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血汐の群れる朝が来る前に  作者: Masa plus


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(第六十七話)魔女軍団と謎の獣

「よぉ」


下界から昇ってきた者が、メストリの姿を捉えるなり軽い調子で声をかける。


「……?」


あまりにも馴れ馴れしい口調に、メストリは眉を顰める。

だが、その姿を見るなり玉座から飛び上がった。


「お、おぉ! これは、テスカトリポカではないか!」


何百年ぶりだろう。

メストリの頬がみるみる緩んでいく。


満面の笑みが浮かんだ。


「久しいな! また家族に会える、この日を何度待ち侘びたことか」


太陽が昇り、沈む。

それに続いて自らも昇り、沈む。


それを繰り返すだけの日々が、今、やっと終わる——。


「俺も嬉しいぞ。 これでやっと目的を果たせんるんだからな」


 

「——??」



メストリの笑みが消えた。

 

目的を果たせる——?

何を言っているんだろうと、聞き返そうとした。


「……?」


体が、動かない。

 

「?……??」


手が。

足が。

体そのものが前に進まない。



「……!!!」



血の気が引いた。


体中に、鎖が巻き付いていたのだ。


「こ、これは……!?」


銀の体を、鉛色の鎖が雁字搦めに縛り上げていた。


◆


「!!……!!」


メストリは必死に捩り、力を振り絞って引き千切ろうとする。

だが、鎖はびくともしない。


「悪いな」


焦るメストリを前に、テスカトリポカは淡々と言う。


「計画の実行にはあいつらが必要なんだ。精々大人しくしていろ」


「お前、まさか——」


メストリの脳裏に嫌な予感が走る。


テスカトリポカが目指しているのは、あの場所。


異様に暗く、時折禍々しい赤い光が瞬く場所。



——魔女軍団の牢獄だ。


 

◆


「やめろぉぉぉぉっ!!!」


牢獄へ一歩、また一歩と近づくテスカトリポカに、メストリはありったけの声を出して叫んだ。


「世界が……家族がどうなってもいいというのか!?」


「構わん」


メストリの耳に、必死の叫びをいなす冷ややかな声が返ってくる。


「!?」


「あいつらはもう家族ではない。無論、お前もな」


テスカトリポカはそれだけ言って、錠へ手を伸ばした。

メストリは一層激しく身を捩る。


「お、おいっ……やめろ……っ」


体が少しも動かない。


「あ……開けるな……っ!!」


叫び過ぎて喉が枯れる。

それでもテスカトリポカを止められなかった。


もう、間に合わない。


「ふっ」


テスカトリポカの口元に、暗い笑みが浮かぶ。


(背を向けているお前が今どうなっているのか、その声でわかる)


月の神に残された余力は、もうない。

錠を壊すなら今のうちだ。


(ガッ!!!)


テスカトリポカは一瞬のうちに、その腕で錠を握り潰した。

夜空の何もない場所で、凄まじい音が響いた。


「……あ……ぁ……」


メストリの口から掠れた声が漏れる。

目の前で起きたことを理解できない。

否、理解したくない。


——牢獄が、がら空きになった。


「……」


中にはもう、”彼女ら”を閉じ込めるものは何もない。

 

◆


 

(……)


 

その後の刹那に起きたことを、メストリはよく覚えていなかった。


 

(……)


あまりにも突然、かつ凄惨。

記憶そのものが、悪夢に呑みこまれたかのようだった。

 


(……)

 


それでも、断片的に残っているものがある。


身の毛もよだつ、コヨルシャウキの高笑い。

それに続いて飛び出した大勢の魔女。

格子が破壊された時の音も、妙に耳に残っている。


解き放たれた者たちは瞬く間に夜空に消え、今はどこにいるかわからない。


 

(……)



魔女たちを逃しただけでも、大きな失態だ。

だが、メストリの月神としての面目を潰したのは、これだけに留まらなかった。


◆

 

 牢獄が蛻の殻となった後、メストリは呆然としたままテスカトリポカの様子を伺っていた。


「……??」


おかしい。

彼はどういうわけか、誰もいない筈の牢獄の中をまじまじと見つめている。


「おいお前ら、早く出てこい。仲間はもうとうに出ているぞ」


「……んがぁ……」


テスカトリポカに呼ばれ、奥の方に隠れていた”それ”が唸り声をあげた。


「ん……?」


メストリの体が強張る。

暗闇の奥から、何かがこちらへ近づいている。

 

「……!!」


その姿が見えた瞬間、メストリの全身が震え上がった。


一目ではわからなかった、”それ”の正体。

目を凝らしてやっとわかった。


それは——人間のような姿だった。


但し、生きているのではなく、死んだ人間の姿だった。


(うっ……!)


全身骨だけの姿で、顎ををカタカタと動かしている。

一歩進むごとに、コン、コンと乾いた音がする。


紛うことなき異形だ。

不気味としかいいようがない。


(何だ、あの歩き方は……!)


姿こそ人間に似ているそれの、歩き方は実に異様だった。


四つん這いで、体を地に擦りつけるようにしながらにじり寄っている。


(まるで……獣ではないか)


メストリが怯えているとはつゆ知らず、テスカトリポカは出口付近まで来た異形たちに声をかける。


「お前ら、初めて見るな。名は何というんだ?」



——〇△◆☆◇〇。


 

獣の咆哮にしか聞こえない言葉だった。

この時のメストリには、異形が何を言ったのかわからなかった。


「ギャハハハハァァァァァ!!!」


下品で喧しい声をあげ、コヨルシャウキを追って夜空を駆けた異形たち。

その姿を見送ったテスカトリポカの横顔に浮かぶ、暗い笑み。


彼が何かを企んでいるのは間違いない。

だが、家族に危害を加えてまで成し遂げたいこととは何なのだろう?


 

(……)

 

 

月神という身でありながら、テスカトリポカを止められなかった。

魔女たちの完全な封印に、失敗した。


目の前で起きていることを、ただ見ていることしかできない自分が、酷く惨めだった。


何か方法はないのか。

何か、自分にできることはないのか。


メストリは必死に考える。

だが、どれだけ考えても、現実は変わらない。


悪夢はもう、始まってしまった。


もう、止められない。



(……)


 

自身の不甲斐なさに絶望し、メストリの意識がぼんやりしていく。


その時——。



《……ハ……ミメ。……コヨ……ウマ……》


 

何かが脳裏に響いた。

何の前触れもなく響いた。


 

(……何だ……?)



異形たちが脱獄した時の謎の言葉。

それが徐々に、明確な意味を持つものとして蘇ってきた。



《ワタシタチハツィツィミメ。”シコウノマジョ”コヨルシャウキサマノニクシミノココロヨリウマレイズルモノ》


 

——ツィツィミメ。


聞いたことのない名前だ。



「……!!」



メストリの瞼が震える。

姿を見た時点で異様だと思ったが、この初めて聞く名前で確信した。


 

牢獄にいたのは、魔女だけではなかったのだ。



魔女の封印に失敗しただけではない。

新たな異形——家族の脅威となる存在に、ずっと気づかなかった。



「月の神たるこの私が……何ということをしてしまったのだろう……っ」



メストリは力なくその場へ倒れ込んだ。

夜空に浮かぶ月が、ほんの僅かに、震えた。

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