死神さん1-結
上司の名前は、大木と聞いた。彼の会社は、新宿駅から少し離れた雑居ビルの中にある、ありふれた中小企業だった。私はビルのエントランスで、大木が来るのをを待った。
十分ほど待っただろうか。大木は部下らしき二人を連れ、笑いながら現れた。見るからに傲慢そうな男だった。その顔には、他人を支配する喜びが滲み出ている。
私は、彼らがエレベーターに乗るタイミングを狙った。エレベーターの扉が閉まる直前、私は素早く中に滑り込んだ。
「失礼」
そう言って、私は大木の隣に立った。彼は一瞬、私を不審そうな目で見たが、すぐに興味を失ったようだった。
エレベーターが動き出す。私は懐から、彼女の死気を閉じ込めた真っ黒い瓶を取り出した。
「ところで、あなたは誰ですか?」
大木の部下が、怪訝な顔で私に尋ねた。
私は、何も答えなかった。ただ、静かに瓶の蓋を開けた。
瓶の蓋を開けた瞬間、まるで真っ黒な霧が立ち込めるかのように、彼女の死気が瓶から這い出てきた。それは、私にしか見えない。ただ、その場にいる人間の誰もが、空気が重くなったように感じたはずだ。
私はその靄を、大木の背中に向けてゆっくりと流し込んだ。
彼は、一瞬だけ背筋を震わせた。まるで、冷たい水を浴びせられたかのように。
「なんだ、今の…」
大木の部下が顔を見合わせる。
しかし、大木は何も感じていないようだった。彼は不機嫌そうな顔で私を見下ろし、言った。
「おい、お前。どこの会社の奴だ」
エレベーターが、目的階に到着する。私は、彼らの質問に答えることなく、先にエレベーターを降りた。
その日の夜、私は彼女に連絡を入れた。
「仕事は終わった。あとは、待っていればいい」
数日後、ネットニュースで、ある中小企業の社長が、社員へのパワハラを告発されたという記事が掲載された。そして、その社長は、過去に横領をしていたことも判明し、会社は倒産、社長は行方不明になったと報じられていた。社長の名前は、大木。
私は、彼女に記事のURLを送った。
数分後、彼女から返信が来た。たった一言だけ。
『ありがとうございました。』
私は、スマホを閉じ、静かに笑った。
奪われたものを、奪い返す。
それが、私の仕事だ。そして、今日もまた、誰かの死気を求めて、新宿の街を彷徨う。




