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血汐の群れる朝が来る前に  作者: Masa plus


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(第六十一話)露見した隠し事

 夜になった。


(ぐー……)


シンとテパが並んで眠っている。

一方、チャアクは起きていた。

目の前に、犬に姿を変えたショロトルがいるのだ。


「ミクトランへ向かわれるのですか?」


「うん。夜明けには戻るから、それまで二人を頼むよ」


「承知致しました。どうかご無事で」


「はは。そんなに心配しなくても大丈夫だよ」


ショロトルは背を向け、軽やかに跳ねる。

そして一瞬で、闇の中へと姿を消した。


「……」


チャアクはシンとテパの足元に座り、そのまま目を閉じた。



 ショロトルは金星が昇るより早く案内を終えた。


(今日は死者が少なかったな)

 

見上げれば、夜空にはまだ星が瞬いている。


(……ちょっと寄り道するか)


そう言って、ショロトルは来たのと逆方向に足を進めた。



(はぁ~気持ちいい~)


温かい夜風が吹いている。

海と見紛う程広大な湖に、ショロトルはいた。

どこまでも澄んだ水が、逆さまの夜空を映している。

彼は、その星をなぞるように、山椒魚の姿で泳いでいる。


(温泉もいいけど、この姿でここを泳ぐのも最高!)


小さな手足を伸ばしながら悠々と水を進む。

久しぶりの自由な時間に、ショロトルの心は軽くなった。

 

(下はどうなってるかな?)


ショロトルは身を翻し、水底へ潜る。

桃色の影が静かな闇の中へ沈んでいった。



 暫くして、ショロトルは岸辺に顔を出した。


「ふぅ。特に変わりなかったな」


見上げる空は、まだ暗い。

瞬く星と、それを縫うように浮かぶ雲。


何一つ変わったところはない。


「まだ泳ごう」


ショロトルは岸に背を向けて泳ぎだした。


背後に迫る影に気づかずに——。



「わっ!?」


それは泳ぎだした後のほんの一瞬だった。


前に進むと思った体が、何かに掴まれて動かない。

鷲かと思ったが、こんなに更けた夜に鷲が現れる筈がない。


しかも、その質感は——明らかに鷲の足のものではない。

思えば力の入り方も、”掴んでいる”と言われると違和感がある。


寧ろ、力を込めて”握っている”のだ。

 


「こんなところにいたのね」



背後から声が聞こえる。

ぞっとするほど冷たい。

その奥に、煮えたぎる怒りが感じられる。


「……ウィ、ウィシュトシワトル……?」


「あの時はよくも邪魔してくれたわね」


「あぁあの件? 悪かったよ、でも放して——」


ショロトルがもがくと、ウィシュトシワトルは一層力を込めて握り締めた。

小さな桃色の体が、今にも潰れそうだ。


「来なさい」


ウィシュトシワトルはショロトルを掴んだまま、有無を言わせずその場を後にした。



 ショロトルはテオワリ広場に連れてこられた。


(みんな……いつ集まったんだ……?)


ショロトルは息を呑んだ。 

そこにいるのは、ウィシュトシワトルだけではない。

家族全員が集まっている。


「まさか、私を消そうとしたの?」


「そ、そんなわけない!!」


ショロトルは慌てて否定する。

だが、その瞳はウィシュトシワトルを見ていない。

 

家族たちが、自分をとても冷たい目で見ているのだ。


「ショロトル……」シペが深い溜息を漏らす。


「わかっているだろう? 面倒事は起こさないでくれ」


「……っ」


覚えている。

今は亡き家族の像を前に、シペが嘆き悲しんでいたのを。

故意に今の事態を引き起こそうとしたのではないが、項垂れる彼を見ると罪悪感が募る。



「僕たちの血は……青い」



視線を遠くに向けたまま、ショロトルはそっと口を開く。

風に溶けそうな、とても微かな声だった。


だが、シペはそれを聞き逃さなかった。


「お前……何言ってるんだ??」


問われたショロトルは、懐から小刀を出す。

そしてチャアクに見せた時同様に、自分の腕に刃を入れた。


切り口から流れる筋は——。


「……青い」


「僕だけじゃないよ。みんなもやってみて」


ショロトルは家族を見渡す。

その瞳に偽りがないと感じた彼らは、次々に腕に刃を入れた。



「そんな……」

「嘘……でしょ……?」

「何なのこれ……?」



取り乱す家族を前に、ショロトルは淡々と語った。


「これは冥界の血。僕たちは、血を通してミクトランテクートリに監視されてるんだ」

 


「……」

 

暫くの間、神々の間には沈黙が流れた。


ミクトランテクートリ。


大昔にケツァルコアトルが骨を取りに行った、冥界ミクトランの主だ。


だが、その件以降特に因縁はない。

何の目的で、こんなことをしているのかわからない。


温かな夜風が、氷のように冷たく感じられる。


「……!」シペが何かに気づいた。


「何故これが、あいつの監視の証だとわかった?」


「冥界に……行ってたから」ショロトルは気まずそうに声を絞り出す。


「だがお前は冥界の門に入らず引き返している。あいつには会っていない筈だ。なのに、何故これがあいつと関わっていると断言できるんだ?」


「……」


ショロトルの喉が詰まる。

その間にも、神々の疑念は膨らんでいく。


ただ一柱、ケツァルコアトルを除いて。


「ショロトル……」


冷たい視線を向ける家族に紛れ、心配そうに見つめていた。


その時——。


「……ん?」


ケツァルコアトルの前に、黒い煙が漂い始めた。


「ん?」

「んん??」


ケツァルコアトルだけではない。

他の神々の間にも、みるみる広がっていく。


誰もが察した。


「テスカトリポカ……!」



 神々の視線の先に、煙の元はあった。


「ハハハハハ……」


その声に呼応し、煙が四方へと散る。

中から現れた者こそ、闇の神テスカトリポカだった。


「哀れな我が血族よ、教えてやろう」


家族全員から睨まれているのを歯牙にもかけず、闇の神は愉快そうに口角を吊り上げる。



「そこの犬はな、ミクトランの門を抜けて中に入った!」


「!?」


「それで知ったんだ! お前らがここ数年の祭りで得た贄は、ミクトランテクートリとミクテカシワトルの子であるとな! お前らの生命線は、ずっと呪われていたんだ!」



ええっ、という騒めきが、神々の間を駆け巡る。

ただ一柱、ショロトルは唇を噛み締めている。


(それは、お前が中に引き込んだから……!)


言いたかったその言葉は、遂に口から出なかった。


 

「それだけじゃない。お前らはいつか集まって、こう決めていたそうじゃないか。”ケツァリツリピョリトリの腕輪を持つ少年と、マクアウィトルを持った少年が、妙な動きを見せたら贄にしてよい”、とな」


 

あの集まりにいなかったテスカトリポカが何故知っているのか——。

神々が疑問に思う間もなく、彼は家族を弄ぶかのように続けた。


「そこの犬は、ずっと奴らに同行していた。全てを知っていながら、お前らにずっと隠していたんだ!」


困惑の目が、一様にショロトルに向けられる。

しかし、ウィツィロポチトリは違った。


「貴様……!」


掲げたシウコアトルが燃え始めた時、闇の神は煙と共に姿を消した。



 テスカトリポカが去った後。


「どういうことだ……本当なのか?」


「……」


シペの問いに、ショロトルは俯いたまま口を閉ざしている。

 

「何故何も言わない!?」


「で……でもお前、言ってただろ!? ”妙な動きをしたら贄にしろ”って……。あの子たちは妙なことなんかしてない! 僕たちの為に贄を捧げていただけだ!」


「だがあいつらの後ろで、テスカトリポカが糸を引いていた!」そこへウィツィロポチトリが怒鳴り込む。


「それを知っても尚、お前はただ見ていただけだったのか!?」


「違う、そんなことは……」


ウィツィロポチトリの剣幕にたじろいだショロトルは、思わず視線を逸らす。

だが、彼の向こう側にいる家族も、皆怒りを露わにして自分を見つめていた。


「うわぁぁん!!」


堪りかねたショロトルは犬の姿に変身し、振り返ることもなくその場を去ってしまった。

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