「29」[怪獣ノア]vsアンブレイク(2)
悉くが三月の邪魔により有効打が終わっている。
この事態に[怪獣ノア]は新たに思考する。
そして、その高い知能から来る情報の処理力と勝ち筋の精査による膨大な行動計画。更にそれを精査し選定し、比較的高い有効性のある選択肢のひとつに落とし込む思考力。
それらの活用によって生じた過剰な脳の負荷熱を冷却する時間と情報を処理する時間の発生。
影怪人という忌避対象が極端に少ない生き物だからこそできる、戦闘中での半ば停止に近い挙動。
ゆっくりとした景色を眺める[怪獣ノア]その側頭部。残像を背負う静流の蹴りにバギバギバギッ!! と砕け弾け、全身を激しく地面を穿つ。
そうして豪快に吹き飛び、土煙を撒きながらも立ちあがろうとした[怪獣ノア]の全身を潰す高密度の二対の大雷拳。
「ゥ”ォ”ァアアアアア!!!!!」
激しく呻く[怪獣ノア]。
その肉体を雷の拳ごと両断した赤髪の揺らめき。
鳴る歯音。
刹那の斬撃は更に[怪獣ノア]の頭部を斬り割き地面に転がした。
[怪獣ノア]は【歯音拘束】により再生出来ない。
そうして雀は[怪獣ノア]の頭部に薙刀の刃を突き刺した、同時、炸裂した光の煌めき。
影怪人専用に作られ、常々強化され続けてきた雀の推定10億の薙刀は、殆ど太陽を克服しているに等しい[怪獣ノア]を焼き焦がし、激しい黒煙を吹き出させる。
「……」
……しかし、拘束が解けると同時に動き始めた肉片。雀は振り込まれた裏拳をバク転で回避し、拳を切り裂いて遠くに飛び退いた。
光攻撃は通用したがこれの限界はそう遠くない。雀はそれを周知し2回目の極光が準備できるまで持ち堪える作戦を明確に発布した。これにより明確にアタッカーになる静流。
「いっくよー…――おりゃ!!!」
静流と一成は好一対の動きを描く。
常夏の太陽が常に熱い様に常にトップスピードで駆け回る2人。弾け飛ぶ[怪獣ノア]の骨々、黒い肉体液。
祭りで釣った水風船を叩くが如く[怪獣ノア]は遠くへ、そして2人はそれを迎えに行き再び攻撃を撃ち込み爆散させ跳ね飛ばす。
卓越した繊細な動きも、天変地異を呼び込む大きく豪快な動きも、全て一瞬の間で重ねられていく。そうして[怪獣ノア]の防戦一方は――いや、この戦いに防戦一方は存在しない。先程とは打って変わって変幻自在の筆を捨て、まるで普通の怪獣の様に脊髄や頭部を護る戦い方を[怪獣ノア]はしている。
それ故に余計に攻撃を受け止めきれないでいるが、それは2人も同じだった。
肋骨は折れ、腕は砕かれ、肩は脱臼している。
数千m平気で土を抉り削る体には赤も青も宿っている。
「っぷ…」
口に溢れた血を噴きながら一瞬空を見た一成。
[怪獣ノア]に吹き飛ばされ態勢を立て直した彼の背後に現れたアンブレイカーズ隊員は黙って多くの【支援能力】を受けた【再生能力】を付与し瞬く間で傷を癒やす。
「アレ後何秒ですか」
「8秒です」
早口で会話を交わし、一成は『まだ12秒しか戦ってないのか』と息を吐き、手を上げて再び[怪獣ノア]の元へ駆け走った。
劇烈たる戦線は草木を跳ね上げ、枯れた河川を彷彿とさせる程に土は抉れ消えさせている。
アンブレイクと[怪獣ノア]は双方共に空と土の中を泳ぎ合う。戦闘の激しさに生まれる風の大波、土砂の津波。豪壮な大合唱の響きは 歯音 それ1つで沈黙を描きだす――同時、[怪獣ノア]を貫き咲いた雷電大樹。
その出力は最大値。捕らえられた[怪獣ノア]は淡い煙を噴き出しそれの葉々となる。
まるでキリストが磔にされているかのようなその様を前に、【空間領域拡張】の真ん中で、田所は右手を握り左手をピンッと伸ばし、出した。
[怪獣ノア]はそれを拒んだ。
「はぁ!?」
狐の耳を生やした[怪獣ノア]は紫色の光線を煌めかせ――放出。田所に掛かった歯牙は、しかし三月の肉体が遮り止める。
間髪入れずと地面に腕を刺し、骨の津波を起こそうとすれば静流が本気のひと薙ぎで地面を捲り剥がす。
露出した腕は南雲が生み出した大雷の拳が掴み止めた。
この時極光の発動まで3秒。
【意識剥奪】されればもう、[怪獣ノア]は逃れられない。
(意識――)
[怪獣ノア]の体は赤かった。
対象を選択する必要のある【能力】の発動における対象の決定は、【能力】が行使者の脳に浮かび起こす仮想空間認識図に基づく行使者の選択で初めて決定される。
平たく言えば、【能力】行使者が頭に浮かんだ対象の位置と情報を正確に認知出来なかった場合、発動はできない。
(――あ、死んだ)
田所が見る、激しい黒煙の畝り。
肌身に刺さる、明確な視線。
強烈な悪寒と鳥肌。
息の詰まる絶望が彼女を心の芯まで真っ黒に染め上げる――
(――諦めちゃダメだ!! ――っほら!!! ギリギリ届いた!!!!)
【意識剥奪】は、行使ごと(・・)に行使者の全ての身体能力を60秒間向上させる。
現在行使回数2回。
その強化の程は丘が山となる程。
その力が刹那の際で彼女を生かさせた。
数百mを0.1秒未満の世界で突き進み、一切の手ごたえの無かった[怪獣ノア]は黒い液体を撒き散らして踵を返し一成に激突した。一成は、[怪獣ノア]の電光石火の速度に対応できなかった、否、する必要がなかった。
(【無敵:範囲拡張】――)
黄金の煌めきを纏う一成と、その背中に手をかざし佇む三月。
(――全開放)
【無敵】の拡張対象は行使者と違い衝撃の蓄積は出来ない。その代わり、その全てが行使者に移る。
そして、その全てが彼女に還元された時、緑から青に移行していた瞳の色は白い煌めきを宿した――三月は拳を握り、瞬時に構え、一成ごと貫いた 直前 淡く白い光が一成を連れ去って[怪獣ノア]と三月だけの世界を作り出した。
[怪獣ノア]は後退った。けれど【能力】の反動で思う様に動けず固まってしまう。そして。
「……陽介兄ぃ…帰ってきてよ………」
三月は拳を降ろして、[怪獣ノア]の心臓に触れた。
[怪獣ノア]はいつも見ていた視線の違いを思い出し、陽介という名に頭痛を覚える。
「お、れは……かい、じゅ……ぅ」
「違うよ! 陽介兄は陽介兄だよ!!!」
「三月!! 速く打て!!! そいつは怪獣だ!!! 陽介じゃない!!!」
雀の叫びは、[怪獣ノア]にも届く。
(そうだ。俺は、陽介じゃない。……[怪獣ノア]だ)
瞬間、白い光に包まれて瞬間移動した三月。【意識剥奪:衆】を発動した田所。
そして面々が遠くに飛びのいたと同時に落ちた2度目の極光。
アンブレイク一行と報告を聞いていたアンブレイカーズは勘違いをしていた。
1回目の極光で倒せなかった理由は[怪獣ノア]が光に強い耐性を持っていたからではない。
【能力】は魂に結び付く。
そして、対象に向けた【能力】もまた対象の魂に結びつく。
【能力】の効果は全て魂に付随する。
つまり、【能力】が齎す効果は肉体に、ではない。
その上で【降霊】のメカニズムとして甲の魂の中身を剥離し、その器に乙の魂の中身を押し込めている。
だから甲の肉体を乙が支配するものではあるものの、甲の意識が封印されている訳ではない。
そして、問題は今。
原型佐伯陽介が【降霊】に基づき契約をしていた怪異は3体。
1体目、9本の尾と長い耳を持つ狐の怪異こと、九尾狐様。
2体目、強靭強大強装甲を誇る巨大な怪異、蟹の怪異こと大お蟹様。
3体目。凡ゆる攻撃の全てを完全に防ぐ事ができる万能の傘を持つ怪異、唐傘様。
「アァァァァアアアアァァアアアアアアア!!!!!!!」
勘違い。それは[怪獣ノア]に【拘束能力】が通用すると考えていた事。
もう1つ。
あの威力の光攻撃に[怪獣ノア]は絶対に耐える事が出来ない。




