「31」覚醒
――同時、響く大怪獣の咆哮。
再び燈る赤い閃光。
『やめろ……おれは、おまえのものじゃないっ…』
「さぁ答えろ!!」
『俺は、お前のものになんてなりたくないっ…。俺は怪人っ……じゃない。俺は、怪獣だっ』
「お前は誰だ!!!」
『…でも、俺はにんげんでいたい。こんな寂しい世界を、寒くて冷たい太陽を浴びながら、誰かに忌まれ続けられる生き方なんてしたくない。俺の心が、見えない記憶がそう言ってくる』
[怪獣ノア]の見る暗夜の世界。光の差さない生き苦しいこの世界に燈したい、輝かしくて暖かくて楽しかったあの時の、あの日の、あの頃の思い出。明るい世界。
『もう、俺はただの怪人にもただの人間にもなれない。俺は正真正銘の影の怪獣だ。お前が俺をそう囃し立てなくとも、理解してる。……けど俺は俺だ。これは俺の体だ。この頭も心も全て、俺のものだ。お前に触られたくもない。どうにもしてほしくない。俺はもう1人で生きていける――いや、違う。俺には、みんなが居る。俺を支えて囲んでくれる、大切な人間達が』
[怪獣ノア]は少しずつ、一日ずつ、けれど加速度的に、まるでポップコーンが出来上がっていくかのように掘り出される記憶達を噛み締め、涙と喜怒と楽を腹に下した。
『……お前こそ誰なんだ。大怪獣。お前は何のためにそこにいる。人間を滅ぼそうとする』
……その問いに、返事はなかった――
『――いや、怪獣の身だ。飢餓を抑える為の食事行為とこの人間を殲滅しなきゃいけない使命感とでしかないんだよな。わかるよ。……わかってたのにつまんねぇ話して悪かったな』
じゃあ、だとすれば。そう接続詞を重ねて[怪獣ノア]は白い光を目に燈して口を開く。
『お前は、俺の敵だ。人類の敵は、俺にとっても敵だ。……だから、殺す』
その強い意志は[怪獣ノア]自身に、漆黒の揺り籠に縛られていた事を気づかせた。
『うるさい、黙れ。俺をここに縛り付けるな。俺はお前の物じゃない』
大怪獣は繰り返すように雄たけびを上げる。精神世界との繋がりで、現実世界でも大怪獣は地団太を踏む様に土を踏み、削り、蹴り飛ばす。そして再び叫び声をあげる。
『しつこいっ、やめろっ。親を気取るなら親らしい事をしてから言え。血の繋がりも、知らない。俺の親は、もう生まれてからずっと佐伯雀って人間なんだ。歳的に変な話だけど。…それでも親として言葉も思い出も与えてくれた。怒りも悲しみも、楽しみも喜びも教えてくれた。これ以上のない幸せを俺はこの12年間で受け取った。ぽっと出のお前に思い入れの何もがない。寧ろ俺の家族にいずれ手を出すお前を見過ごしは出来ないって危機感と敵対心しかない』
[怪獣ノア]は揺り籠に押さえつけられる力に抗い叫ぶ。
揺り籠を破壊する力を以てして抑え込む力に反逆する。
『それに、俺はまだ雀ちゃんにちゃんと謝れてない。言い訳しかしてない。取り返しのつかない事をして、雀ちゃんを悲しませた。悲しい思いをさせたら謝らなくちゃいけない。俺は雀ちゃんにそう教わったから、それをやる倫理がある。そして、彼女が辿るはずだった時間を補い支える義務がある。そんでもって、俺の中でずっと俺をあやしてくれてた燕くんに償いと感謝を送る使命がある。だから、こんな所で止まってなんかいられない』
佐伯陽介の体は、いずれ佐伯燕が成る筈だった大人の姿。もっと言えば、急襲で捕食した衰弱しきっていた赤井陽介と燕の幼児と成人の肉体差から再現した肉体が20代の燕の体だった。
しかし肉体がそれであるだけで思考も記憶も生まれてばかり。唯一と覚えのある匂いを辿った先に居たのが佐伯雀である。彼女との遭遇は必然的であり、母親の元に帰りたいという潜在的な母体回帰衝動の向かう果てでもあった。
ただ、それだけでない事を今[怪獣ノア]は確信していた。
『生き物は何者かにはなれる。けれど、初めは誰もが何者でもない』
その声は、赤井陽介のもの。しかしそこに姿形は一切ない。
『僕もそうだった。なんだったら18歳でアンブレイカーズに入って5年目までずっと、何者かになりたくて必死にヒーロー像を追いかけてた。でも5年目で気づいたんだ。何者かになりたい、その欲求だけじゃ何者にもなれないんだって。何かになりたいのなら思いも忘れちゃだめだけど、1番は自分はこういう人間だ、って信念を築く事を忘れちゃいけない。そして自信と己を絶対に捨てちゃいけない。だから僕はヒーローである為に、平和の象徴として人々の心の安寧を守り続ける為に自己犠牲をせずアンブレイカーズトップ赤井陽介として右腕を上げ続けて来た。だから僕はアンブレイカーズトップのヒーロー赤井陽介になれた。話が長くなったけど、とにかく僕も君に問いたいんだ。君は誰で、何で、どうなりたい。信念を聞かせてほしい』
『……俺は…俺だ。人間になりたい怪獣だ』
『あい分かった。じゃあ、人間になりたいと思うなら約束してくれ。人間である事に終わりはない。君は一生涯人間になれる事はない。でも、偽物が本物になろうとした時、その偽物は本物に勝る。そういう格言がある通り、君はその時人間になる事が出来る。その上で君は君たり得る何者かになる必要がある。そう。……君には、素敵な名前があっただろう』
『それは……自画自賛ですか?』
『そうだけど? え、というかそのツッコミ今やっちゃう?』
『すみませんつい……でも、あの。ダメです。使えません』
『君は生まれてからこの日までその名前で生きて来たんだ。君にとってなくてはならないものだから、教わった通りちゃんと謝って、名前を使う許しを貰うんだ。もしそれが出来ないのなら、君は一生[怪獣ノア]として生きていくといい。人語と人の慣性に造詣のある不思議な新しいナニカとしてね』
『酷い…言い方しますね』
その言葉に赤井は特別弁解をするわけでもなく、寧ろ話を逸らすように『そうだ』と言った。
『僕からの贖罪を1つ、日の下を自信を持って歩きたいなら是非に受け取ってほしい――』
赤井の言葉に息を呑む[怪獣ノア]。彼に一体どんな贖罪が与えられるのか。
『――僕を食ったんだから、僕の代わりに日本を象徴するヒーロになってくれ』
[怪獣ノア]は言葉の節々からくる恨みと後悔の痕跡から『それは呪いですか』と返す。
すると赤井は笑い声をあげて『やだなぁー贖罪だよぉ』と言って黒い揺り籠の柵を握り、揺れを止めた。そうしてすぐ、その柵達は全て砂へと変わっていった。
『……頼んだよ。佐伯陽介くん。この日本を。……みんなを』
[怪獣ノア]は、漸く暗夜の世界に足をつけた。
もう、彼はナニカとして生きていく覚悟を決めていた。
一切の脈を打たない真っ白い心臓。彼は自身の心臓を貫き、そして握り潰した。
そうやって、内から零れる、熱く滾る炎の様な、黄金の鐘の様な高鳴りを形にして叫ぶ。
『うぅううるせぇええええええ!!!!!!!!!!!!』
鳴りやまない大音量の重圧を殴り飛ばさんと叫んだ[怪獣ノア]の顰め顔。
真っ白い瞳で、彼は光る足跡を残しながら走り進む。
赤井が押した背中の力と、燕が指し示す、何も見えない、けれどもそこに確かとある光の道を走って走って走って、汗を血を咳を唾を鼻水をまき散らしてそれでも歩みを止めずに走り続けてぶちあたった、粘り弾力がありそれでいて強靭な繭の様な何かに向かって手を翳し引っ搔いて、破いて蹴り飛ばして切って剥がして噛み千切って進んで進んで進んで、そして。
見えた強烈な光の海原。
吹き荒れる光の大風。
この体が溶けてなくなってしまいそうな光の雨々に、それでもと彼はただ一つの姿になろうと走り抜け。
――薙刀の切っ先を掴んだ。
流れ出る、真っ赤な血。軋む体。
脈を打つたびに切っ先に切り裂かれる痛みと冷たさとスースーする感触。目に収める青々しい空模様と、上り始めた太陽を背に[怪獣ノア]を見下ろす女性の瞳。
そして、問い。
「お前は!!! 誰だ!!!!!」
「俺は佐伯陽介!!! 人間だ――あいったぁあ…」
「――お前は怪獣と人間だぶっ殺すぞ!!!!!」
心臓に突き刺している薙刀を捩じり顔をむっすとさせた雀。
「俺は怪獣と、人間です!! …あと、佐伯陽介という名を、俺にもう一度与えてください」
「下手に出る時は僕だっつってんだろ!!!」
「ぼ、僕に与えてください!!!!」
雀はその精一杯の叫びに大きく溜息を吐いて薙刀から振り抜いて、言った。
「お前は佐伯陽介だ。それは認めてやる。でも絶対に許しはしない。一生こきつかってやる。それが贖罪だ。だから覚悟しとけボケカス」
雀の明確な真名の返還は、作りかけの家具の足を大黒柱に塗り替えた。
そして、とある一報がアンブレイカーズ全体に届き入った。
「[怪獣ノア]が正気を獲得! 人類側に着くことを表明!!! これより[怪獣ノア]が大怪獣の元に急行します!!!」




