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アンブレイカーズ  作者: MRプロジェクト(詳しくはプロフィールにて)
第1章「アンブレイク」

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「2」レッツ怪人討伐

11月の頭。


何時も通り午前10時を報せる23回目の大怪獣の大咆哮。〈東京〉全域に鳴り響くそれに耐性がない俺はお陰様で歩みが覚束ない。


「だ、大丈夫ですか先輩」


毎月毎月、この強烈な不快感に苛まれながら俺は、俺たちは、今日も生きている。生活をしている。

けれども怯えている人間は誰ひとりとして存在していない。


これが  「大怪獣襲来」  それの予兆だと言うのに誰もだ。


しかしかくいう俺もその日常の領域から足を踏み外せていない。 と言うか踏み外す気がない、と言うか、必要がない。

3年前から始まった大咆哮がまだ36回目に達していないからだ。少なくとも皆行動に移すには後1年は必要だった。


「ありがとう新人くん。けど大丈夫、慣れてるから。…それよりも、座るならこっち」


俺を抱えて適当な席に座ろうとする新人君。

その彼の手を振り切り、季節のせいか酷い手荒れが始まった手にハンドクリームを塗りながら奥へと進む。


「は、はぁ」


咆哮によって未だ微かに揺れているパチンコの筐体。そんな事を気に留めず、誰もが死んだ目で口を半分開けてパチを打ってる。

そして、そんな終末的な世界へ俺達も今から向かう。


「今日の当たりはここだ」

「……なんでそんな事分かるんですか」

「釘を見て判断するのもやろうと思えばできるんだけど……正直みんなやってるから良い台はあんま残ってない。だから【能力】を使って判断した。…ま、やるなら勝ちたいじゃん」

「あー【能力】をパチに使うって発想、22年間生きてきてなかったです」

「へへそうか? けどまぁ新人くんの【能力】はぁ……あれ、なんだっけ。………まぁ、いっか。えーと、パチ初心者って話だったよね」

「えー、ぁーはい」


そんな彼の生返事をかき消す騒音たち。

エキセントリックな輝きが俺達の水晶体を焼き焦がす。

俺はパチンコ台の隙間に挟まっているパンフレットを新人くんに渡し表紙を叩く。


「じゃあこのうっすいパンフ読んで、ここに全部書いてる。それ以上の事は存在してない」

「あっ、わっかりましたぁー」


と言ってパッと開いてサッと閉じ、シュッと軍資金の1000円を投下した新人くん。

その早業に感嘆の息を吐きつつ、INを狙う為の力加減とか左側から玉を落とすように打つ重要性を説けばあっと言う間に彼はその技能を身に着けて早くも周囲の人間に後れを取らない風格を纏っていた。

……俺は…とんでもない怪物を呼び覚ましてしまったのかもしれない。


そうして暫く玉が切れたら新人くんに軍資金を渡して、を繰り返している中でふと新人くんが何かを見ている事に気が付いた。


「めっちゃチカチカしてるね、何見てるの」

「…11年前のバトルブレイクダンス日本大会決勝の映像です。赤いバンドを手首につけてるのが今大会優勝者の金城光彦さんで、ヤケにチカチカしてるのが彼の【能力】です」

そう言って目線を一切俺に向けずスマホを渡してくれた新人くん。

「あー。んー。ごめんバトルブレイクダンスってなに……?」

「簡単に言えば総合格闘技にダンスを組み込んだ競技です。競技者は1つしかないダンスする場所を力づくで奪い合うんですよ。評価点は【能力】の使い方、ダンスのキレ、奪い方。奪ってからダンスへの流れの綺麗さポジションの守り方。単純なカッコよさとか色々です。因みにこの人は回転技が得意でその姿と【能力】の名前から光玉こうぎょくって呼ばれてました」


俺はスマホを返しながら「なんでそんな動画見てんの」と問いかけると、新人くんは目の前で煌めいている演出と音声に声を溺れさせながら「パチもこんくらい綺麗に眩しく回ってくれたらなぁって言う……まぁ願掛けみたいな感じです」と返事した。


「願掛けねぇ。…………つか最近のやつは見ないの?」

「この人が生きてれば見てました、多分。……んー正直今のバトブレってレベルが低いんですよ。この大会がマジでピークでしたね」

「あー。生きてればって言うと……11年前だから丁度大怪獣災害の時か」

「あ、いやこの方は普通にご病気です。心臓病ぉ…だったかな。それで亡くなった後に災害が起きた感じです。妻子を残して逝って、その後に災害なんて成仏しきれない話ですよねぇ」


それから特別何か話す訳でもなくただ俺達は同じ動作を繰り返した。

無心で、機械的に、サイケデリックで最高に麻薬の風味がする点滅を金で殴りに殴った。そうして気づけば時刻は16時。秋の夕刻の様子を丸い壁掛け時計越しに夢想している時だった。


「おきゃくさーん、なぁにしてるんですかぁー?」


ドンッという音と共に落ちた人影。

冷たい汗が顎先から零れた。にゅるりと、新人くん越しに俺を見つめている双眸を前にして。


「す、雀ちゃん、筐体に肘打ち付けるの、やめよっか。警報鳴っちゃう」

「私の口から出てる警報は聞こえないのかなぁー」

「いえ、聞こえます、すっごく。目からも出てます」

「だよねぇー」

「…わぁ……ぎらぎらぁ…」


ワインレッドの大きな瞳と艶やかなロングヘア。ポニーテールと同じ位細くて長い体に実る凹凸は写真集の表紙に飾れてしまう程。彼女が今身に着けているここの黒服のお陰もあってそのポテンシャルがしっかり発揮されている。しかし……今の彼女の表情は表紙に乗せられない顔をしていた。殺人鬼の顔をしていた。俺は固唾を下し彼女の挙動の全てに意識を巡らせた。


――同時。

動いた右手。

反射的に立ち上がり構える防御態勢  次の瞬間  雀ちゃんの右耳に添えられた、スマホの……姿。

俺はすぐに椅子の上に居直って息を潜める事にした。


「もしもし私。……うんお疲れ。陽介見つかったから。…うんそう。なんの悪びれもなく南雲連れてパチやってた。私のバ先で。…そう、やばいよね。木を隠すなら森の中とか姑息な事考えてたんだろうかね。…うん今2階の11番通路にいるから。呼吸整えて、気を付けて来て」

そうして電話を切って無言が続く。尖った視線が俺達を串刺したまま動かない。

肺がもっと空気をくれと泣き叫んでもそれに応じる隙すら与えてくれない。

「す、すずめちゃん……お仕事、しなくて――」

「――黙れ」

「はいぃ……」


そうして5分後、誰かが息せき切ってやってきた。そして。クッション性の高い通路を走る足音が俺達の手前で止まる。同時に明確に繰り返されている喘息の様な呼吸が耳に届いた。


「あー……大丈夫ですか? 水、要ります?」


11月だというのにミディアムボブの黒髪も、白い肌も汗にまみれている。黒を基調としたジャージも重たそう。大丈夫かな……とかなんとか思うならまず水分補給してもらわないと。

そうバッグから未開栓のペットボトルを渡せば彼女はバッと奪い取り一瞬で中身を空にした。


「すっごい飲みっぷり」

「い、っはぁ……一体、だ、誰のっ…誰のせいだと思ってるんですか!! 全部陽介さんのせいですよ!! 私〈東京〉中にあるパチンコ店とかショッピングモールとか! 全部全部! 回ってきたんですからね!! ほんと私にペースメーカーが付いてる事感謝して下さい!!」

「え、あ、ぇ、おれぇえ???」


俺は訳が分からずと雀ちゃんに目線を向ける。するとさっきまでの剣山の如き険しい面持ちとは違う神妙さを宿して俺を見つめていた。が、それもすぐに霧散して言った。


「田所山葵、徘徊癖のあるお前の監視役」

「たどころ…………あ、っあー、いたなぁそういえばそんな人」


田所山葵という名前を聞いて思い出した彼女との関係性と日常風景。

思い返す程に服装はスーツのようなしっかりした服装になっていく。表情の明るさは今なんかよりも輝かしかった。髪型も……そういや、出会った当初はロングヘアだった。

そんな田所山葵との思い出を、サイケデリックな音と光が蹴り飛ばす。


「先輩先輩!! 来てます来てます! バトルブレイクダンス願掛け来てます!!」

「おー。大当たりじゃんねぇ、来てるねぇ願掛け――」


――歯を噛み合わせる音が鳴った。


「おいお前ら、怪人の餌になりたいか」


それが聞こえた時には手も足も動かなくなって、息もできなくなっていた。

ただ、雀ちゃんの高圧的で底冷えする重声じゅうせいに慄くしかできなかった。


「……ったく」


3秒後、漸く息ができるようになった。

俺と新人くんは酸素を求めて激しく呼吸をする。唾液を下し、乾いた眼玉を保湿する。

遅れてやってくる酸欠特有のジンワリとした痺れに喉を震わせる。


「お前らに任せた仕事はパチを打つ事じゃねぇのは覚えてるよな」


その言葉に罰が悪くて………返事がぁ…で――


「――覚えてるよなぁあ!!!!」

「「はっ、はい!!!」」

「じゃあなんでここにいる」

「それは…先輩が……タダでパチンコを教えてくれるという……ので…」


雀ちゃんの圧に新人くんは屈した。

しかし彼を裏切り者と罵るには無理がある。だって俺は先輩であり指導資格を有しているからだ。だからこれは俺の不徳の致すところ。ここはしっかり誠意を見せよう。

と、思った、矢先。雀ちゃんは呆れた顔で言った。


「教えてもらうもなにもお前前職クビになった理由が勤務時間内でのパチとか賭け麻雀とかのヤバいサボりのせいじゃねぇか。元から英才教育完了したクズのプロが何言ってんだ」

「はっぇー、新人くんって犯罪者だったんか。期待の新人だな」

「あ、はは。へへ……」


目を逸らす彼の目をよくよく見れば確かに濁っていた。そして彼はパチの才能の持ち主でも何でもない、ただの怪物だった事がはっきりと分かった。


「まぁ説教するのも時間が勿体ない。今もお前らの給料になってるからな」


雀ちゃんはため息を吐いてそう言うと胸ポケットから紙を取り出して新人くんに手渡した。


「今日お前らがしなかった仕事、見つけて来たから出向く為の情報を今日中にまとめてこい」

「うへぇ仕事……」


――刹那、駆けた真紅の曲線光。


「南雲信二くぅん。君ぃ、借金生活に逆戻りしたいのかなぁあ?? 遊ぶ金と介護施設に入居中のご家族のためにお金が欲しかったんだよねぇ? ねぇぇええ???」


日の光すらもなかった事になってしまう程の黒い顔。トーンが高く柔らかなのに高圧的な声。


「あ、あれ? 家族の事、面接のときに話したっけぇ?」


上ずった声で首を傾げた新人くんに雀ちゃんは更に投げかける。


「私んとこ、君が受けたサラ金と仲が良くてさぁ、だから知ってんの。因みに入社時に建て替えた借金、そっくりそのまま戻す事、できるんだけど…どうする。大好きなおじいちゃんを嫌いになりたくなくて介護施設に入れたけどこのままじゃ逆戻りになるね。嫌いな家事もまた自分でしないとダメだしまた仕事いっぱいしないと。そうなったら遊ぶ金も時間も無くなるな」


言葉が後ろに並べられる程に暗黒の笑顔すら浮かべてられなくなっていった雀ちゃん。そのブラックホールみたいな口腔を前にして新人くんは表情を強張らせ、目を泳がせ――


「――私を見ろ。そして答えろ。仕事しないなら解雇だ」

「しっ、します! させてください!!!!」

「……はぁ…。これだから歳だけ食ったガキは」


という彼女の年齢は27歳。

新人くんとは5歳差でしかないのだけれども、俺は彼女と11年共にしている。積んできた重みを知っているからこそ新人くんの擁護はできなかった。


「山葵、こいつらの事、頼んだ」

「入社半年の人間に荷が重すぎますよ佐伯さいき社長……」

「今はここの従業員だ、私は」

「しゃちょぉ……」


雀ちゃんは俺のバッグからタオルを取り出し山葵ちゃんに髪と顔を拭くように促して言う。


「寧ろ入社半年にして漸く復帰を目指す段階に来たって話だよ。脚の後遺症だって毎日陽介を追いかけまわした甲斐もあって頑丈になってきたじゃん」

「それは否めませんが……ほんと最悪のリハビリでした…」

「それは、ごめん。……けど、こんくらい動けるならもう大丈夫。後は鈍った体をならすだけ。それに山葵、元々アンブレ上位の上層じゃん。じゃあ大丈夫」


雀ちゃんは耳打ちで「今回の任務危険度1だから。……まぁ危険度1だからって油断はダメだけどね」と言った。そうして顔を離し口を噤む山葵ちゃんの肩を叩く。


「陽介、こんなんだけどちゃんと強いから。本当に頼りなんないけど、強いから」

「雀ちゃん?」

「……そう、ですね」

「そうですね?」

「…陽介さんの身体及び戦闘に関するデータは見てますから、強さは知ってます」

「頼りになるデータは」

「ないです」


彼女はタオルにギュッと顔を押し付けてふかぁく息を吸い込むと雀ちゃんに向けて言った。


「では! 不肖田所山葵っ! 精一杯っ頑張ってきますっ!!!」

「うん、頼んだよ――てことで、山葵困らせたらただじゃおかねぇからな貴様ら」

「「は、はい!!」」

「分かったならさっさといけ!」

「「はい!!!」」

「…では、失礼します。佐伯社長も、頑張ってください」

「うん、頑張る。…じゃね。ふぁいとっ」

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