「12」攻略不可能
蟹の怪異が[影怪人]の肉体を切断し、田所と南雲の元へ蹴り飛ばした直後の事。
[怪人]の強さは肉体の大きさに比例する。
その情報を陽介から仕入れた蟹の怪異は肉体的優位を得る為[影怪人]を切断し分離していた。
そうして獲得した力の差は蟹の怪異の一方的な攻めを見せる……はずだった。
蟹の怪異は燃え盛る怒気を絶やす事なく、弱体化したと言えども加速度的な成長を見せ続ける[影怪人]に蟹の怪異は全力をぶつけ続ける。
受け流せない攻撃にはカウンター投げや足払い、タックルで対処。その他無数の選択肢を連ね合わせればやはり[影怪人]はより手ごわく狡猾に動き始める。
時折懐中電灯を打ち込むのだけれどもタイミングを読まれて回避される。
もう間もなく[影怪人]に手が届かなくなる。
「ッァアアァァアア!!!!」
超高速の身体修復。
それは[影怪人]だけの特権ではない。
蟹の怪異も同様亀裂が入れば罅が繋がり、甲殻が欠ければ生え連なる。
一気に体が欠損すれば少し遅延はあるが数秒もなく完全に修復する。蟹の怪異は自身の腕をもぎ取り、一時的にリーチを伸ばして叩きつけ投げつけ、腕から放てる高圧水砲を用いたロケットパンチや、塊に近い水砲で粉微塵にしたりもした。
両者共に何でもあり。体力はほぼ無尽蔵。
けれど、状況は蟹の怪異が圧倒的に不利。
その時だった。
雷の壁が動いた。そして空気をまるごと圧し潰したのだろう突風が吹き荒れた。
――[影怪人]が、振り返った。
「ゥォオオ”ォオオオ!!!!」
ついぞ通用しなくなっていた強烈な蹴り技が[影怪人]を捉えた。
「西棟」渡り廊下入り口付近の壁にグチャッと張り付いた[影怪人]。
真反対の窓際方向に飛ばしたかったがいつ意識が復帰するか分からない。
仕方ない。
そう乙る陽介からの提案を遂行する蟹の怪異は、そして全速力で[影怪人]へと突撃し壁を突破した。
午後15時の光は「東棟」の壁を強く照らし、背の低い「西棟」は背にある太陽光を浴び少し陰って佇んでいる。それは、つまり「西棟」付近は不完全なる天日の傘下である、という事。
[影怪人]
蟹の怪異
その身は日の下へ。
声にならない声を轟かせる[影怪人]は元々日の移り変わりを見て「西棟」から「東棟」にやってきていた。
つまり屋外に出る危険性を理解していた。
しかし分離した肉体とは結合するまで情報を共有できない為、分離体の光克服の予兆に気づけないまま南雲の櫃潰しを目の当たりにし、頭に怒りを登らせていた。だから隙が生まれていた。
飛び出でた先にあった建物が作る斜めの陰模様。その中から今、2体は、抜け出す――瞬間、焼け焦げ黒煙を散らす[影怪人]が蟹の怪異の巨体が落とす影、それと、砕け来飛している瓦礫の底面陰を辿り伝って、可能な限り素早くそれでいて確実な足取りで屋内へと入り込んだ。
その一部始終を捉えていた蟹の怪異は陽介の懐柔を経て一瞬にして蟹の鎧を爆散。
遠い壁へと伸ばした陽介の手が空を切る――同時、赤茶気た、三角錐が連なった太い鎖が陽介の掌から豪速射出され深々と外壁に突き刺さった。
「っあぶね」
第3の怪異。唐傘の怪異。契約している怪異の中で最もニュートラルに、素早く変身できる怪異であり、身体のどの部位からも唐傘の傘鱗を出す事が出来る。
その鱗を連ね鎧にする事も可能。伸縮性は著しく低く、少しばかりの弾力性はあるが強い張りが主な感触。
その鱗は、見た目存外以上の効力があり、この世のほぼ全ての攻撃を受け止める事が可能。
耐斬撃、耐腐食、耐火性、耐水性、耐酸性、そのほかの化学的、物理的攻撃に強烈なまでの守備を見せるそれの使い勝手の良さは特一級品。ただし――
(す、すみません! 安堵なんかしてほんとすみません! ほんとすぐに戻ります!!)
――契約している怪異の中で最も気が難しい。
冷や汗を垂らせば、綺麗好きな唐傘の怪異にそれについても怒鳴られる陽介。
バッと誠意を持って頭を下げながら速攻現場に復帰した陽介が冷たい床を素足で踏む頃には流れるように蟹の怪異の体を有していた。
そして渡り廊下に赴けばもう既に[影怪人]が分離体と結合を果たしていた――が仕方ない、と踏ん切りをつけた陽介は「「西棟」外窓まで誘導!! その後【意識剥奪】」と声を張る。
田所は受け取った指示を完遂する為[影怪人]の執着意欲の高い千鳥足の南雲を抱えるとほぼ一足飛びで目的地へと滑り込む。そして南雲を奥に捨て置き、蟹の怪異の妨害を突破した4mから離れた体を提げる[影怪人]を前に田所は道具の引き金を引いた。それは煙幕だった。
あっと言う間に広がった灰色の煙の中、大きな足音を立てて足場の悪い床をただ一直線で走る[影怪人]。癖で握った右拳。その音を目前に伸ばした左の指先。触れた、物体の感触――
「――今!!」
とにかく最低限の情報を投げ捨てて田所は[影怪人]と共に意識を飛ばした。
[影怪人]の意識が戻った時、その目に収まったのは青い空色と嘲笑う太陽の顔だった。
[影怪人]が煙幕の中に侵入した直後から蟹の怪異は水を撒きそうして[影怪人]を発見すれば抱き抱え、床を半ば吹き飛ばして外へと飛び出した。
遥かたる速度が生み出す鈍足な慣性に乗った2体の足元には瓦礫の山と崩れた家屋の海が。
背にある病院はもう遠く。
意識を取り戻した[影怪人]が抱いた外景色に対する強烈な嫌悪感。
天を翔ける黒き煙の導べ。
太陽の光を浴びて焼き焦げる体表その音色。
[影怪人]を襲う強烈な痛みは、けれど光に適応する前に途絶えてしまう。
その理解が1つばかりの決断を促した。
ヤカンが急沸騰しているかのような甲高い音色。
瞬く間に赤熱した[影怪人]の体表。
その赤みは先の幾度かのものよりも真っ赤で、蟹の怪異の鎧を容易く溶かす程の熱を持つ。
全身から放たれる黒煙は、瞬く間に黒い霧となってその身全てを覆い隠す。
ボタボタと黒い液体が地上へ垂れ落ちていく。
「ァ”ァァアア!!!???」
熱に頗る弱く、激しい忌避を見せた蟹の怪異。反射的に放した拘束。[影怪人]よりも重量がある蟹の怪異は、自由落下する[影怪人]を真下から見つめるしかなかった。
(唐傘様!!!!)
再びの肉片のパージ。陽介は即時手を伸ばし円錐形の赤茶鎖を[影怪人]の霧の中に射飛ばした 刹那の刻 時が満ちた者が放った音色。放たれるは度々と行使を阻害されてきた――
(っなんだよそれ!!?!)
――捨て身の能力【超加速】。それは、加速の限界と論理の箍を外し行使者を導き進める。
「――――――」
蒼天を翔け昇る黒き彗星。
【能力】の反動はその身を削る事。特に距離に応じて身の削れ方が増幅する為長距離長時間の行使に不向き。
加えて程度光や熱を克服したと言えど、分離体と1つになった今、その克服のパーセンテージは50%にまで下がっている。
そもそも雷の様な熱的な光に対しての耐性が付いただけであって純粋な太陽光に混じる成分の耐性を克服できたわけではない。
故に体組織の破壊はより加速度的に行われる――でも、あのまま蟹の怪異に押さえつけられ死滅するよりは 断然 良い。
死滅した体組織は皮布となり、そしてそれが今、[影怪人]を大きく包む暗黒色の外套として被さっていた。しかしついにその外套は速度と風に吹き飛ばされ空を舞った。
液化している肉体は空中で連結を重ねるが【能力】で散っていく体は再生できない。
だからその液体は虚しくもアスファルトや瓦礫の上で眠るしかできない。
そうして急加速的に縮んでいく体。
生物強者の地位と肉体的強者の地位の降格という代償を払って手に入れたものは。
「――――――。――……」
自身が生存するという唯一無二の権利だった。
「西棟」5階。
屋内侵入と同時に慣性を殺す為垂直に落下した[影怪人]。両足を深く床に沈め、勢いそのままガリガリと分厚い床を削り取り進み、少しして勢いは完全に沈黙した。
振り落ち切っていない液化した体組織が、細く低い溝の壁を上ると同時に流れ落ちる。
大きく呼吸をし全身を上下させる[影怪人]の体は打って変わって小さく、細い。大きさは元の3.8mから一転、1.7m程度。成人男性程度の大きさ。
そんな体に残った赤さは、冷却が済むまで[影怪人]の身をそこに留め置かせる。
そうした[影怪人]の不動を前に田所は剣を握った。そして頬で熱い空気の感触を確かめた。
ここ日本には一般人が[怪人]に抵抗してはいけないという法律がある。
理由は[怪人][怪獣]らの執着性が異様な為。
[怪人]らは攻撃を加えられたというストレス、ないし表面的にでも受け取れる外敵性を感知すると、敵を完全排除するまで執拗に追いかけまわす特性がある。
それも[怪人][怪獣]らは各人特有の、浸透性が異様に高い無害のフェロモンを常に振りまいており、そのフェロモンは類似形質を付着者が有していない場合、付着すると180日程分解・霧散が開始されない。
つまりは[怪人][怪獣]という種族でなければフェロモンを解除する事がすぐに出来ない。
[怪人]らはどこまでも追いかけてくる。昼夜を問わず、距離を問わず、永遠と。例え焼かれた骨が土の中に眠っていても、それを掘り出し捕食するまでずっと。
またその追跡状態にいる間[怪人]らは無尽蔵の体力で襲い来るのかと言えば違う。
[怪人]らも生物である。
故に体力には限界があるし、食事をし、排泄をしなければならない。
そして被追跡者が都市に逃げ込んだ場合、ないし都市内で追跡状態になった場合、その生存行動を都市で満たされる危険性がある。
故に危険度「1」の怪人にすら満足に倒せない一般人に対し「[怪人][怪獣」に攻撃及び抵抗をしてはいけない」という法律が定められている。
こうした背景からアンブレイカーズにおいても、[怪人]と対峙した以上逃亡は許される事はなく、そして田所達もまた逃亡を許されていない。
しかし相手は[影怪人」という極めて、極めて低い確率でしか生まれてこない存在。
加えて[怪人」[怪獣」の種別の中で最も危険な存在。更には光を半ば克服し、その上【能力】を有している。
――本来[怪人」らは【能力】を有さない。
それは諸説あるが、大学などの専門講義では「[怪人個体]の全てが生物界において頂点に君臨しており、その肉体及び知性的強者性から【能力】という、類まれなる力の行使が可能となると同時に代償を払う生物機能が退化した」と考えられている。
そして現代において[怪人]らが【能力】を手にする確率は100万分の1程度とされている。つまり今、稀有な[影怪人]という存在が、極稀な「【能力】」を有し、生物分類上あってはならない「光の克服」を成してこの世に存在している。
到底、力量が不揃いな3人の人間が、なんの対策と道具もなしに挑んで良い相手ではない。
事実上の攻略不可能な[影怪人]だった。




