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血汐の群れる朝が来る前に  作者: Masa plus


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(第六十話)トラチトリの変わった試合

「そうだ」ショロトルが不意に声を上げる。


「トラチトリやろうよ!」


それはシンとテパにとって思いもかけない提案だった。

二人は困惑して顔を見合わせる。


「お前もだよ、チャアク!」


「わ、私もですか……?」


「勿論、その格好でね!」


「そ、そんな……」


「あの、ショロトル……」


困り果てるチャアクの横で、シンがおずおずと口を開いた。


「まさか、”僕とテパ対あなたとチャアク”で試合をするおつもりですか……?」


「そうだよ~! ”人間二人と神一柱とオセロトル一頭”って、なかなか面白そうじゃないか」


「しかし……そのような組み合わせは聞いたことがありません」


「この僕、球戯の神ショロトルの言うことに間違いはないよ!」


「……わかりました……」


自信満々に胸を張る姿に、シンは小さく息を吐く。

テパも、チャアクも、渋々ながらそれに続いた。



 一行は廃墟の外に出た。


「うっ……」


漆黒の廃墟から出た途端、シンは思わず目を瞑る。

暗がりに慣れた目では、外の陽光はあまりにも眩しかった。


「……?」

 

暫く閉じていた目をゆっくり開けると、そこには鄙びた球戯場があった。


「ここでやるよ!」


声と共に現れたショロトルは、いつの間にか選手用の装束に着替えていた。

その両手には、まわしや防具が抱えられている。


「二人ともこれに着替えて!」


言われるがまま、シンとテパはそれを身に着ける。


「!」

 

それは二人の体に不思議な程馴染んだ。

初めから自分たちに合わせて作ったのかと思う程、よく合っている。


「お前のはないんだ、ごめん」ショロトルはチャアクに軽く詫びた。


「承知しております」


チャアクはまたしても、溜息を吐きそうになった。



「テパ、取れ!」


「う、うん!」


シンとテパは声を掛け合いながら球を打ち返す。


「あぁ! シン、そっち!」


「わかってる!」


二人とも、以前特訓した時の調子が出せない。

体勢を整える余裕も与えず、球が四方八方から飛んでくるのだ。


「くっ……」


球に翻弄される二人。

さらに厄介なのが、ショロトルの人間離れした機敏さだった。


「よっ、と」


球戯の神という名は伊達ではなく、動作に恐ろしい程隙がない。

陣地を縦横無尽に動いては球を蹴ってくる。

しかも、その表情には余裕が浮かんでいる。

シンとテパがここだと確信して蹴った球さえ、平然と返してしまった。


一方で、この試合で最も苦戦しているのはチャアクだった。


(この姿でやれとは……何と酷な)


チャアクはオセロトルの姿でも、“腰から下だけを使う”という規則を律儀に守っていた。

だが、どう考えても無理がある。

前足で踏ん張り、後ろ足を高く上げて、何とか蹴る有様だった。


「チャアク!」


シンやテパにも劣るぎこちなさのチャアクの動きを、ショロトルは巧みに読んで声を掛ける。

球を受けるや否や、ふらふらと飛んでいた球は一転して鋭い閃光のような軌道を描いた。


「わっ!?」


シンとテパは不意を突かれ、ぶつかる寸前に球を避けた。



 一時休憩。


「はぁ〜ぁ……」


シンとテパは疲れ切り、大きな溜息を洩らした。


「神様とお父様が相手じゃあ……」


テパがそう言ってしょげた時——。


 

「弱音は吐・か・な・い!」


 

ショロトルがドシドシと床を踏み鳴らしながらやって来た。


「僕とチャアクが相手してるだけまだましだ。今までの戦いを思い出して!」


「今までの……戦い……?」


テパの脳裏に、シンと共に魔獣と戦ったときの記憶が、走馬燈のように過ぎ去っていく。


「敵がどんな姿で、どんな戦い方をするかなんてわからないんだよ!」


「……!」


はっとさせられたテパの肩に、シンがそっと手を乗せる。


「ショロトルの仰る通りだ。しかも僕たちには武器がない。もし今後も手に入らなかったら、戦いは今まで以上に厳しくなるだろう」


「……」


そう言われても、テパは迷った。


視線の先には、自分を案ずるような目で見つめるお父様がいる。


武器がなくても、お父様がいれば心強い。

しかも、ショロトルもいる。

そんなに深刻に捉えなくてもいいのでは——?



「どうしたの?」



その声に驚いて、テパの肩が跳ね上がる。


——ショロトルだ。


「ど・う・し・た・の?」


笑顔の中に、刃物のような冷たさと鋭さを宿した目が光っている。


それでわかった。

彼はただ様子を伺おうとしたのではない。


 

『迷うな』と言っている——。



「テパ」


シンが声をかける。

テパの肩に乗せていたその手は、いつの間にか落ちていた。


「大丈夫か?」


そう気遣うシンに、テパは目を合わせない。

彼が見ているのは——シンの手。

先程まで肩に乗せていた手だ。


「……大丈夫!」


テパはそう言って、シンの手をぎゅっと握った。


もう迷わない。シンと共に戦う。


その確信を、言葉よりも手に込めた。


「……ふっ」


シンは微笑む。

チャアクやショロトルにも、微笑みの輪が広がった。

 

「じゃあ、続きやるよ!」


「はい!」



「……ふう!」


昼下がりになるまでたくさん練習した少年二人と、神一柱と、オセロトル一頭。

すっかり汗だくになっていたが、表情は皆晴れやかだった。


「よし、温泉にでも行くか!」突然ショロトルが言った。


「温泉? どこ?」


テパが辺りを見渡す。

シンやチャアクも探すが、それらしいものは見当たらない。


「あっちだよ!」


ショロトルが指さしたのは、遠い山の上だった。


「えぇ……」


シンたちはげんなりするが、ショロトルは意に介さない。


「行くよ!」


意気揚々と向かうショロトルの後を、二人と一頭は重い足取りで追った。



 山頂に着いた一行は、温泉を見つけるなり飛び込んだ。


「気持ちいいー!」


「温泉なんて久しぶりだ」


テパとシンは嬉しくなって、広い温泉を大はしゃぎで泳ぐ。

夢中になるうちに、随分遠くへ行ってしまった。


「落ちないように気を付けてね!」


ショロトルの声が飛ぶ。

それもその筈、温泉があるのは崖の上だった。


ショロトルの後ろには、湯には入らず足だけを遠慮がちに浸しているチャアクがいる。


「ショロトル……」


「ん?」


「誠に恐縮です。私はこれまで幾度となくあなたを弄んだ神の僕でございます。そのような者がここまで信じてもらえて、果たして良いのかと……」


「なぁんだ、そんなことか」ショロトルは肩を竦めた。


「お前が只の僕なら、わざわざ僕たちを助けに来たりなんかしないでしょ」


「!」


「別にお前やあの子たちを嵌めようだなんて思ってない。ゆっくりしていきなよ」


「……はい」


チャアクにとって、ショロトルの今までの気安い態度は聊か受け入れ難いものだった。

だが今は違う。

高みにいた彼が、自分たちと同じ場所に降りてきて、真摯に向き合っていると感じる。


(……ふふっ)


チャアクは気恥ずかしさを覚えつつも、ショロトルの真意が見えたような気がして嬉しかった。

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