「25」激闘
12月02日 時刻5時46分――戦闘開始。
「黄色と赤色の怪獣が落とし穴に落下っ!!!」
「水を詰め込んで急速冷凍!!!! 私の部隊の300番号以降は4部隊目の応援に!!」
地獄だ。地獄がそこにある。
業火だ、地震だ、雷だ。そんなもの、まがい物の地獄だ。本当の地獄というのは、容易に死屍累々が積み重なっていき、その上でも尚暗い光が燈る場所を指している。
「っく……」
やはり予想通り最上位しか攻撃が通らない。上位中位下位らが用いる共通武器によるダメージはすぐに再生で無に帰してしまう。かといって生身の攻撃が通じる訳でもない。
だから環境や土地を利用し可能な限り最上位が1対1で戦える場を用意する戦略が取られている。しかしそれも容易な話ではない。
なにより引き剥がした数が当初の予定である20ではなく31匹だ。
乙る余裕もない程に、多すぎる。
多すぎる相手の対処のしわ寄せの重さを追うのは最上位4人だけではない。
環境を構築する部隊員は8400名強の人間達も対象だ。
環境構築に適したスピードや効果範囲の広さがある能力が表立って前線環境を作り上げる。
そしてそんな前線は言うなれば、爆撃機が常に旋回している地雷原の上を慌ただしく駆け回っているに等しい。
みな、この時ばかりは類似した支援系能力は対象に1つしかかけられないという制約を疎ましく思っていた。
そして結局そんな最前線での動きは安易に骨人を生み出していく。
それが積み上がった矢先に踏み潰される屍。
真っ赤な大地。
「やっぱこいつも【能力】持ちかよっ」
稀有とされている【能力】保有を果たしている怪獣ら。それは予想通りではあるが、希望の光が見えなくなった事を指している。
そして本来ならばそれはここに居る全ての人間に絶望のデッドラインを容易に超えさせる事実。しかし、今ここには4人の最上位がいる。
ヒーローが、ここにいる。
その堅牢で剛健で、実績しか存在しない最強の名を冠する人物の集合という光景が心の柱となって全ての心を支えている。最上位なら何とかしてくれる。それ故に命を賭けて戦えている。
現在20分の激闘で12体まで減らしている。
20分ばかりで19体もの怪獣を仕留めている。個体全てが20m越えであるにもかかわらずこの速度。怪獣が実は弱いのでは、と考える事は間違っている。
この結果は最上位の実力と積層された知識、そして命を紡いで作られた戦闘環境構築と【能力封じ】のお陰だ。
もしそれがなければ10分立たず全滅している。何故ならばほとんどの場合が怪獣の自由を奪った上での結果だからだ――そして戦闘開始から38分が経った。
12月02日 時刻6時24分
「凍結完了しました!!!」
残り2体の怪獣のうち1体の凍結報告が通信に入る。
大怪獣から怪獣を引き剥がしてからというもの、常に後方に居座り怪獣に当たらないように巨大な熱線を放つ怪獣がいた。その体は一際大きく、35m越。
四足獣型の物質系怪獣。その巨体を覆う鎧の鱗はビスマス鉱石の様な見た目で、淡く赤みがかった銀白色をしている。
鎧のみならず肉体の全てが頑強で、それこそ生き残っている最上位の有効攻撃担当の攻撃すらも通用しなかった。
その為一時的に水の塊で包みこんで急速冷凍をし、何とか動きを封じていた。
今現在、死傷者は8000名越え、内2人は最上位隊員。どちらも相討ちで散っていった。
そして間もなくもう1体の撃破が報告される雰囲気がある。状況は最悪だが指揮は右肩から下がる事はなかった。全員が「いける」と胸中で想い、「終わってくれ」と願っていた。
「……と、溶けてます」
甘井が凍り漬けではない怪獣の元へ加勢するよう指揮していた矢先の事だった。
そんな報告に甘井の酷くしわの寄った泥と汗だらけな顔が更に顰まった。
「表面温度はそこまで高くなかったんじゃないの!!!!」
「そのはずで! 熱伝導率が酷く悪いのも温度変化から読み取れます!」
「じゃあ能力って事でいいんだよね!!」
甘井のとてつもない覇気と声色が報告する隊員を怯えさせる。静寂に近づく空気はその空気を周囲に運び、小さな不安と焦りを生み出した。
「っ……」
甘井はそれを察して歯を強く噛み合わせる。そして一度大きく溜息を吐き出して空を見る。
「ねぇ。氷の熔解に際して蒸気とか出てたりするかな」
「……水蒸気、で、出てないですっ」
「あー……じゃあ振動かなぁ。あの怪獣の体、微細に振動してるんだと思う」
「あっ…確かにですね……その線を考慮し損ねていました。改めてその情報を周知します。それと、あの怪獣の能力ですが恐らく【高速自己再生】です」
「……根拠は」
「熱線放出に際して焼け溶けた体が瞬時に修復していました。怪獣らが持つ自然治癒能力は危険度の区分に倣って同じ程度の修復速度で、例えるなら斜面から溶岩が流れるような速度です。ですがあの怪獣は急斜面から水が下るような速度です」
「なるほどね……」
甘井はその考察を聞いて目の中にある星々に思いを馳せる。
「明けの明星ってやつか、綺麗だなぁ……結婚指輪……星にしてもらおうかな」
甘井の呟き。
そんな言葉。
それを聞いていた雄介は。
「ひゃんっ」
「星なんて夢みてんじゃねぇよ」
甘井のケツを叩いた。
「な、なにすんのさ!!!」
「もう時期日が昇る。もう起きろ」
「起きてるよ!」
「それはお前の気のせいだ」
雄介は濡れたタオルを広げるとベチャッと甘井の顔に押し付けた。
「ビ、ビッチョビチョなんだけど!!」
「はいはいビチョビチョだねー。けどお前の顔もぐちょぐちょだったから一緒だねぇ」
「一緒じゃないよ!!」
自身の腹に打ち込まれた拳に「ぅぐ」と呻く雄介。
「も、もう、ら、ラストスパートだ。ここを乗り越えたら結婚できる確率大幅アップだぞ。てか本気で殴るな」
「ただでさえ気が立ってるのにそんな事言うからだばーか」
「悪かったって。……ごめんって。だから腹グリグリしないでくれ頼む」
そんな雄介の懇願に甘井は強いため息を吐いて報告係りに再度観測を促すと雄介に伝えた。
「多分私、能力段階「6」に行く」
「「6」……まじかぁ。すげぇというか、マジで生きててくれてありがとうな」
能力段階は命の危機に瀕すると上がっていく。そして能力段階の向上には指数関数的経験値が必要。つまり常に死にかけの中で生き続ける必要があった。
「結婚する為だから、頑張れた。…だからご褒美にハグして」
「戦場だぞお前」
「いいから」
遠くの方で響く悲鳴、怒号、報告、爆音。それを忘れて2人は強く抱きしめる。
「【能力】はもう1人の自分だって言うじゃん。だからわかるの。「6」になった時の効果とか、強さが。……私の能力は【高速自己再生】。ゾンビアタックでしか戦えないからどんな時でも武器だよりだった。でも「6」になったら、変わる。【超高速自己再生】になる」
「つまり?」
「過剰再生を意図的に発生させられる。……要は体の設計図を超えた再生ができるしその上限はない。爪とか骨とか固いじゃん。あれを好きな処から発達させることが出来るし、重ねるほどに強靭になるから専用装備とはおさらばってこと」
「…それは不可逆な再生じゃないのか? お前の体的に大丈夫じゃないだろ」
「大丈夫大丈夫。一旦体を吹き飛ばせばいいだけだから」
「お前な……痛いの嫌いな癖によく言うグフッ」
甘井は雄介の腹に頭を押し付けた。
「……だから、後でいっぱい褒めて。今さっきまでの頑張りも、いっぱい褒めて」
「…ああ。後でな。だから本当に戻って来いよ」
「……絶対後悔させないって、悲しい思いをおばあちゃんになるまでさせないって約束した。今日という日まで約束を守ってきた。これからも守るから、不安も心配もしないで。信じて」
「……無理だ。好きな人間の心配が出来なくてなにが彼氏だ旦那だ」
そう言うと甘井は大きく溜息を吐いて、けれど満開の笑顔で言った。
「まだ私は君の彼女だよっ、ばーかっ」
12月02日 時刻6時28分――最終個体と対峙。
「さて、やろうか」
もう1体の討伐報告を聞いたと同時にこの場にいる最上位の人間は甘井ひとりとなっていた。
正真正銘背水の陣。
甘井のみが描ける戦地の終着点。
その筆に墨をつけ歩み勇む甘井には、死んでいった友人らを悲しむ暇も命を讃える時間もなかった。
いや、彼女にとって自己犠牲に憐れみと感謝があっても、賞賛はない。
集約される生き残りたちによる【能力】の行使。
膂力や単純な肉体強度、反射神経や動体視力を高める【支援能力】。攻撃を防ぐ事、反射する事を可能とさせる【防護能力】。その全てを甘井は背負って、怪獣の目玉に視線を据えて腰を落として脚に力を込めて、そして、そうして、自分よりも何百倍も大きな存在に――
「っ"」
――肉薄した。
「ぃったぁ………」
攻撃は通らない。
正しくは、破壊に至る威力を出す事が出来ていない。
甘井の専用武器は自身よりも大きな大太刀。本来ならば得意な拳で挑みたい所だが、基本的に素手格闘は相手の体力を削ったり部位を吹き飛ばす程度の事しかできず致命を誘えない。
だから彼女は剣を握る。
しかし剣が悲鳴しか上げない……いや。力の限りの一撃で今刃が円を描いて彼方へと消えてしまった。
だから、甘井はもう一度心に決める。
躊躇いを投げ捨てて。
「やろう」
能力段階「6」に至るまでまだ少し死にかける必要がある。
けれどあくまで「6」という位は暫定的なステージの名称でしかなく、今彼女は既に階段を上り進化を重ねている。
能力段階「6」に触れた力が今の甘井に宿っている。
――【高速自己再生】実質能力段階「5.3」
(連ねるんだ、骨を、皮を、肉を、内臓を。押し潰して重ねていくんだ、地層のように――)
腕をダラリと垂らし、怪獣の足元から天を見上げて彼女は【能力】を行使する。
(――地層が築かれる時間を何千倍にも圧縮してっ)




