死神さん1-2
彼女は、私の言葉を理解しようと、じっと私を見つめていた。その瞳には、まだ迷いがあった。
「私は…」
彼女が何かを言いかけるのを遮り、私は続けた。
「あなたを苦しめるその上司は、きっとあなたの心を、あなたの人生を、奪おうとした。そして、あなたは奪われそうになった。違うか?」
彼女は、黙って頷いた。
「この世には、奪われそうになった時に、奪い返すための力がある。あなたが纏っていた黒い靄、あれは死気と言って、人の生気を奪い、死へと向かわせるものだ。だが、あれは消えることはない。ただ、別の人間に移すことができる」
私は、彼女の前に掌をかざした。
「あなたは、その死気を私に預ける。そして、私はそれを、あなたの人生を奪おうとした、その男に移してやる。そうすれば、あなたは救われる。そして、その男は、今度は奪われる側になる」
彼女は、信じられない、といった表情で私を見つめた。
「でも…そんなことをしたら、あの人が死んでしまうのでは…?」
私は、唇の端を少しだけ上げて、皮肉な笑みを浮かべた。
「死気といっても、必ずしも肉体的な死を意味するわけじゃない。心臓発作で死ぬかもしれないし、交通事故に遭うかもしれない。あるいは…社会的に死ぬこともある。例えば、会社の不祥事の責任を全てなすりつけられて、地位も名誉も失い、家族からも見放される。そんなこともある」
彼女の瞳から、迷いが消え、代わりに、強い光が宿った。
「奪い返す…」
その言葉を口にした彼女の顔には、もう悲壮感はなかった。彼女は、力強く頷いた。
「お願いします…私、奪い返したい」
私は、彼女の決意に満足し、ゆっくりと立ち上がった。
「それでいい。あなたの復讐は、私の仕事だ。そして、私は、報酬は取らない」
彼女は、驚いた顔で私を見上げた。
「なぜ…」
「私の仕事は、人の命を救うことだ。そして、あなたの復讐は、あなた自身の命を救うことでもある」
私は、彼女から黒い靄を受け取ると、懐から取り出した中身の見えない真っ黒い小さな瓶の蓋を開けた。瓶の中は、底の見えない暗闇が広がっているかのようだ。私は、その黒い靄をそっと瓶の中に吸い込ませ、すぐに蓋を閉じた。瓶からは、先ほどの重苦しい気配は感じられない。私はその瓶を再び懐にしまい、彼女に上司の名前と、彼の会社の情報を尋ねた。彼女が全てを話し終えると、私は彼女を事務所の扉まで送り、最後にこう言った。
「明日からは、あなたが奪う番だ」
彼女は、私の言葉に静かに頷き、事務所を後にした。
翌日、私はパワハラ上司の会社へと向かった。




