妖しさ匂わすパーティー
ボディチェックを受けて、建物の中へと入っていく。ゆっくりと奥へと歩いているが、なかなか前に進んでいないのではと錯覚させるくらいに緊張してしまう。そら慣れないどころの問題では済まない格好をしているんだから当然だ。
「松永さん。お……私、上手くできる自信が無いのですが」
「心配ありません。貴方は毅然とした面持ちで臨んでいただければ問題ありません。応対は自分が引き受けます」
「すみません。色々とご迷惑を」
「お気になさらず、それよりも堂々としていてください。今のあなたはご令嬢なのですから」
「不本意ですが、できることは全うします」
ゆっくり歩き、会場となっている大ホールへ。主催者である芝本利治の権威を表しているかのような優美なものだ。このようなパーティーに参加した経験などないが、そんな素人が見てもひと目でわかる。とても豪勢なものであった。
「本日はお越しいただき、ありがとうございます。オリジナルブレンドのカクテルは如何ですか」
入口近くのタキシードの男性から、ドリンクを勧められる。あれがバーテンダーというものだろうか。こういう配慮は嬉しいが、私はまだ十七だ。お酒を飲む訳には行かない。
「すみません。わたくし未成年ですので」
「これは失礼しました。ではこちらをどうぞ」
バーテンダーの男性から後ろの棚から一本のボトルを取り出し、ピンク色のドリンクをグラスに注ぐ。ほんのりと爽やかな桃とオレンジの香りが漂う。
「ありがとうございます」
手渡された飲み物を軽く一口頂く。あまり口うるさいものでもないので、違いなんてのはわからない。それでもあの芳醇な香りはこのドリンクの美味しさも保証してくれた。「ありがとうございます。とても良いお味です」と一礼してバーテンダーの方に伝えた。
「お気に召したようで何よりです。あなたはいかがなさいますか」
「今はお嬢様のお目付けです。アルコールを摂るわけにはいきません。お嬢様と同じものを頂けますか」
「かしこまりました」
俺とは違う理由であるが、松永さんもお酒は控えた。まぁ今は仕事中だから、お酒を飲むわけにはいかない。
その後はグラスを片手に他の来客との会話を楽しむ。と言っても基本話をするのは松永さんの方で、私の方は「そうですね」とか、「ありがとうございます」と簡単な相槌を打つ程度。
そして時折、松永さんたちと同様に来客に扮している局員や班員との情報交換も忘れずにする。今のところ、特に不審な様子もないようだ。
しばらくして、奥の方から現れたスーツの男性。近くには二人の護衛と見られるサングラスをかけた男もいる。
「あの人が芝本グループ現代表取締役、芝本利治だ」
その男を見て、松永さんは言った。あの真ん中に立つ人物こそ、芝本グループの代表取締役だと。
「それにしても……妙? ですね」
「えぇ。お考えは貴方様と同じです」
しかし気になるところがひとつ。今参加しているのは交流を深めるための立食パーティーだ。だがそれにしたって、いくらなんでも過敏だ。会場に入る前のボディチェックはまだ分からなくもないが、常に芝本利治の近くに屈強な護衛が二人もいるというのは警戒しすぎな気もする。
「これだけ警戒して、やはり裏があるのでしょうか」
「それはわからない。だがただのパーティーというわけでもなさそうだな」
周りに聞こえぬ声量で松永さんと会話をする。そうしていると、主催者様からのスピーチが始まった。
「皆様。本日はお集まり頂きまことにありがとうございます。今後の我々の――――――」
スピーチで語られたのは、今後の建設計画の一部とこれからに向けた抱負だ。
スピーチが終わると、会場にいるものから賞賛の拍手が送られた。しかし自分と松永さん。その他数名は拍手を送りながらも、疑心暗鬼な顔をしているのであった。
そしてちらりと当たりを見回してみれば、どうにも自分の記憶に引っかかる、管理局ないし執行班でない女性の姿も見えたように思う。
「楽しんでいますか? お嬢様方」
拍手が鳴り止んだ頃。近くにいた二人の男性から声をかけられた。名刺を頂き、挨拶を交わす。地元に本社を置く建設会社の方々だ。
「先程のスピーチ。素晴らしかったですな。彼らの目指す地域社会のさらなる発展。私共のような中小企業にも陽の光が指してくるのではと、社員共々期待しているのですよ」
「期待ですか」
「えぇ。芝本グループの方々のさらなる発展ともなれば、我々傘下のものにも仕事が入ってくるというものですよ」
「なんでも崎田家との商談話は流れてしまったと聞きました。何やらあまりご関係がよろしくないとも聞いたことがありますし、崎田家のご当主様はどのようなお考えなのでしょう。芝本家と崎田家が手を取り合うとなれば、より一層経済が回ると思いますがね」
建設会社の方の疑念に対して、松永さんが自身の意見を述べる。
「お気持ちはよく分かります。ですがどうしても思想のズレというものは生じてしまうものです。互いの理念は異なれど、同じ目的に向けて正しい道を歩んでいけるのなら、それはまた互いにとって良い刺激にもなると考えています」
正しい道か。三人の会話を横で相槌打ちながら聞いていた私だが、松永さんの顔に苦笑いが浮かんでいるようにも見えた。
本当にそうであるとするなら、俺としてもありがたいものだし、崎田家のお父様方が頭を抱えることもないのであろう。そうでないという疑いの心がある俺だからこそ、光に埋もれている闇とやらを、見出す必要があると思っている。
「ところで、是非ともそちらのお嬢さんのご意見もお聞きしたいのですが、よろしいですか?」
「え。わ、私の……ですか」
話を振られるとは思っていなかったので、半分驚き、もう半分焦り。それでも何とかほつれた言葉を頭の中でまとめていく。
「そうですね。確かに不仲であるという噂は、私も耳にしたことがあります。ですがお互い、地域社会のためを思っていることは同じはずです。理解し合って手を取り合えることができるようにと言うのも、私の望み……と言ったところでしょうか」
半分は事実を知るからこその焦燥。そしてもう半分は自分の本望を込めた意見。そうであって欲しいと思ったからこそだ。
「成程」
話していると、松永さんのポケットからバイブレーションが。それに反応してすぐさま電話に出た。
「失礼。はい、私です。……はい。了解しました」
「すみません。この後お嬢様には次のご予定がございますので、私共はこれで失礼致します」
「失礼します」
グラスに僅かに残っていたドリンクを飲み切ってから、一礼してから会話を切り上げる。
いくつもの疑念を重ねながらも、撤退命令が入った為、ひとまずは会場を後にすることとなった。
「荻原。くどいようだが言うなよ」
「分かってますよ。あんな目をされたら後が怖いですよ」
「それもあるが、森嶋や古沼が興味を抱きそうで怖い」
「そっちですか」
下手に話を広げてはいけない。




