第三話 「ティレアと邪神軍軍議」
アルクダス王国の西通りに、ひっそりと佇む一軒の料理屋がある。
看板には「ベルム王都支店」の文字。
控えめな間口の奥に、地下へと続く階段がひそんでいる。
その階段を降りた者だけが知っている。
ここに、王都をすっぽり包み込むほどの空間が広がっていることを。無数の部屋、煌びやかな調度品の数々――王都の宮殿とは比べ物にならない地下帝国が、そこにあるのだ。
地下帝国の最奥、円卓を備えた一室に、邪神軍幹部が集結していた。
総督、総司令、第一から第四までの師団長、およびその部隊長。一人一人の魔力はかるく万を超え、この世界の常識をはるかに超えた強さを誇る。錚々たる顔ぶれだ。
天井から吊られた魔法照明が、居並ぶ顔ぶれを冷たく照らし出す。室内の空気は重く、息をするだけで肌が粟立つほどの濃密な魔力が満ちていた。
その中でも、ひときわ異彩を放つ威圧を纏った者がいる。
邪神軍総督カミーラ。
上座に鎮座し、幹部らを睥睨する。右手には総司令ニールゼン、左手には参謀ドリュアスが控えていた。
第二回、邪神軍作戦会議――。
古より、軍議はカミーラの一声で始まるのが通例である。
「皆の者、軍議を始める。まずは席につけ」
声と同時に、椅子を引く音が一斉に重なり、幹部達が無言で着席した。
「ドリュアス、はじめよ」
「はっ。第一の議題は情報収集についてです。魔法学園はカミーラ様、冒険者ギルドはミュッヘン、その他広域はベルナンデスが担当しております。おのおの方に簡単に現状の報告をしてもらいます。それではカミーラ様、お願いできますか?」
「わ、我か。お姉様のご希望で火槌の月から学園に潜伏しておる。だが、これといった有益な情報はない。ただただ有象無象がいるだけだ。お姉様には悪いが、ここは撤退すべきだと考える」
「そうですな。カミーラ様御自ら情報収集する必要性はないと私も思います」
「わ、私も同じ考えです。学園についてはカミーラ様が出向くまでもございません。代わりに私が情報収集しますので」
カミーラの報告に、ニールゼンとエディムが同意する。円卓のあちこちで、無言のうなずきが広がった。
だが、ドリュアスは眉をしかめる。
「ですが、この任務はティレア様たってのものです。カミーラ様には申し訳ありませんが、引き続きお願いします」
「た、確かにそうだが、わ、我はもう……」
「カミーラ様! どうか我慢をお願いします。ティレア様のご意志を曲げるわけにはいきません。邪神軍参謀として強く進言します」
「うぅうぅ。我はいつまで原人どもの遠吠えを聞かねばならぬのか……」
「親であるカミーラ様にご不便をかけて心苦しいですが、私情をはさめません。我らはあくまでティレア様のご意志を第一として行動すべきなのです!」
「むむ! ドリュアスの申すとおりだ。我が誤りであった。引き続き任務に勤しむことにしよう」
カミーラの答えに、ドリュアスは小さく頷いた。
「次にミュッヘン、冒険者ギルドの現状を報告しろ」
円卓の端から、男が軽く片手を挙げて応える。冒険者然とした革鎧を纏ったままの姿だ。
「はっ。大手のギルドに登録してやすが、ろくな人材がいやせん。Aランク、Bランクといった上位冒険者が束になってかかってきたところで軍団員一人で対処できやす。うちの下っ端軍団員のはるか下レベルですぜ。ましてCランク以下など論外もいいとこ。あのような役立たずどもは、せいぜいガルガンのえさにしてやるのが関の山ですな」
「そうか。そのような脆弱な輩の巣では、情報収集する価値も無い。ミュッヘンの潜伏も切り上げても良いかもしれんな」
「ただ、あっしの今の冒険者ランクはDランクで情報の制限がかかっているのは事実です。もしかしたらギルドの秘密兵器のような人材がいるやもしれません」
「なるほど。ではミュッヘン、引き続きギルドでの任務を遂行するのだ」
「はっ。早急にSランクまで到達したいと思いやす」
ドリュアスが視線を次に移す。
「ではベルナンデス、全体の状況を報告しろ」
地味な外套を纏った男――ベルナンデスが、軽く頭を下げて応えた。
「はっ。まずは周辺国について報告します。ここアルクダス王国周辺には数十の国がありますが、気にかけるほどのものではありません。どれも小国といったところで、うちの一師団ほど送り込めば十分に壊滅しておつりがでます。しいて注意するとすれば、ここより北西に位置し、商業が盛んな国マナフィント連邦国ですね」
「ふむ、どの程度の軍事力なのだ?」
「だいたいここアルクダス王国と同程度の軍事力といったところでしょうか。ただ、マナフィント連邦国で注意すべきは国ではなく森の魔女です」
「森の魔女だと?」
「はい、なんでもその国には決して入ってはいけない禁断の森があって、そこに魔女が住んでいるそうです。国側もたびたび討伐軍を出してはいますが、誰も帰ってきた者がいないとか。今では国側も森の管理を諦めて放置している状況です」
カミーラが、わずかに身を乗り出す。
「ほぉ~森の魔女か。少しは制圧しがいがあるようだ。我が討伐にいきたい」
「カミーラ様は学園潜伏の任務がありますので、ご遠慮願います」
「うっ。だ、だが、森の魔女、聞くになかなかの強敵のようだ。我以外に相手ができるか? 我なら学園潜伏しながら片手間で対処できるぞ」
「カミーラ様、マナフィント連邦国については後ほど侵攻計画を立案しますので、どうか先走った行動を取らぬようにお願いします」
ドリュアスの視線が、わずかに鋭くなる。
「わ、わかった。ドリュアスそう睨むな。我慢すれば良いのだろう」
カミーラが、上座で肩をすぼめた。
「ご理解いただき恐縮です。では、次の議題に移ります。わが邪神軍の拠点であるアルクダス王国、ここを完全に支配する必要があります。ティレア様のご意志で邪神軍はあまり表立って動けません。よってエディムに命じてこの国の主要人物を眷属化させ、裏から支配することにしました。エディム、各主要機関の眷属化の状況を報告しろ」
円卓の中ほどから、紅い瞳の少女――エディムが、書類を握り直して立ち上がった。
「は、はい。現在、軍事機関の長を優先的に六十七%まで眷属化させております。国軍千人隊長以上の人物は、ほぼ私の指示に従います」
「七割弱か……エディム、少しゆったりしすぎではないか?」
ドリュアスの鋭い視線が、エディムを刺す。
「も、申し訳ございません。治安部隊については隊長であるレミリアを管理下におけず、他機関と比べて眷属化が進んでいないのです。あ、あのレミリアを眷属化させていいのであれば、もう少し成果が上がるのですが……」
「それはだめだ。レミリアはティレア様が何かしらの思惑があって泳がせているご様子。ティレア様の作戦を邪魔するわけにはいかぬ」
「承知しました。ただレミリアの監視が厳しいこの状況では、これ以上の成果が如何ともしがたく……」
「ふむ……エディム、国王の眷属化はどうなっている?」
「はい、それは問題ありません。すでに眷属化しております。王の意思は、私の意のまま。王家近衛隊長を先に眷属化していたので、王自身を取り込むのは容易でございました」
「ならば国王から圧力をかけさせ、治安部隊とレミリアを一旦引き離すのだ。その間に治安部隊の幹部達を眷属化すればいい」
「はっ。すぐに取りかかります」
エディムへの指示を終え、ドリュアスはオルティッシオに向き直る。
「次の議題に移ります。邪神軍の軍拡です。現在、第二師団が王都周辺の集落を攻め落とし、兵と金を補充しています。オルティッシオ、成果を報告しろ」
「はっ。我が隊はここひと月で獣人の集落を三十あまり陥落させました」
「抵抗はどのくらいだったか? 有望そうな人材は?」
「はっ。そこそこ優秀な者は捕虜としております。また、どの集落も抵抗はかなりありました。というのも獣人には血気盛んな若者が多く、反抗心をむき出しにして襲いかかってくるのです。そのため、こちらの武を見せつける必要がありました。ただ、我らの武を見せつけると、借りてきた猫のようにおとなしくなりましたよ」
オルティッシオが胸を反らし、得意げに自らの武を語る。
その様子を見て、カミーラが冷ややかに鼻を鳴らす。
「ふん、たかが獣人ごときを陥落させたからと何をいい気になっておるのだ」
「そ、そんないい気になどなっておりません」
ドリュアスが、間を置かず問う。
「それにオルティッシオ、邪神軍の宝物庫の入れ替えはどうなっている?」
「まだ実施できておりません。で、ですが私は遠征に行っていたので、そんな時間が……」
「言い訳はいい。オルティッシオ、貴様には忠誠心があるのか!」
「も、申し訳ありません」
「あと、お前はいつまでこんなあばら屋にお姉様を住まわせておく気だ?」
カミーラが言葉を被せる。
「一応、拠点の調度品はグレードを徐々に上げていっておりますが……」
「それが遅いというのだ。お姉様がお住まいになる拠点だぞ。いつまで三流品のガラクタを置いておくのだ!」
「ひっ。も、申し訳ございません」
「謝罪は聞き飽きたぞ、オルティッシオ!」
「成果を上げろ、オルティッシオ!」
幹部達の声が、四方から矢継ぎ早に飛ぶ。
左右の師団長から、背後の部隊長から、向かい合うニールゼンから――視線と声が一斉にオルティッシオに向けられた。
「ひ、ひっく、誠に申し訳ございません」
オルティッシオが項垂れる――
その時。
作戦会議室の扉が勢いよく開け放たれ、エプロン姿のティレアが、玉杓子を片手にひょいと顔を覗かせた。
「わぁ! 今日もたくさんいるね。晩ご飯できたから早くあがっていらっしゃい」
張り詰めていた会議室の空気が、一瞬で霧散する。
椅子が一斉にずらされ、幹部達が席を立つ。睨み合っていた視線がほどけ、纏っていた威圧がふっと消える。
カミーラが上座から軽い足取りで降りた。
「これはお姉様。皆、作戦会議は終わりだ。勿体無くも、お姉様が我らの食事を作ってくださった」
「ティレア様、もったいなきお言葉でございます。すぐにまいりまする」
「ティレア様、ありがたく頂戴いたしまする」
「うんうん、冷めないうちに食べてねって――」
ティレアの視線が、円卓の向こうで止まる。
「オル!? またあなた泣いてんの?」
「ひ、ひっく。こ、これはティレア様、お見苦しいところを」
「あ~もうみんなオルを虐めるのはやめなさいって言っているでしょうが! 同じ仲間でしょ!」
幹部達が一斉に首をすくめ、視線を逸らす。
ティレアは円卓を回り込み、オルティッシオの傍らへ歩み寄った。
「あぁ、テ、ティレア様。わ、私如きになんて暖かいお言葉を……」
オルが涙でぐしゃぐしゃの顔を上げる。
「はぁ~もうよしよし、元気を出しなさい」
◇
オルの頭を撫でていると、ふと円卓の奥に目が留まった。
大きなホワイトボード。
びっしりと書き込まれた議題が、いやでも視界に飛び込んでくる。
『国王眷属化 進捗六七パーセント』
『マナフィント連邦国 森の魔女 討伐計画案』
『獣人集落 三十陥落 戦果報告』
……はぁ。あんたら、どんだけ中二病こじらせてるのよ。
「お姉様、我らの計画、お姉様のお目に適いますでしょうか?」
ティムの瞳が期待に輝いている。気がつくと、幹部達全員がこちらを見ていた。
……あ~、面倒くさい。
けど、何か言わないと飯にありつけない雰囲気だ。
俺は咳払いを一つ。
腕を組んで、できる限り偉そうな声で言おう。
「ふっ……諸君の働き、大儀であった。引き続き、我が覇道のために身を捧げよ」
「「「ははっ!」」」
幹部達が、一斉に頭を垂れる。
「……まぁ、そういうことで。ご飯冷めるから、みんな食堂に来てね」
俺のお達しを受けて、幹部達が「はっ!」と返事をして、意気揚々と食堂に向かう。
どうやらオチは成功、皆に受けたようだ。だてに前世で俺も中二病をやっていなかったしね。
とはいえ……。
こいつらの中二病ごっこに付き合うのも一苦労だよ。




