第11話:喪失——数字の意味
安全な場所にたどり着いた後、俺はしばらく動けなかった。
手の中には、師匠の結晶がある。
52,000MPの、命の結晶。
『レオン・グラナート:マナ結晶(最終生成物)』
『含有マナ:52,000MP』
『使用可能期間:約30日(その後、自然崩壊)』
『備考:この結晶は、レオンの全存在を変換した結果である』
師匠の、全存在。
67年間の人生。
俺に監査術を教えてくれた、あの優しい手。
俺を叱り、俺を導き、俺を信じてくれた人。
その全てが——52,000MPの数字になった。
「カイさん……」
エルが、俺の隣に座った。
「大丈夫、ですか……?」
「……分からん」
俺は、結晶を見つめた。
「師匠は、俺のために死んだ。俺を逃がすために」
「……はい」
「俺は——師匠の命を、数字で見ている」
俺の声が、震えた。
「52,000MP。一般家庭が5年間暮らせる量。中規模の村の年間配給。灼熱遺跡の冷却魔法を5万年維持できる量」
「カイさん……」
「俺は、人の命を数字で計算してきた。それが、正しいと思っていた」
俺は、目を閉じた。
「だが——師匠の命を、52,000MPという数字で見ることが——正しいのか?」
答えは、出なかった。
*
「カイ」
ベルが、俺の前に立った。
「泣いていいよ」
「……泣く?」
「うん。カイ、泣いてない。でも、泣きたいでしょ?」
俺は、ベルを見た。
紅い瞳が、俺を見つめている。
その奥に、深い理解があった。
「私ね、900年間で、たくさんの人を見送ってきた」
「……」
「友達も、仲間も、みんな死んでいった。私だけが、残った」
ベルが、俺の手を握った。
「だから、分かるの。大切な人を失う痛みが」
「……」
「カイ、泣いていいよ。ここには、私とエルおねえちゃんしかいない」
俺は——
気づいたら、涙を流していた。
いつから流れていたのか、分からない。
ただ、止まらなかった。
「師匠……」
俺は、結晶を握りしめた。
「すまない……俺は、まだ——」
言葉にならなかった。
ただ、涙が流れ続けた。
エルが、俺の背中を撫でてくれた。
ベルが、俺の手を握り続けてくれた。
俺は——生まれて初めて、誰かの前で泣いた。




