第6話:ベルの選択——魔王の汚名
世界樹の死が、迫っていた。
あと3日で、世界樹は完全に枯死する。
そうなれば、マナの供給は途絶え、人類は滅亡する。
「前世の俺」は、絶望の淵にいた。
自分の計算が、世界を殺した。
その事実に、押し潰されそうになっていた。
そして——
「カイ」
ベルが、現れた。
大人の姿の、美しいベル。
「約束、覚えてる?」
「約束……」
「いざという時は、私に任せてって」
ベルが、微笑んだ。
「今が、その時だよ」
「ベル……何をするつもりだ……」
「私がね、世界樹の代わりになる」
俺は——いや、「前世の俺」は、目を見開いた。
「代わり……?」
「私の魔力で、世界樹のマナ循環を肩代わりする。永遠に」
「永遠に……? それは——」
「うん。私は、ずっと眠り続けることになる。何百年も、何千年も」
ベルの目に、涙が浮かんでいた。
「でも、それでいいの。カイと約束したから」
「ベル……やめてくれ……俺のせいで、お前が——」
「カイのせいじゃないよ」
ベルが、「前世の俺」の頬に触れた。
「これは、私の選択。私が、したいからするの」
「……」
「でもね、一つだけ——お願いがある」
「何だ」
「私のこと、忘れないで」
昨夜と同じ言葉。
だが、その意味は——今、初めて理解できた。
「ベル……」
「私は、みんなに『魔王』って呼ばれるようになる。世界を滅ぼそうとした悪役、って」
「なぜ……」
「そうしないと、人々が——私に感謝しちゃうから」
ベルが、悲しそうに笑った。
「感謝されたら、私を助けようとする人が出てくる。そしたら、私の封印が解けちゃう」
「封印が解けたら……?」
「世界が、終わる」
ベルが、「前世の俺」の手を握った。
「だから、私は『魔王』になる。みんなに憎まれる存在になる。そうすれば、誰も——私を助けようとしないから」
「前世の俺」は——泣いていた。
「ベル……俺は、お前を助けに行く……必ず……」
「うん。待ってるね」
「俺は……お前を忘れない……絶対に……」
「ありがとう、カイ」
ベルが、「前世の俺」を抱きしめた。
「大好きだよ。ずっと、ずっと」
そして——
ベルは、世界樹の中心に歩いていった。
彼女の体が、光に包まれ始める。
銀色の髪が、風に舞う。
紅い瞳が、最後に俺を見つめた。
「またね、カイ」
彼女の体が——繭のような光の塊に包まれた。
そして、世界樹の中に——消えていった。
*
世界樹は、枯れなかった。
ベルの魔力が、マナの循環を支えたからだ。
だが——完全ではなかった。
世界樹は、ゆっくりと弱り続けた。
ベル一人の力では、世界全体を支えきれなかったのだ。
その結果——
灰が、降り始めた。
世界樹の不完全燃焼による、死の灰。
『灰の常冬』の始まり。
そして——
「俺は……何をすればいい……」
「前世の俺」は、崩れ落ちていた。
「ベルを救うには……世界を救うには……」
「カイ」
若きレオンが、近づいてきた。
「一つだけ、方法がある」
「方法……?」
「お前が、もう一度生まれ変わること」
「生まれ変わる……?」
「お前のマナ・レジャーは、世界で唯一の能力だ。お前がいなければ、誰も世界を救えない」
レオンが、「前世の俺」の肩を掴んだ。
「俺が、お前の記憶を封印する。そして、未来に転生させる」
「なぜ、記憶を封印する……?」
「今のお前は、罪悪感に押し潰されている。そのままでは、何もできない」
レオンの目に、悲しみが宿っていた。
「だから——一度、すべてを忘れろ。そして、新しい人生で、もう一度——世界を救う方法を見つけろ」
「レオン……」
「俺は、お前を待っている。何百年でも、何千年でも」
「前世の俺」は——レオンを見つめた。
「お前は……どうする……」
「俺は、ここに残る。お前が戻ってくるまで、世界を守り続ける」
「何百年も……一人で……?」
「一人じゃない」
レオンが、微笑んだ。
「ベルがいる。お前の想い出がある。それで、十分だ」
「前世の俺」は——涙を流した。
「レオン……すまない……」
「謝るな。お前は、俺の親友だ」
レオンが、魔法陣を展開した。
「さあ、行け。未来で、俺たちを救ってくれ」
光が、「前世の俺」を包んだ。
意識が、遠のいていく。
最後に聞こえたのは——レオンの声だった。
「またな、カイ。今度は——もっと『優しい数字』を書いてくれよ」




