死神さん1
新宿という街は、人の欲が渦巻く。それはまるで、無数の生きた魂が蠢く巨大な墓場のようだ。私は、その墓場で細々と「何でも屋」を営んでいる。新宿三丁目の古いビルの一室。看板もろくにないその場所を、人々は怪訝な目で見つめる。私の顔をよく見れば、誰もが年齢を推し量れないと言う。だからだろうか、いつからか「死神さん」と不吉な渾名をつけられた。
私には、死気が見える。それは、死を望み、死に引き寄せられ、自ら命を絶とうとする人間から発せられる、漆黒の靄だ。この能力は、誰にも話したことはない。話したところで、信じてもらえるはずもないからだ。私はただ、その死気を見つけたら、その人間を導く。それが私の、の仕事だ。
その日、私は新宿駅のホームにいた。多くの人間が、それぞれの目的地へと向かう中、一人の女性が、まるでそこだけ時間が止まったかのように佇んでいた。彼女の周りには、他の誰にも見えない黒い靄が、濃く、そして重く渦巻いている。その色は、私がこれまで見てきたどの死気よりも、深く、暗いものだった。
私は迷わず、彼女に声をかけた。
「ちょっといいですか」
たったそれだけの言葉だったが、彼女は弾かれたように顔をあげた。そして、私の顔を見るやいなや、彼女はしゃがみ込み、その瞳から涙を止めどなく流し始めた。
私は彼女を、私の事務所へと連れて行った。駅からほど近い、古びたビルのエレベーターは、唸るような音を立てて私たちを最上階へと運んだ。事務所の扉を開けると、そこは埃っぽい、ただの雑然とした部屋だ。彼女はソファに座り、しばらく何も話さなかった。ただ、嗚咽を漏らし続けていた。
「話したくなったら、話してくれて構いません。急かすつもりはない」
私がそう言うと、彼女は涙で滲んだ顔を上げて、ようやく口を開いた。
「私、死のうとしていました…」
途切れ途切れに語られたのは、職場でのパワハラのことだった。上司からの執拗な罵倒、陰湿ないじめ。彼女はすべてを奪われ、心を壊されていた。
「もう、何も残っていないんです。私には、何も…」
彼女はそう言って、再び涙を流した。私は、静かに彼女の言葉を聞いていた。そして、タバコに火をつけ、紫煙を吐き出しながら、冷たい声で言った。
「馬鹿げている」
彼女は、驚いたように顔を上げた。
「何を奪われましたか?仕事?それとも自尊心?」
私は、彼女の目を見て、はっきりと告げた。
「奪われるくらいなら、奪ってやりなさい」
彼女は、何がなんだかわからないといった表情で、私を見つめた。
「奪われたものを、取り戻すんじゃない。相手が奪ったものを、今度はあなたが奪い返してやるんです。上司の地位、そして、彼の心をね」
彼女の瞳に、わずかな光が宿った。それは、希望の光か、それとも復讐の炎か。私には、どうでもよかった。
私の仕事は、人の命を救うことだ。その方法が、道徳的である必要はない。




