ナメクジ→
二人の男が人垣を割って欄干へ身を乗り出すと、腐臭がひと息に彼らの鼻腔の奥を突き刺した。
その汽水域の河川の下流は細くたなびく裾野を広げ、水蛇の尾とも口ともつかぬ行く先を撫でつけるように豊饒の海へと繋げている。
だがその眼に入ったものは、川辺に打ち上げられた海豚のように、なま白く、柔らかく濡れて、そうして静かに膨らみ浮かび上がっていた。
彼女は昨日まで確かに人であったのに、いまは女でも人でもない。
九相図の脹相そのままの姿の、それは紛れもなく、一糸纏わぬ碓久辺都子の姿だった。
斯くに民俗学専攻とはまったく以て罪な学群である。
その進路の先行きのないことと言えば、うち半数は日雇い労働にも劣る給与で学芸の虜囚と相成ること疑いなく、またうち半数はひとたびポツリと消息を絶てばあとは失踪も同然の、あるやなしやも分からぬ戸籍の亡霊と成り下がること必至である。
民俗学とは畢竟、生きようが生きまいがその道程の果ては浮世の死であって実学の虚妄とまで言い切れば、その甚だしさも幾許かは伝わるかと愚行する次第である。
その点にて、民俗学に身を浸す学部生などは皆揃って持論の殻に引き籠もる蝸牛に等しく、歳を経てふと己が半生の取り返しのつかなさに狼狽え、その触角をウヨウヨと地に足ついて伸ばし流離うも、世々に憚るリアリズムの塩水を一度でもその躰に浴びせかけられれば縮み干上がること必定の憐れな生き物であるが、さて、この蝸牛について一等ずば抜けて思索を深めていたのが、博士課程に身を置く碓久辺都子その人だった。
都子女史は鋭く長広舌を振るい、只人を寄せ付けぬ点では可否なく評判の女傑であったが、しかしまた一方で、情感に優れつつも一際に現実と隣り合わせに生きる学部きっての現実主義の一面も兼ね備えていた。
気炎万丈、胆力があり、その美貌甚だ荒々しく、寧ろ深窓の令嬢というよりかはバンカラの野盗であるといった、ある種のフォービズム的魅了を確かに背に帯びた人物であったのだ。
具体を挙げると、例えば都子女史が『蝸牛考』に関する博論研究の成果資料を教授に提出するも、ぱらぱらと並一通り形式ばかり確認をしたのみで、ぽいと屑籠に放り捨てられてしまったという一部始終を幾度か目にした例がある。
無論彼女は激しく噛みつき、舌戦は回を追うごとに痛罵へ移ろって悪化の一途を辿ると、果てに彼女は長い黒髪を振り乱して泣き叫ぶこと羅刹もかくやという気迫であったが、さて、ではそこまで抗弁を重ねるからにはさぞかし出来の宜しいものなのだろうと、いざ屑籠から都度に拾い集めてみたところ、その文書は一言一句、字体に至るまで寸分違わず皆一様であった、という発見があったのだ。
世を去りしカプレーゼの鬼才ミケランジェロなども、ダヴィデの鼻を削れとの施主の注文に応える騙りで大理石の粉などしかめつらしく落としてみせたというが、まったく以てカランポーの魔獣もかばかりかという都子女史の、その丹田の一種異様な据わりようには何人たりとも驚嘆せざるを得ないであろう、などと正しく記憶に焼き付く出来事であった。
またある時など、外の生塵の集積場所にて彼女は厭ったらしくも鈍重な袋を、而してまるで檸檬を本の上に添えるが如くにそっと屑置きに破棄したので、さて何事かと中身を物色してみれば、それは丁度抱え込めば胎児の重さ程はあろうかという企業情報雑誌の束であった。
ぱらぱらと幾らか頁を捲った時の、あるところには三次面接の日程、あるところには書類選考の公表日など、どれも事細かに朱を書き加え、根無し草も同然の民俗学専攻にしてみれば彼女の正確無比かつ緻密な記述の几帳面であることには寧ろある種ゾッとすらする程であって、そのリアリズムの終わりなき努力の累積をまざまざと見せつけられただけに一層、その果実が正しく象を成さなかった事の無念如何ばかりかと心を痛めずにはおられない程であった。
またある日には安さにおいて他の追随を許さない甲類焼酎の大瓶をガラガラと回収場所の屑置きの肥やしに持ち込むこともあれば、そういった事のあとには必ずと言っていいほど決まって喉を焼け爛れさせ、研究室の隅の末席にもぞりと縮み籠もって瓶詰めの二十日鼠さながらに袖など口元に当てて気配を消し、くるりと包み丸まるなどしているのも目にすること屡々であった。
かと思えば、一杯飲み屋の白木の椅子をガタガタと揺らしながら、出会い頭の禿頭などの首根っこ捕まえては、やれ柳田國男の学術的成果の何たる素晴らしきか、などと大上段に高説振り、その剣幕に恐れをなした相手を追い回すと、はてさて彷徨ううちに気付けば酔いなど何処へやら、夜更けには素面で帰路をなぞることも珍しくない様に見受けられた。
さて、斯くの如くに破天荒であることは研究室でも比類のない都子女史であったが、また一方でその破戒を快く思わぬ無知蒙昧の輩共からのやっかみにも、彼女は随分と耐えていたようにも思われる。
というのも、日頃研究室で公然と燻る怖気の走る陰口の中には、やれ彼女が艶街に繰り出して淫蕩放逸の限りを尽くすこと夜鷹の如くだの、やれ同研究室内の誰それと廊下をベタベタと戯れ歩いておっただの、助教の誰それに媚を売っているだの、身売りをして学費を稼いだだのと、聞くに耐えない讒言の類も枚挙に暇なく混ざり込んでいたからである。
無論そのほとんどは所詮誹謗に過ぎず全くの免罪であって、殊に都子女史に限ってそんなこと天地が逆さになるともあり得ないことは重々承知して弁えを持っていたので、然程も狼狽えることは誓って無かったと断言できるがしかし、それにしたところで有りもしない空想の生傷に塩を付けられる幻肢痛に悩まされる彼女の胸の内を想えばこそ、歔欷を堪えがたいというのもまた事実の一端を担うところではあった。
都子女史の学術に賭ける物狂いめいた妄執を固く信仰すればこそ、より一層彼女をその手合いの悪舌ないしは俗説から遠ざけねばとも考えはするが、而して何ができるわけでもなく、では如何せんとばかりに漂う思考の果は都度に決まりきって、さすれば静観という二文字を持って結語に変える退縮を常とせざるを得ないのだった。
さて、その日もふらふらと迷い出て、柔らかな触角をつんつんと伸ばして昼日中から街を彷徨い歩いていた時のことだ。
都子女史はまた朝も早くから河原の石など蹴って興じ、喫茶店で朝食を済ませるとひと息に離れ街の古本屋で、文字も表紙も読み掠れた文庫本を二束三文で買い漁るも持て余したのか、その殆どを駅の構内に置き去りにしたまま今度は映画館まで足を伸ばすと、再上映の白黒画面をしかめつらしく眺めなどして、そうして夕刻の近づく頃にはまた潮目の変わるが如くに引き返した駅の待合に徐に座り呆けて、ぱらぱらと掠れて読めぬ古本を読み耽り、何やら待ち人などしている様子であった。
と、何ゆえか待ち人と断言するのには些末な絡繰があり、と言うのは彼女は駅の改札をくぐる際にどうやら入場券のみを買ったようであったので、となればここに訪れる何者かを、出なければ薄汚れた電車にでも風流を感じておるのだろうかなどと愚行する次第であると、まあ係る事情はこのようである。
暫く饐えた材木の匂い立つ駅の長椅子に腰掛けて、読みもしない夕刊片手に時折彼女をちらりと横目に見ていた。
やがて薄気味悪い汽笛を絶叫しながら電車が鐵路をガチンガチンと踏み締めて突っ込んできたので、少し耳を塞いでずっとやり過ごした。
詰め込まれたアウシュビッツの冷たい空箱から疎らに蛆が溢れるように一塊の人集りが開いた扉から込み上げてくる。
嗚咽を噛み潰すようにそっと彼女を見遣ると、丁度電車から降りてきた誰かを迎えるかのようにのそりと立ち上がるところだった。
さて、誰が来たのだろうと目を向けて、硬直した。
そこには、密かにその浅学を唾棄して蔑み、貼って付けたような薄笑いの吐き気のすることと言ったら便所蟋蟀に頬を這われたほうがまだ幾分かマシかと思われるほどの、一際好まない同研究室の院生の男の姿があった。
きっと嘘だと固く信じていたのに。
その男はそう、噂に語られた彼女の。
恋人と目されていた、あの誰それとかいう。
あり得べからざる驚天動地に思わず声を上げそうになる喉を絞って歯軋りをした、その刹那。
都子女史が、男と歓談して、そうして、そっと指を指して。
私を、見た。
私如きを。
私は駅から逃げ出した。
脱兎のごとく、只管に。
そうして、都子女史が河に浮いていたのは、あくる日の朝のことであるが、而してまだ私には明かすべきことが積もる山ほどにあるのだった。




