第1話:帰還の道——新たなる敵
海底遺跡から戻って、三日が経った。
俺たちは、北西の森林遺跡を目指して旅を続けていた。
第五の欠片を求めて。
『現在位置:王都エルディアより北西280km』
『外気温:-8℃』
『灰堆積深度:平均48cm』
『世界滅亡まで:00年517日 09:42:18』
『世界樹の欠片:4/7個 回収済み』
『成功確率:1.7%』
1.7%。
最初の0.003%から、約570倍に上がった。
だが、まだ足りない。
あと3つの欠片を集めなければ——世界は救えない。
「カイさん」
エルが、俺の隣を歩きながら言った。
「過去編で見たこと……まだ、考えてますか?」
「ああ」
俺は、空を見上げた。
灰が、降っている。
この灰は——俺の「前世」が、間違えた結果だ。
世界樹の「心」を計算に入れなかった。
完璧な最適化が、逆に世界を殺した。
「俺は、同じ間違いを繰り返さない」
「……はい」
「今度こそ——『数字』と『心』を、両方見る」
エルが、微笑んだ。
「カイさん、変わりましたね」
「変わった……か」
「はい。前は、数字のことしか話さなかったのに……今は、私たちのことも——」
エルの言葉が、途中で止まった。
彼女の視線が、前方に向けられている。
俺も、そちらを見た。
*
道の先に、人影があった。
黒いローブを纏った、十数人の集団。
彼らは、俺たちの行く手を塞いでいた。
『検出:不明な集団 × 14名』
『マナ総量:各人 推定5,000〜15,000MP』
『効率:平均12%(低い)』
『所属:不明——マナ運用局でも聖騎士団でもない』
『警告:敵意を検出』
「誰だ」
俺は、集団に向かって声をかけた。
「何の用だ」
集団の中から、一人の男が前に出た。
痩せた体。青白い肌。目の下には深い隈。
そして——その目には、狂気が宿っていた。
「カイ・ヴェルナー」
男が、俺の名を呼んだ。
「世界を救おうとしている愚か者」
「……俺を知っているのか」
「知っている。お前のことは、すべて」
男が、不気味に笑った。
「お前は、世界を救おうとしている。だが——俺たちは、世界が滅ぶことを望んでいる」
「滅ぶことを……望んでいる?」
「そうだ。世界が滅べば、新しい時代が来る。俺たちだけが生き残る、新しい時代が」
俺は、男をスキャンした。
『ヴァルカス:「エターナル・オーダー」幹部』
『年齢:38歳』
『マナ効率:8.3%』
『思想:虚無主義——世界の滅亡を「利益確定」と見なす』
『備考:灰の堆積による利権を独占している商人ネットワークの一員』
エターナル・オーダー。
聞いたことがある名前だ。
闇市場で、灰の処理や違法なマナ取引を行っている組織。
彼らは——世界が滅ぶほど、儲かる。
「お前たちは、灰で金を稼いでいる連中か」
「金? 違う。俺たちは——未来を手に入れる」
ヴァルカスが、手を振った。
「世界が滅べば、この次元は終わる。だが、俺たちは異次元への扉を持っている」
「異次元……?」
「そうだ。世界樹が完全に枯死した瞬間、マナの爆発が起きる。そのエネルギーで、俺たちは別の世界へ逃げ延びる」
俺は、眉をひそめた。
「世界を見捨てて、自分たちだけ逃げる……それがお前たちの目的か」
「目的? 違う。これは——ビジネスだ」
ヴァルカスの目が、冷たく光った。
「世界の終わりは、最大のビジネスチャンスだ。お前のような『正義の味方』には、理解できないだろうがな」
「……」
「さあ、死ね。カイ・ヴェルナー」
ヴァルカスが、手を振った。
黒ローブの集団が、一斉に魔法を展開した。
『検出:攻撃魔法 × 14発』
『総消費MP:推定120,000』
『効率:平均11%』
『灰排出:推定10.6トン(瞬間)』
『脅威度:中——回避可能』
「エル、ベル、下がれ」
「カイさん——!」
「大丈夫だ」
俺は、一歩前に出た。
「《マナ・リダイレクト》」
『消費MP:50』
『効果:敵の魔法を逸らし、無効化』
『効率:99.4%』
14発の魔法が——すべて、俺の横を通り過ぎた。
一発も、当たらなかった。
「な——」
ヴァルカスの顔が、驚愕に歪んだ。
「俺の攻撃を——」
「お前たちの魔法は、無駄が多すぎる」
俺は、ヴァルカスを見据えた。
「効率11%。俺に届く前に、勝手に崩壊する」
「くっ……! 全員、一斉攻撃——」
「やめておけ」
俺は、マナ・レジャーのデータを展開した。
「お前たちの総マナ量は、約15万MP。俺が本気を出せば、3秒で全員の魔力を枯渇させられる」
「……」
「死にたくなければ、消えろ」
ヴァルカスが、俺を睨んだ。
だが——彼は、仲間に合図を送った。
「……今日は、退く。だが、覚えておけ、カイ・ヴェルナー」
「何を」
「世界は、滅ぶ。お前がどれだけ足掻いても——俺たちが、滅ぼす」
黒ローブの集団が、闇の中に消えていった。
*
「カイさん……」
エルが、不安そうに俺を見た。
「あの人たち……本当に、世界を滅ぼそうとしてるんですか……?」
「ああ。そういう連中もいる」
「でも、自分たちも死んじゃうのに……」
「彼らは、自分たちだけ逃げるつもりだ」
俺は、空を見上げた。
「世界を見捨てて、自分たちだけ生き残る。それが、彼らの『ビジネス』だ」
「……ひどい」
「ひどいが——彼らだけが敵じゃない」
「え……?」
「オズワルドもいる。そして——」
俺は、遠くを見た。
「世界を救うことを、諦めている人間が——大勢いる」
エルが、黙り込んだ。
ベルが、俺の手を握った。
「カイ」
「何だ」
「大丈夫。私たちは、諦めない」
俺は、ベルを見た。
幼女の姿。だが、その奥には——900年を生きた、強い意志がある。
「ああ。諦めない」
俺たちは、再び歩き始めた。




