表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
血汐の群れる朝が来る前に  作者: Masa plus


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

53/54

(第五十三話)神々に流れるもの

 シンとテパが眠りに就いた後、ショロトルはいつものように死者をミクトランの門まで案内した。


「……」


本来なら、そのまま見送って引き返すはずだった。

だが今日は違う。

門の前に立ったまま、動かない。


「……」


ずっと門の上の方を見たままで、最後に入った死者の影すら視界に入っていなかった。


(ホーッ……)


そこには数羽の梟がいる。

ある者は飛び回り、ある者は枝に止まって首をくるりと回している。


死角となる場所が、相当限られているのは火を見るより明らかだ。


 (うーん、やっぱりこの姿じゃ無理だな)


ショロトルは山椒魚へ姿を変え、梟の視界を縫うように慎重に進む。



 門を潜ったショロトルに、以前来た時の記憶が蘇る。


(あの時は散々だったな)


テスカトリポカに捕らえられ、家畜のように引かれた。

自分を犬と見下す彼の振る舞いには、いくら屈辱を覚えても足りない。


(だけど……あれがあったから、中の構造は大体覚えたんだよね)

 

苦々しく思いつつ、ショロトルは迷いなく進んでいく。

そして辿り着いた。


あの、思い出すだけで吐き気がする部屋に。


(……っ……)


小さな桃色の手で、思わず口を塞ぐ。

今回もまた、二つの影が怪しく動いている。


(またやってんのか……)


嫌悪をぐっと堪え、影が一つ消える、その瞬間をじっと待った。



 やがてその時が来た。


(……いなくなったな)


影が――それも女の影が、一人残された。

部屋を去った男の影は、姿はおろか、足音すら出していない。


(今だ!)


次の瞬間、ショロトルは元の姿に戻って飛びかかり、帳を引き裂いた。

そして、中にいた影を鋭く睨み据える。


「……ミクテカシワトル」

 

ショロトルは怒りを押し殺し、敢えて淡々とその名を呼んだ。


その手には、鋭利な小刀が握られている。



「何!?」


帳の向こうの影が、突然の招かれざる客の侵入に狼狽する。


「あなた、誰――」


その影――ミクテカシワトルを前に、ショロトルは冷徹な表情を崩さない。


「僕だよ」


ショロトルは犬の姿になり、ミクテカシワトルの前で大人しく佇む。

だが、その目は彼女をまっすぐに見据えている。


まるで、冷たく燃える炎のようだ。


「あ、あぁ……あなたね。以前も――」


緊迫の空気を和らげようとするミクテカシワトル。

だがショロトルは、そんな彼女の思いを切り捨てるように言い放った。



「あんた、約束を破ったな」




「私が……約束を破った、ですって?」

 

唐突な言葉に、ミクテカシワトルは戸惑いを隠せない。

ショロトルはそれを見て、何を今更とばかりに問う。


「じゃあ何であいつが――テスカトリポカがここにいたんだよ? まるで、僕がここへ来てるのを知ってるみたいだった」


「し、知らないわ、そんなの……」


「嘘つけ!」ショロトルの怒鳴り声が、室内を震わせる。


「あんた、黙ってろって言ったのに、旦那に喋ったんだろ! で、その旦那がテスカトリポカと組んでた――そういう話じゃないのか!」


ショロトルは、小刀の切先をミクテカシワトルの喉元に突きつける。


(まさか……心臓を取るつもり?)

 

ミクテカシワトルの額を冷汗が伝う。

だが、ショロトルは小刀を突きつけたまま、その手を止めている。


「……っ」


ショロトルは項垂れ、手も下ろした。


「あんたが約束守ってたら……あの子たちはあんな目に遭わなかった。いらない苦労をせずに済んだんだよ」


「あの子たちって……まさか、何かあったの?」


その反応に、ショロトルは違和感を覚える。


「あんた……ひょっとして、本当にシンとテパのこと知らないのか?」


「本当ですわ。誰にも明かしていませんもの」


「……」


ずっと一方的に疑っていた自分が、滑稽に思える。

ショロトルは気まずくなって、項垂れたままミクテカシワトルに背を向ける。


その直後――


 

「誰だ!!」




 入ってきたのはミクトランテクートリだった。


「おお、お前、怪我はないか?」


「え、えぇ……」


「物音がしたが……誰かここに入ったのか?」


「いえ」


「……そうか」


ミクトランテクートリは、妻の体を頭から足まで隈なく見ている。

特に、これといった異常は見られない。


「無事でよかったが……また何かされては堪らん」


そう言うと、ミクトランテクートリは懐から何かを取り出した。

それには――梟のような骸骨のような、奇妙な彫刻が施されている。


「……エエカチチトリ【※1】ですわね」


「ああ」

 

軽く返して、ミクトランテクートリはエエカチチトリに息を吹き込む。



(ヒエェェェェェァァァァァァァ!!!)



センポワルショチトルで飾られた部屋にはとても相応しくない、耳を劈く禍々しい音が響く。

死者たちの断末魔にも似た音は、風圧凄まじく、部屋中の黄金の花弁を散らした。


「すまない。後で整える」


「構いませんわ。これで梟たちがしっかり見張りをしてくれますもの」


「また何かあったら呼んでくれ。すぐに来るから」


「ええ」


ミクトランテクートリは妻の部屋を出る。

その瞬間、彼は夫という皮を脱ぎ、冥界の王へと戻る。


「……ふう」


溜息交じりに、ミクトランテクートリは暗い廊下を歩いていった。



 暫くして――。


「出ていらっしゃい。夫はもう去りましたわ」


「……へ~い」


床の下から、小さな山椒魚がそろそろと出てきた。


「とりあえず、あんたがばらしたんじゃないのはわかった。心臓は取らない。もう帰るよ」


「梟にはくれぐれもお気をつけて」


「へっ、旦那が呼んだくせによく言うよ」


不貞腐れてぼやきながら、ショロトルはゆっくりとその場を後にした。



 ショロトルは門の前まで戻ってきた。


(この格好じゃ速く動けないのに、監視の目までつけられちゃぁさぁ……)


まだ聞こえる梟の声に、ショロトルはうんざりする。

とはいえその音量は、門を出る前と比べると、耳を澄ましてやっと聞こえる程度でしかない。


(そろそろ、大丈夫かな)


ショロトルは犬の姿に戻り、足を踏み出す。


その時――



「ホーゥ!!!」



数羽の梟が、ショロトルに襲い掛かった。


「わっ!?」


不意を突かれ、ショロトルは何度も体をつつかれる。


「いっ、痛、痛い! あっち行け!」


吠えたり噛みついたりして、何とか梟を追い返した。

だが、体のあちこちから血が出ている。


(早く帰らないと……)


ショロトルはふと、負傷した前足を上げた。



「……!?」



暗闇でも異様によく見える、自分の血の色。

それを見て、ショロトルは愕然とする。

 


「血が……青い??」

【※1】エエカチチトリ……古代メソアメリカの陶器製の笛。吹くと人間の悲鳴にも似た音がすることから「デスホイッスル」とも呼ばれる。本作ではミクトランテクートリが護身用に持っているが、本来は戦いで敵の戦意を喪失させたり、生贄を伴う儀式で用いられるものである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ