第二話 「邪神軍参謀登場。わが子房を得たり」
とある昼下がり――地下帝国の応接室に、一人の美青年が通された。
空気が、ふわりと変わる。
肩まで流した青髪、長く尖った耳、肌は雪のように白い。背筋を伸ばして立つだけで、絵画から抜け出してきたような佇まいだ。
「お初にお目にかかります。邪神軍参謀ドリュアス・ボ・マルフェランド――この身、ティレア様に拝謁を賜る栄誉、生涯の誉れにございまする」
そう言って、彼が片膝をつき深々と頭を垂れる。
俺はソファに腰掛けたまま、その姿を見下ろす形だ。背後では、案内役のベルナンデスとオルが扉際で控えている。
「あぁ、あなたが前にティムが言っていた軍師ね。どんな人か色々予想してたけど本当にエルフとはね」
「ティレア様、私は見た目はエルフですが、れっきとした魔族ですので」
「あぁ、そういうこと」
これは驚いた。まさかエルフ族の中にも中二病患者がいるとはね。
あぁ、だからハブられて集落を追い出されたのか、それとも自ら逃げ出したのか。
エルフって排他的で、人間とは仲良くしなさそうなイメージがある。それなのに、こんな人間のお遊びに参加してくれるなんて……よっぽど居場所がなかったんだろう。
これは優しく接してやらねば。
「まぁ、事情は人それぞれ。これからよろしくね」
「はっ。ティレア様のために生き、ティレア様のために死にます」
「ん? あなたはティムの親衛隊よね?」
「私はカミーラ様により生まれし者ですが、その存在意義はあくまでティレア様、あなた様に忠誠を尽くすためでございます」
ほっほぉう。今度はそういう設定できましたか。
俺のためにねぇ~まぁ、悪い気はしないけど……。
俺はソファから立ち上がり、跪いたままのドリュアス君のもとへ歩み寄る。屈み込み、そのイケメン面を真上からじっと見つめてやった。
するとどうだ。イケメンは顔を上げ、こちらをまっすぐ見返しながら、さわやかに微笑むではないか!
けっ。なんだ、そのさわやかな顔は! イケメンはこれだからな。まさか俺を攻略できるとでも思ったのか?
いっとくが俺は男からなんて問題外だ。
まったくリア充爆発――いやいや、いかんいかん。前世の思考に引きずられてどうする!
ドリュアス君は、エルフの集落から追い出されたかわいそうな子。それにティム達とも親しくしてくれる仲間だ。仲良くしないとね。
「え~まぁ本当よろしく。ところでドリュアス君は知将だってティムから聞いていたんだけど、本当?」
「御意。邪神軍参謀として、森羅万象――知らぬ事象はございませぬ」
ドリュアス君がさわやかにのたまう。
本当かよ? 所詮は中二病患者だぞ。
今までの傾向からすると、お馬鹿な可能性大だが……。
まぁ、エルフが物知りというのは鉄板だ。少し試してみるか。
「自信満々じゃない。それじゃあ、クイズ出すから答えてみて」
「はっ。ご随意に」
俺はソファに座り直し、ドリュアス君にも向かいの椅子を勧めた。テーブルを挟んで、いざ尋常に勝負である。
「まずは第一問、デデンデン♪ 赤くて美味しい果物ボミグラニッデ。これが最も美味しく熟れるのはいつの時期?」
ふっ、これは料理人でないとわからない問題だ。素人にはまず答えられない。
百識のドリュアスを名乗るなら答えてみなさい。
「プリメバレラの一の月です。あるいはサウス方面に降れば、インヴェルノの三の月でもいいかもしれません」
「正解」
おいおい、完璧な答えだ。下手な料理人だったら知らないこともあるんだぞ。これはひょっとして、掘り出し物を引いたかも……。
「じゃあ第二問、デデンデン♪ 真夏に咲くバクレット。これは食用にもなるんだけど、それはどこの部分?」
「第二葉の部分です。しかし、空気を遮断した上でジョヨウ液と一緒に摂氏九十度以上で熱すれば、葉の大部分の毒が抜けるので全ての葉が食用となるでしょう。まぁ、我ら魔族に毒は関係ありませんが……」
「せ、正解。というかそんな方法で解毒できるんだ。知らなかった」
「はい、他にもオニクスの葉と一緒に煎じる方法がありますが、これは味がざらつく恐れがありますので、お勧めはできません」
で、できる。しかも、こっちが知らない解毒法までついてくる。一流の料理人でも、ここまでスラスラとは答えられない。
ドリュアス君の模範解答に思わず身を乗り出していた。
むむ、負けてられない。こうなったらさらに難しい問題を出してやる。
「それじゃあ第三問……」
それから俺は、考えつく限りの料理クイズを繰り出していく。それをドリュアス君はピタリピタリと当ててくるのだ。しかも、たまに料理人の盲点を突いた回答をしてくるからもう脱帽だね。
こうなると料理以外も試したいが、俺は専門外。
う~ん、誰か別ジャンルで質問してくれないかな。
ふと、ドリュアス君の視線が俺の背後へ流れ、座ったまますっと背筋を伸ばした。
「ふふ、お姉様、ドリュアスはどうですか? 我が最高傑作です。お姉様のお眼鏡に適えば良いのですが」
おぉ、ちょうどいいところにティムが来てくれた。ティムに魔法について質問させてみよう。
「ティム、ドリュアス君さすがだよ。まさに知将と言ってもいい」
「お姉様に喜んでいただき、我は嬉しゅうございます」
「さっきからドリュアス君すごいんだよ。料理の質問してたんだけど、すべて満点。これ絶対どこかの料理人だよ、隠してるだけで」
「お姉様、ドリュアスは料理だけでなく、森羅万象を網羅している完全無欠の軍師ですよ」
「そ、そっか。それじゃあティムもドリュアス君に何か質問してみて。魔法について難しい問題頼むわね」
「ドリュアスは眷属生成の際にわが知識の全てをたたきこんでおります。我の問いに完璧に答えるでしょう」
「ふぅん、ティムがそこまで言うなら実際に聞いてみてよ」
「承知しました、お姉様」
ティムが俺の隣に腰を下ろし、テーブル越しのドリュアス君に向き直る。
「ドリュアス、闇魔法第一の鍵を用いてアヴェロスの構築の方法を述べよ。ただし、ディプレッション、アンシュイチョンの使用は除く」
「はっ。まずはファヴターの闇を発動。しかる後にシュテルバビネの波動を捧げます。その際にジャオファイの熱を――」
テーブルを挟む二人の間で、空気がぴんと張り詰めていた。
ティムの赤い瞳には見たこともない真剣さが宿り、ドリュアス君の顔からは先ほどまでの爽やかさが消えている。
おぉ、すごい……。
ティムはやっぱり魔法の才能があるんだ。まるで魔法学の教授みたいな弁舌を披露している。ドリュアス君もそのティムの問いにすらすらと答えていく。
さすがはエルフ。森の番人なだけあって博学だ。うん、これはドリュアス君、料理人と言うより物知り博士だ。雑学王子と言っても良い。
「二人共、議論が白熱してきたようだけど、ストップ!」
「「はっ」」
「ティム、ドリュアス君の回答、合っているんだよね?」
「はい、百点……否、満点では足りませぬ。わが問いの半歩先を行く答え。お姉様、これぞ我が最高傑作の証にございます」
「そっか。ドリュアス君やるわね。認めるわ、これから我が子房としてよろしく」
「ティレア様、その『シボウ』とは?」
「あぁ、前世ではすごい軍師を子房っていうのよ」
「そうでしたか。ティレア様にそのようなお言葉を賜る栄誉、このドリュアスの身に余る幸せ。粉骨砕身、ティレア様の覇業を支え奉ります」
「そ、そう、頑張ってね」
あぁ、その言動。俺の睨んだ通り、ドリュアス君は中二病だ。
せっかくそんなに頭が良いのに……。
それから、ドリュアス君を連れて他の邪神軍幹部と顔合わせをしたり、秘密基地の案内をして回ったりした。
気がつくと、天井の魔法照明が橙色を帯び、外の時刻に合わせて夕刻の色へ切り替わっていた。
ふむ、もうこんな時間か。お腹もすいてきた。
よし、これからドリュアス君の歓迎会としゃれこもう。
ソファから立ち上がり、両腕を伸ばして背筋をほぐした。
「だいぶお腹がすいたね。なんか料理を作ってくるから」
「そ、それはなりませぬ。ティレア様自ら厨房に立たれるなど――今すぐ部下に命じまする!」
オルが慌ててこちらに駆け寄り、両手を広げて止めてくる。
おい、料理人の俺以外に誰が料理を作れるっていうんだよ。あんた達はただの中二病でしょうが!
「オル、ホントに大丈夫? あなた達に料理させて爆発しない?」
「お任せください。邪神軍の威信にかけて、最上の饗宴をご用意いたします」
オルが意気込んで部屋を飛び出していく。
本当に大丈夫か?
オル達にまともな料理が作れるとはとても思えない。
でもな~新しい友達ができて張り切っているのに、水を差すのも悪いかも。ここは顔を立ててやるか。
ソファに座り直す。ドリュアス君とティムを相手に他愛もない話をしながら、晩御飯ができてくるのを待つことにした。
しばらくすると……。
「お待たせしました」
扉が大きく開き、オルを先頭に給仕たちが列をなしてご馳走を運んできた。長テーブルの上に、湯気の立つ皿が次々と並べられていく。
うん、いい匂い。なかなかやるじゃないか!
ちゃんと前菜、スープ、メインと基本を抑えてある。
さてさて本日の肉料理は何かな?
ほぉ~ビーコックの姿焼きだよ。
いい材料を使っている。俺の目にかかれば、おおよその品質が分かるってもんだ。
うん、うん、どの料理も一級品だ……。
うん、うん、うっ!? ち、ちょっと待て。一級品すぎないか?
肉、魚料理、スープ。どの具材も超高級品を使ってやがる。
オル、お前、どれだけの金を使ったんだ――っておいおい、嘘だろ?
これ、バロットだぞ。
十年、いや百年に一頭とれるかどうか分からない代物を、こんなに惜しげもなく使いやがって……。
出てきた料理は全て、食べるにはもったいない食材ばかり。
だが、もうすでに調理済みなのだ。食べるしかない。愕然としながらも、その高級食材を口に運ぶ。
「!?」
目を見開いた。箸を持つ手が、空中で止まる。
舌の上で衝撃が走った。咀嚼するほどに、スパイスと食材の芳ばしい香りが口内で混ざり合い、押し寄せてくる。
鼻の奥で、湯気がふわりとほどけた。喉の奥が、勝手に鳴る。
こ、これは……普通の調味料では出せない。十年、いや百年かけても到達できない、濃厚でいて洗練された代物。
な、なんてことだ。こいつら馬鹿なんじゃないか?
食べかけていた料理をやめ、すぐに箸を置いた。
「なによ! この料理は!」
「テ、ティレア様……?」
「だから素人に食事を作らせるのは嫌なのよ。こんなものを食べさせるなんて」
「あ、あの何かご不満でも……」
「ええい、女将、じゃなくてこの料理を作った人を呼んで来なさい!」
「は、はっ」
オルが扉の外へ駆け出していき、ほどなくして大柄な男を引き連れて戻ってきた。
コック帽ではなく、武装に近い前掛けを締めている。
「お呼びにより参上仕りました。料理を担当した第二師団所属ジグマと申します」
「あ、あなたさぁ、この料理のダシに宝玉の塩使ったでしょ?」
「宝玉の塩というのですか? 私はオルティッシオ様が買い付けた塩を使っただけなのですが……」
「ほ、ほっほぉう。な、なるほどね。知らないというのは恐ろしい。あのね、宝玉の塩というのは千年かけて作られた天然の塩。それをあなた……この味付けからすると、ひと袋ぐらい使ったわね?」
「はい、使いましたが……それがいけなかったのでしょうか?」
「いけなかったのでしょうかって……」
「な、なにか問題でも……?」
だめだ。ジグマの要領を得ない回答。
こいつ、わかっていない。今回の料理だけで普通の家庭の年収分が軽くふっとんだんだぞ!
それに、料理全体について言えるのだが、どうも調理が拙い。素材はピカイチなのに、調理が追いついていないのだ。
「あとさ『炒』『燻』『焼』『蒸』のサイクルがデタラメなんだけど、あなた料理の経験は?」
「いえ、ありません。私は武人ですので」
な、なんだと……。
こんな、料理人が羨む超高級食材を素人に惜しげもなく使わせたのか……。
オル、あなたの金銭感覚はひどすぎるぞ。さすがは大貴族様のおせがれ。
「オル、あなた何を考えているの?」
「と、言いますと……」
「あのね、私を差し置いて料理を作るって言ったから、それなりに料理ができる人だと思ったのよ。まぁ、百歩譲って素人でもいいけどさ、あの食材の使い方は冒涜だ、許せるものじゃない」
「ティレア様がお怒りになるのも当然だ。何故あのようなケチくさい食材を使ったのだ!」
「お姉様にお出しになる料理に粗末な残飯を提供したのだ。オルティッシオ、わかっておろうな?」
「も、申し訳ございません。今、手に入る最上級のものを用意したつもりですが」
「それが怠慢だと言うのだ。魔都では犬も食わない残飯ではないか!」
テーブルの脇でオル、ティム、変態の三人が顔を寄せ合い、ヤンヤヤンヤと勘違いな言い争いを始める。
隅に控えるジグマは置物のように固まっていた。
はは、もうこいつら救いようがない。
「だぁああ! いい加減にしなさい。もういい。やっぱり料理は私がするから」
「しかし……ティレア様がそのような真似を――」
「しかしもかかしもない。これは命令、料理は私がする。やっぱりあなた達、素人には任せられない」
俺の剣幕に、一同が黙る。
うん、もう君達に任せていたらとんでもないことになる。
椅子の背に深く寄りかかり、こめかみを押さえた。
そういえば、俺のお店「ベルム 王都支店」の材料の買出しもオルに任せていたんだった。
こ、これはまずい。オルの奴、どんなとんでも食材を買ってきたのか?
ふふ、なんかいきなりお店がつぶれそうなんですけど……。




