第8話:レオンの選択——家族の断絶
転送先は、山奥の洞窟だった。
周囲には、誰もいない。
聖騎士団の追跡を、振り切ったらしい。
『現在位置:王都エルディアより東450km』
『標高:2,400m』
『周辺マナ濃度:0.5MP/㎥』
『最寄りの集落まで:推定80km』
「助かった……」
エルが、へたり込んだ。
「カイさん、あの魔法陣、レオンさんが……?」
「ああ。師匠が、俺のために用意していたらしい」
「レオンさん……優しい人ですね」
「ああ……」
俺は、地図を見つめた。
師匠の筆跡。
『お前が困った時、これを使え』
彼は、最初から分かっていたのだ。
俺が、オズワルドに追い詰められることを。
「カイ」
ベルが、俺の手を握った。
「レオンって人、カイのこと、大事に思ってるね」
「……ああ」
「オズワルドとは、兄弟なんだって?」
「そうらしい」
「どうして、兄弟なのに——敵になっちゃったんだろう」
俺は、答えられなかった。
だが——想像はできた。
オズワルドは、900年間生き続けている。
その間、彼は何を見てきたのだろう。
何を失い、何を捨て、何を選んできたのだろう。
「ベル」
「何?」
「お前は、オズワルドを知っているか?」
ベルが、首を傾げた。
「知らない……と思う。でも——」
「でも?」
「名前を聞いた時、何か——ざわざわした」
「ざわざわ?」
「うん。嫌な感じ。昔、何かあったような……」
ベルが、こめかみを押さえた。
「思い出せない。頭が、痛くなる」
「無理に思い出さなくていい」
俺は、ベルの頭を撫でた。
「いずれ、分かる時が来る」
「……うん」
*
洞窟の中で、俺たちは休息を取った。
エルは、疲れて眠っている。
ベルは、俺の隣で膝を抱えている。
「カイ」
「何だ」
「私ね、900年間、ずっと一人だった」
「……ああ」
「でも、今は一人じゃない」
ベルが、俺の腕に頭を預けた。
「カイがいる。エルおねえちゃんもいる。嬉しい」
「……」
「カイ、約束して」
「何を」
「絶対に、死なないって」
俺は、ベルを見た。
紅い瞳が、俺を見上げている。
その奥に、深い不安があった。
「約束、できる?」
「……分からん」
「分からない?」
「俺は、世界を救うために戦っている。その過程で、死ぬかもしれない」
ベルの表情が、曇った。
「……そっか」
「だが——」
俺は、ベルの手を握った。
「できる限り、生き延びる。お前たちのために」
「……本当?」
「ああ。約束する」
ベルが、微笑んだ。
900年分の孤独を背負った、小さな笑顔。
「ありがとう、カイ」
彼女は、俺の腕に抱きついた。
小さな体。冷たい肌。
だが、その温もりは——確かに、そこにあった。




