(第六十九話)テパの無双、そして変化
「うっ……」
シンは言葉を失った。
剰え何かが喉の奥から込み上げ、思わず口を押えた。
「これは……今回のは……」
人が巨大な魔獣に食われる様は、これまで何度も見てきた。
だが、今回は一つ決定的に違うところがある。
敵の体を構成するのが、ほぼ骨しかない。
(バキッ)
骨が砕ける。
(グシャッ)
肉が潰れる。
その一つ一つが、嫌というほど目に入った。
食われた人間が、骨ごと砕かれ、見る間に形を失っていく。
赤黒い肉塊が骨の間からはみ出し、地面にボタボタと落ちていく。
先程まで確かに人間だった存在。
誰かの家族。
誰かの友人。
誰かの大切な存在であっただろう存在が、一瞬で、見る影もない姿へと変わり果てた。
「……! ……!!!」
隣にいたテパが口を塞ぎ、そのままどこかへ走り去った。
「!?」
シンはテパの後を追い、木陰へ向かった。
そこには、吐いて倒れかかっているテパがいた。
「大丈夫か!?」
返事はない。
ただ、何度も咳き込みながら、肩を震わせている。
◆
シンはテパを池の近くまで連れていった。
「ほら、口濯げ」
「う、うん……」
シンに促されるまま、テパは水を口に含む。
池の水は驚くほど澄み切っていて、暗闇の中でも周囲の景色を鏡のように映している。
だが、テパにとってはそれこそが仇になった。
「……うっ」
水面に映ったものは、木々、月、そして先ほど目の前で喰い殺された人々の姿。
水面の揺らぎに歪みながらも、その惨状ははっきりと映っていた。
テパは、反射的に顔を背ける。
「もう大丈夫……行こう」
「あ、ああ……」
声は震えているものの、テパは弱っていたのが嘘であるかのように大股で歩き出す。
シンはその後を、戸惑いながらついて行った。
◆
シンとテパが離れた後、チャアクはピルトに話しかけた。
「ショロトル、あの怪物は一体……?」
そこまで言って、チャアクは「あっ……」と止めた。
ピルトが、小さな体から発したとは思えない程大きな音を立てて、唾を飲んだのだ。
体も、固まっている。
怪物の正体はわからない。
だが、ピルトの反応だけで、察するには十分だった。
(あいつら……今まで戦った怪物とは比べ物にならない存在だというのか……?)
神であるショロトルさえ恐れる。
その事実が、何よりも恐ろしかった。
チャアクの身体も、次第に硬直していく。
——その時。
「……!」
シンとテパが戻ってきた。
◆
「テパ! 大丈夫か!?」
チャアクは思わず駆け寄る。
——が。
「お父様! あいつらは!?」
身を案ずるチャアクに、テパはそれを気にする余裕などないとばかりに返した。
「おい、お前……」
チャアクは声を窄めて後ずさりする。
自分を見つめるテパの目が、異様に鋭い。
その顔はまるで、テパではない別人のようだ。
「あいつらはどこ!?」
「あっちだ!」
反射的に、チャアクは怪物の方を指し示してしまった。
どうしてだか、チャアク自身もわからなかった。
(私は……何をしている?)
普通なら止める筈だった。
神さえ恐れる怪物相手に戦おうなんて、無謀すぎる。
だが止められなかった。
テパから滲み出る気迫が、チャアクに強く訴えていたのだ。
——止めるな、と。
◆
「はあっ! はあっ!! はあっ!!!」
テパが駆け、マクアウィトルを握り締める。
そして――。
「うああああああっ!!」
振り抜いた。
(ザンッ!!)
ツィツィミメの身体が、斜めに裂ける。
「ギィィィィィィァァァァァァ!!」
断末魔が森を震わせた。
一体、また一体。
テパは次々とツィツィミメを斬り伏せていく。
「あ……」
シンらは助けようとするが、テパは他者を寄せ付けない。
近づいても足手纏いになるだけだろう。
いや、斬られる。
テパの戦いぶりを見ていると、そうとしか思えない。
「グアァァァァァ!!!」
再び、けたたましい断末魔が響く。
他のツィツィミメは流星にも似た速さで、走ったり跳んだりしながら逃げ始めた。
(ドォン!!)
跳ぶ度に地響きが起こり、シンたちは立っていられなくなる。
だが、テパだけは違った。
「はあっ!!」
しっかりと地面を踏み締める。
そして、跳んだ。
「逃がすかぁっ!!」
逃げるツィツィミメへと飛び掛かり、マクアウィトルを振り下ろす。
(ズバァッ!!)
頭から身体の中心まで、一刀両断した。
「ギイエアァァァァァ!!!」
再び響く断末魔。それはあたかも、隕石が大地に直撃したかのような轟音だった。
しかも、テパが次々に倒すので、連続して耳を貫いてくる。
「……」
当初は耳を塞いでいたシンたちも、いつしか慣れてしまった。
彼らの感覚が麻痺する程、テパはツィツィミメを殺し続けた。
◆
「はぁ、はぁ……」
息切れしたテパが、ツィツィミメの亡骸を前に血塗れで立っている。
その目は——いつぞやの戦いでシンの血を飲んだ時と同じ、青白いものへと変わっていった。
「テパ……」
シンの声が震える。
人が喰われる光景に耐えられず、吐いていたテパ。
その直後に見せた、凄まじい殺戮。
目の前で進行する、彼の体の変化。
シンにとってはそれだけでも戦慄を覚えるものだった。
だが今回、テパの体にはさらなる変化が表れている。
「何だ? あの、紋章は……?」
釘付けになって見つめるシンの目の前で、テパの全身に浮かぶ謎の紋章。
それは、これまで戦ってきたどの贄子とも違うものだった。
「いや……何かおかしい。あれ、本当に紋章……なのか??」
淡い光を放っているという点では、今までに見たものと変わらない。
だが、それを除けば、紋章というには不自然な点が多々ある。
「ただでかい斑点が疎らについているだけにしか見えない、それに……」
紋章は、テパが動く度に、皮ごと剥がれて落ちるのだ。
中からは、光と血が混じった紫色の肉が見える。
「な……」
シンは絶句する。
テパが動くたびに、身体を覆っていた皮膚が剥がれ落ちていく。
一枚、また一枚。
それはまるで、身体そのものが内側から変質しているかのようだった。
やがて顔の皮膚まで剥がれ落ち、テパの身体の半分近くが、剥き出しの肉と化していた。
「シペ・トテックか? いや、違う……」
豊穣神シペ・トテックには、既に贄子を捧げている。
それに彼は、頭から足まで、全ての皮を一思いに剥ぐ。
今のテパのように、ちまちま剥がれていくのではない。
「ん……? んん……??」
シンは混乱する。
チャアクも、そしてピルトも、テパの変容ぶりを呆然と見つめている。
「……??」
暫く見るうちに、ピルトの中で何かが引っ掛かった。
この姿。
この皮膚。
この、紫色の肉。
そして、この奇妙な変貌。
(あれ? これ、どこかで見たような……?)




