学生寮の騒ぎ
突然の思いつきで始まった手合わせも、大きな事故もなく無事に終わり、色々話をしつつも学生寮に戻った。
その後は歓迎会が始まるまで短い時間ではあるが、部屋でゆっくり休んで待っていて欲しいと言われたので、お言葉に甘えることにした。今日一日、息をつく間もないくらいに予定が詰め込まれていたので、ようやく一段落といったところだろうか。お昼の立食パーティーの時でさえ、挨拶回りで動いていた。
夜の七時になり、学生寮での歓迎会が始まった。執行班の生徒の他、寮に住む生徒との交流もさせてもらった。
「黒宮さん!楽しんでますか!」
「松本さん」
明桜の生徒と雑談をしていたところに、松本さんが機嫌よくやってきた。
「さっきの手合わせ、凄かったですよー! 俺、あの崎田さんと一戦交えることが出来たってだけでも感動ものですよ!」
「結局有効打はおろか、まともに攻撃すら当てられてなかったけどな」
「んなこたぁいいんだよ!こういうことは経験が大事なんだよ経験がよ!!」
「あ。そうすか」
そこに立花さんもやってきた。しかし松本さんの話を聞いてか、しらけた顔をしていた。
「去年の秋にあのニュースを見て以降、俺の心持ちがぐっと変わったんすよ!俺らと同じ年代の少女があぁも勇ましく誰かのために戦えるってすごいって思いました!」
「松本に限らず、あの報道が班員にとっていい刺激になったんです。兼城学院の方達が訪問に来ると決まった時から、僕達みな楽しみにしてましたから。今日の歓迎会でゆっくりと話が聞ければと思いまして」
「そう思ってもらえてるなら、俺としても嬉しいですけど……」
ちらっと左後ろの方。さっき紅葉がいた方を振り向いてみると、大勢の女子に囲まれて話をしているところで、全く時間が進んでないんじゃないかってくらいに、さっき見た時と同じ状況であった。
「あの状況ですと、話するのも一苦労だと思いますけど」
「なら黒宮さんに聞くことにしますよ!」
「は、はぁ」
勝手にそういうことを話していいもんかと思うが、あまり度をこさないようにすれば大丈夫か。
「それで決めたことがあるんすよ!」
にしてもこれは泰牙と似たものがあるな。というかもしかすれば彼以上かもしれん。
「俺、いつかは彼女の隣を歩いて行けるようなそんな男を目指してます! その為にも色々崎田さんについて知りたいと思いましてそれで……」
いや。そう思うまでもなく、さっきの発言聞けばそうだろうなって確信したよ。泰牙以上に紅葉のこと意識してんだなって。にしても紅葉がここまで有名人とは驚いた。
「そういうわけなんで黒宮さん!崎田さんのことについて、色々教えてくれませんか!」
「まぁ話せる限りでなら、いいですけど……」
「黒宮さん。なんかさっきから口ごもってる見たいですけど、なにかありましたか?」
「その、なんというかな……」
口外しないようにと念を押して、立花の耳元で言った。松本がこれを知ってしまうとどういう反応をするものか、分かったもんでもないし、出来れば知りたくない。
「そういうことですか。わかりました」
「理解が良くて助かります」
「口は固い方なんで」
「何を玲恩とコソコソと話してるんすか?」
「いや。大したことじゃない」
「そうそう」
深い詮索をされる前に、紅葉のことについて俺の知る限りを松本に話した。ボロが出ないように意識しながら。
歓迎会も終わり、そのあとの夜。
「学生寮のものとは思えない、立派な大浴場で」
「これもまた、生徒の要望あって整えられたものですから」
学生寮の中にある女子風呂。そこで女子たちは穏やかな休息を過ごしているところであった。
「部屋も綺麗でしたし、こんな学生寮で生活できるのなんて羨ましいです!」
「でも崎田家は向こうの方では由緒ある家元だと聞いています。実家の方はさぞかし立派なものなのでは無いですか」
「それもそうなんですが、こうして同じ学生同士で生活するっていうのはめったに出来ないような経験だと思うんですよ!」
湯船に浸かりながら、邦岡は崎田の話に耳を傾けつつも、隣にいる袴田を見張るように注意深く見ていた。
「(それにしても袴田のやつがやけに静かだな。今日は色々とあったからさすがに彼女も疲れているのか。大人しいなら何も言うことはないか)」
邦岡が安堵の溜息を零したその時出会った。隣にいる袴田の後ろから手が伸びてきた。
「ほうほう。最初に挨拶した時からこれはなかなかのものとは思っていたけど……」
「って何をやってる衆人環視の場で!」
「何って品定めを……!?」
背後から誰かが、袴田の胸を鷲掴みしていた。しかし邦岡が声のした方を振り向いたと同時、その影はしばらくすると湯気と共にあとかたもなく消えていった。
「ひゃうぅ!?」
そして今度は鷲掴みしていた女子の方が、驚きの声を上げていた。
「ザーンネンながらーあら不思議ー。そっちは湯気で作った幻でしたー。入った時から殺気っていうか、執念のオーラが漏れだしていたから対策しやすかったのよー」
袴田はしてやったり。と言った顔で仕掛けてきた方の胸を揉みしだきはじめる。
「この私、何たる不覚をぉぉ……」
「珍しく静かだと思ったら、ホッとした私が間違っていた……」
「やっぱり抜かりないな。袴田さんは」
「賢者もを惑わす彼女には死角はない。驕った愚者を手玉に取るなど容易いもの……」
「学園内でももっぱらと言われた柳さん相手に……」
「あの人の背中を取るなんて」
「やはり格が違うというの」
その光景に呆れるものもいれば、ドン引きする者。ただただ無言で見ているもの、見なかったことにする者。様々であった。
「あの、ホントに申し訳ありません」
「いえ。存外彼女も似たようなものなんで」
大浴場から出て、脱衣所で着替えている時、邦岡と反田の間にはなんとも言い難い気まずい空気が流れていた。
「それにしても袴田さん、よく柳さんの気配を感知出来ましたね」
「そういう能力者ですか?」
「柳さん、気配を消すのが得意なんです。本来の能力は聴覚の強化なんですけどね」
「まぁでも邪念が漏れていたから。お風呂入る時はおろか、初めて目を合わせた時からね」
「ってそんなに前からですか!?」
「視線があからさまに怪しかったのがまず第一にね。学園を案内してもらっていた時も、ずっと私と李梨華ちゃんの近くにいたから尚更よ」
その後も自慢げにこれまでの経緯を語っていた。タオル一枚巻いたままの状態で。
「まぁ私としては」
指先をかちりかちりと動かしながら、袴田は邦岡の方ににじり寄る。それに対し邦岡は、持っていたタオルで体を隠しながら構える。そして――――
「お前は少し、わきまえってものを知れ!」
とうとう抑えていたものが吹っ切れたのか。邦岡は持っていたタオルを袴田めがけてぶん投げた。
「あまい!」
しかしそのタオルを、袴田はあっさりと躱して魅せる。そして飛んでいったタオルはというと――――
「おぱんつ!!」
彼女のすぐ近くにいた誰かに、やや鈍い音と共に命中。よくわからない叫びとともに、裸体のままうつ伏せに倒れた。
「あ。すまない!」
邦岡はすぐさま倒れた女子、柳の方に向かおうとするが、彼女の左腕を掴んで止める者がいた。
「邦岡さん。柳さんならほっといてもらって大丈夫です。いい薬になったと思いますから」
「いやしかし……不承不承だがそうしよう」
反田さんの死んだ目と、危ない感じのする話しぶりの所以か、邦岡は反論することなく身を引いた。
「しかし投げられたのはタオルであった」
「あの柳さん相手に、こうも圧倒するとは」
「てかこのタオルめっちゃ硬いんだけど」
「ロシアの寒地で振り回したタオルと同じくらいだ……」
「二度もこの私に痛手を負わせるなんて兼城学院も侮れないわね……」
「もう諦めなさいよ」
「何を言うこの私の辞書に……ぐぴゃうぁ!?」
「言わんこっちゃない」
トドメはまたしてもタオル。




