第五話 「ティレアと変態の初心」★
「じゅうさん……じゅうし……じゅうご、と」
掛け声を終えて、逆立ちの体勢から元の姿勢へと戻る。
重圧呪文の効いた床が、両足の裏にずんと冷たく伝わってきた。
結局、俺はティム達にのせられるがまま、片手の指三本だけで全身を支える逆立ち腕立て伏せまでやってのけた。
まったく、俺もお調子者すぎる。いくらのせられたからといって、料理人が指を大事にしなくてどうするのか!
次は突き指するかもしれないからね。将来、神の料理を作る予定なのに。こんな馬鹿げたことで怪我でもしたら愚かにもほどがある。
まぁ、過ぎたことは悔やんでも仕方がないか。せっかくここまでパフォーマンスをしてやったんだ、観客達の反応を見てみよう。
軽く指をストレッチして、観客のほうへ向き直る。
「で、どうだった?」
「す、素晴らしいです、お姉様!」
「まさに……力強さの中に流れるような躍動感、何より毛ほども揺るがぬバランス感覚。このニールゼン、ティレア様にさらなる崇拝の念を抱きましてございます」
「このドリュアスも感動で身が震えてございます! 世界のどこを探したとしてもティレア様の美に到達するものなどありません」
ティム、変態、続いてドリュアス君が返答し、次々と軍団員達が大絶賛の嵐を起こす。
皆、眼を輝かせ、力強い拍手の音が広い室内に反響した。
そして、全員がスタンディングオベーションしちゃってるぞ。
ったく、あなた達がそんな風だから、俺もついつい調子にのっちゃうんだよ。
とにかく俺のパフォーマンスは終わり。
体力テストを再開しよう。
「それじゃあ、次は腹筋やるから」
「「はっ!」」
ティム達の気合の入った声が部屋に響く。
ただ先ほどの腕立て伏せで体力を消耗したのだろう。立ち上がろうとした幹部達の膝が、何人もかくんと折れた。
お前ら本当に返事だけはいいね。肝心の体力がついていかないけど。いきなりぶっ倒れたりしないよな?
不安は残るが、体力テストは続ける。
腹筋、反復横跳び、垂直跳び、五十メートル走、握力と、それぞれ測っていく。
途中、垂直跳びでオルが着地に失敗。
足首を捻り「ぼきっ」と乾いた音を立てて、その場に膝から崩れ落ちた。
「ま、また折ったぁああ!」と泣き叫ぶオルの姿に、思わず頭を抱える。
ティムに二度目の治癒魔法を頼みつつ、どうにかこうにかテストは終了した。
結果……。
ティムは及第点。
どのテストも俺が掲げる目標どおりの成績を打ち出してくれた。ティムは中高生よりすこし上ぐらいの体力はある。小さいのにえらいぞ。
次にドリュアス君、変態は、もう少しがんばろう、だ。ドリュアス君も変態も、せいぜい小中学生程度の体力しかない。根本的に俺が肉体改造してやるしかないね。
最後にオル、ムラムに関してはてんでだめ。はっきり言って論外だ。こいつらは食生活からみっちり俺がしごいてやる。好き嫌いはさせないぞ。
やれやれ、予想通りとはいえ、こんなにモヤシな奴らだったとはね……。
まぁ、嘆いても仕方がない。一歩ずつ改善していくしかないのだ。とにかく皆に体力テストの結果を報告しよう。
壁にもたれて一息ついているティムの傍へと歩み寄った。
「ティム、疲れたでしょ」
「はい。我もここまで過酷なトレーニングとは思いもしませんでした」
「まぁ、そうだよね。でも、ティムは見込みあるよ。このメンバーの中では一番の成績ね。今度は私が護身術を教えてあげるから」
「お姉様、ありがとうございます。楽しみにしてます!」
ティムは差し出されたタオルで額の汗を拭きながら、紅潮した頬で輝くばかりの笑顔を返してくれた。
そんなに喜んでくれるのなら、護身術、頑張って教えなきゃね。
前世、俺が習った通信柔道の成果を見せてあげよう。
次に、壁際に並んで床に座り込んでいる変態達に声をかける。
「ニール達は体力作りが先だからね」
「はっ、承知しております。この過酷な空間、重力を制してみせまする」
「そ、そう。とりあえず、腹筋と腕立て伏せは無理なくやること。あと鉄アレイとかあったらいいんだけどね」
「お姉様『てつあれい』とはいかなる物なのでしょうか?」
ティムが俺と変態達の話に乗っかってきた。
ティムは俺の前世の話にやたら食いついてくるからね。お題が黒歴史なら口を濁すのだが、今回はただの鉄アレイだ。問題はない。
「鉄アレイは筋トレする時に便利な道具なのよ。それを持って腕を上下させるの。筋肉に効くんだから」
「お姉様、よろしければ、その『てつあれい』とやらを作りましょうか?」
「えっ!? ティムってそんなことできるの?」
「はい。我の生成魔法を使えばおそらく可能です」
おぉ、さすがは魔法学園の優秀な生徒だ。物質を生成するなんて、ティムの魔法の応用力には毎度驚かされる。
俺はティムに鉄アレイの形状を詳しく説明する。
ティムは真剣な顔で頷くと、両手を前に差し出し、低い声で何やら呪文を唱え始めた。
ティムの手のひらに淡い銀色の光が集まり、ぐんぐんと密度を増していく。光が形を持ち、次第に金属の輪郭を成していった。
数分後――。
「お姉様『てつあれい』を生成してみました。どうですか?」
ティムが両手で差し出した物体を見る。
両側に重りの金属のかたまりがついていて、真ん中に持ち手になる部分が作られていた。鈍い銀色の表面が、魔法照明をてらりと反射する。
うん、俺のイメージどおり見事な鉄アレイだ。さすがティムだね。
ただ、やるとは思ったよ。
ティムが作った鉄アレイには、その重さが刻印されていた。
持ち手の根元に、はっきりとした彫り込みで「5t」――五トンと。
そう中二病ならやるよね。「キロ」を「トン」って書いてしまう。
俺は苦笑しながらも、ティムが作った鉄アレイを持ってみる。
「ん!? これ軽くない?」
「さすがはお姉様。五トンの鉄アレイを軽々と」
「五トンって――まぁ、いいんだけどね。ティム、どうせなら重いやつから軽いやつまでひととおり作ってみてよ」
「承知しました」
ティムは続けざまに生成魔法を唱えていく。
そして……。
二十トン、十トン、五トン、三トン、一トンの鉄アレイが、大きい順に床へと並んだ。
キロなんですけどね。
俺は試しに二十トンの鉄アレイの持ち手を握ってみる。
指に伝わる金属のひんやりとした感触。
ふむ、これは重いかな。
ある程度の負荷が腕にかかったのを実感する。まぁ、普通に二十キロの鉄アレイだからね。でも、俺なら普通に動かせる。
試しに片手で持ち上げ、二、三度上下させてみせる。
室内にどよめきが走った。
ティム達の視線が、刻印された「二十トン」の文字と、軽々と動く俺の腕とを行き来している。
いつも鍋を振っている料理人の腕力を舐めるなよ。邪神軍幹部は無理だろう。ってか無理して持ったら大怪我するかもしれない。
「皆、怪我をするからこの二十キロ――じゃなかった二十トンの鉄アレイは触っちゃダメよ!」
「「はっ。もちろんでございます。我々では持ち上げられません!」」
大の男どもが清々しいくらいにヘタレっぷりを宣言する。
わかっているからいいんだけど……。
「君達はまず一トンの鉄アレイから始めること」
「「はっ」」
「ティムは五トンぐらいでいってみようか?」
「そうですね、我もそれぐらいが妥当と考えておりました」
手をぱんぱんと打ち、訓練室を見回した。
「うん、じゃあ今日は終わり。ティム、けっこう汗をかいているね。どこかで水浴びしようか?」
ティムに水浴びを提案していると、
「あ、ティレア様、お待ちください」
オルが横から話に割り込んできた。
「オル、どうしたの?」
「はっ。この通路奥の部屋に大浴場を設置しております。水浴びされるより、そこをご利用ください」
「ま、マジですか! ここってお風呂も常備してあるの!」
「はい、手狭で恐縮ですが、汗をお流しください」
オルに案内されて長い廊下を進むと、奥に立派な石造りの扉が現れた。
扉を押し開けた瞬間、温かい湯気がふわりと顔を撫で、湿った石の匂いが鼻先に届く。広い浴場には、二十人は優に浸かれそうな大理石の浴槽がたたずんでいた。
おいおいおい、さすがオル家だ。別荘にお風呂まであるのか!
この時代、個人でお風呂を持つなんて貴族様でないと無理なのだ。
「ティム、せっかくだからオルの好意に甘えちゃおうか?」
「はい、オルティッシオめが用意した浴場で不安ですが、参りましょう」
「はは……そうね」
お風呂まで準備してくれたオルがちょっとかわいそうな気もするが……まぁとにかく大浴場を楽しむとしよう。
「ティム、一緒に入ろうね♪」
「お姉様!」
うんうん、久しぶりに姉妹でスキンシップを楽しもう――脱衣所の扉を開けたところで、背後にぴたりと張り付く気配を感じた。
って変態が何故、脱衣所までついてくる!
振り返ると、ニールゼンが当然のような顔で、片手に真っ白なバスタオルを抱えて立っていたのだ。
「……ニール、何してんの?」
「はっ。ティレア様、カミーラ様のお世話を――」
「あ、アホか、てめぇ――っ!」
思わず変態にツッコミを入れる。
油断も隙もあったもんじゃない。まったく、バスタオルも持参しているところがあざとすぎるぞ。
「お姉様、以前も申し上げましたが、ニールゼンは我の執事でした。湯浴みの世話を任せて問題ないかと」
「はぁ!? はぁ!? ティム、頭がどうかしちゃった? 問題大アリよ。ニールに乙女の柔肌を見せる気? ニールがティムに欲情して良からぬことを考えたらどうするの!」
「テ、ティレア様、私は下心などございませぬ。主君のお側で真摯にお仕えすることこそ、このニールゼンの本懐にございます」
きりりとした顔で何をのたまってんの?
変態のくせに歯がきらーんと白く光るぐらいのいい笑顔だな。
「ニール、百歩譲って、千歩譲ってだよ。真摯にお仕えすることが、浴場についてくることとどう関係があるの?」
「はっ。私以上の実力者のお二方を警護することは恐縮の極みでございます。ですが、万が一強敵が襲撃した場合、身一つのティレア様、カミーラ様の御身を守らねばなりません。お二方が態勢を整える時間稼ぎの盾になる所存でございます」
「……それが浴場であっても言っている?」
「御意。いかなる脅威からもお守りするのが執事の本分。浴場とて例外ではございません!」
なんだその真剣な顔は。そんな真剣な顔をしてまで俺らの裸を見たいのか!
そうだった。忘れていたが、もともとこいつは変態なのだ。どさくさにまぎれて一緒に風呂に入ろうとするど変態だったよ。
俺は無言で変態に向き直った。
腰を落とし、半歩踏み込んで、変態の腹に正拳突き――とどめの一撃を叩き込む。
鈍い音と共に変態は脱衣所の壁まで吹っ飛び、白目を剥いて崩れ落ちた。
変態を成敗。初心忘れるべからずだったね。
「お、お姉様……」
「さぁ、変態はほっといて入りましょ」




