿が見えなくなってすぐに、プレセベは4階に金剛で錬成した無数の蟹を放った。
彼女が錬成する蟹は、ギリシア神話に登場する英雄・ヘラクレスと9つの首を持つ蛇・ヒドラの闘いに登場する女神ヘラの使者で、ヒドラに加勢した蟹はヘラクレスに踏み潰されてしまう。
その功績が称えられ蟹は星座となるのだが、何度聞いても理不尽な話だとプレセぺは感じていた。
またギリシア神話に登場する蟹には名前がなかった。
彼女は便宜上・カルキアスと呼んでいるが、これは古代ギリシア語で「蟹」を意味する言葉で固有名詞ではない。
固有名を持たない一匹の蟹は英雄に踏み潰されるだけのちっぽけな存在だ。
この蟹のことを幼少期に知ったぺルセベは、何度も泣きそうになった。
おそらく彼女は、あっけなく死ぬちっぽけな存在の蟹に自分の姿を重ねていたのだろう。
だから彼女は何度も何度も蟹のことを考えて悲しくなった。
だが、この神話が書かれた文献を何度も読み返すうちに、むしろ蟹が踏み潰されることに何か意味があったのではないか? と考えるようになった。
それは少女の他愛のない空想にすぎなかった。
しかし、金剛使いとなった彼女がかに座を守護星座として星印として無数の小さな蟹を錬成できるようになった時、幼少期の空想は、一つの意味を持つようになった。
「4620:1029、4621:1030、4621:1031」
プレセぺは数字を読み上げる。
それは4階でミチオが踏み潰した蟹のいる位置を座評化したものだった。
プレセぺとヌンキは4階の図面を事前に確認し、座標化することでイメージを共有していた。
2人は闘いにおいてコンビを組むことが多かった。
それは両者の星印の相性がとても良かったからだ。
狩猟神を守護星座に持つベテルギウスは、独立戦闘タイプで作戦を立てても勝手に行動するタイプだった。
対して二人は冷静かつ慎重で、絶対に自分たちが勝てる戦い方で相手に挑んだ。
ぺルセぺは事前に戦闘場所となる建物を確認し、その地形を座標として記録していた。
いつものローテーションで、この廃ビルで試験をおこなう際には4階の座標を認識し、その座標の位置に無数の蟹を配置した。
ターゲットは4階で蟹と対峙した際に、焦って蟹を排除しようとする。
そこで反応が消えた蟹の位置を座標としてヌンキに報告する。
プレセベが読み上げた座標を通してミチオの現在地を理解したヌンキは金剛を錬成する。
「金剛星印〈拍手喝采〉」
ヌンキは右手と左手の掌を叩いて拍手をする。
パンッ!
パンッ!
パンッ!
部屋中に拍手の音が響く。
その刹那、プレセベの読み上げた座標めがけて、無数の黄金の矢が放たれた。
第56話 ヌンキ。拍手喝采。
◆◆
「おー。やったか?」
「ザコくんの金剛の気配は……まだ感じる」
「プレちゃん。フォーマルハウト!」
「ごめーん。ギャラちゃん」
ギャラクとプレセぺは軽口を叩き合うが、4階では激しい戦闘が繰り広げられていた。
「プレセぺ。座標を言え」
「あいよ。えーと6082:7012」
再び、ヌンキは手を叩く。
ヌンキのいて座には大きくわけて二種類の星印がある。
一つは、手元に黄金の弓矢を錬成して直接、ターゲットを攻撃する〈黄道の射手〉。
目視できる相手ならヌンキは一撃で相手を射抜くことができる。
また、相手の金剛を認識できれば追尾機能を持たせることができるため、大抵の金剛使いなら初動で射抜くことができる。
ミチオがすぐに逃亡した際にもヌンキは〈黄道の射手〉でミチオを射抜こうとした。
だが、ヌンキがミチオの金剛を補足する瞬間、ベテルギウスが突っ込んできたため、彼の纏う巨大な金剛の気配にかき消され、ミチオの金剛を補足できなかった。
その結果、矢は不発となり、ベテルギウスが大暴れしている隙に逃げられてしまった。
金剛使い同士の闘いにおいて、相手の金剛の気配で動きや位置を認識して攻撃することは基本中の基本だった。
しかし金剛の気配の補足は複数の金剛使い(ヴァジュラシ)が同じ場所に滞在していたり、一方が巨大な金剛を纏っていると、弱い金剛の持ち主の気配はかき消されてしまう。
ベテルギウスの追撃は大きな脅威だったが、彼の纏う巨大な金剛がミチオにとっては巨大な防壁となっていたのだ。
「ねーギャラちゃん。べテとウチら組ますの辞めません? ウチら相性。マジ最悪っすよ」
「まぁまぁまぁ。プレちゃん落ち着いて」
「これは試験だろ。本気でやってどうする?」
5階に残ったサダルメイクが口を挟む。
「そりゃ、わかってるけど」
「ギャラクさんは、わざと弱点を残したんだ。そこに気付けるかどうかも試験の一つだ」
「そうなんですか? ギャラちゃん」
「へへ。まぁな」
サダルメイクとプレセぺの口論を横目にギャラクが笑う。
コイツ、そこまで深く考えていなかったな。とヌンキは察し、舌打ちをした。
そして拍手を続けた。
ヌンキのもう一つの星印〈拍手喝采〉は、遠距離型の射手だった。
手を叩くことで、特定のポイントに黄金の矢を錬成し、発射することができる遠隔攻撃である。
〈黄道の射手〉と違い目視で相手の姿を確認しなくても攻撃できるのが〈拍手喝采〉の強みだったが、そもそも相手の居場所がわからないことにはどこに射てばいいのかわからないのが最大の問題点だった。
ヌンキが敵の位置を金剛で補則できる射程範囲は5階が限界。
そのため、4階は射程範囲外だったが、それを補うのがプレセぺの星印。
彼女の守護星・プレセぺ星雲のように張り巡らされた無数の蟹たちであった。
プレセぺが敵の位置を補足し、ヌンキが射つ。
二人の連携攻撃は完璧で、4階に置いてミチオの逃げ場所はなかった。
57話 ザコくん。でんぐり返し。
◆◆◆
「6074:8088……え?」
突然、プレセべの座標の読み上げが止まる。
「どうした?」
「座標がおかしい」
「読み上げてみろ‼」
ヌンキに急かされ、プレセべは座標を読み上げる。
「5043:2204,4098:1107、3032:2265」
「どういうことだ? バラバラだぞ」
「だって、蟹の金剛が消えたポイントがそうなんだもん」
「フォーマルハウト……どうやら気付いたみたいだな」
困惑するヌンキとプレセべの姿を見てギャラクはニヤリと笑う。
そんなギャラクの表情を見て、サダルメイクはやれやれとあきれた。
◆
一方、4階ではミチオは地面にうつ伏せになり、無数の蟹が身体を鋏で切り咲こうと身体中に張り付いかれている圧に必死で耐えていた。
攻撃が止まった……?
数分前、ミチオは無数の蟹を必死で踏み潰し〈鈍刀〉で薙ぎ払おうとした。
突然の奇襲に遭い、蟹の挟によって切り裂かれたこと。
そしてこの無数の蟹を前にした危機意識からの行動だったが、そうやって冷静さを失ったことは彼にとっては悪手だった。
踏み潰した蟹が消滅したポイントの座標をプレセべが口にし、ヌンキの〈拍手喝采〉によって生み出された黄金の矢がミチオを狙った。
この一撃がヒットすれば、その場でミチオは絶命していたかもしれない。
だがミチオは、4階に入るやいなや〈外在〉で金剛を錬成し大気中に漂わせてた。
大気中の金剛は、半分は〈尖弾〉に使用し、半分は魚の鱗のように身体に貼り付けて防御に使用するつもりだった。
そのため、突然飛んできたヌンキの黄金の矢がミチオの周囲を漂わせていた金剛の鱗に直撃した反応を読み取り、ミチオは地面に倒れた。
◆
攻撃は肩をかすめたが、致命傷には至らなかった。
しかしその傷口を蟹の鋏が切り裂いてきたらヤバいので、薄膜で身体を覆い膝を抱えて身体を丸めた。
それでも無数の蟹が身体に覆いかぶさってきたが、不思議と肩の痛みはなかった。
そのことにミチオは違和感を抱いたが、今は動くことが先だと思った。
そして膝を抱えて丸まった姿勢からでんぐり返しをして身体を回転させて移動した。
その瞬間、身体に張り付いていた蟹が身体につぶされ、カシャン、カシャン、カシャンと嫌な音が耳に響いた。
その度にミチオは心の中で「ごめんなさい」「ごめんなさい」と謝った。
だが、それは罪悪感をごまかすための言い訳で、何より今は自分の身を守りたかった
その瞬間、再び黄金の矢が空中に錬成され、飛んでくる。
やられる!
ミチオは死を覚悟したが、矢はミチオの身体ではなく彼がでんぐり返しで転がった軌道上のつぶれた蟹に黄金の矢は突き刺さった。
どういうことだ?
ミチオは困惑する。なぜ、自分めがけて矢は飛んでこなかったのか?
改めて、黄金の矢を見る。
矢はつぶれた蟹に刺さっている。
矢はボクではなく、蟹を狙ったのか?
それも生きている蟹ではなくつぶれた蟹。ボクがつぶした蟹?
ミチオは尖弾を飛ばし、自分の位置から少し離れた場所にいる蟹を狙う。
攻撃は命中し、蟹の身体がつぶれた。
数秒後、黄金の矢が空中に表れ蟹を狙った。
それを見たミチオは今度は自分から離れたバラバラの場所めがけて尖弾を放つ。
さっきより少し遅れて、黄金の矢が錬成され、それぞれの場所にあるつぶれた蟹めがけて命中した。
やっぱりそうか。
ミチオは確信する。
おそらく蟹はあの金髪のおねーさん。
名前は確か……ぺルセベさんが、金剛で錬成したもの。
その蟹は攻撃のためではなく、こちらの位置情報を知るための存在、
だから、ボクが攻撃して蟹の金剛が消えると、そこめがけて攻撃を放ってくる。
攻撃は黄金の矢。ということはいて座の、髪が逆立ってたお兄さん。
名前は確か……えーと。まぁいいや。
とにかくあの人が遠隔操作の矢で攻撃してきてたんだ。
凄い攻撃だ。
初手の当たり所が悪かったら完全にこちらの負けだ。
でも、タネがわかれば、そこまで怖くない。
さっきみたいに尖弾で四方八方の蟹をつぶして動けば目くらましになる。
その隙に下の階に行けば……。
ダメだ。
今、ボクが動けば、身体中に張り付いている無数の蟹を潰すことになり、そうなれば、すぐに場所を知られて、そこを攻撃される。
畜生。これじゃ動けない。
しかも蟹の数はどんどん増えてきて身体に絡みついてくるし……。
ミチオは絶体絶命の中で、何か手はないかと脳みそをフルスロットルで回転させていた。
第58話 ザコくん。ダンゴムシになって耐える。
◆◆◆
「ザコくんの奴、気づいたのか。俺たちの戦術に」
「フォーマルハウトでしょ。ヌンキ」
「プレセぺ! 何、悠長に構えて」
「だって、フォーマルハウトくん、気付いたんでしょ。私たちの連携プレイに」
「あぁ」
「だったら、打つ手ないっしょ。向こうも蟹、潰さないように慎重に構えてるだろっし」
「それに、ブラフとして自分のトコから離れた蟹を狙い、かく乱してくる」
「あっ、それはもうないかな。こっちもブラフとわかってるから、無駄な攻撃はしないと思う」
「じゃあ、このまま3階に」
「それは無理」
「どういうことだ?」
プレセべの意外な返答にヌンキは驚く。
「私の蟹ちゃんは4階の地面をびっしり埋め尽くしているし、たぶん、ザコくんの身体にびっしりと張り付いてる。だからフォーマルハウトくんがちょっとでも動こうとしたら、蟹を潰さざるを得ない」
「じゃあ」
「彼は今、動けない」
◆
プレセぺの推察どおり、ミチオは今、身体をダンゴムシのように丸めて、動くことができなかった。
そうしている間に、ミチオの身体には無数の黄金蟹が這い上がってくる。
〈薄膜〉でガードしていたため、致命傷には至らないが、少しでも動いて蟹を一匹でも潰せば、プレセぺに位置を補足され、黄金の矢が飛んでくる。
射抜かれた肩の傷も気になっていた。
なぜか痛みは少ないが、時間が経つほど出血が激しくなる。
不利なのは圧倒的にミチオだった。
このまま彼が動かなければ、〈英雄の船〉の金剛使いが4階に降りてくる。
そうなれば、すぐにミチオは見つかり、捕らえられる。
ミチオは後悔した。
部屋から出なければよかった。
星名も守護星座も欲しくなかった。
ギャラクに無理やり押し付けられたもので、試験も無理やり参加させられて、とっさに逃げてしまった。
だったら、降伏を認めれば命は助かるのか?
……ミチオは降伏を認めた場合、どうなるのかと頭をめぐらせた。
負けを認めれば、ここから解放される?
その可能性はゼロではなかったが、これまでの成り行きを考えると、無事解放されるのは楽観的すぎる見通しだ。
そう考えると、降伏する気にはなれなかった。
だが、どうする、このままだと敵が来る。
敵が……。
その瞬間、ミチオは5階で感じた巨大な金剛の気配を感じた。
「オーリィオォーーーーーン‼」
第59話 プルセぺ。蟹全滅。
◆◆
「ギャァァァァァァ!!!」
突然、プレセぺが悲鳴を上げて地面に倒れた。
「プレセぺ! 大丈夫か?」
「蟹がー。私の蟹がー」
「凄い衝撃だ。ベテルギウスか」
その場にいた〈英雄の船〉のメンバーは、4階から凄まじい量の金剛が爆ぜる衝撃を感じた。
おそらく、プレセぺが4階に這わせていた蟹は全て吹き飛んだのだろう。
プレセぺと彼女が錬成した蟹は微弱な金剛を通じて繋がっていた。
彼女自身は蟹をコントロールすることはできない。
いわゆる自立行動型。
攻撃を受けて砕け散ると、微弱の電流が反転。
大気中の金剛を通じて、小さな痺れがぺルセぺに伝わってくる仕組みとなっていた。
一つ一つの痺れならば針で支えたような痛みで耐えられたが、同時に襲ってくると大きなダメージとなる。
4階の地面に敷き詰めらた蟹の数は膨大で、何匹いるのかはぺルセぺ以外の者にはわからなかった。
だが、それが全部引き取んだ時の反動が跳ね返ってきたとなると、そのダメージは想像を絶するものとなる。
「プレセぺ、プレセぺ、大丈夫か? サダルメイク!」
ヌンキがサダルメイクに呼びかける。
サダルメイクはプレセぺを抱きかかえて、眼球を確認する。
「安心しろ。気絶してるだけだ。命に別状はない」
「サダルメイク。治癒術を頼む」
「数分もすれば起きられる。こんなことでつかわせるな」
「お前!」
ヌンキがサダルメイクの胸ぐらを掴んで、にらみつける。
「落ち着け。治癒術は万能じゃない。それに私のネクタルは回数が限られている。ここで彼女を治療して、もしもの時に使えなかったらどうする?」
「もしもって!」
「それにこれは、あくまで試験だ。殺し合いじゃない」
「ちっ!」
ここでぺルセぺが退場すれば、これ以上、ミチオを攻撃することができなくなる。そうなればヌンキとぺルセぺは任務に失敗したことになる。
「まぁまぁ、君らの失点にはならないから」
「当たり前だ! 畜生、ベテルギウスめ。加減ってもんを知らないのか」
「でもまぁ、これでザコくんも終わりかな。逸材だったのになぁ」
そういうとギャラクは笑う
だったら、あんな奴連れてくるなとヌンキは思った。
◆◆◆◆
「おかしい。ベテルギウスの反応がない」
ベテルギウスの金剛爆発の衝撃波から数分後。
5階にいるギャラクたちは大きな異変を感じていた。
ベテルギウスの金剛が伝わってこないのだ。
彼の金剛は膨大で、5階にいても強く感じられるものだった。
だからプレセぺの蟹をすべて吹き飛ばした後、ベテルギウスはミチオも吹き飛ばし、試験はミチオの志望で終了したと、その場にいた全員が認識していた。
だが、数分経ってもベテルギウスの気配がしない。
まさか……やられたのか? ザコくんに⁉
第60話 べテルギウス。爆ぜる。
◆ ◆
その頃、ミチオは三階に移動していた。
それは一瞬の出来事だった。
ダンゴムシになったミチオが蟹の攻撃に必死で耐えていた時、5階からベテルギウスが猛スピードで突進してきた。
「オーリィオーン」
4階に降り立ったベテルギウスは足元の蟹をものともせずに踏み潰していく。
突然、表れたベテルギウスにそのフロアの蟹が一斉に襲い掛かった。
その瞬間、どういうことだ? とミチオは思ったが、すぐにどうやら4階の蟹は相手を識別する機能はないようで、金剛の気配を感じたら、即座に襲いかかる仕組みのようだ。
そうやって機能を単純化しているから、これだけ膨大な量の蟹を錬成できるのかと、ミチオは理解した。
「オーリィオォーン!」
無数の蟹をベテルギウスが次々と薙ぎ払っていく。
二つの金剛が激しく衝突している。
今なら逃げられるか? ミチオはそう判断して動こうとしたが、身体に絡みついている蟹たちはミチオから離れようとしない。まだだ。まだ動けない。
「オーリィォーン‼」
絡みつく無数の蟹にわずらわしさを感じたのか。ベテルギウスが咆哮する。
その叫び声の後、室内の金剛がベテルギウスに集まってくる。
いや違う。
ベテルギウスは体内に金剛を吸い込んでいるのだ。
こいつ〈内在〉か?
体内に金剛を取り込んだベテルギウスの体内で膨大な量の金剛が燃え上がっている。体内で激しく金剛が燃えて膨張する。
「〈超新星爆発〉」
体内で錬成された金剛が高熱の爆風となり、ベテルギウスから放出される。その熱と風圧でその部屋にいた蟹がすべて吹き飛ばされた。
それはミチオに張り付いていた蟹も例外ではなかった。
だが蟹だけでなくミチオの身体も爆風で吹き飛ばされ、ミチオは壁に叩きつけられた。
◆◆
4階が、激しい高熱と、吹き飛ばされた蟹の残骸から飛び散った金剛で覆われる。
フロアの中に立っているのはベテルギウスのみ。
しかし彼には目的があった。
それはミチオの捕獲。
「オーリィオーン……」
ベテルギウスは金剛の渦の中を歩く。彼の金剛に対する気配探知は完全に麻痺して おり、ミチオがどこにいるのかわからなかった。
どこだ。どこにいる。
ベテルギウスはミチオの気配を求めて前へ進む。
「ここだ。ベテルギウス。ボクはここだよ!」
ミチオは大きな声で呼びかけた。
「オーリィオーン」
ミチオを見つけたベテルギウスは歓喜の表情となり、まっすぐミチオに突っ込んだ。
「オーリィオーン」
ベテルギウスの全身を黄金の鎧が覆う。右手にはこん棒を持ち左手には黄金の獅子の毛皮が絡みつく。そして、右肩は仰々しい大きさの肩当てが覆っている。
その姿はまさにギリシア神話の狩猟神そのものだった。
本来、ベテルギウスはその姿にならずともミチオを倒すことはできた。
戦力差は圧倒的で彼にとってミチオを倒すことは赤子の手をひねるも同然だった。
だが、この部屋に充満した膨大な金剛は彼の闘争本能を刺激し、取り入れた金剛を吐き出さずにはいられなかった。
その結果、ベテルギウスは彼にとって最大出力となる金剛星印〈狩猟神の咆哮〉を発現。伝説の狩猟神そのものの姿となり、ミチオに飛び掛かった。
戦闘状態における極度の興奮状態、さながら金剛中毒とでもいうような狂戦士化に陥ったことで、ミチオは最大のポテンシャルを発揮してミチオに襲いかかった。
だからこそベテルギウスは自分が勝つことを信じて疑わなかった。
しかし、この瞬間を待っていたのはミチオの方だった。
ミチオは〈零弾〉を放つ。
神話の姿を模した故か、ベテルギウスの頭部は兜で覆われていない。もちろん顎もだ。
大丈夫。今ならやれる。
これまでと同じようにミチオは顎を狙う。
〈零弾〉はベテルギウスに直撃。
「ォ―リォ~ン」
か細い声を出した後、ベテルギウスはその場で気絶し、床に倒れた。
掲載は不定期です。




