第一話 「邪神軍秘密基地、一体どこの地下帝国だよ」
あぁ、自分のお店が欲しい!
そんな不満を、この前、夕食の席でぽろっと漏らしたんだよ。
そしたらオルの奴が「お任せ下さい」と言ってどこかに消えていった。その時はまたいつもの中二病かと思って気にもとめなかったんだけど……。
そしたら今日、オルの奴がとんでもないことを口走りやがった。なんと俺の店を用意してくれたんだと!
なんかその辺のネギでも買ってくるぐらいの軽い感じだったけど、それが「お店を用意」って……。
オル、もしかしてあなたの家って資産家なの?
俺が愕然としているうちに、オルに連れ出された先は、王都の表通りから一本入った静かな路地だった。
古い石造りの二階建てが、控えめな木の看板を掲げて佇んでいた。間口は狭いが、磨き込まれた格子戸が落ち着いた品を漂わせている。
オルが「ここが邪神軍の拠点です」と言って引き戸をすっと開けた。俺とティム達邪神軍の面々は、オルに促されるまま中へと足を踏み入れる。
おぉ、すごいぞ!
まずは店内……。
高い窓から差し込む昼下がりの陽が、艶を出した板張りの床に長い帯を落としていた。木と漆喰の匂いに、かすかな油の香りが混じった。
清潔でいて華美にもならず品がある。
机、椅子も一見地味ながら、自然のままな趣がある。というか落ち着く、これぞ日本美だ。
調理具一式もすべて揃っている。
そのどれもが目を見張る出来だ。一流の料理師としての俺の目が、ことごとく一級品であると告げている。
包丁、鍋といい、国宝と言ってもいいんじゃないか?
例えば奥の調理台に、桐の鞘に納められた一振り。特に、この包丁。
何気なく柄に手を伸ばし、握った瞬間――指がぴたりと吸い付くような馴染み方。
重心は刃の中ほど、わずかに刃先寄り。刃文に窓の光を泳がせると、波紋のような層がうっすらと浮き上がった。
俺が持ってきた愛刀が霞む、霞む。これだけで一財産はいくぞ。
はは、見る人が見れば、店内にある家具全てが一級品とわかるだろう。他の高級老舗に負けてない。というか下手すると王都で一番なんじゃないか?
「オル、これって……」
俺の声を遮るように、店内の空気が冷えた。ティムの赤い瞳が部屋をひと撫でしたのだ。それだけで店内の温度が二度ほど下がった気がする。
ん!? うーん、なんかティムの機嫌が悪いぞ。なんか怒ってる?
「オルティッシオ……我らに、この豚小屋で寝起きせよと?」
「カミーラ様の仰るとおり、ここが邪神軍の拠点? ふざけるのも大概にしろ! やはり処刑を――」
「い、いえいえ。カミーラ様、ニールゼン総司令、誤解でございます。ここはあくまでも敵の目を誤魔化すためのカモフラージュ、あえてみすぼらしくしてあるのです。実際の拠点はこちらです」
オルが慌てて店内奥に駆け寄り、壁を押す。
調理場の隣に何の変哲もなく見えていた板壁が、ごとりと内側へ沈み込んだ。その奥には、地下へと続く石造りの階段が黒い口を開けている。
下から冷えた風がのぼってきて、足元をすっと撫でた。
な、何そのしかけ? どこぞの結社の秘密基地かよ。まだ奥に何かあるの?
ここだけでもすごいのに……まだ隠し玉を持っているなんて。
オルの家、ただの資産家じゃないね。王都有数の大貴族の三男坊ってところかな?
あ、ありうる……。
今までの奴の言動、振る舞い。俺のプロファイリングによると、奴は金持ちのボンボンがぴったりと当てはまる。
はぁ~なんてこった。そうだよね、こんな無職でいい加減な奴らが生活していけるのは、金持ちの親がいるからに決まっている。
とりあえず、あのボンボンがどれだけのものを用意してくれたのか。ちょっと引いてきているが、見てみよう。
俺達はオルに促されるまま、地下へと降りていく。
そして……。
うぉおおお! ひ、広い、広いよぉおお!
地下に入ると迷宮そのもの。
ここ、どこのダンジョン?
見上げた天井は首が痛くなるほど高く、廊下は大型馬車二台分を優に超える幅がある。
一歩踏み出すたびに、なめらかな床が足音をこーん、こーんと奥へ運んでいった。空気はひんやりとして、地下特有のかび臭さがまるでない。
そして、左右にはどこまでも部屋、部屋、部屋。
ま、まさかここって、オル家の隠し別荘みたいなところなんじゃないか?
王都に危機が迫った時に一族で隠れ住む部屋。王都有数の大貴族であるオル家ならありうる話だよ。
あぁ、あの馬鹿! こんなところを遊び場所にしてお父さんに叱られるぞ!
「オル、これって……」
あまりの驚きに声がかすれた。
ただ、俺が驚いているのに、皆は冷静である。
ティムが顎を僅かに上げ、廊下の奥まで一瞥していた。変態は半歩下がって鷹揚に控えている。
「ふん、広さは及第点ってところか……だが、調度品は下も下だな」
「カミーラ様の仰るとおり。オルティッシオ、貴様の忠誠心を疑うぞ。魔都ベンズでの宮殿の足元にも届かぬ」
「も、申し訳ございません。何ぶん覚醒して間もなく、資金の調達が間に合っておりません」
「言い訳は良い。やはり処刑を――」
「あ~あんたら中二病ストップ! ちょっと黙ってなさい」
「「は、はっ」」
もうティムも変態もまるでわかっていない。ここの価値を欠片も理解していないぞ。まったくあなた達中二病はこれだから始末が悪い。
とにかく頭を整理しよう。
オルがまたとんでもないものをプレゼントしてきた。
これは、はたして受け取ってもいいのか?
慰謝料がわりに運転資金くらいは……なんて算段していた自分が恥ずかしい。皿一つ割っただけじゃ元も取れない規模だ。
う~ん、どうしようか?
俺は頭を悩ませながら、このどでかい地下帝国をうろつく。そして、ある部屋からまばゆい光が漏れているのを発見した。
なんだろ、この部屋?
なにげなしにその部屋に入ってみる。
すると……。
うぉおおお! ま、眩しい、眩しすぎる!!
反射的に手をかざす。
指の隙間から漏れ入る光に、視界が一瞬真っ白に飛んだ。瞬きを繰り返してようやく像が結ばれてくる。
な、なんだよ。この財宝の数々。
金塊にエメラルド、ルビー、その他もろもろ。カリブに浮かぶ大海賊ですらこんなに持っていないんじゃないか?
はは、ここにありましたか。ひとつなぎの秘宝……。
「あ、ティレア様、ここは邪神軍の宝物庫です。申し訳ございません。いまだその程度の財宝しか集められませんでした」
「まったくだ。オルティッシオ、ここが宝物庫とは嘆かわしすぎる! 我が魔都で所有していた財貨に質も量もとても及ばぬ!」
「オルティッシオ、これでは邪神軍の威信が低下する。こんなガラクタは捨てて質の良いものを揃えるのだ!」
「も、申し訳ございません。この度の王都襲撃もあり、質の良い財宝が世に出回っておりません。何卒、何卒ご猶予をいただきたく」
「くどい。これ以上、このようなあばら家に住まわせ、お姉様に恥をかかせるのなら……オルティッシオ、わかっておろうな?」
「ひ、ひぃ、し、承知しました。何がなんでもお揃えいたしまする」
オルが必死に頭を下げて謝罪している。
ティム達の無茶な金銭要求……。
これなんてイジメ?
まぁ、ティム達がオルをいじめたい気持ちは理解できる。
オルは何たって性犯罪者だ。特に、ティムは姉である俺が襲われそうになったから、ひとしきり憎いんだろう。
だけどね、オルってこんな奴だけど、親がすごいんだよ。
このままオルを追い詰めたら、きっと……。
『ふぇーん、みんなが僕を虐めるよぉ! パパ、一生のお願いだよ。なんとかして』
『なに? 可愛い息子を虐めるとはなんと非道な輩だ。そっこく全員縛り首にしてやるからな』
『くすん、ありがとパパ。傷心な僕に他の別荘も買ってくれる?』
『よっしゃ、よっしゃ。なんでも好きなものを言ってみなさい』
こんな事態になるのは明白だ。オルの奥義「パパ、一生のお願いだよ」を発動させるわけにはいかない。
「あ~君達、それ以上はやめなさい」
「し、しかし、オルティッシオがあまりにも拙い仕事をするものですから」
「いいからいいから。オル、なかなかの秘密基地じゃない。気に入ったわ」
「テ、ティレア様。不甲斐ない私如きに、な、なんとありがたいお言葉を……」
オルが涙している。うん、なんとかオルの逆ギレを防ぐことができた。
はぁ~なんか胃が痛くなってきたかも。でも、オルに促されるまま、この別荘を使っちゃっていいのかな? オルの親はこの件を知らないのかも……。
「オル、この秘密基地、ホントに使って大丈夫? ご両親に怒られない?」
「はぁ……ティレア様の仰る意味がよくわかりませんが、この拠点作成については秘密裏に進めておりました。上のカモフラージュのお店はともかく、この地下については関係者以外誰もその存在を知りません。ご使用されても問題ないかと思います。あと、私の親とはどういう……私はカミーラ様の眷属ですので親はおりません。強いてあげれば、カミーラ様の母上にあたるマミラ様を――」
「お、お前もそれを言うかぁあ――っ!」
右手を高く振り上げ、勢いそのままにオルの後頭部へ叩き落とす。
「ぐはっ!」
乾いた音が地下帝国の壁にこだました。オルが両膝から崩れ、額を床にしたたかに打ちつける。
まったくオルも変態と同じことをほざきやがる。お前らの中では俺と兄弟になるのが必須なのかよ!
はぁ、どっと疲れた。まぁ、関係者以外うんぬん言ってたから、許可をもらっているんだろうね。
きっと……。
『パパ、うちにあるあの広い別荘で遊んでもいい?』
『しょうがないな息子よ。あまり汚すんじゃないぞ』
『わぁい、やったぁ! 友達全員呼ぶぞぉ! 五千人は入れようかな』
『コラコラ、他にも別荘はあるんだ。三千人ぐらいにしときなさい』
みたいな会話がオル家でなされていたのだろう。なんていうダメ親子なんだ。
とりあえず、結果オーライかな。一応、自分の店を持つことができた。オルが出資者でオーナーなのは微妙だけどね。
うん、なんとかなる。そう信じることが大切なのだ。
ん!?
視界の端で、軍団員達が財宝リストを更新して、あれやこれや言っている。聞いているだけで目の玉が飛び出しそうな、正気とは思えない品々が、次々と読み上げられていく。
これ以上、ここを豪華にしようとしてるの!?
……胃が痛い。
やっぱり俺の悩みは尽きそうにない。




