穏やかでありたいもの
「あ゛あ゛あぁ……疲れたぁ」
自分のやることを終わってビルに戻ってきて、だらしのない声を出していた。女装は解除して、もちろん着替えも済ませてある。
「お疲れ様です。飲み物でもどうぞ」
「あぁどうも」
山水の荻原さんから水の入ったペットボトルを貰い、すぐさま開けて口に水を流し込む。
「はぁーー。やっぱりいつもの格好の方が百倍……いや五千兆倍は落ち着くって感じですよ」
「よっぽどの事だったんですね」
「全くですよ。前の時だって、ただでさえ恥ずかしかったって言うのに、なんでまたこんなことしなきゃならんのかと」
「はははは」
荻原さんも俺同様、やれやれと言いたげな表情を浮かべていた。それでもまだ全ての任務が完了している訳では無い。まだ会場内で任務を続けている人が残っている。
「では僕は一旦これで」
荻原さんがモニターの方に戻り、入れ替わりで今度は邦岡さんが俺の近くにやってきた。
「先に聞いておこうか。何か有力な情報はあったか」
邦岡さんに成果を聞かれ、今話せる限りを語った。
「直接そうと言えるものはなかったですね。会場内で話をしていても、そこから不審と思えるようなことはなかったですから」
「直接となると……やはり気になったことがあるのか」
さすが邦岡さんだ。勘が鋭いって言うか、数手先のことを見据えているというか。
「会場内で芝本利治その人を見ましたけど、どうも神経過敏と言ったところでしょうか。常に屈強な男二人が近くにいたので」
「そうなると護衛と言うところか。だが確かに、ただのパーティーにしては行き過ぎたところがあるな」
「ボディチェックは理解できますけど、あぁまでなると邦岡さんの言う通り、ただのパーティーとは思えない気がしたんですよ。まぁ俺と松永さんの推測に過ぎませんが」
ひとまず表向きはこんな所だろう。そしてもう一件。今度は邦岡さんにのみ聞こえる声量で話す。
「それと、邦岡さんにだけ口添えしておきますけど」
半径二メートル程の範囲、他に誰もいないことを確認してからこう続ける。
「見間違いでなければ、以前のあの女性が招待客として会場内にいたんです。覚えてますか? 以前押しかけてきたピンクの髪の女性です」
「本当か?」
「敵か味方かでさえ分からないのと、万一正体がバレようものなら作戦に深刻な影響を与えかねなかったので、話しかけるのは控えましたが」
「賢明な判断だ。下手な詮索は命取りとなる」
「そうですね。仮にそうだったとして、どうしてあんな所にいたのでしょうか。もしかしたら影で暗躍する秘密組織とかですかね?」
「さぁな。だとしたらなんで私らなんかに関わるのかと、聞きたいくらいだ」
「そうですね」
結局その人がいたのかどうか。そして目的語なんなのかは分からずじまいとなった。
その後作戦は問題なく進んだが、特に大きな問題もなく、たいした成果を得られることなく終わった。
「わざわざ呼び出したかと思えば。そんな格好をしてどうしたんだメルニア。とうとう夜遊びに没頭するほど堕落したわけじゃなかろうな」
「そんなわけないだろ姉御。これもまた調査の一貫さ」
「なんの調査だ」
少し苛立ちが見える中、カップの紅茶を飲むのはメリベールという名の女性。テーブルを挟んでメルニアと向き合うよう座り、話をしている。
「その調査を頼んだのが姉御じゃないですか。この辺りに反乱軍が紛れ込んでいる可能性が浮上したから調べてこい。っと頼んだのは」
「確かに先週付で指示を出したのは事実だが、それが今のその服装と何の関係があるっていうんだ」
彼女が今来ているのは蒼いドレス。調査をするような格好とは到底思えないものだ。
メリベールが呆れた顔をしているのをよそに、メルニアはポーチから便箋を取り出す。
「こいつはあるパーティーの招待状。ここいらでかなりの影響力のある企業、芝本グループ主催のものだ」
「それが何になるって言う」
「ひとまず最後まで言わせてくれ。私はここが怪しいと踏んで偵察に来たが、あながち間違ってはいないと思う。主催者様のスピーチを聞いてみたが、どうにもこうにもだ。私には虚偽だってなんとなくだがわかる。これまで地上で色んな人間を見てきたよ。目の色が違う。この前見た彼らとは、明らかにね」
「そうかい」
黒宮蓮のもしかしたら。は紛れもない真実へと昇華した。彼女は確かにあの場にいた。
「それに、管理局や執行班の奴らも嗅ぎつけていたみたいでな。会場内にも何人かはいたよ。私らと理由は違えど、睨みを利かせているのは同じみたいだ。しかも彼らに手を下そうとする輩までいたもんだったから、ちょいと懲らしめておいただけさ」
「ひとまずはわかった。それで何か得られたものはあったのか?」
メリベールがそう聞くと、メルニアは首を横に振る。
「今のところは何も。あの企業については部下を使って調べさせているが、どうにもハズレばかりでね。でも何かあると、私は考えているよ」
「それで人の店に来てまで何かと思えば……そういう機密会議は他所でやってくれませんかねぇ」
「いいじゃないか友人の好ってことで。外は蒸し暑いし、こうして屋根の下にいると落ち着くんだよ」
二人が話し合いをしていた場所。住宅街の中にある喫茶店、フォルテであった。勝手に寄り合いの場にされていることに、店主は右の拳を握り、怒りが混じったようにも伺える。
「私だって暇じゃないんだよ。明日の仕込みもまだ残っているわ、さっき届いた報告書を確認せなきゃならんわで」
「野暮だと思うが、本業の方はどうなんだ?」
「ホント、イカれたマシンガンの如く遠慮なしに聞いてくるね」
言葉のドッジボールどころか、サイン無視でえぐい変化球を放るレベルだ。店主の話に興味を持たぬ彼女に、怒りどころかアホらしく思えてくるのであった。それでも質問にはきちんと返していた。
「本業も務まらずに、副業に手を伸ばしたりはしないよ。と言ったって、私の本職はあんたらとは違っているからね。あくまでこちらの監視が中心なんだよ」
「まぁ平和ならいいか。それと急に押しかけて悪かった」
「もういいよ。慣れっこだからさ。それに呼ぶ手間が省けたよ」
そう言うと彼女はカウンターの奥に姿を消した。しばらくして、白い箱を持って再び二人の元に。
「カルラお嬢様への手土産だ。お早いうちにお届け願うよ」
「毎度済まないな。ではすぐに届けて来るとしよう」
「じゃあ私も一度向こうに戻りますかー。いい加減ハウエルのじいさんに顔だしとかねぇと行けねぇし」
「はいはい。それじゃあまたのお越しを」
「どうした黒宮。表情が固いが」
「上の阿呆が変な作戦を思いつかないか不安で仕方ないんですよ」
「気持ちは分かる。崎田や草薙も以前、同じことで嘆いていた」
「どうかしてるよ管理局」
変わったやつしかいないのが現状。




