「11」想定外の想定外
自身にかかった強大な黒歯大牙。右腕と指手を前へと伸ばし生み出した、巨大な雷の拳――
(――雷槌っ)
――可能な限り充填したエネルギーが今、解き放たれる。
「ふしぅー………」
振りぬかれた拳に最高速度で空を旅する[影怪人]。
その背中にぶち当たった雷の壁。
刹那で作り出した、左手で手綱を握った「西棟」の雷壁だ 間髪なんていれない 僕は新たに生み出した雷槌の手綱を右手で握り、[影怪人]ごと壁に拳を押し付ける。
まるでこんにゃくをワッフルメーカーで焼いているかのような巨大な甲高い音色達。
それに耳を貸さず田所先輩の手元にいる[影怪人]の肉片に意識を差し向け、左足で床を力強く叩く。
(1日2回限定のエネルギー超高速充填高出力化――雷霆っ)
同時、地から降りたった雷の支柱が[影怪人]のみを貫き焼き焦がす。更に右足を叩いて高威力にし――3秒以内で焼き切らせるっ。
【雷電操術】の操作において精緻な操縦が可能、と言っても雷1つを一方向に対して進める場合であって2個も3個も複雑に扱うとなれば話は別。
単純に頭だって痛くなってくるし酩酊状態の進行は2倍じゃなく乗算で増していく。出力にむれが出てくるし精度も幾ばくか落ちる。
(それなら精度もへったくれもない技を使えばいいっ)
半自動的に遠隔操作をさせていた「西棟」の雷壁を持つ左手を手動に切り替える。
雷槌が消えた事で拘束から解放された[影怪人]は地に足をつけてこちらを睨み見る。
そして、再び赤熱と甲高い音色を纏って体を前傾に傾け始めた。
(冷静に、確実に。欲張らず、今の最適をあてがうんだ)
歌舞伎の見得のような構えを取る――同時、田所先輩が【意識剥奪】を行使して3秒が経過。
肉片の素材化を――確認っ。左足と右足の雷霆を解除っ。
(超高速充填高出力化っ!!!)
発動させている全ての【雷電操術】に適用されるこれにより、一気に想像を具現化させた雷の壁達。こちらの準備は相手にとっての隙。赤熱していく[影怪人]の黒皮。焦りそうになる。
けど冷静を心に宿して全身全霊の意気を詰め込む。
(眩むな。まだ千鳥になるには速いだろ、僕っ)
酩酊進行速度、27倍。
血管に直にアルコールを注入されているかのような、急速的で不快な吐き気と悪寒。
そんな身を焚く強烈な熱さと視界の眩み。
でも、と僕は歯を噛み合わせる。
左手は矢を添えるように、右手は弓を引く様に構え置く。
両足で床を叩けば髪が揺れた。
(――プラズマ速度最大。密度最大。エネルギー最大充填)
東西南北、四面圧壊をもたらす堅雷の牢壁の顕現。
「櫃潰し」
瞬間、全力が激突音と共に[影怪人]を圧し潰し、消し炭にしやん猛る雷の激。
渡り廊下一面に走る光の衝撃と空気の大波。
ビタビタと垂れる汗を顔を振ってその風に乗せ飛ばそうとすれば、そっと顔にタオルがあてがわれた。
「ハナマルの二重丸です南雲君、カッコいいです」
「あ、ありがとうござい――」
きっと真剣な眼差しで言ってくれたのであろう隣立つ田所先輩に言葉を返そうとした時、違和感が全身を駆け走った。【雷電操術】の雷と僕は触角を共有している。
だから光の眩しさで視覚的に中の様子を伺えなくても、伝わってくるんだ。
奴の、死を拒絶する意思が。全てを押しのけて這い出てくる、絶対的な意思が。
「――田所先輩……」
田所先輩はそんな僕の戦慄した顔を見て理解したのだろう。彼女はタオルを担ぎ直したバッグに戻し懐中電灯を点灯する。そんな冷静な彼女でも次に見た[影怪人]の姿に固唾を呑んだ。
ついに壁を突破して顔面を露出させた[影怪人]。
おって手を、足を、ヌルリと突き出し地につける。
その動きは今までと違い滑らかで、イカやタコ、水や滝の様な淀みのない動き。そしてその違いが何に由来しているのかは、田所先輩が懐中電灯の光を下げた事で判明した。
「耐性が高いんじゃない。…光を、克服してる……」
田所先輩は絶句していた。先の冷静さの面影は消え失せていた。
元を辿れば強烈な光の中に7秒以上閉じ込められていたはずの[影怪人]。
彼奴が這い出た時、直近までは黒煙を大分と吹かしていたというのに今や噴き出る煙は湯気程もない。
体躯も先の成人女性の大きさのまま。
間違いなく光の攻撃の効力が失われ始めている。
その事実は一気に事態のスケールを拡張させた。
何故なら、[影怪人]と呼ばれる分類が有する弱点は影をも食らう強烈な光を浴びる事。
ないし窒息をさせる事。
そして比較してかなり実現可能容易な方法が光の照射だった。
だから技術もその方向性で進化してきた。
だから実質的に光の攻撃は唯一の退治手段だった。
だから。だからそれが通用しなくなる事は、[怪人]の分類上あってはならなかった。
恐らく人類史上初となる[影怪人:光克服個体]の発見であると同時に、人類史消滅の開始、いや、この宇宙までをも支配してしまう可能性が生まれてしまった瞬間であった。
冷や汗や困惑なんかとうの昔に出きっていた。
僕も田所先輩も 終わり それを脳みそに描いて立っていた。
――その時だった。外壁が砕け散る とてつもない破壊音と揺れが轟き渡った。
――――




