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血汐の群れる朝が来る前に  作者: Masa plus


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(第五十話)冥界の最悪な真実

 テスカトリポカに弾き飛ばされたその後も、ショロトルは変わらず犬の姿で死者を導いていた。


「はぁ……」


吐き出した息は、やけに重い。


テパには正体を隠し続けてきた。

だが、あの場でのテスカトリポカの言葉――あれで、勘づかれていてもおかしくはない。

碌に話もできぬまま離れてしまったことが、胸の奥に鈍く引っかかっていた。


「ワンちゃん、どうしたの?」


幼い声に呼び止められ、とぼとぼ歩いていたショロトルは足を止める。


「……いや、何でもない」


慌てて取り繕う声は、驚くほど空虚だった。

勿論、それで胸の靄が晴れるはずもない。



 ミクトランの門の前にて。


「さ、帰るか」


悶々とした思いは、ここに来るまで遂に晴れることはなかった。


(もし聞かれたら……その時は、正直に言うしかない)


そう覚悟を決め、一歩踏み出した時だった。



「――っ!?」


視界が揺れる。

 

気がついた時には、ショロトルは口を塞がれ、四肢を拘束されていた。


(ん……っ! ん……っ!!)


藻掻く間に、ショロトルは変身を解いてしまった。



 「次はお前だ」



 「……!!」


聞き覚えのある声がする。


「見せたいものがある」


「お、おま――」


言い切る前に、ショロトルの身体は門の向こうへと引きずり込まれた。



「くっ……」

 

ショロトルは後ろ手に縛られ、奇妙な部屋へ連れて来られる。


(ホーゥ……)


あちこちに青白い炎が揺らめき、梟の声が寂しく、そして不気味に響いている。

ミクトランへの道中にも梟はいるので、この声には慣れている筈だった。

だが――ここでは何故か異様に耳障りで、肌を逆立てる。


「フフフ……」


振り返るまでもない。

背後には――闇の神テスカトリポカが立っている。

煙で編まれた枷が、容赦なく腕を締め上げている。


(こいつ……意地でも僕を逃がさないつもりだな)


ショロトルは歯噛みするも、どうにもならなかった。



「止まれ」


テスカトリポカに命じられ、ショロトルは急に足を止める。

そこには――帳がただ一枚だけある。


「もうすぐだ」


その言葉と共に、帳の向こうに影が現れる。

朧げな輪郭でもはっきりとわかる。

――男と女が、一人ずついる。


(ミクトランテクートリと、ミクテカシワトル……?)


違和感がある。

二人は服を着崩している。

とてもミクトランの主夫妻に相応しくない。


(あっ……)


ショロトルは、この後何が起こるのかを薄々察した。

背筋を虫が這いあがるような、嫌な予感がする。



 その後の二人の行動は、ショロトルが予想した通りだった。


「もういいやめ――」


堪りかねてそう叫びかけたところ、テスカトリポカが口を塞いだ。


「聞こえるぞ。元が犬だからって騒ぐんじゃない」


(……っ)


癪に障る言い方だが、今の状態では歯を食いしばるしかない。


「ここにはもう用はない。出よう。もっと重要なことが、この先でわかる」


テスカトリポカはショロトルの首に煙の縄を巻いて歩き出す。

その様は正に犬を連れているようだった。


(こいつ、僕のこと舐めやがって……)


怒りだけが、辛うじて意識を繋ぎ止めていた。



 続いて向かった先は、円形に広がる異様な空間だった。


「うわ……」


中央に巨大な穴が開いていて、その中に青白く光る繭のようなものが幾つも張り付いている。


「中をよーく見て見ろ」


「……ん……?」


ショロトルが目を凝らすと、中に小さな影が浮かんでいた。

小柄なそれは、手を握り、解き、ゆっくりと動いている。


 「……こど、も?」


そう呟いた直後のことだった。


その”子ども”の皮膚に、一瞬だけ、体を駆け巡るかのように光が走った。


この空間と同じ色。


――紋章だ。



(まさか、これって……)



嫌な確信が脳を震わせる。

間違いない。

あれは確かに贄となる運命の者だ。


(ふぁ……)


何も知らずにただ動くその姿が、ひどく脆く、哀れに見えた。



「あのシンカヨトルとかいう少年の正体が、これでわかっただろう?」


テスカトリポカの嘲るような言い方に、ショロトルは何も言い返せなかった。


自分たちの命を延ばす為、身を粉にして戦っているあの少年が、いつかは自分たちに捧げられる運命にある。


「……」


現実が重すぎて、受け止めきれない。

ショロトルの思考は、完全に止まった。



(とりあえず……シンの正体はわかった。でも、テパは?)


その疑問を読んだかのように、テスカトリポカが口を開く。


「あいつの片割れ――テパティリストリといったか、あいつの正体はまだ掴めていない」


「……」


「だが、あいつにも“何か”ある。そうとしか思えない」


「違う!」ショロトルは即座に言い切る。


「あの子は普通の人間だ! こんなところと何の関係もない!」


「……どうかな」


軽くいなして否定するテスカトリポカは、懐から見事な刺繍が施されたティルマを出した。


「あいつがこれに血をかけ、俺の僕・チャアクを呼び寄せた。これは明らかに、普通の人間にできる芸当ではない」


「……っ」


言葉が詰まる。

否定しきれない現実が、喉を塞いだ。



 二柱の神は、ミクトランの門に戻ってきた。


「フッ!」


テスカトリポカは、ショロトルの拘束を解いた後、思い切り蹴飛ばした。


「精々役に立ってくれ、哀れな犬よ」


その言葉に、ショロトルは地に転がりながら睨み上げた。


(くっ……こいつ、僕のことを犬としか呼ばない……)


怒りがふつふつと湧き上がるが、ショロトルは感じた。


――地上では間もなく夜が明ける。


「覚えてろよ……『原初の四柱』だからって好き勝手やっていいと思うな……」


屈辱に耐えられず放った捨て台詞。

それさえも、端々に体の痛みを滲ませていた。


◆ 


 地上へ戻る道すがら、ふと、ある約束がショロトルの脳裏をよぎる。


(はっ、まさか……)


先程まで燃えていた、闇の神への怒りの炎。

その矛先は、今や別の存在へと傾いている。


(ミクテカシワトル……!!)


低くくぐもった声が、闇の中に沈んだ。

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