18.「燃えてる」
「燃えてる」
「燃えてるね〜」
私達が向いてる先には確か板垣大学があったと思う。また機動隊が頑張っているのだろうか。
…警察官にはなりたくないなと最近つくづく思う。
せっかく今日は二人で映画館に行こうと思ったのにこの感じだと閉まってそう。
「行くだけ行ってみる?」
「うん」
胃もたれしそうなキャラメルの匂い…広さに対して閑散とした映画館。
館内は従業員以外誰もいないように見える。
意外なことに営業しているようで、様々な映画の広告が貼ってあるものの、実際上映しているのは一つだけだった。
一切広告はなく、タイトルは『独裁者』。席を取っているのは1人だけらしく、せっかくの機会だし観ることにした。
静かな雰囲気のシアター内。スクリーンには既に白黒の映像と、字幕が映っているものの、耳には一切の映画音声が入ってこない。そのせいか出入口の扉を閉めた時の音がやけに響いた。
「…おぉ…来客か」
嗄れた声で先客らしき人はこちらに目を向けた。
声の割に若々しく見える、スッとした印象のおじさんで、黒く統一された背広は喪服のようにも見えた。
「あ、こんにちは…」
「こんちは〜」
そそくさと寧々の手を引いて自分の席につこうとする。
あのおじさん『自分の世界』があるタイプっぽいからさっさと対話拒否するに限る。
「もし…そちらのお嬢さんは作家さんですかな」
「なんでわかったの!?」
…うわ、面倒なことになった。
「いえ、なになに…雰囲気が知人に似てましてな」
「すごーい大当たり!」
「良かったら隣の席、どうですかな。他にこの映画を観に来るような人もおらんでしょうし」
「じゃあ隣で観る!」
「はぁ…まあいいよ」
寧々がそうしたいなら
「こちらの顔に見覚えはありませんかな?」
そう言っておじさんはスクリーンに指を向ける。
チラリと見るとそこには地球のようなバルーンを回し遊ぶ軍服姿のおじさんがいた。
カラーと白黒の差はあるものの、すぐにピンとくる。
「チャールズ・チャップリンですか?」
「おお、わかるんですな。教科書ではどうと?」
「『国家社会主義ドイツ労働者党を率いた』と」
するとおじさんは吹き出し、クックックと笑い始めた。そしてひとしきり笑ったあと、
「そうですか。ヒトラーはチャップリンになりましたか。なんとも滑稽な話ですな…」
なんて吐いた。
ヒトラー?
「ところで象徴の方はどうなりましたか?」
「象徴?」
「赤い旗に白い丸、そして大きな黒いハーケンクロイツ…といったものですよ」
「ハーケンクロイツ…?」
教科書ではそもそも赤と白の逆日本みたいな旗で、黒いものなんて見当たらなかった。
「どうですか、日常は。不便はありませんか」
「楯の会が暴れてるのを除けば特には」
「…そうですか」
さっきから謎の発言が多い。
「作家さんの方はどうですか。検閲とかはありますかな?」
「全然〜。自由に書いて売れるよ〜」
「そうでしたか…いやはや勉強になりました。最後にお名前を伺っても?」
「燈崎琴莉」
おじさんはピクっと瞼を震わせる。
「黒崎寧々」
おじさんは瞬きを数度した。
「…もしや作家の『黒崎本音』様ですかな?」
「わ!知ってるんだ!」
「いやはや女性だったとは!しかもこんなに快活な方だなんて思いもしませんでしたよ。良ければサインを貰えますかな」
そう言っておじさんが取り出したのは、この間読んだ『倉石雨の日記』だった。
…ディストピア小説が好きなのだろうか。
次回、続き(タイトル未定)




