第四話 「ティレアと重力百倍トレーニング」
夕暮れ時の王都の西通りを、俺はそそくさと歩いていた。
いつもなら賑わっている時間帯のはずが、人通りは絶え、店々はもう戸締りを始めている。三軒先の商家でも、昨日また強盗が出たという話が聞こえてきた。
スリ、置き引きはもはや日常茶飯事。まるで前世のスラム街並みの治安の悪さだ。
原因は明らかだ。
先の魔族襲撃で、王都を守る警備隊が壊滅状態。国側も対策に必死だが、人手も時間も足りない。
結局、市民は自分の身は自分で守らねばならぬわけで――。
はぁ、これはうちの店も他人事じゃないなぁ。
例えば、向かいで呉服屋を営むミレーさん。
先日、店先で見かけたら、入口に強面の冒険者が二人、腕を組んで立っていた。急遽、冒険者ギルドに依頼してお店の護衛を雇ったそうだ。
うち「ベルム王都支店」だって、強盗に狙われる可能性は十分にある。
なんたって店の調度品は、見る人が見れば一級品とわかる代物ばかり。何より、地下にはうなるほどの財宝が転がっているのだ。
はぁ~よく考えればオル家ってどこまで無用心なんだ。馬鹿なのだろうか!
あんな財宝を置いておきながら、金庫番も錠前もないんだよ。あれじゃあ「盗ってください」と言っているようなものだ。
わからん、大金持ちの考えは一向にわからない。
いつもの路地を曲がり、自分の店の前に立つ。
とりあえず俺は店の門に「ギルドの超新星、ミュッヘン御用達のお店」と、墨書きしたばかりの真新しい木札を掲げている。
まぁ、前世の警察官立寄所のステッカーみたいなものだね。
一応この看板は功を奏しているみたいで、いまだ強盗には押し入られていない。俺の店に凄腕剣士ミューが立ち寄っていると思われて、防犯になっているらしい。
扉を開けて中に入り、奥のテーブルに腰を下ろして一考する。
だが、これだけで安心はできない。ミューは立ち寄ってくれるが、毎日ではない。ギルドの仕事もあるからだ。
ミューが不在の間、うちの店は無防備もいいところ。へっぽこ警備の数は揃っているが、邪神軍は俺を除いて全員もやしっ子だ。
強盗にでも入られたら、全員あえなくお陀仏となるだろう。
一応、秘密兵器としてエディムがいるけど、エディムは学園がある。何より表立って警護はできない。もし吸血鬼だと役人にばれたら指名手配されてしまうからね。
ふむ、これはいかん。
ギルドに警護を依頼できたらいいんだが、さすがにこれ以上オルから資金を借りるのはまずい。それまでは邪神軍幹部に頼るしかないか……。
う~ん、でも下手したらというか、ほぼ間違いなくあいつらより俺のほうが強い。
あいつら警護の役に立つのか?
ならないだろうな。
強盗が来た時に助けを呼ぶまでの時間稼ぎ、足止め程度はできるようになってほしいが……。
ふぅ~しょうがない。俺が奴らを鍛え直して、少しはマシにしてやるか。
翌日――。
地下帝国の、とある一室。
昨日のうちにあちこちを探索し、トレーニングに最適な場所を見つけておいた。
数十人が動き回ってもぶつからない広々とした空間で、高そうな調度品も置いていない。
磨かれた床はひんやりと冷たく、天井の魔法照明が室内を昼間のように明るく照らしている。
これなら気兼ねなく暴れられる。俺はこの部屋にティム達を呼び出した。
扉が次々と開き、ティム、オル、変態、ドリュアス君、ムラム――幹部達が室内に列をなして整列する。
「「ティレア様、お召しにより参上仕りました!」」
声が一斉に揃い、床に反響した。
「みんな、揃ってるわね?」
「いえ、ミュッヘンがギルド潜伏中で不在ですが、こちらに呼びましょうか?」
「いや、必要ないからいいよ」
ミューはあなた達と違って職に就いているんだ。お仕事の邪魔をしちゃいけない。
それに、今回の趣旨にミューは当てはまらないから。
「今日皆を集めたのはね。最近、物騒でしょ。だから私があなた達に護身術を教えてあげる」
「な、なんと、ティレア様御自らご指導してくださるのですか!」
「お姉様、我はこの時を今か今かと待ち望んでおりました。お姉様のお手ずから、我にご指導を賜れる……これに勝る僥倖はございません!」
ティム、変態をはじめ、皆が皆、目を輝かせて身を乗り出す。
お前ら本当にこういうノリが好きだな。
「言っておくけど、遊びじゃないからね。ふざけないで真剣にやるように」
「「勿論でございます。命を掛けて取り組みまする!」」
「うん、気合はオーケーかな」
「それでどのような技をご指導していただけるのですか?」
「お姉様、我は魔法を希望します。破壊と混沌の究極魔法を教えていただきたいです」
ティムが間髪入れずに即答する。
「私はぜひ拳闘術をお願いします」
「よろしければ邪神七百七十七技のご披露いただけないでしょうか」
変態、ドリュアス君も続く。
君たち、中二病のノリでどんどん興奮しているね。
「あ~その前にちょっとあなた達の身体能力を見たいから、体力テストをやるよ」
「体力テストですか?」
「うん、腕立て伏せとかやってもらうから」
「あ、あのティレア様、腕立て伏せとはあの腕立て伏せですよね?」
「オル、あなた何を言っているの? 他に腕立て伏せがあるわけ?」
「いえ、そういうわけではないですが……もちろん、普通にするわけではないですよね?」
「当然だ、オルティッシオ! 我らが普通に行えば何億回やったとしても終わりがないわ」
「も、申し訳ございません。ティレア様の試験です。特別な魔法を使ったやり方があるのでしょう」
「当たり前だ。ティレア様なら我々には及びもつかない方法をお考えになっておられるにちがいない」
皆、ただの腕立て伏せに「あーでもない、こーでもない」と顔を寄せ合って騒ぎ出す。
なるほど。こいつら普通に腕立て伏せをやりたくないわけだ。まぁ、こいつらは中二病。「トレーニングなんてやなこった」ってところだろう。
ここは中二病に合わせてやるか。そうすれば盛り上がるし、奴らのやる気にもつながる。
「ふふ、よくわかったね。そう、ただの腕立て伏せでは芸がないというものよ」
「おぉ、やはり!」
皆の期待に満ちた目――どうするか……。
よし、あれだ!
中二病といえば重力負荷でのトレーニング。
そう、重力を自在に操る魔法、重圧呪文だ。
これを使って負荷がかかった状態にすれば、こいつらのことだ。やる気になってトレーニングするだろう。
ただ俺の初期魔法で実現可能なのだろうか?
難易度が高い気がする。なんたって重力を操る魔法だからね。上級、少なくとも中級魔法に匹敵するのでは?
う~ん、考えてもしかたがないか。ぶっつけ本番だ!
俺は重圧呪文をイメージする。
そして……。
「えぇい、重圧呪文!」
俺の手のひらから淡い光が放たれ、部屋全体に広がっていく。
心持ちズシンと体重に負荷がかかったのがわかった。
同時に、ティム達がぐっと足を踏ん張る。床を踏みしめる音が一斉に響く。膝を一瞬カクつかせた者もいた。
おぉ、成功だよ。やった!
さすがに重力十倍みたいなすごい結果ではなかった。
ただ、この感じ……自重プラス一キロぐらいの負荷はかかっているかな?
はは、やっぱり魔法って面白いね。
俺の魔力が少ないから、これくらいしか変化しなかった。それでも魔法が成功したのを実感できて楽しい。
さてさて、皆もこの変化を楽しんでいるかな?
ティム達を観察する。
皆、何かを堪えるような表情をしていた。まるで何倍もの重力にさらされているような、そんな感じだ。
さすが中二病、早速やる気を出したか。
「皆、どう? 部屋全体の重力を変えてみたけど……」
「お、驚きました。重力を変化させる魔法ですか。我も理論は知っていましたが、さすがはお姉様。既に実践されておられたとは」
「ティレア様、御見事にございまする。この重圧、肌に這う感触、骨に響く負荷……間違いなく、百倍の重力下にございましょう」
早速、変態がこのシチュエーションに食いついた。
そうね、重力百倍が心くすぐられるよね。自重プラス一キロ程度の負荷だが、ここは変態に乗ってやろう。
「さすがニール、正解よ。それじゃあ、この重力百倍の中で腕立て伏せやるから。どう? 燃えてくるでしょ」
「さすがはティレア様! こんなトレーニング方法があるとはお見逸れしました」
「燃えているね。いい傾向よ。それじゃあ、準備して」
「「はっ」」
ティム達が俺の前に横一列に並び、腕立て伏せのかまえに入る。
「それじゃあ、はじめ!」
「い~ち、にーぃ……」
俺の合図でいっせいに腕立て伏せが始まった。
それではあなた達の体力チェックといきましょう。
周囲を見渡す。
一番優秀なのは……。
ティムね、さすが俺の妹!
多少腕が震えているが、なんとか様になっている。俺が目標回数として挙げている十五回に到達しそうだ。
次点は……。
ドリュアス君かな。少し遅れて変態ってところか。
この二人は目標回数の半分もいけばいいとこだろう。
何せ腕立て数回の時点で既に身体を支える手が小刻みに震えているし、額から大量の汗が雫になって床に落ちている。歯を食いしばる音が、ここまで聞こえてきそうだ。
予想していたとはいえドリュアス君、「色男、金と力はなかりけり」を地でいっているよ。
せめて、エルフなんだからもう少し腕力をつけようね。
問題なのは……。
オルとムラムだ。
こいつらさっきから一回もできていないよ。ただ、ムラムはでぶちんだからある程度は仕方がない。体重を支えるのは大変だからね。
でも、オル、あなたは……。
「オル、せめて一回ぐらいは頑張ってみよう」
「はぁ、はぁ……ティレア様、承知……しまし……た」
だめだ。オルの奴、息も絶え絶えで限界寸前だ。もう腕の筋肉が悲鳴をあげているんだろうね。
俺がやれやれと呆れていると、
「……じゅうご、はぁ、はぁ、じゅうろ……も、もうだめ」
ティムが腕立て伏せを十五回終え、ばたりと床に倒れた。
続いてドリュアス君が七回、変態が五回終えた後、相次いで床にダウンする。
「ティム、頑張ったね」
「はぁ、はぁ、ぜぇ、ぜぇ、お、お姉様、ありが――」
「あぁ、無理にしゃべんなくてもいいから。ゆっくり息を整えてなさい」
ティムにそう言ってタオルを渡す。
ドリュアス君も変態もまだぜぇぜぇ言っている。奴らにもタオルを渡すか。
二人にタオルを渡していると、
「ぐあぁああ!」
急につんざくような叫び声が聞こえた。
オルの声だ。
振り返ると、オルが床に倒れ込み、右腕をかばうように身を縮めていた。青ざめた顔から脂汗が滲んでいる。
「オル、どうしたの?」
「う、腕が折れたぁああ!」
そう気をつけてね――じゃない!
腕立て如きで骨折ってんじゃねぇええよ! いくらなんでも貧弱すぎだろぉお!
見るとオルの腕が、ぽっきりと折れている。
典型的なトレーニング不足だ。きっと偏った食事にろくな運動もしてこなかったんだろう。
まぁ、オルのトレーニング計画は後で考える。とりあえず治療が先だ。
俺はティムに頼み、オルに治癒魔法をかけてもらう。
ティムが折れた腕にそっと手をかざすと、淡い緑色の光が掌から溢れ、オルの腕がみるみる回復していく。
やっぱり魔法って便利だね。
ふぅ、それにしてもまだ腕立て伏せしか見ていないが、及第点はティムだけ。
こいつらなんて貧弱なの?
ティムみたいな魔法使いタイプに体力勝負で負けるって……。
「あなた達、そのまま休みながらでいいから聞いて」
「「はっ」」
「本当はね、この体力テストをちょっとやったら『柔道』という前世の技を教えてあげるはずだったんだよ」
ドリュアス君が顔を上げる。
「『じゅうどう』ですか! 興味深いです。ぜひ教えていただきたいです」
「早まらないで。技を教える前に基礎的な身体作りが先。あなた達、貧弱すぎる。及第点は今のところティムだけよ」
「ティレア様、それでは技を教えていただくためにはカミーラ様の記録である腕立て伏せ十五回をこなす必要があるのですか?」
「えぇ、そのくらいできないと話にならないよ」
「こ、この重力下で十五回ですか! む、無理です。私はこうして立っているだけでやっとです」
オルが青ざめた顔でつぶやく。
そうだよね。一回もできないならそう思うよね。でも、あなたの場合は食生活も関係しているから。
「オル、今のあなたならそうでしょうね。まぁ、任せなさい。オル用のトレーニングをちゃんと考えてあげるから」
「ティレア様、わ、私のような者のために、そこまでご指導していただけるとは……」
オルが涙ぐんで感動している。
うん、まずは牛乳飲もうね。
「あと、ムラムは減量、その体重だとこの後のトレーニングできないよ」
「承知しました」
「それと、皆の腕立て伏せを見ていて思ったんだけど――回数稼ぎになってない? 量より質。型を疎かにする者に、本物の力は宿らないわ」
「型ですか?」
「そう、型よ。見本を見せてあげる」
俺は型通りきれいな腕立て伏せを実践する。
「さすがはお姉様! この重力下で余裕の動きです」
「ふふ、当然よ。たかが百倍の重力なんて、私には何も感じないわ」
何を隠そう前世、通信空手もやったことがある。この手の知識はくさるほど漫画や小説に出てきた。
前世は身体能力が貧弱で無理だったが、今の俺なら何回でもいけそうだ。
俺は調子に乗って片手腕立て伏せをする。さらに片手の指三本で身体を支え、リズムよく上下させてみせる。
部屋がしんと静まり返った。
ティム達が、瞬きも忘れてこちらを凝視している。
うむうむ、案外やれるもんだ。
小さい頃から鍋をふるって鍛えていたからな。腕力はそうとうついていたんだね。
これは俺の実力、空手三段ぐらいあるかも?
少なくとも空手の都大会で優勝するぐらいの実力はありそうだ。




